騎士と婚活とお節介な人々「退治したのは誰?」(5)
ブクマや評価をありがとうございます。
今日は1話のみの投稿になります。長めです。
明日も夜8時か9時に投稿いたします。
自分のためには頑張れなくても、愛する人のためなら必死になれるものなんですよ。
……と年配の侍女は言う。
だから、その線で話を進めましょう、と。
ノエルとアマリエも賛同した。
全ての下準備が終わるとファロル家に連絡を入れた。
『例の件で、よろしければララさんとお話をしたいと思います』
ララはファロル家の侍女とともに訪れた。
ララの髪は整えられ、ワンピースも上等なものだ。ただ、やはり猫背気味で俯いている。調べた情報のままの令嬢はどうしても冴えない印象だった。
もとよりお洒落な令嬢ではなさそうだ。服は似合っているとは思えない。今の彼女の体型では着ない方が良いレモン色のワンピース。いわゆる膨張色だ。ララはふくよかなマリエ夫人ほどではないが太めだ。髪も長い前髪がだらしなく見える。
麦わら色の艶やかな髪はきれいなのに勿体無い、とノエルとアマリエは思った。瞳の色は灰色がかった水色で水晶のように澄んでいた。
「こんにちは、ララ」
「よろしくね」
「は、はい、お、お初にお目にかかります。ふ、ふぁ、ファロル家末子、ララ・ファロルと申します」
ララは噛みながらも優雅にお辞儀をした。マナーはしっかり身に付いているようだ。噛みまくったのはいただけないが。
ノエルとアマリエは、なるべくララの緊張を和らげようと親しく微笑んでみせた。
けれど、ララは哀れなくらいに怯えていた。
――まさかこれほどとはねぇ……。
先の遠さに流石に不安になる。
ジェスのことで……とララを誘き寄せたのは良かったが、よほど頑張って無理して来たのだとわかる。
「あのね、ララ。ジェスのことで少し相談がありますの。
ジェスが嫌がらせをされていた件はご存知かしら」
ノエルが話を始めた。
「えっ!」
俯いていたララが勢いよく顔を上げた。
「ひどいデマを流されていたのよ」
アマリエが深刻な口調で話す。
「まぁ……ジェス様が?」
「そうなのよ。気の毒に」
「ど、どんなデマを」
ララはもう俯いてはいなかった。クラリスの言う通りだ。愛する者のためには必死なのだ。
「ジェスが乱暴者で目下の者を怒鳴りつける癖があるとか。喧嘩でよく相手を怪我させているとか。それから、試合でも卑怯な手を使ったとか。女性に横暴な態度だったとか。
根も葉もない嘘を流されたの。
それも実しやかに。そんな乱暴な騎士が陛下の近衛をできるわけがないわ。
真っ赤な嘘よ。ひどすぎてお話にならないわ。王宮でも犯人を捕らえに動いているわ。悪質ですもの。
でもね、その嘘がすでに令嬢の間に広まってしまったのよ」
アマリエは悲しそうな表情を作った。
ノエルもだ。
演技ではなくノエルは本気だ。ジェスがあまりに気の毒だったからだ。
アマリエの話し方は少し大袈裟な気もするが、内容は本当だった。
ララは目を見開いて絶句した。
唇が震えている。
「ひどいことを……」
その唇が小さく呟いた。
「そんなデマを流した理由がまた有り得ないのよ」
とアマリエは説明をした。
身振り手振りも交え、ジェスとお見合いをした令嬢が、自分から婚約を断ったのにジェスが出世したらまた婚約話を持ちかけて、断られた腹いせにデマを流した事情をララに伝えた。
話し終えるとララの目が険しくなった。
「なんて自分勝手なの」
ララは思わず心中を吐露した。
「ホントそうよ。
それでね、ジェスは年齢的に結婚も考えていたのだけれど、なかなかうまくいかなかったの。
ご実家の方でも、ジェスが傷ついている様子だったので貴族令嬢はやめて商家のお嬢様を探していたのよ。
それでこのタイミングで……ララさんが、ヴィオネ家でジェスを見かけて褒めていたと聞きましたの」
「あ、あぅ、ぁ、あの、その……」
ララがまた俯いてしまった。耳まで真っ赤だ。
「ねえ、ララさん。
ジェスのことは、ただ単にファンなだけ? ちょっと格好いいと思ってるだけかしら。
それとも、本当にお好きなの?」
ノエルが畳み掛ける。
ララは口をぱくぱくさせている。
もうその様子だけでわかるような気がした。
「よろしければ教えていただけないかしら?」
ノエルが重ねて尋ねると、ララは再度、顔を上げた。
「とても、と、とても、お慕い、しております」
ララは勇気を絞り出すように答えた。
「ララさんがジェスを最初に見かけたのは、7年も前なのでしょ?」
アマリエが話を振る。
「は、はい、そう、なんです……。
母からヴィオネ伯爵家に可愛らしい坊やが来たのよと聞いて。
卵を買いにお邪魔した時に、あの……可愛い赤ちゃんを少しだけ遠目にでも拝見させていただけないかと様子を伺っていたらジェス様をお見かけしたんです」
ララは恥ずかしそうにそう言う。
「まぁ、そうなの」
ノエルとアマリエは微笑ましく相槌を打つ。
「ハイネさんとサリエル様とジェス様とで子守りをされていたんです。
ハイネさんが一番、慣れてらっしゃって。サリエル様は二番目ですわ。
ジェス様は逞しい腕で、壊れそうに小さな赤ちゃんをとても気を付けて、そうっと抱き上げたんです。
まるで繊細なガラスの宝物を抱き上げるように。
その姿があまりにも優しそうで……世界中の優しさを集めたみたいに優しそうで。
なんだか胸が温かくなってしまって。
私、その時に女学園で嫌なことがたくさんあったんですけど。それで何もかも嫌になりそうだったんですけど。
こんなに素敵で優しい人がいるのなら、もう少し頑張ってみようって。そう思ってしまって」
ララは朱に染めた顔で打ち明けた。
まさしく恋する乙女だった。
――本当の恋なのね……。
ただ見た目に惚れたとか、近衛の騎士への憧れとか、そういうのだけではなく。
本当に本気の恋だ。
ノエルとアマリエは頷き合った。
「今日の、ララさんへの相談と言うのはね。
悪質なデマの件でジェスは傷付いたの。本音では婚約とかお見合いはもう嫌になってるくらい」
ノエルがそう話し始めるとララは今にも涙を溢しそうになった。
実際のところはジェスは「傷付いた」というより「女に嫌気がさした」という感じだ。だが、今は言葉選びは大事だ。ララを説得してやる気を出してもらわなければならない。
ノエルはララの様子をうかがいながら話を続けた。
「そうなっても仕方ないわ。そもそも噂というのは本人があがいても駄目なのよ。他の第三者が『違う』と声をあげないとね。
それで、ジェスのことを誠実に思ってくれているララさんに協力をお願いしようと考えたの。ララさんならジェスを信じてくれるでしょう。
ララさん。ジェスのために手を貸してくれないかしら?」
ノエルはララに尋ねた。
「はい! 私、なんでもいたします。やらせてください」
「そうこなくちゃ。
でね、こういう場合、どうしたらいいと思う?」
「ど、どうしたら……?」
ララが戸惑う。
「あのデマを流した女はね、ジェスの婚活を邪魔したのよ。
自分が断られたから、ジェスの婚約を台無しにしてやろうって思ったんでしょ。
このままじゃ思う壺よね」
アマリエは身を乗り出してララに話しかけた。
「そうですね……」
「もしもジェスに、可愛くていちゃいちゃ愛し合える相手が見つかればあの女の思惑を潰したことになるわ。
ざまぁみろってなると思わない?」
アマリエはララを目力で捉えそうなくらいに見詰めて問う。
「き、きっと、なり、ます」
ララはアマリエに頷いて答えた。
「じゃぁ、協力してくださるかしら?」
ノエルがにこりと微笑む。
「は、はい! 私、自分の知ってる中で一番麗しい商家のご令嬢をご紹介します」
ララは泣きそうな顔でそう宣った。
――なんでそうなる……。
ノエル、アマリエ、後ろに立つクラリスまで脱力して崩れそうになった。
「あのね……。ララさん。
どうしてそうなるかなぁ。ジェスといちゃいちゃな相手って言ったでしょう?」
ノエルは脱力したまま尋ねた。
「ララさんは、ジェスのことをお慕いしてるんじゃなかったのっ!」
アマリエが思いきり吠えた。
「でも、私では、ジェス様の隣になんて立てませんわ……。
私は醜くて、デブで、根暗で、豚の方が魅力的で、生きてる価値もないような人間なんですもの」
ララはアマリエの迫力に押されてボソボソと答えた。
「それって、ララが女学園のころに言われたセリフねっ?」
「え? ええ……」
ララはさらに戸惑った。アマリエたちが虐めのことを知ってるなんて思わなかった。
「ララさんは醜くないわ。デタラメじゃないの!
そんな嘘を真に受けたら、それはジェスの嘘を信じ込んだ令嬢たちと同じよっ!」
アマリエに凄い勢いで言われ、ララは目を見開いた。
「デタラメ……」
「ねぇ、ララ!
話術って、貴族夫人の武器だわ。
でも、それを悪用してひとを貶める嘘をつくってどう思う?」
ノエルが尋ねると、ララは「許せません」と即答した。
「許せないなら戦うべきだわ。
黙って泣き寝入りなんて、連中を付け上がらせるだけよ。
それにね、ララ。
あなた以上にジェスが好きで尽くしたいと思っている令嬢なんて、本当に見つけられる?
ジェスは、政略結婚ではなくて想い合える夫婦に憧れているの。
そんな風にジェスを愛せる令嬢を知ってる? あなた以上によ」
ララはそんな令嬢はいないと断言できる。
7年の間ずっと慕い続けた。
ヴィオネ家に卵を買いに行く役目は、何をおいても自分が行っていた。一目会いたくて。
遠くからちらりと見掛けるだけで良かった。
それだけで幸せになれるくらい好きだった。
「ララ。私は元騎士なのよ。だから、女の割に背が高いし、筋肉質でしょう?」
アマリエがララの前に立って見せた。
「え? そ、そうなんですか?」
ララは驚いてアマリエを見上げた。
「ジュールの隣に立てるように気を付けてるのよ。
ヒールの高い靴は履かないわ。それから、髪型もふんわりさせないで編み込みで結い上げるようにしたり。ドレスのデザインもなるべく華奢に見えるものにしてるのよ。
夜会は女の戦場だもの!」
「女の戦場……」
「そうよ。ちょっと気を抜けば餌食にされるのよ! 悪口嫌みの嵐の標的にされるの。
でも、出来る限りに自分を綺麗に見せて、堂々としてやれば返り討ちにできるわ!」
「素敵だわ……」
ララはアマリエに見惚れた。
「ララ。私は小さくて貧弱なのがとても嫌だったけど、侍女たちがいつも素敵にしてくれるのよ。
目一杯、頑張って、あとは腕のよい侍女に任せるの。
きっと素敵になれるわ」
ノエルは本当は、自分が貧弱だと言うのは辛い。コンプレックスはそのまま消えずにあるのだから。
それでも言いたくない気持ちを抑えつけて、堂々と言ってのけた。
――もう、乗りかかった船よ!
「王妃様……」
「ララ! 最後のチャンスだと思って死に物狂いで挑戦してみない?」
アマリエが女騎士らしい力強さで声をかけた。
「頑張りますっ!」
ララは思わず答えてしまった。
◇◇◇
ララを特訓するプログラムは侍女長にも手を貸してもらい作った。
ララは頭の上に本を乗せて背筋を伸ばして歩く訓練は毎日一生懸命やっているらしい。ダンスの練習も姿勢を正すのに良いため行っている。
その後、マリエ夫人によると、ララは王都のファロル家の店で接客訓練を受けることが決まった。
マリエは「以前からララがやる気になったらやらせようと思ってましたの」と嬉しそうだ。
いきなりの接客仕事は大丈夫なのかと心配だったが、周りの支えもありララの誠実な対応は客の評判が良いという。
ノエルの侍女クラリスはダイエットの献立を料理長にも相談して作った。これもマリエに渡しておいた。
マリエは「娘を生まれ変わったみたいに綺麗にさせますわ」と張り切っていた。
ノエルたちはファロル家からの進捗状況を聞いてジェスとのお見合いの日を設定した。




