騎士と婚活とお節介な人々「退治したのは誰?」(1)
「騎士と婚活とお節介な人々」全10話くらいです。少し推理物?です。
本日は2話投稿いたします。こちらは1話目です。
ルシアンたちの邸に一番足繁く訪れる人と言えば近衛のジェスだろう。
騎士たちの中でも目立つ長身に、見事に均整の取れた屈強な体躯。
顔は強面としか言いようがないが、精悍に整っていてよく見ると男前だ。
ルシアンは、ジェスはブラドよりも格好良いと思っているのだが世間の評価は違うらしい。
ある日の昼食時、ルシアンはハイネと父サリエルの会話を耳にした。
「ジェス殿が、先日は領地で見合いをするために里帰りされたそうですね」
ハイネは綺麗な所作で魚の切り身をカトラリーに掬い取った。
ルシアンはハイネを見て育ったので幼い割に綺麗に食事をする。厳しく躾けられたサリエルも同様。
おかげさまで男三人の割にむさ苦しくも見苦しくもない食卓だった。
「ジェスの領地は西の魔獣の森が近かったな」
「危険地帯だそうですね。王都からそう遠くはなく騎馬で日帰りできると仰ってましたが。
ジェス殿の馬は王都でも一二を争う駿馬でジェス殿の乗馬の腕前もかなりのものらしいので普通はもう少しかかるのでしょうね」
「ジェスの栗毛の馬は確かに良い馬だな。
ジェスは29歳だったか」
サリエルがゆっくりスープを味わってから尋ねた。
「そのようです。
もう結婚など諦めているのにご家族がしつこいなどと仰ってました」
ハイネが僅かに気の毒そうな表情を浮かべた。
「なぜ諦めるんだ?」
「なんでも、見合いをしても相手の御令嬢に一目顔を見られた瞬間に断られるとか」
「そんな失礼なことをする女がいるのか」
サリエルが呆れて思わずフォークの手を止めた。
「その場で断られるわけではございません。その場で察するんだそうです。
御令嬢が泣きそうな顔になるので。
ジェス殿は、ご自分の顔が強面すぎるのがいけないと……そう仰るのですよ」
「そこまでか?
ジェスの強面は3日もすれば慣れると思うがな」
サリエルが眉間に皺を寄せそんなことを言う。
「私もそう思います。男なら半日、女性なら3日くらいで慣れるだろうと思われます。
一目で断ってくるような御令嬢は結婚されなくて正解です」
ルシアンは『なんか、父上たちすごい話をしているな』と思いながら聞いていた。子供ながらにジェスの顔はそんなに問題があるんだろうかと思い浮かべる。悪い顔ではないと思う。どちらかと言うと格好良いだろう。
何がいけないんだろうか。
「でも、父上。マリエ夫人のところのララは、ジェスのこととても素敵だって言ってたよ。
ジェスは女から見ても大丈夫なはずだよ」
ルシアンが二人に教えた途端、サリエルとハイネが目を見開いた。
「本当か? マリエ夫人のところのお嬢さんが?」
サリエルは思わず息子を凝視した。
マリエ夫人のご令嬢がルシアンと親しく会話する仲なのは知っている。彼女は卵を買いに来ると言う。
令嬢の他にも、ヴィオネ家にはマリエ夫人の知人の娘が家事手伝いに来ている。
サリエルの収入が上がってから来てもらうようになった。
週に4日程度で、朝から昼過ぎまでだ。長時間でないのはルシアンの秘密のことがあるからだった。
それ以前からもヴィオネ家とマリエ夫人の大牧場はなんとなく付き合いがあった。
「うん」
父に尋ねられルシアンははっきり頷いた。
「ララ嬢と言えば、末のお嬢様ですね」
ハイネが記憶を辿る。
「どのお嬢さんかわかるのか」
「ええ。マリエ夫人がしばしば自慢がてら教えてくれますので。
ララ嬢は、マリエ夫人がもう子供はたくさんいるからこれ以上は要らないかしら、と思って4年ほど経ってすっかり油断してたら身籠られたという記念すべき末のお嬢様だそうです」
「……自慢話なのか、それは」
「娘たちの中で一番の器量よしだとか」
「それは確かに自慢だな」
「ララが器量よし?」
ルシアンが尋ねる。
「違うのか?」
サリエルは息子に尋ね返した。
「よくわからないから聞いただけです。
器量よしって美人ってことだよね」
ルシアンが首を傾げる。
「ララ嬢はかなり可愛らしいお嬢様かと思われます。私もそれなりに審美眼を鍛える環境にいたこともございますから自信はございます」
――へぇ。
サリエルはマリエ夫人を思い浮かべてからまだ見ぬララ嬢を想像する。
――……無理だな。
早々に諦めた。
サリエルは『マリエ夫人を20キロくらい痩せさせて30歳くらい若返らせた姿を見られればいいんだが』とマリエ夫人が怒りそうなことを思った。
その後。
サリエルは「週に2度ほどはララ嬢はうちの卵と香草を買いに来られます」と言うハイネの情報から待ち構えてララ嬢をこっそりと盗み見た。
残念ながらサリエルには審美眼が足りないのか、ララ嬢が可愛いか否かよくわからなかった。
それらの話をルシアンはユーシスたちと会った時に伝えた。
当然、ユーシスとオディーヌからノエルたちへとすぐに知られた。
ルシアンは秘密の話とは思わなかったため、口止めもしなかったからだ。
◇◇◇
最近、ノエルとアマリエは浮かれていた。ふたりして相次いで第二子を身籠ったのだ。
ノエルは6年ぶり、アマリエは7年ぶりの御懐妊だ。
周りも喜んでくれたが、ノエルとアマリエは複雑な心境だ。
――そんなに喜んでくれるのなら、そもそも旦那たちをもう少し暇にさせてあげてよ。
おおよそ二人の第二子懐妊がなかなかなかった理由はわかっている。シリウスとジュールが忙しすぎたのだ。
――人間の女が妊娠するチャンスは月に一度、年に12回だけってわかってるのかしらね?
結婚してすぐの頃は「新婚さんだから」と多少は気を遣ってもらえた。だから第一子は結構、早くできた。
でもその後は二人の旦那は超多忙だったのだ。ノエルたちは国が荒れた状態だったのは知りすぎるくらい知っていたので何も言えなかった。
ともあれ、懐妊に伴いノエルたちの公務は激減されてしまった。万が一のことがあったら大変だと視察もほとんどなくなった。
はっきり言って暇だ。
そんなおりに、ルシアンやユーシス経由で何やら興味深い話が流れてきた。
当然、今日のティータイムの話題はそれだ。
「ジェスってジェス・メルローのことよね?」
とアマリエが尋ねた。
ジュールの妻アマリエは、ノエルとサリエル、ルシアンの血縁関係ももちろん知っていた。
「ええ。よくサリエルたちの担当をしてる騎士よ」
ノエルがうなずく。
「メルロー家ねぇ。
私が騎士やってたころ少し有名だった家ね」
「そうなの? なんで?」
ノエルは興味を引かれて身を乗り出した。
ジェスはふだんは陛下の近衛だ。なにも問題はないはずだろう。
「メルロー家は西の伯爵家でしょう。魔獣が多いって有名よ。
そういう領地は領兵が領地を守っているわ。領軍を維持する補助金も国から出ているし、ひどいところは税金の免除とか色々と配慮されてる。
メルロー家も、魔獣被害多発地域のひとつね。
騎士団も領兵では手に負えなくなったら手伝いに行くけれどね。基本は領兵が領の守りを固めているわ。
それでね、そういう領地は領主と領兵たちとの関係が大事なのよね。領主が領軍の長も兼ねているところは多いわ。
で、メルロー家は兼任はされていないんだけど。
領主と領軍との関係が良くないと言う問題のある家だったのよ」
アマリエの口調が徐々に熱を帯びたのはあまり良い話ではないからだろう。
「ジェスの家がねぇ、意外だわ。
ジェスは生粋の騎士って言う感じの騎士だもの」
「わかるわ。生真面目で強くて武骨よね」
アマリエが「そうそう」と頷く。
「騎士仲間だったのね」
ノエルはジェスの経歴を思い出した。
ジェスは前の王が剣術大会のジェスの活躍を見てサリエルの護衛にと騎士団から引き抜いたのだ。
元からの近衛ではないし、近衛の平均よりも高身長だ。
近衛は式典で整列したときの見栄えを考えて身長をおおよそ揃えて選ばれている。容姿端麗も近衛の条件のひとつだ。
前の近衛隊長はさらに家柄重視、実家の資産まで重視でおまけに隊長へのおべっかと付け届けで待遇を決めるという近衛の人事の私物化をしていた。
もちろん、これらは昔の話だ。
どちらにしろジェスは平均的な近衛とは少し毛色が違う。魔獣退治に駆り出される騎士団よりの騎士だった。
「騎士団も、魔獣の多い領には遠征するけど。
メルロー伯爵領にもしばしば駆り出されたのよ。なにしろ、魔獣危険地帯だから。
メルロー家は魔獣に慣れていたわ。領兵たちも、領民たちもね。
ただ、先代領主だけ慣れてなかったんだわ」
「前の領主に問題があったってこと?」
ノエルが眉をひそめる。
「そうよ。騎士の立場からするとね。
領地の安全は魔獣が増えているような非常時には最優先事項だわ。領兵たちの装備から待遇から、なによりも大事にすべきよ。
それがわかってないのよ。だから領兵たちが疲弊してたわ。
ジェスはそんな領兵と領主との間に立って苦労している様子だったの。
まだずっと年若い学生だったというのに」
アマリエの口調が自然と荒くなる。
「それって、シリウスが国を出ていて魔獣の害が増えているときね?」
「ええ、一番問題が大きかったころはね。
でもあの領地は領主が存命のころはずっとそういう状態だったみたい」
「亡くなったの? 前の領主」
「そうなのよ。夜間に邸の外壁の修復箇所を見に行って魔獣にやられたと聞いたわ。
もう何年も前の話よ。
今の領主はジェスの兄上ね。父親と領軍とのいざこざを長年みていたからか、悪しき前例を踏まえて良い領主様みたい。
騎士団と、メルロー家領軍との連携打ち合わせのときもごく穏やかだったらしいわ」
「良かったわね。領主が死んでるのだから良かったって言うのもなんだけど」
「言っていいわ。あの領地で領兵をないがしろにするなんてあり得ないもの!」
アマリエが辛辣に言いきる。
騎士からすればそう言いたいだろう。
「そうよね!」
ノエルも遠慮なく頷いた。
「ねぇ、それで、ジェスはメルロー伯爵家次男よね。
マリエ夫人の大牧場のお嬢さんはどうなのかしら。
ジェスのご実家から許しが得られる?」
アマリエが尋ねた。
「ルシアン経由の情報だけど、マリエ夫人の家は子爵位を持ってるらしいわ。
ほら、前の国王陛下の時に、一時期だけ陞爵を大盤振る舞いした時があったでしょ?」
「あぁ、魔獣が異常に増えた頃ね。
狩人たちに頑張ってもらおうと、功績を挙げた者に男爵位を授けまくったやつ」
「それよ。
王妃が自分ちの子爵家が傾いたのに平民がぞろぞろ男爵になるのは面白くないからって、あっという間に打ち切りになったやつよ」とノエルは眉間に皺を寄せて話を続けた。
「あの時に子爵になったんですって。
元々は、男爵位を持った大地主だったのね。それで嫡男のご主人は大牧場の跡を継ぐまで狩人業をしてたらしいわ。大物を狩って実家の陞爵をしてもらったという話。
それにマリエ夫人のところはかなりの大規模大牧場で、ちょっとした豪商並みに手広くやってるらしいわ。
『ファロルの乳製品』って聞いたことあるでしょ」
「あるある。すごいわ、有名じゃない? 美味しいのよね」
アマリエが目を輝かせる。王都のクリーミーな味を愛する女性の間で有名な名だ。
「絶品よね。色々手間かけてるらしいわ。餌とか乳牛のお乳の清潔に気を付けたりとか」
ノエルは美味しいもの好きな侍女たちから得た情報を教えた。
「もしかして結構な資産家?」
アマリエが身を乗り出す。
「そんなボロ儲け的な経営はしてないらしいけど、裕福な牧場だと思うわ」
「ご実家の説得材料にはなるわね。
伯爵家の出でも次男は爵位は貰えないもの。ジェスは騎士爵もちだけど。
あとは本人次第ね」
「ジェスがララ嬢との愛を育むのなら、力になるわ」
アマリエがそう言い出し、ノエルも便乗した。
「私も!」
のちに、ノエルはシリウスから、
「……ちゃんと本人たちの了解を得てから走り出すんだよ」
と言われたので話を聞くことにした。
お読みいただきありがとうございました。
2話目は9時くらいに投稿予定です。




