開拓村の秘密、森の狩人の物語2
ブクマや評価をありがとうございます。「開拓村の秘密、森の狩人の物語」でした。
また次話は日にちを空けて投稿いたします。
フィシスは自分のことを「出来損ない」と言う。
そんなことはないとルカは伝えるが本人は信じないとルカはため息をついていた。
フィシスの能力はただ「聞くこと」に特化しているだけだ。
フィシスの夫ルカ・ミシェリーはノエルにそう教えてくれた。
フィシスは国神の加護を持っているために大抵のところは安全に行けた。数人の護衛を連れ気軽に草原や森の「物語」に耳を澄ませに行った。気になるところへは何度も足を運んだ。
フィシスが魔の森の物語を知っていた理由だ。
ノエルは、ミシェリー領の邸で暮らすフィシスに手紙を書いた。
事情を説明して知りたいことを伝えた。
フィシスから返事が届いたのは10日後だった。
ノエルの手紙を読んですぐに記憶を辿り、返事を書いてくれたのだ。
フィシスからの返答は悲しい知らせではあったが、イネスに内容を伝えることにした。
最後まで王宮に陳情に来ていたのはイネスだけだった。開拓村に残っていた村人は他に身内などがいなかった。だから開拓村に残ったとも言える。
フィシスが植物の感応力者であることは秘密なため、関わる部分だけを残らず書き写して渡した。
『樹木の精霊のお話を聞ける方がおられるのです』と説明をし、秘密にするよう頼んだ。
イネスは溢れる涙を堪えきれない様子だった。
「わかってはいたんです。
マルクは、私の作った魔導具を使ったんですね」
と彼女はぽつりと呟いて帰っていった。
◇◇
フィシスからの返答でわかった。
フィシスは魔の森で瘴気に曝され魔に捉えられていった木々の声や嘆きを聞いていた。
あるとき森に逃げ込んできた狩人の最期を手紙に記してくれた。
ロキ村の狩人たちの多くは魔導具を持って魔の森へ入る。
魔獣を斃すためでもあるが、もう一つの理由があった。
人を食らった魔獣は人の味を覚えると村を襲いに来る。
ゆえに、もしも森の中で怪我をしてもう村には帰れないと悟った時、その攻撃用魔導具を使う。
イネスの作る魔導具にはわずかだが光魔法が込められている。
込め方がある。
光魔法属性を持つ植物型魔獣の素材はそのためのものだ。
それで、もう終わりだと悟った時に自害するのに使われる。
そうすると光魔法を纏った遺体は魔獣に食われなくて済む。
ちょうど、マルクが行方不明になった頃。
魔の森にひとりの狩人がやってきた。
狩人はひどい怪我をしていた。ドーソンたちがやったのだろう。
狩人は自分の命が尽きるときに故郷の森の木に話しかけた。
もう自分は終わるんだ、と。
6人の村の仲間のうち、2人は助けられた。
残った4人はもう元の村人じゃない、ならず者になっていた。
仕方がない。
好きな娘がいたけれど、気持ちは決して伝えられなかった。
自分は20歳も年上で、おまけに魔の森で無理をして狩りをした。
うんと早くに死ぬだろう。だから、何も言わないんだと。
若葉色の綺麗な瞳をした子だったと狩人は言い、この森の木も、昔は春に同じ色の葉を芽吹かせただろうと傷ついた手で幹に触れた。
それから、狩人は魔導具を使って亡くなった。
◇◇
マルクに助けられた狩人2人はおそらくどこかにいるのだろう。
4人の元ロキ村の村民は殺された可能性が高い。
他の2人の身元不明の遺体も、また他の狩人かもしれないし流れの商人などかもしれない。
ノエルはここのところずっと気落ちしていた。
最近は付与魔法の仕事以外は何もやる気が起こらないらしくソファでただ座っていることが多かった。
「シリウス。
前の王妃は、ドレスをあつらえるのが大好きだったそうね」
ノエルはぼんやりと呟いた。
「そうだね」
シリウスはノエルの隣に腰を下ろし妻の髪を撫でた。
結婚の儀で幸せにする、生涯守ると誓ったのになかなかうまくいかない。
災厄の王と言われた前王の後始末は悲惨なものばかりだ。
ノエルには言えないようなものもある。
全てを話せば妻の心は病んでしまうかもしれない。
「私、二度とドレスは作らないわ」
「ノエル。そう極端なことを言わないでくれ。
ドレスに罪はないよ。
ドレスを仕立てる職人たちにもね」
「ドレスを1着作るお金があったら、開拓村に役人を視察にやるお金があったのよ」
シリウスは慰めるようにノエルを抱きしめた。
「だが、王妃に国王が籠絡されている状態なら結果は同じだったよ。
ノエル。
あの女はろくでなしだったが、仕立て屋と劇場と宝飾品の職人は潤った」
シリウスの言いたいことはわかる。けれど、頭でわかるのと心が受け入れるのとは違うのだ。
「もう言わないで。
今はとても無理」
「すまない」
「謝らないで。済んでしまったことで、シリウスのせいじゃないわ」
「もうこんな悲劇は起こらないようにする。
それに私たちの子供の世代はきっともっと賢いだろう。
できるだけ良い世の中にして継がせてあげることを誓うよ」
◇◇
あれから日が過ぎてロキ村は少しずつ復興している。
本当は風光明媚な良いところだと言う。
魔の森はリヴラス領と隣のメレス領とで世話をすることになった。
ロマン団長が狩った竜の素材はロキ村の復興に充てたという。
ノエルのお腹には小さな命が宿っている。
王弟ジュールのところには可愛らしい小さな女神が生まれている。
サリエルとゼラフィの子はルシアンと名付けられた。
3年後。
王宮の庭園には幼児と妃たちが戯れていた。
快い日だった。
芝生の上は転んでも安全だ。
「アマリエ。見て、オディーヌがビオラを摘んでくれたわ」
ノエルが小さな花を見せた。
「ノエル、ユーシスもよ。可愛い花束。
きっといい男になるわ、女を泣かせるわよ」
アマリエが「ありがと」とユーシスの髪を撫でた。
「アハハ、そう?
オディーヌは今日は紅薔薇の妖精みたいよ。
ねぇ、シリウス。オディーヌは緋色が似合うわよね」
シリウスは心中で苦笑し、顔では朗らかに微笑んだ。
「とても良く似合ってる」
「ノエルが贈ってくれたんです」
アマリエがシリウスに笑顔を向けた。元女性騎士のアマリエは背が高く少々しっかりした体躯だが、黙って座っていれば可憐な女性だった。
「ノエルは見立てがいいからね」
さりげなく妻を褒めておく。
――あんなにショックを受けてたのになぁ。
ノエルは一時期、本当にドレスを買わなかった。
侍女が苦労して古いドレスをレースやフリルでデザインを変えて着回しをしていた。
ところが、ジュールのところにオディーヌが生まれ歩けるくらいに育つと、あっさりドレス節約生活をやめてしまった。
オディーヌを着せ替え人形のように着飾らせてジュールの妻アマリエと喜んでいる。今日のオディーヌの服は遊び着だが、レースや金糸銀糸の刺繍をあしらった幼児向きのドレスがあるのだ。
――幼児はすぐ大きくなるのになぁ……。ノエルは自分で稼いでいるけどね。
オディーヌはそこそこ我儘に育っている。
シリウスは、若干、心配していた。
父親であるジュールも蕩けそうに愛娘を可愛がっているのだ。
寡黙なジュールが娘にだけは口数が多い。
ジュールはあの前の王妃を「顔を見ると本気で吐き気がするほとおぞましい女だ」と毛嫌いしていた。
まさか愛娘を甘やかしてああいう風にはすまい……と思う。
シリウスは自分の息子は厳しく育てようと思っている。王家の帝王学はしっかりと復活させた。
幸い、ノエルは息子を着せ替え人形にする趣味はないらしい。
ふと気づくと、オディーヌが小鳥に近づいている。
すぐに小鳥は飛び立つだろう。
二人の母親は何かお喋りに夢中になっているようだ。遊び疲れたユーシスは母の膝で微睡んでいる。
――鳥が……飛び立たない?
オディーヌは小鳥に手を差し伸べた。
小鳥がふわりと飛んでオディーヌの掌に乗った。
鳥は何かを話すように囀っている。
オディーヌは小鳥に微笑みかけて頷いた。
――まさか……。
オディーヌが小さな手を掲げると、小鳥は軽やかに舞い上がる。
「あら、可愛い鳥ね」
アマリエが朗らかに鳥を見上げた。
「ケーキの屑をあげれば良かったわ」
ノエルが日差しに目を細めて鳥の行方を見つめた。
小さな鳥は可憐な声で歌うように囀り、彼方へと飛んでいった。
シリウスは『何も案じる必要はなさそうだな』と、天の園のようなひとときの出来事から我に返ると思った。




