【3】
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今日は2話投稿します。2話目の投稿は9時になります。
ノエルの学園生活が始まった。
入学してから4日後には、またアルノールと会って打ち合わせをした。
ノエルはもしもクラスメイトに何か聞かれたら「奨学金を貰っているので教務の手伝いをしている」と答えることになっている。
この日は卵以外の物に結界の付与をした。
革製の籠手に結界を張るのは難しかった。素材や形によってやり難さが違うようだ。
「ノエルは、騎士たちが剣に纏わせる炎や雷と付与魔法を混同させているけれど、別物だからね。
騎士たちが剣に炎や雷を纏わせるのは、魔導士の短杖を剣に替えただけなんだ。
騎士が剣を手放せば纏わせていた炎は消える。余分な魔力は霧消して終わりだ。
剣に留めておくことはできない」
「無駄になってしまうんですね」
「そもそも、騎士たちは、剣に魔力を貯めるなんて思ってないからね。
ふつう無駄な魔力と言えば、魔法の効率の話だよ。
こめた魔力を全て魔法に変換できるかは、魔導士の技術次第なのでね」
「なるほど……」
「そうだ、ノエル。
君は大事な得意魔法を私に教えているのだから私も教えてあげよう」
「ロシェ先生の得意魔法ですか」
ノエルは目を見開いた。
――それは興味津々だわ。
ノエルがどきどきしながらアルノールが告げるのを待っているとアルノールが苦笑した。
「そんなに楽しみそうにされると照れてしまうな。
ノエル。袖をめくって腕を見せてくれ」
そう言われてノエルは戸惑った。
正直、火傷の痕だらけの腕は、ノエルにとって醜く辛いものなのだ。
それでも、アルノールの得意となにか関係があるのだろうと思い、袖をそっとめくった。
アルノールがノエルの細い腕を手に取る。
男らしい、大きな手だった。
アルノールは魔導士だからか、背は高いが体つきは細いように見えるがやはり男性だ。
その手は、ノエルとは比べようもないほどしっかりしていた。
ノエルが戸惑っていると、ふわりとアルノールから魔力が流れてくる。
――あ、温かい。ひとの魔力って温かいんだ。
すると、信じがたいことに、ノエルの引きつったような火傷痕が少しずつ薄くなっていく。
「え?」
さらに見つめているとすっかり綺麗になってしまった。
「あ、あの、火傷……が」
「私の得意魔法だよ。治癒なんだ」
アルノールがにこりと微笑む。
ノエルの目からぶわりと涙があふれる。
「ああ、そんな泣かないでくれ」
アルノールが焦ったようにノエルの髪を撫でる。
「せんせ、あ、ありがとう、ございます」
「ひとに言ったらダメだよ」
「言いません、永遠に言いません。
誓います」
「約束だね」
アルノールは、ノエルが泣き止むまで優しくノエルの髪を撫で続けた。
◇◇◇
ノエルが新入生説明会で居眠りしたときに隣にいた学生は、ディアン・ルロワという侯爵令息だった。ルロワ家はけっこう裕福な家だった。噂に出るくらいに裕福だ。
なぜ、王立学園ではなくて国立学園? とディアンに尋ねてみた。
ディアンは、あれから、居眠りの縁で気安く話せる友人になっていた。
「今、王立学園中等部には王族が通ってるからな。公爵令息も何人かいるし。
面倒だろ? おかげで警護が厳重なんだ。
授業内容は同じだし、学歴としても遜色ないし。
こっちの方がいいよ。
俺は三男だから自由にさせてもらった」
「王族って誰?」
「ノエル、何も知らないのな。
第四王子サリエル殿下だよ。ふたつ年上だってさ。
おそらく殿下は、高等部からは法学部だろうけどな」
「ふうん」
「サリエル殿下は美男で優しいから大人気らしい」
「美男? ディアンより?」
「……ノエルも人たらしだな。
俺よりだろ、もちろん」
「それは凄いね」
「だから、人たらし止めろって。
ノエルも可愛いけどな。そのくりくりの金の髪とかもさ」
ディアンが笑いながらノエルの髪を撫でた。
ディアンは、たまにこういうスキンシップがある。ノエルは嫌われて育ったので慣れていない。
アルノール教師にも撫でられたが、あれは憐れまれたのだろう。ノエルが泣いてしまったからだ。
父性愛というものか。
ノエルには縁のなかったものだ。
ずっと年上の教師に恋するほどノエルはませていないために、アルノールはお父さん枠だ。
こんな素敵な優しいお父さんだったら、どんなに幸せだっただろう。
同い年のディアンに触れられるのはまた別だ。
最初のうちは固まってしまった。今でも戸惑うけれど、嫌じゃない。
クラスメイトに「ふたり、恋人か」と揶揄われたこともある。
ディアンが即行で「違うっ!」と否定していたのがちょっと悲しかったし、ムッと来た。
「そこまで思い切り拒絶されると感じ悪いんだけど……」
「いや、だって、誤解されると女性側のほうが困るだろ」
ディアンが慌てて言い訳をした。
単なる言い訳だ、どうせ本音が出たのだろう。
「それはまぁ、そうだけどね……」
拒否されても無理ない。
ノエルは典型的な「不良物件」だ。
ヴィオネ家は貧しくて有名らしい。クラスメイトがそう話していた。
ふつうなら、貧しいなら目立たないだけだろう。
でも、ヴィオネ家は歴史だけはある古い伯爵家だ。
古い高位貴族は、魔導士の家系が多い。
戦時に魔導士として活躍し、領地と爵位を賜った。
ゆえに、名前だけは知られていて、今では貧しい村がふたつきりの領地しかないというのも「領地配置図」を見れば一目でわかる。
その上、ノエルは次女だ。ノエルと結婚しても婿入りはできない。
たとえ、婿入りできたとしても貧しい暮らしが待っているだけだ。
次女のノエルを嫁にして婚家と繋がりを持っても、ヴィオネ家ではなんら得はない。
ディアンは裕福な侯爵家の子息でおまけに美形だ。サラサラの焦茶の髪に紺色の瞳をしている。
良い婿入り先は幾らでもある。
一緒にいて楽しいディアンにノエルはどうしても惹かれるが、同時に駄目に決まってるのも心得ている。
――こんなんだったら、もういっそ平民になった方がよほどいいかも。
勘当してくれないかな。
あの家と関わるとろくなことないし。
ノエルは、どうせ結婚など出来ない。
なによりも自由になりたい。
中等部を卒業するころには15歳になる。
頑張って、高等部も奨学金をもらう予定だ。
高等部卒業時には18歳で成人だ。
――「飛び級」できたら、早く卒業して王都を離れるのもいいな。
アンゼルア王国の学園では、高等部に「飛び級制度」がある。
成績優秀者は、希望すれば早く卒業試験を受けられるのだ。合格できれば卒業証書をもらえる。
国立学園卒業の学歴があれば、就職先はいくらでもあるだろう。
どこか遠くで働こうと思う。
ヴィオネ家のヴの字も聞かない遥か遠くで暮らすのだ。
そんな想像だけで、幸せな気分になれる。
◇◇◇
入学して1か月が過ぎた。
今日の魔導理論はペアになっての実技だ。
――……憂鬱。
ノエルは、女子に嫌われている。
初め、理由がわからなかった。
しばらくして、ようやくわかった。
ディアンに婚約申し込みをして断られた伯爵令嬢がいる。
エリーザ・コリンズという。
赤茶の髪に碧眼で、化粧が濃い。
12歳で厚化粧って、かなり目立つ。
貴族令嬢はみんな化粧をしているけど、中等部1年ではさすがに薄化粧だ。
ノエルも化粧してみたいけど化粧道具を買う金がなくて、すっぴんだ。
エリーザとノエルが化粧を半分ずつ分け合えば丁度よいんじゃないかと思う。
そのエリーザが、クラスでノエルの悪口を言いまくっている。
エリーザは、初等部から国立学園に通っていて友人が多い。
女子はエリーザの味方だ。
エリーザが陰口を叩いている内容は「婚約者でもない男といちゃいちゃしている、はしたないビッチ」。ビッチというのがノエルのことだ。
ノエルはビッチっぽいことはしていない。
いちゃいちゃもしていないつもりだ。
ときどきディアンに髪を撫でられているが、ディアンはノエルのことは恋人ではないとはっきり否定している。
たったこれだけのことでビッチ呼ばわりされるのは納得がいかない。
ノエルは、ペアで授業を受けるときはいつも余りもの同士でリンダ・ナゼルと一緒になる。
リンダは短気なのだ。
姉のゼラフィと似ている。すぐに怒って怒鳴りだす。
今日もリンダと一緒か、とうんざりしていたら、なぜかライザ・メリソンが声をかけてきた。
最初の自己紹介で、メリソン子爵家の次女とノエルは記憶している。
金茶色の髪に綺麗な緑の瞳をしている。格好良い、背の高い令嬢だ。
「一緒に組まない?」
素っ気ない言い方だが、リンダと組むよりはよほどマシだ。
「あ、うん、もちろんいいわ」
――いつも組んでる友達はどうしたんだろ?
ノエルが疑問に思いながらも答えると、
「いつも一緒のジェーンは、婚約者と組みたいのよ」
ライザの視線の先には、灰色の髪の可愛い子が小柄な男子と仲よさそうに話している姿がある。
「へぇ。婚約者と組むとかもあるのね」
ノエルはそんなことは考えたこともなかった。婚約者なんて自分とは無縁の存在だ。
「これからそういう子は増えると思うわ」
「ふうん。
あ、そう言えば……」
リンダはどうするんだろう、と思いながら教室を見回すと、前の方の席でなにか言い合いをしている。
リンダがいる辺りだ。
怒り顔のリンダの隣に泣きそうな顔の令嬢がいた。
リンダは焦げ茶の髪をひとつに縛っていて、となりの気弱そうな令嬢は黄色い髪をふんわり肩に垂らしている。
「私がノエルさんと組むって、アルガン先生に伝えておいたから。
今日はあのふたりが組むわけよ」
ライザはそう言い、肩をすくめた。
「あのアニーさんってひと、アルガン先生のお手伝い係じゃなかった?」
ノエルがライザにこっそりと耳打ちすると、ライザが呆れた。
「あなたねぇ……。
そんな『係』があるわけないでしょ。女子がどうしてもひとり余るからって、あの子が先生にペアを組んでって泣きついたのよ」
ライザも耳打ちするように小声でノエルに教えた。
「へぇ。そんな手があったの」
ノエルは、リンダと組むくらいならそうさせて貰えば良かったと思った。
「ふつうはそういう場合は、3人組を一つ作るものよ。
……自分もそうすれば良かったと思ってるわね?」
「いや、まぁ。だって、誰でもそう思うでしょ?
リンダはすぐに怒鳴るのよ」
「その気持ちもわかるけどね。
美男のアルガン先生を独り占めすると女子の風当たりがきつくなるわよ。
女子たちに、よけいに嫌われたくないでしょ?」
「やっぱ、嫌われてるわよね、私」
ノエルはさすがに気落ちした。
「私は、コリンズ嬢の言う悪口はただの嫉妬だってわかるけど。
あの女たらし風のルロワ侯爵家の子息に、髪を撫でられて黙ってるのは感心しないわ」
「え? そ、そう?
はしたなかったかな……」
「そうよ。ああいうイチャイチャは婚約者とすべきね」
「そっか……。気を付けなきゃね。
誤解されるわ」
「もうされてると思うけど。まだ挽回はできるわ」
「うん、ありがと。教えてくれて」
礼を言うと、ライザは目を見開いた。
「あなた、けっこう素直ね。
いつもひとりでツンっとしてるから、もっと感じの悪い子かと思ったわ」
「ひとりなのは友達がいないだけなんだけど……。
中等部で入学したら、もう、みんな、初等部からの友達とくっついてたじゃない。
私はその中に入り込むのに失敗しただけだし」
国立学園の騎士科が人気なのは知っていたが、魔導科も人気らしい。
国立学園は魔導士の育成のために国が作った学園だけあって、魔導科には力を入れているし、伝統もある。
ゆえに、初等部から魔導科に通う貴族の子もそれなりにいた。
「あー、まぁ、そうね。
あと、茶会とかで知り合った友達とかもいるしね。
私はジェーンとは茶会で知り合ったのよ。
ノエルさんは、そういうの出てないの?」
「茶会なんていう上品なものとは無縁だったわ」
「……茶会が上品?」
ライザが怪訝な顔をする。
喋っているうちにペア決めも済んだ。
相変わらず不機嫌顔のリンダと目をうるうるさせたアニーがペアだ。
実技の授業中、アニーが何度もアルガン教師に助けを求めて何度も授業を中断することとなり、クラス中から顰蹙を買っていた。
ライザとはそれからよく喋るようになった。
ライザの親友のジェーンがいつも婚約者と一緒に居るようになったからだ。
――婚約者に簡単に乗り換えて、それでも親友なんだ……。
友達のひとりもいなかったノエルにしてみれば、親友という言葉の幻想が崩れた気分だ。
友情よりも恋愛の感情の方が強いものらしい。
――まぁ、気の毒な子供の虐待よりも恋愛優先の侍女もいたし。
人なんて、そんなものなのね……。
ノエルは、ヴィオネ家の侍女に厩の掃除を押し付けられたことがあった。
いつも優しいフリをしていた侍女は、裏で厩の男といちゃいちゃしていた。その侍女が母に「厩の手が足りてないようです」「ノエル様に手伝ってもらえると助かるみたいです」と話してるのを聞いてしまった。厩のためではない、恋人の時間を空けさせるためだ。父が厩の下働きを辞めさせたからだ。
明くる日。
ディアンと喋っていると、またディアンがノエルの髪を撫でようとした。
ノエルはさりげなく避けながら、
「ディアン。
私の評判が悪くなるから、それはだめ」
と断った。
「ハハ。
評判って?」
「すごい不本意なんだけど、びっち……とか」
ノエルの最後の言葉は消えそうに小さくなった。
「なんだよ、聞こえない。
もっと大声で言えよ」
ディアンがノエルの方に顔を寄せる。
「良い言葉じゃないのよ!
淑女に言わせんな!」
「淑女が『言わせんな』とか言うのかよ、ホント、お前、面白いな」
「面白いって、悪口でしょっ!」
「いや、褒めてるって」
ディアンは笑いながら男子の仲間の方に行った。
――なんとか阻止できたわね。
ノエルもライザの方へ行った……が、ライザが微妙な顔をしている。
「ライザ、どうしたの?
お腹でも痛いの?」
「いや、まぁ。
頑張ってるのは認めるわ……」
ライザはふたりのじゃれ合いを見ていて思ったのだ。
――ディアン・ルロワって、けっこう腹黒じゃない?
と。
ライザは、ディアンは絶対わざとやっているように見えた。
ノエルの評判を落とすようなスキンシップを、故意にやっているのだ。
とは言え、侯爵令息のディアンに逆らうのは難しい。
それに、ライザの印象だけで決めつけるのもマズいだろう。
――たちの悪いのに目を付けられたわね、ノエル。
せめて私は友達でいてあげようかな。
ジェーンは婚約者に夢中だから、今のところひとりだし。
その後、ライザはノエルの世話係を自然とするようになった。