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闘いは突然に!開拓村の秘密7

ブックマークやお便り、評価などをいただきありがとうございます。

「開拓村の秘密」全7話の予定でしたが、続きと足りない部分を追加で明日と明後日に投稿いたします。

「森の狩人の物語」(全2話)です。

m(_ _)m

よろしくお願いします。








 ノエルはあれこれと考えながら尋ねた。


「恋人について行って伯父様のお世話になるのはできないのかしら」

「彼は伯父の家で居候して修行をするのよ? そこに女を連れて行くの?

 劇の中でも彼の両親が必死に願って修行が叶った、と言う台詞を彼が言ってたわね」

「……駄目だわ。

 却下ね」

 ノエルは渋い顔で首を振った。

「そうね。常識的に考えて無理でしょうよ」

「彼女には他に頼れる人はいないんですよね?」

「居たらとっくに頼ってるわね」

「彼女の両親を殺したのは確かに叔父なんですね?」

「劇ではそう暗示させてたわね。不自然な事故で両親は亡くなってるのよ。

 なぜもっと調べないのかと歯痒くなるような事故ね。

 叔父の人柄はやりかねない人よ。きっとやっただろうなと思うような人。

 誤解とかではなくて、本当に性悪なの。

 叔父は公には疑われていないけどね」


 馬車の事故を装ったか、盗賊を使ったのかもしれないとノエルは考えた。

 事件の調べが十分で無い領地はたくさんある。王都内でもあるくらいだ。残念ながら不自然でなく信じられる設定だ。

「彼女と叔父が住んでいるのは元々は彼女の邸ですよね。

 彼女は別邸の隠し通路を知っていたくらいだから、本邸に忍び込めるんじゃないかしら?」

「あり得る話ね。別邸に隠し通路があるくらいだもの。邸には逃げる通路を作ってあるでしょうね」

「そうしたら……金目のものを盗んで逃げてどこかで彼が帰ってくるのを待つと言うのは?」

「悪くないわね。

 ただ叔父は宝物庫はしっかりと自分と用心棒とで管理してるわ。彼が戻るのは劇の中では早くても3年後。それほどの金目のものを盗むのは難しいわねぇ」

「それなら当面の生活費分だけ盗んで働けばいいわ。職業斡旋所で仕事を見つけるの。

 食堂の給仕でも子守でも」

「それなら身分証がいるわね。叔父は抜け目のないやつだから厳しいわよ。

 あと、ご令嬢は生粋の箱入り娘」


 ノエルは身分証がないと職業斡旋所は利用できないことを思い出した。

 身分証の再発行は「訳あり」の彼女には無理だろう。

「馬を盗むのはどうかしら? 一頭でも売れば1年間は暮らせるわ。その間に身分証の要らない仕事を……。

 箱入り娘には難しいかもしれないのね……」

 ノエルの言葉が尻すぼみになる。

「そうね」

「わかったわ。

 まず叔父に睡眠薬を飲ませるわ。

 薬は薬師の恋人に貰うんです。眠れないからと言い訳をして」

「フフ。

 報復の始まりね」

 こんな不穏な会話だというのにフィシスの声は楽しげだ。

「それから、叔父の足の骨を叩いて砕きます」

「あらまぁ。それで?」

「死なない程度に階段から落として事故を偽装します」

「優しいこと。死なない程度に、ね」

「目の前で愛する人が惨殺されてたらわかりませんが、少し微妙なのでその分を加減したんです。

 足が砕けているなら動けないし、上手くすれば結婚しないで済むでしょう。

 介護しているフリをして時間を稼ぎながら彼が修行を終えて迎えに来るのを待つんです」


 箱入り娘に出来るか? は多少疑問だが、ノエルは働き方や馬の盗み方はわからなくても男の足を鈍器で叩くのは出来るだろうと考えた。あとはやる気の問題だ。


「なるほどね、ノエル。あなたは勇ましいわ、戦う王妃ね」

 フィシスにそう言われて、ノエルは「ぇ?」と固まった。

 どうやら失敗したらしい。戦う王妃などノエルは求めていない。なりたくない。

「私なら修道院に逃げ込むわ」

 フィシスの答えにノエルは「その手があった……」と項垂れた。とんでもない謀略を語ってしまったかもしれない。


 ――あーでも、大人しく修道院に引っ込むのも悔しい気がする。それに修道院って過酷な環境のところもあるし、そう簡単には出られないって言うし……いやでも箱入り娘には修道院の方がいいのかしら。

 ノエルが悶々と考え事に浸っているうちにフィシスに「ふふ」と笑われて我に返った。


「もしも修道院という逃げ場がなかったら……あるいは修道院があまりに遠くて行けないような場所だったら、どこかで毒キノコか毒草を採ってきてスープに入れておくかもね。寝たきりになるくらいのを選ぶの。

 不審死されるよりは調べられないでしょ? 叔父は騒ぎ立てしたくないでしょうし」

「何も抵抗しないでバルコニーから飛び降りるより健全な気がします」

 ノエルは未だ脱力したまま答えた。

「『健全』ねぇ……。きっと実際には世間の多くの意見は叔父と結婚しておけ……でしょうけどね」

「そうかしら。世間って結構、女に冷たいのね。

 性悪な仇に純潔を奪われると言うのに」

 ノエルは思わず眉間に皺を寄せた。

「まぁね。だって何もできない貴族令嬢には選択肢なんてほとんど無いもの。

 一人で街歩きもしたことがないのよ? そんな娘が家を失えば即、娼館行きでしょうよ。人買いに攫われたらもっと悲惨ね。

 だから劇の少女は身投げをしたのだし、観客の貴族たちはそれで納得したわ。

 舞台では人気の歌姫が会えない恋人への想いを美しくも哀れに歌いあげたわ。窓から身を投げる場面では女性の観客はハンカチが足りなくなるまで泣いたのよ、素直にね。ノエルみたいに『胸糞が悪い』なんて言わずに」

 ノエルが気まずそうにすると、フィシスは「素敵な答えだったわ。嫌味じゃなくてよ」と笑った。


「ところでね、ノエル。前の王妃はなんて答えたと思う?」

「……前の王妃様ですか。

 お会いしたこともないから、なんとも……」

「想像力を働かせてちょうだい。

 噂くらいは聞いたでしょう?」

「私の想像で良かったら……」

 とノエルはしばし考えた。

 王妃のことは悪い印象しかない。無理やり王妃になったと皆に言われていた。ノエルも捕まって冤罪を被せられそうになったのだ。

 ――我儘で自分の感情に忠実な人よね。


「恋人の男性に付いていってしまうのかしら。先のことを何も考えずに、とにかく逃げて付いていくんです」

「そうね、まぁ少しは近いかしら。

 正解は、恋人を叔父に紹介して認めてもらう、よ」

「え? でも……。

 王妃は劇を観たんですよね?

 叔父は兄夫婦を殺してまで娘と結婚しようとしてませんか?」

 ノエルは首を傾げた。

「そうよ。

 まぁ、叔父の一番の目的は兄の財産でしょうけどね。

 美しい姪を手に入れるのはついでかしら」

「姪の幸せを認める人ではないですよね? 舞台を観れば違う結論になるのかしら?」

「ノエル。

 元王妃の感覚をまともだと思わないことね。

 あの劇を観て、恋人を叔父に会わせようと思う人間なんて居ないわ。おかしいのよ。

 そんなことをすれば叔父はまず間違いなく恋人をならず者に殺させるか、あるいは薬師の修行を邪魔して路頭に迷わせるくらいはするでしょうよ。

 恋人を愛しているのなら絶対にありえない選択ね。

 王妃はそういう人間だったのよ。

 自分の欲望のためなら最愛の人に最悪な選択を強いる。

 自分のことしか考えられないように生まれついていたのか。そう育ってしまったのか。

 劇だけじゃなくて、現実でもそうだったでしょう」


 フィシスの言う通りだ。

 王妃の愛した国王は苦しみ抜いて死んだのだ。

 ノエルは空恐ろしくなった。

 先の王妃は麗人の顔をした悪魔のような気さえした。


 お暇をする間際になってフィシスはノエルに顔を寄せた。

「ノエルには感謝しているのよ、あの子たちを解放してくれたから」


 ノエルは意味がわからず戸惑った。

 フィシスはさらに耳元で囁いた。

「魔の森の木々は燃やされて喜んでいたでしょう?」


「あ……。はい」

 ノエルはあの微笑む炎を思い出した。


「やっぱり気づいていたのね」

 フィシスが満足げに頷く。

「気づいていたと言うか、気のせいかもしれませんが。木々が燃えていく炎が笑顔に見えたんです。

 何本も何本も燃やしましたけど。もう笑顔にしか見えなくて」

「気のせいじゃなくってよ。あの子たちはあなたに感謝を伝えたかったのね。

 北の魔の森は新しい森だったわ。

 だから、森は苦しんでいたわ。

 古い魔の森は、もうあれは森じゃない。木でもない。

 瘴気に冒されて違うものになってしまったのね。

 でも北の魔の森は違った。

 元に戻りたいのに戻れない。死にたいのに死ねない。

 私の愚弟のせいよ。馬鹿な弟。

 愚弟の尻拭いをありがとう」

 フィシスは優しくノエルに微笑みかけた。

「い、いえ、私はすべきことをしただけですから」


「お礼に、私の秘密を教えてあげる。

 お礼になんかならないかもしれないけど。

 私、植物の感応力者なのよ。不完全だけれどね、大して力はないの。

 ただ感じ取れるだけなの。幸か不幸か。

 無能だから無責任でいられたのは幸福ね。

 ルカのただの妻でいられたわ」

 フィシスは肩をすくめ、話を続けた。

「うちの王家にはね、時折変わった能力持ちが生まれるのよ。

 私は少しだけ『それ』だったのよ。

 たくさんの植物の物語を聞いたわ。魔の森の物語は苦しいだけだったけれど。

 耳には聞こえない物語は素敵よ」


 素敵と言いながらフィシスの微笑みは何故かノエルを切なくさせた。


「ねぇ、ノエル。今度はどこにそんな能力の子が生まれるのかしらね。

 私は出来損ないだったけれど、これから生まれる子はすごい子になるかもよ。

 私は無能で良かったの。でもその子たちは自分の能力を喜んで使うわ、きっと。

 だって、『それ』をするためにその子は生まれてくるんだもの。

 そうしたら大切にしてあげてね」

「はい、もちろんです」

「ふふ。

 あのね、私がルカに惚れたのは、彼は私が森の声が聞こえると言っても笑いも驚きもしなかったからなのよ。

 淡々と『植物の感応力者ですな』ですって。

 なんてことないように言うの。

 だから私、彼に結婚の申し込みをしたのよ」


 ノエルはフィシスに出会い不思議な心地で王都に帰った。


 あれから懐妊がわかった時はフィシスとの会話が思い浮かんでならなかった。

 7年前のことだった。


◇◇


 あの捕物騒ぎの後。北の魔の森は二つの領が共同で管理することが決まり、数年後にはさらに魔の森は後退し、かつての森の姿を取り戻すことができた。




「闘いは突然に!開拓村の秘密」本編(了)。ありがとうございました。

また明日、8時か9時に投稿いたします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 奥様の言葉が実ったのが、あの子だったんですね。 子供たちの世代に物語が移って、これからまた楽しくなりそうですw
[一言] うわ〜どんな能力持ちが生まれるんでしょう…(笑) 前王妃…マジで歪んでるね〜 ま、自分に正直っちゃ正直なんだろうが。
[一言] 休日に作品を探していて今しがた読破したところです。 面白かった。 本筋じゃないはずの設定にも作者さんの趣味趣向が見受けられて楽しく読ませていただきました。 学園編とか、はじめてのお使いとか、…
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