闘いは突然に!開拓村の秘密6
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転移の魔導具はルカ・ミシェリー公爵邸の中にあった。
ルカはあらゆる意味で有名だ。
偉大な魔導士は宮廷魔導士筆頭という地位にある。おまけに公爵。
領主会議では議長を務めている。本音ではルカは嫌がっているが公爵家は持ち回りで議長を務めると決まっているために断れなかったらしい。
ノエルは、ルカの弟君であるセオ・ミシェリー教授にはずっとお世話になりっぱなしなので、ルカ公爵とはほとんど面識がないにも関わらず恩人のような気がしていた。
ルカの妻は先の国王の姉だ。フィシスという麗しい女性だとシリウスから聞いた。
「変わった伯母上なんだ」とシリウスに言われてノエルは少々緊張していた。
お会いするのは初めてだ。
城のように立派なミシェリー公爵邸の豪奢な応接間でノエルはフィシスに紹介された。
艶やかな銀の髪に青緑色の瞳をした小柄な夫人だ。ご年配のはずなのにとても若く見える。失礼ながら、小柄なところがノエルにとっては親近感を感じてしまう。
「あらまぁ、可愛いのね」
と初っ端フィシスに言われるも彼女はほぼ無表情だ。
シリウスから『伯母上はお愛想の笑みは苦手で無表情に見える』と聞いていなかったらさらに緊張したかもしれない。
ノエルは指先まで気を付けながら挨拶をした。王妃教育で習ったマナーだ。
「そんなに堅苦しくしないでお喋りしましょう。男どもは片付けて」
「ぇ?」
片付けるというのはなんだろうとノエルが内心首を傾げているうちにご当主のルカがやってきてシリウスを誘ってどこかへ行ってしまった。
シリウスは一緒にいてノエルをフォローする気満々だったのだが、いかにも後ろ髪を引かれた顔で連れ去られた。
ノエルの方ではフィシスが静謐な雰囲気の女性だったのでさほど不安でもなかった。こんなにも高貴で年齢も違う女性の話し相手が務まるかは心許ないが『微笑んでただ相槌を打つ』という会話における伝家の宝刀はノエルでも使える。
「さぁ、若い娘さんと話すのは久しぶりだわ。
新聞のロマンスは読みましてよ、楽しかったわ」
まさか公爵家でも読まれているなんて露ほども思っていなかったノエルは一気に顔を熱らせた。
「あ、あれは、その、少々脚色されてるみたいで……」
思わずしどろもどろに言い訳をする。
「あら、私、知り合いのお嬢さんに確かめたのよ。とても真実に即した記事と聞いたわ。
学生の頃の王妃様は可愛くて有名でシリウスが気を揉んでいたんですって?
インタビューでもシリウスが『私より先に結婚を申し込まれたりしないか心配だった』ってあったわね」
――シリウスー! なんなのそのインタビュー!
ノエルは上手い言い訳の言葉も浮かばず頭を沸騰させ「ゆ、有名ではないです」とだけ呟いた。
変な噂は幾つも流されたが、可愛いで有名なんてそんな喜ばしい話は絶対に初耳だ。いったいどこの可愛い令嬢と勘違いしてるんだろう。
「うふふ。そう?
今回の王妃は良い子みたいで良かったわ。
前の王妃はひどかったもの。
あの王妃とは会った?」
「いいえ。お会いしませんでした」
「それは幸運ね。
話にならないのよ。神殿の鳩の方が賢いんじゃないかって思うくらい」
「そ、そうですか」
ノエルの脳裏に神殿で可愛がられて肥え太った鳩たちの姿が思い浮かんだ。
「あんな女を選ぶなんて、弟もどうかしてたわよね。
だって、性格も、頭も、家柄も悪いのよ。
お顔立ちは、まぁ綺麗だわ。
でも同じくらい綺麗な女はたくさんいるわ。
バラも、ユリも、ダリアも綺麗よ。どれを選んでも良かったのよ。
それなのに顔しか取り柄のないあの女を選んだ。
よほど閨の作法が良かったのかしら?」
ノエルは「閨」という言葉につい赤面した。
フィシスは「あらま、ウブね」とノエルの髪を白いほっそりとした指でさらりと撫でた。
その仕草があまりに綺麗で、色っぽくて見惚れた。
同性でも色気に当てられることがあるのね、とノエルは思った。
「綺麗ではない女でも、巧みな話術や仕草で男を虜にすることもあるわ。
でもあの王妃は、本当に何もなかったのよ」
とフィシスは肩をすくめた。
「か、会話って難しいものですわ」
ノエルはたった今も上手く会話できていない気がしてそう言った。
「あらでも、あなたは少なくとも私の話をよく聞いて理解してくれているわ。
ねぇ、あの女とは会話が成立しなかったんですのよ。
人の話を聞かないし、多少聞いたとしても理解しないんですから。
あの女は観劇がそれは好きだったのよ。特に歌劇ね。
あれもこれも、どれも観たって自慢げに言うのだから。
でも、だから感想を聞いてみても、ただあらすじを喋るだけよ。
しかも途中のあらすじがどうも変なのよ。寝ていたのかしらね。
感想って言ったら、違うでしょ。
ねぇ、ノエル。
そう思わない?」
「思います。でも、私、舞台って観たことがなくて」
「まぁ、シリウスはあなたを観劇に誘わないの?」
フィシスは訝しげな顔をした。いかにもシリウスが情けないとその表情が言っている。
ノエルは慌てた。
「忙しかったので。
本当は、一緒に外国に行ったらサーカスとか帝国の大劇場とか行こうって言ってたんですけど」
「忙しさを理由にするなんて、あの子も駄目ねぇ。
いいわ、じゃぁお喋りで劇を楽しみましょうよ。
例えば、あの女の観た歌劇の一つは悲恋だったわ。私も観た舞台でね。
本当は美貌の俳優たちの甘ったるい愛の会話といちゃいちゃぶりを楽しむ劇なのだけれど、あらすじだけで我慢してね」
フィシスにそう前置きされて、ノエルはこくこくと頷きながら「はい」と答えた。
「両親を叔父に殺された美しい少女が主人公よ。彼女は叔父によって別邸に幽閉されるの。
成人したら叔父と結婚させられることになっていたわ。
でもね、彼女は逃げ出すことができたの。隠し通路を知っていたから。
それで裏木戸から出てよく散歩に行くのよ。そこで若い男と出会うの。
綺麗な池のほとりでね。
王立劇場の舞台の素晴らしさったらなかったわ」
きっと絵みたいな舞台ね、とノエルは想像した。
俳優たちの愛の会話を楽しめるかは別として実物を観てみたくなる。
「男はね、薬師見習いなの。将来有望ね。でも今は貧乏。
家が貧しいから。だから技術を磨くために伯父の家に行くのだと娘に話すのよ。
彼女と彼の逢瀬は短い間だったわ。一夏の恋ね。
彼は粗末な指輪を彼女に渡して薬師になったら迎えに来ると伝えるの。
彼女は待ってるわ、と微笑んだ。
でも、彼女は待てないことを知っていた。叔父と結婚しなければならないから。
それなのに微笑んで彼と別れたの。
彼女は叔父と結婚式を挙げる前の夜に、彼と出会った時に着たワンピースを着て、彼のくれた指輪に口づけをしてバルコニーから身を投げて死ぬの」
ノエルはあらすじを聞き終えて眉間に皺を寄せた。
「胸糞の悪い悲恋ですね」
思わず感想を述べてしまった。
フィシスは目を丸くしてから「ホホホホ」と軽やかに笑った。
「面白い感想ね。
そうかしら。胸糞が悪いって叔父のこと?」
「叔父が第一位ですけど。そのご令嬢もどうして彼に相談しなかったのかしら」
「彼が貧しかったからでしょうよ」
フィシスが即答した。
「でも、それでも彼が帰ってきたら大ショックじゃないですか」
「でしょうねぇ。
でも、彼が帰ってきたときに、彼女が叔父の妻になってるのとどちらの方が心の傷が深いかしら」
フィシスに問われノエルはしばし考えた。
「彼の人柄とか価値観にもよるので答えは難しいです。でも死んだら取り返しがつかないわ」
「そうね。ただ、彼女は楽だと思わない? 苦しみはもうないわ」
「ええ、まぁ、それは……」ノエルは口籠もってから答えを続けた。
「どちらも悲惨なのですから、どちらにもならないようにすべきですわ」
「どうやって?」
フィシスが楽しそうに尋ねる。
ノエルは思考を巡らせ言葉を探した。
王妃としてどう答えるかなど、そんな見栄や建前はもうノエルの中には残っていなかった。
うっかり夢中になっていたのだ。




