闘いは突然に!開拓村の秘密5
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明くる日。
ノエルたちは昨晩は空き家となった村長の家などに泊まった。住人が残らず居なくなってしまったため泊まる場所はいくらでもあった。
ノエルがあの光景を目撃したならトラウマになっていたかもしれないが、幸い護衛に囲まれていたためにほぼ見えなかった。それにその直後にはもう竜以外に注意を向ける余裕などなかった。
騎士たちは開拓村のサボりに腹を立てていたし、悲惨な光景は見慣れているので特に思わなかったらしい。
そんなわけで死んだ村長ら罪人たちはもはやノエルや騎士団の記憶からは閉め出されていた。
今朝は早くから通信の魔導具で知らせを受けた近くの領の役人が検分の手伝いに来た。
斥候が、王宮にも開拓村の村長が「黒」だと知らせてあったので増援が来るはずだった。
ノエルと騎士団長と護衛とそれから幾人かの騎士は、計画通り魔の森で攻撃魔法の訓練をするために出かけた。
村長たちを捕縛したらスッキリとして狩りをする予定だった。
スッキリどころか、残らず竜にやられてしまった。
最悪の結末だ。
村長にあの魔導具を売りつけた商人と作った職人も捕らえられることになる。そうとう重い罪になるだろう。
森に到着すると、昨晩の騒ぎが嘘のように森は陰気で静かで不気味だった。
どの木々も黒ずんでいて、生きたまま朽ち果てて黒いゾンビの木になったようだ。
「では、やりますかな?」
騎士団長に尋ねられノエルは頷いた。
予定では魔獣の間引きをするはずだったが、開拓村が魔の森を焼く作業を全くやっていないことがわかったので炎爆を連発して燃やすことになった。
ノエルとしては役に立てるならどちらでも良い。
「あの村長がサボって悪化した分を取り返してやるわ」
「力強い妃ですな……」
ノエルは魔力を丁寧に手のひらに集める。大魔法を放つときの基本だ。
こんな準備が必要な高威力の魔法なんて久しぶりだ。学生の頃以来だ。
あの時はまだ大きめの魔法を放つのは得意ではなかった。
魔力の「溜め」が十分にできたところで炎爆を思いきり放った。
人の頭よりも一回り大きいほどの炎の塊が出現し稲妻のように飛んでいく。
……と辺りを揺るがす爆音を響かせて盛大に大爆発した。
――しまった、一発に魔力を使い過ぎた……。
軽くフラッとする。
このくらいならまだ大丈夫だが少し休んだ方がいいかもしれない。
気を取り直して周りを見ると、騎士団長や護衛の皆も含めて呆然と爆発した地点を見ている。
地面が抉られて浅い池のようにへこんでいるのがわかる。
その部分だけは木々が四散していた。
「……王妃様……。地面までは削らなくていいですよ」
騎士団長が控えめに言う。
「ですよね。一発目なので魔力配分を間違えました」
とりあえず、魔力回復薬を飲んで次に挑む。炎爆を乱発して森を燃やす作業だ。
5発ほど炎爆を放った。
だが、燃えない。
燃え難いとは聞いていたが、確かに燃えない。
「まるで岩で出来ているみたいに燃えないのね」
「さすがに岩よりは燃えますよ。
ですが、瘴気が水分を封じ込めるのだとか。瘴気自体が燃えないのもあって燃え難いという説が有力ですな」
「水分が邪魔なのね」
「古くからある魔の森はもっと燃えないんですよ。
もう何代も魔の森が続いているようなところはほとんど諦められています。
今、開拓しようと頑張ってるところは新しい魔の森です。
前の国王の時に魔の森になってしまったところですな。
新しい魔の森は瘴気がそれほど染み込んでいないのか、一応燃えるんです。
ここは新しい魔の森です。
ですから、根気よく燃やそうとしていればもっと縮小できていたでしょうな」
騎士団長は悔しそうだった。
――あの連中は極刑で良かったかも。
ノエルは今更ながら腹が立った。
――それにしても、木の水分が問題なら手はあるんだけど。
しばし考えた。何かできそうな気がするのだ。水気をなんとかするだけなら容易だ。
「騎士団長さん、ちょっとお耳を」
ノエルはロマンにこっそりと伝えた。付与魔法を使うとなると知らない騎士たちには見せられない。
「ほほぅ。ノエル様ならではですな」
騎士団長が熊のように厳つい顔をにっこり綻ばせた。
団長と幾人かの護衛でノエルは作業を始めた。
魔の森の木に風魔法の「乾燥」を付与するのだ。
付与魔法の利点は「付与された魔法は周りの魔素も吸収して動力源にする」こと。要は、魔力を節約して魔法を発動し続けられるようなものだ。
樹木のように巨大でしかもデコボコしたものは付与し難いのだが、一部だけでいい。
一部でも燃えれば木にはダメージだろう。
なるべく根本近くに施していく。
どんどん作業を進める。
ノエルは幸いにも風魔法は属性が強いので付与は容易くできる。
準備ができたらしばらく「乾燥」の効果が進むのを待つ。その間にお昼を食べる。お腹がいっぱいになり魔力回復薬が効いたところで炎爆を乱発した。
その結果、効果覿面だった。
燃える燃える。
燃えるのはノエルが細工した根本の辺りばかりだが、それでもどんどん燃えて木々が倒れていく。
「すごい……」
「一体、どうやったんですか」
周りで魔獣狩り作業をする騎士たちに思わず尋ねられた。
「えへへ。
ちょっと根本の方を乾かしてみただけ」
ノエルはさらに奥の加工した木にも炎爆を放つ。
この木は根本の火が上の方にまで上っていき、よく燃えている。
ふとノエルは、燃え上がる炎が笑顔のように見えた。
木の笑顔に見えたのだ。
気のせいかもしれない。でも、心に残る光景だった。
――そうだわ。木は、魔獣と違って、後から魔の森の木にされてしまった。
足があったら逃げたかっただろう。
でも逃げられず、黒ずんだ魔の森の木になった。
辛かったのかもしれない。
瘴気まみれの木になるなんて望んでいなかっただろう。
――可哀想に。
あの開拓村の連中がサボっていたために。
ノエルはそれからも時間と魔力の許す限り作業を続けて、残りは明日に持ち越した。
魔の森を縮小させる作業の3日目。
今日で訓練は終わりだ。訓練以上の成果があったと思う。
魔の森が本当に削られていったのだ。
付与魔法で「乾燥」を付与する作戦が効いている。
魔の森は相変わらず「笑顔」で燃えていく。ノエルの気のせいかもしれないが、もう炎が笑顔にしか見えない。
今度も木に生まれ変わるのなら、来世は幸せで平和な森の木になることだろう。
そんな気がする。
そろそろ帰り支度を始めたところで、開拓村の方から一群の騎馬が近づいてくるのに気付いた。
ノエルは彼らの中の一人がすぐにわかった。
「シリウス!」
シリウスの馬はノエルたちのところに走り込んできて止まった。
「どうしたの? お仕事は?」
ノエルもシリウスに走り寄った。
「会いたかったよ、ノエル。
色々あったようだね?」
最後のセリフは騎士団長たちを睨みながらだった。
「そうなのよ! とんでもない村長だったわ!
森も可哀想なことになってたわっ!」
ノエルは怒りの報告をした。
「わかった、わかった。
君が無事で良かったよ。
本当に心臓に悪い。
もう遠くには行かせない」
シリウスがノエルを抱き寄せて髪を撫でる。
「そんな……。
せっかく今回の遠出が上手くいったから、また行こうと……」
「『また』だって?
『上手くいった』?
どこが上手くいったと言うんだ!
危険な目に遭って!」
「危険じゃなかったわ、ひとつも。
私せっかく結界張ったのに掠りもしなかったのよ」
「結界を張るような事態になることからして危険だったんだろう!」
「結界くらい張らせてよ!」
「あー、陛下、王妃様。また落ち着いたらお話し合いをすると言うことで、そろそろ帰還の準備を……」
騎士団長に諭されて、ようやく二人は言い合いをやめた。
帰りは騎士団とは別になった。
シリウスは、途中、ルカ・ミシェリー公爵領にある転移の魔導具を使ってここに来ていた。
ノエルたちは7日かかったが、シリウスは3日で着いたという。
同様の経路で帰るのだがシリウスたちは行きはかなり無理をして来たので、帰りはそこまで急がずに4日で帰る。
ノエルは『騎士団長さんたちも一緒に賑やかな旅の方が楽しかったかも』と思いはしたが賢明にも言わなかった。
帰りの道中は何泊か途中にある領主邸に泊まらせてもらった。
宿でも良かったのだが、地元の領主に招かれるのでシリウスも断ることはなかった。
その度にノエルは「新聞、読みましたわ、素敵なロマンスですわね」と夫人たちに言われ赤面した。
ノエルたちの婚姻と前後して二人のなれそめと題した記事はたくさん出たのだ。
ノエルは幾つかは目を通したがそれきり恥ずかしいから読まなかった。特に今回話題の記事は見ていない。まさかそんなに読まれているなんて知らなかった。
「あのですね、その……色々と違いますわ」
ノエルはお茶の席で必死に打ち消しておく。記事を読んでいないので何を打ち消していいのか分からないのが悩みどころだ。
「あら、違うとは?」
可愛らしい感じのご夫人が首を傾げる。ノエルよりもずっと年上なのに愛らしいのだ。
「シリウスは生真面目ですごくお堅い先生だったんですもの。
卒業の半年前に結婚を申し入れてもらえましたけど『共にいてほしい』ってごくシンプルなものでしたし」
「まぁ、素敵。
私たちは政略結婚でしたから結婚申し込みなんてなかったんですもの」
「まぁ、そうなんですね。でもすごく仲良しのご夫婦にしか見えませんのに」
「うふふ。でしょう? 結婚してみたらとっても優しくて。当たりクジを引いた気分ですわ」
夫人から惚気話を聞いているうちにシリウスが視察から帰ってきて出発することになった。
馬車ではなく騎馬なのはその方が早いからだ。
暇乞いの挨拶を終えるとシリウスの馬に乗るために抱き上げられそうになりノエルは慌てた。
「シリウス。一人で乗れるわ」
夫人の前では恥ずかしいので一人でよじ登ろうとしたが、あっという間にシリウスに抱き上げられてしまった。
「あらあらまぁまぁ」
夫人の楽しげな声がする。ノエルは顔が熱くなる。
せっかく熱愛ロマンスを否定しておいたと言うのに。
ノエルは必死に微笑みを作って夫人に手を振る。その後ろでシリウスがノエルの乱れ髪をそっと手ですいて直し、愛しげに見つめているなんて知らずに。
おかげで熱愛ロマンス疑惑は悪化していた。
その後、おまけに北部の貴族夫人ネットワークでその話は瞬く間に広まったが、王都に向かうノエルは幸い気付かなかった。




