番外編、祝賀パーティーの陰謀(8)
「番外編、祝賀パーティーの陰謀」完結になります。
最後までお読みいただき嬉しいです、ありがとうございました。
m(_ _)m
サリエルの予想に反して、あれから、いとこ達とルシアンは頻繁に会っている。
茶会に誘われて一緒に行ったこともある。
先日はユーシスと少し遅れて行ったら、オディーヌが他の令嬢たちに「私のいとこたち、格好良いでしょ」と自慢しているところだった。二人で赤面した。
ユーシスはともかくとして、ルシアンはオディーヌに始終、貶されていたというのに。
「デリカシーの欠片もない」とか「紳士の風上にも置けない」とか「マナー以前の問題」とか。
マナー以前の問題と言われたら、ルシアンはどこを直したらいいのかわからない。
◇◇
シリウス陛下が、ヴィオネ家に騎士たちを派遣してくれることになった。
ルシアンを守るためらしい。
あの時、ルシアンは結構、強いとわかったのだが、それでも派遣が決まった。
ジェスが担当することが多いが、ブラドの時もある。他の若い騎士の時もある。
あるいは、「影」と呼ばれる裏任務の誰かが知らないうちに護衛をしてくれているらしい。
裏庭の野菜畑の辺りはジートが見回りをしているので、若干、騎士たちの仕事と重なる。
ときおり、騎士の足をジートが蹴りつけたりしているが、さすが王宮の騎士は丈夫なブーツを履いているのもあって涼しげな顔で耐えてくれている。
ジートは人を見て蹴りを入れるか決めるらしく、被害に遭わない騎士もたくさんいる。蹴りの基準は皆目わからない。ルシアンは蹴られるので人柄は関係ない。ハイネは「仲間だと思ってるんですよ」と慰めてくれるが、慰めになってない。
あれからひと月も過ぎた今日は、ユーシスたちが遊びに来た。
ユーシスとオディーヌにジートを紹介してあげた。
ジートは、オディーヌにすりすりと擦り寄って「可愛いわ」と褒められた。
ジートのどこが可愛いのか、ルシアンはオディーヌに「頭と目は大丈夫か」と本気で尋ねた。
ちなみに、ジートは、ユーシスのことは無視だ。サリエルやハイネに対するジートの態度と同じだった。
オディーヌがジートにお手と伏せを教えているのを見ながら、ユーシスがこっそりルシアンに話しかけた。
「オディーヌ、最近、少し落ち込んでたんだけど、治ったかも」
「ふぅん。なんで落ち込んでたの?」
ルシアンもひそひそ声で尋ねた。
「失恋だってさ。
ブラドが結婚しちゃったから」
「ブラドって、剣術大会で優勝した騎士の?」
「そう。
ブラドは超格好良いから。王都中の女性はブラドに惚れてるとか言われてた」
「そっか。格好良いし、強いもんな。
完璧だよね」
「男はそれだけじゃないって、父上は言ってた」
「他になにがあるの?」
「相性と、経済力と、優しさだって」
「……国王陛下が経済力って言うの、ズルくない?」
「父上は経済力はないって言ってたよ。貧乏国の国王だから」
「うちの国、陛下がそんなこと言うくらい貧乏なんだ……」
ルシアンが思わず遠い目をする。
「これからは豊かになるんだよ、これから!」
「う、うん。
あのさ、ブラドとは、オディーヌは歳が違い過ぎない?」
ルシアンは逸れていた話を元に戻した。
気になったのだ。
ルシアンは剣術大会の時にブラドとは間近で会ってるが、父サリエル伯爵よりも少し年上だろうと思った。
「障害がある方が恋の炎が熱く燃え上がるんだ、とか言ってた」
「ぷっ。
意味がわかんない」
「言ったら駄目だよ?」
「そうなの? 本人に解説して貰ったら駄目なの?」
「ぜったい、駄目だからね」
ユーシスに真剣に言われて、ルシアンはコクコクと頷いた。
ジートは、オディーヌに躾けられて、無事にお手と伏せを覚えた。オディーヌの言うことしか聞かないだろうけど。
それから、邸に入ってハイネお手製の焼き菓子を食べた。
今日はジェスが来ていたが、毒味係は喜んでジェスがやっていた。
ジェスはハイネの手料理がけっこう好きなのだ。
「まぁ……見た目は素朴としか言いようがないですけど、やけに美味しいのね、このサブレ」
オディーヌが一口食べて驚いた顔をしている。
あまり気が進まない様子で食べ始めたのに、一口食べたら次々と手を伸ばしている。
仕草は上品だけれど、食べる量は令嬢らしくない。
ユーシスもぽりぽりと気に入った様子で食べている。
「ハイネの焼き菓子は、庭の香草が刻んで入ってるから美味しいんだよ」
ルシアンが教えた。
このサブレには、甘くクリーミーな風味の香草が入っていてかなり美味い。
ヴィオネ家のハイネの焼き菓子は、実はご近所ではけっこう有名だった。
ハイネは「ルシアン様たちのおかげですけどね」と苦笑している。
ハイネ曰く。
庭の香草畑は「サリエル様の土魔法とルシアン様のお水で、ちょっと普通じゃない香草になってますから」らしい。
ルシアンは、ずっと幼い頃からこの味に慣らされてるのでよくわからない。
頻繁にヴィオネ家に来るジェスは、特にキジバトの香草焼きと、豚肉の煮込みがお気に入りで「一年中三食これでもいい」と真顔で言うくらいなので、やむなくハイネはジェスの来るときはどちらかを必ず作っている。
ハイネが料理によって調合している「ヴィオネ家特製ブレンド香味」が旨いらしい。ジェスに「他の追随を許さない味」と褒め称えられている。
ハイネは、ジートに蹴られた気の毒な騎士には、肉の香味焼きと新鮮野菜を挟んだパンの弁当をプレゼントして喜ばれていた。
おかげで、ユーシスたちが頻繁に遊びに来るようになったり、ヴィオネ家を担当する騎士の希望が多かったりするのだが、ハイネは知らないふりをしておいた。
◇◇
最近ハイネは、ルシアンが植えた美しい蔓薔薇が、実はかなりの危険物だと知った。
麗しくも可憐な大輪の花と艶やかな葉に隠れてよく見えなかったが、尋常でないトゲが生えているのだ。
「ルシアン様……。
私の老眼のせいではないと思うんですが。
ゴラツィのトゲは、普通のバラの5倍くらいもありませんか」
「そう?
硬さはミスリルくらいにしてって頼んであるんだけど」
「過剰防衛って知ってますか?」
「悪いやつしか刺しちゃダメだって言ってある」
「はぁ」
ハイネは眉間を揉んだ。
「あのね、目にいい果物があるって言うから、今度、苗を買ってもらおうかと思うんだ。
ハイネの老眼が治るかもよ」
「ルシアン様が言うと、本当に治ってしまいそうで怖いですね。
治ったら、マリエ夫人に縫い物でも習いましょう」
「もっと男らしい趣味が良くない?」
「では、ルシアン様の冒険談でも執筆しましょうか。
きっと、第一章くらいは私でも書けるでしょう」
「第一章?」
ルシアンが首を傾げる。
ハイネはしばし言葉に詰まるも朗らかに答えた。
「私の目の届くところで冒険してくだされば嬉しいですが。
男の子は、自由に羽ばたいていくものですからね」
老執事は穏やかに微笑んで、幸福そうに目を細めていた。




