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番外編、祝賀パーティーの陰謀(7)

ブクマや感想をいただき、ありがとうございます。

こちらは今日の1話目です。

また夜9時に最終話を投稿いたします。よろしくお願いします。






 明くる日の夜。

 ハイネの病室に人が集まり、俄に人口密度が高まった。

 サリエルとルシアンは元からハイネの病室に居て、そこにシリウスとロベール、ジュールと、それにノエルとユーシスが加わった。

 ハイネの傷はシリウスが治したが、出血が多かったために王宮に泊まっていた。夜遅めの時刻なのでオディーヌはもう休んで居なかった。

 ユーシスも休ませようとしたのだが、本人の希望でここにいる。

 寝台の前に適当にソファや椅子を集めて全員が座ったため多少乱雑だが、ハイネ以外は誰も気にしていなかった。

 サリエルとルシアンは王宮が用意した上等だがラフな格好で、ハイネは与えられたガウンを執事らしく襟元まで合わせてぴっちりと着込んでいた。本来ならノリのきいた執事服を着て背筋を伸ばして控えたいところだが、寝台で上体を起こした格好で耐え忍んでいた。


「侍従長と催事の責任者が、呪術師の精神操作にやられていたよ」


 シリウスがそう話した。

「そう簡単にはできないことですよね」

 サリエルが眉を顰めた。

「もちろんだ。信じ難い失態だ。

 だが、彼らは精神操作系の魔法を防ぐ魔導具は装備していた。

 今回、使われたのは闇魔法系の呪術だった。我が国では禁忌のもので、研究されていない。もちろん、防ぐ方法もわからない。

 ゆえに、侍従長たちがやられた遠因は、我が国がそれらの知識から顔を背けていたためだろう。

 ユーシスとオディーヌの従者と侍女も同じ呪術の幻惑で誘導され閉じ込められていた。

 彼らは部屋から出ようとしたときに傷を負ったが軽傷だ。すぐに復帰できそうだ」


 侍従長たちは療養してもらうことに決まった。治れば職場復帰も可能だ。


 あの時。

 サリエルやシリウスたちが広間の入り口に駆けつけると、侍従長と会場の責任者が呆然と出入り口の前に突っ立っていた。

 様子が変だった。虚な目をしている。


 問いただすと、

「ここで待たなければなりません」

 と二人は繰り返す。

 精神操作系の魔法を受けた様子だ。

 シリウスたちは、内部から嵌められていたことを知った。

 後の調べで、会場を整備する業者にも敵が紛れていた。


「敵の呪術師は、私が捕らえた。

 王宮魔導士クラスでないと呪術に抵抗できなかった。

 最後の悪あがきで死んだふりまでしていた。呪術の『仮死』だ。見張りを焦らせてね。

 急ぎ、引き出せるだけは情報を絞り取ってから対処した。

 私とルカが確認した」


 シリウスは「対処した」と言ったが、処刑だ。ユーシスとルシアンが居るので気遣い、言葉を選んだ。「確認した」と言うのは「絶命」を確かめたのだろう。

 ルカとは、ルカ・ミシェリー公爵、王宮魔導士筆頭だ。

 ルカの名を聞くだけで安心するほどの偉大な魔導士だ。


 シリウスは、そもそもの最初からサリエルたちに話した。

「アルレス帝国から『不審者が貴国に入り込んでしまった』と連絡が来たのが始まりだ」


 7年も前に、帝国の皇女がとっくに取りやめになったシリウスとの婚約を蒸し返そうとしたことがあった。しかも、夜会の宴でいきなりだ。

 その後、皇女の実家だった高官が、勝手に大臣の決裁書に紛れ込ませて署名をさせ、帝国側からアンゼルア王国との交易を取りやめにしてしまった。

 帝国は、やむなく様子見をしていた。

 アンゼルアの方から詫びを入れてきて、また交易再開となるだろう、と安易に考えていたらしい。

 だが、そうはならなかった。

 以来、帝国とアンゼルアの交易はほぼ途絶えたままだ。

 元より、農業国のアンゼルアは、農産物などの食料自給率は高い。よほど国内では採れない嗜好品以外は自給自足できてしまう。

 輸入のかなりの割合を、鉱物や魔導具が占めていた。帝国は、鉱物はアンゼルアに輸出をしていない。

 そうすると、交易はごく限られる。


 そのまま、すでに7年が過ぎた。

 帝国からすれば、アンゼルアはあれほど多くの攻撃用魔導具を輸入していたのに、自前の魔導具で補えているのは謎だっただろう。


 アルレス帝国は、一人の高官のために魔導具の交易相手を失った。

 しかも、型落ちした古い魔導具を高く買ってくれる美味しい客だった。損害は大きかった。

 帝国は高官をクビにし損害賠償をさせ、彼の家は没落した。


 もう7年も前の話だ。高官の家が没落して消えたのは4年ほど前だという。

 その家の者が「アンゼルアに報復してやる」と周りに愚痴を零したのち、姿を消したという。

 アンゼルア王国に入国した記録があるので警戒してほしいと言ってきた。


「情報が入ったので忠告通り警戒し捕縛したが、何人かは見つからないままだった。

 こちらで入国の記録を精査したところ、帝国からの情報にはない不審者も多数入り込んでいた。

 しかも、帝国が言ってくるずっと前からだ」


 帝国の情報は当てにならないため、捜査の人員をさらに増やして警戒をしていた。

 そんな最中に、剣術大会があり、祝賀会が開かれた。

 当然ながら、警戒は厳重にしていた。

 ところが、侍従長と催事責任者への精神操作は予想より前から準備がされていた。


「どうやらアルレス帝国は、例の元高官に全ての罪をなすり付けて知らないフリをするつもりだったようだが、そんなものでは納得できない規模の侵略行為だった。


 帝国が今回、我が国を襲撃したのは、アンゼルア王国の戦力調査のためだ」


 帝国は、なぜアンゼルア王国が帝国製の魔導具の購入をやめたのか調べた。

 騎士団の装備を調べるために密偵も送り込んだ。

 ノエルの付与魔法によって作られた投げナイフなどを盗み出したらしい。

 不明になっているものが幾つかある。

 軍事機密ではあるが、訓練で使わないわけにもいかない。完全に秘密には出来なかった。

 ただし、出所はわからないだろう。

 どこかに付与魔導士がいることは分かっても、詳細は不明のはずだ。

 帝国は長年、自分の国の型落ち装備がアンゼルア王国軍の戦力だと思っていた。

 だが、今はわからない。


「アルレス帝国は、それが知りたかった。

 あの怪物にどれくらい抵抗できるか試そうとした。被害がどれくらい出るか、見るつもりだった。

 帝国は、あの怪物には相当の自信があったのだろう。

 だから、自分たちが関わっていることを隠そうともしなかった」


 帝国は、アンゼルア王国がさらに隠れた武器や戦力を持っていないか知りたかった。

 魔導具の交易が打ち切られてから計画を開始。

 アンゼルア王国王宮に密偵を潜ませる。

 呪術についてアンゼルア王国が無知であったために、侍従長を操ることに成功。

 今回の祝賀会で担当する者も、侍従長の推薦で決まることも知っていた。


 ふたりを使い、業者にも工作員を忍ばせ、広間に怪物を潜ませる。


 当日。

 侍従長と催事責任者を操って、広間には子供と無力な侍女が数人しかいない状況を作り出す。

 呪術師は、会場案内係に紛れてユーシスとオディーヌの従者や侍女を閉じ込める。

 やがて怪物が目を覚ます。

 時間がくれば封印が解ける。


 すっかり目覚めたときが終焉だ。怪物の瘴気と禍々しい威圧で人間を無力化。すぐさま、喰らい尽くす。

 魔力を持ったエサをたっぷりと食べると、怪物はドアの結界を解いて外に出る。


 その時には、侍従長と催事責任者がドアの前で殺されるのを待っている。

 出た途端、怪物はふたりを喰らう。

 証拠隠滅、完了。


 これらは、帝国の計画通りなら、怪物が目覚めて大して時間もかからずに済んだだろう。

 怪物は侍従長らを襲うと、騎士たちを蹴散らして逃走。

 庭園では陽動作戦で騒ぎが起こり、怪物の襲撃や逃走を助ける。


 帝国から派遣されていた工作員が、怪物を一旦、封印して魔獣の森にでも逃す――予定だった。

 怪物を待っていた工作員はすでに捕まっている。

 王宮周辺を捜索していた衛兵と騎士団が捕らえたのだ。

 帝国の作戦は、工作員に自白剤を使って聴取した結果、おおよそ判明している。


「ユーシスたちの従者や侍女は、当初の計画ではそのまま広間に入れて怪物の餌にする予定だったようだ。

 だが、王族付きの侍女と従者は戦闘能力が高いことに気づき、急遽閉じ込めたらしい。

 怪物が目覚めたときに餌の確保に手間取ると、計画に支障が出ると判断したんだな。


 アルレス帝国は、証拠はあらかた消せるだろうと踏んでいた。

 怪物も逃走させられるだろうと考えていた。

 帝国の一貴族がやった犯罪だと思わせられる、そんな見通しだった。

 まさか、怪物が斃されるとは思っていなかった。

 怪物のエサに、魔力を持った子供を与える状況を作ったつもりだったからな。

 高魔力のエサを喰らった怪物は、無敵だとでも思っていたのだろう」


 シリウスの声に憎悪が滲む。

 帝国の誤算は、怪物は老執事を怪我させるしか出来なかったことか。


「ユーシスとルシアン、オディーヌとハイネのおかげだよ」


 シリウスの言葉にハイネは情けなさそうな笑顔を浮かべる。役に立ったとは到底、思えなかったからだ。


 シリウスは、ユーシスたちから話を聞き込んでいた。

 子供たちが冷静でいられたのはハイネのおかげだろう。

 閉じ込められたとわかってすぐに、怪物から一番遠い部屋の奥へ集まったのも良かった。


「あの怪物は、闇魔法や呪術を使って作られていた。

 まだ胎児や萌芽の頃に『呪術』や『闇魔法』の『呪縛』で合成された生き物だ。

 今はまだ解析中だが、我が国も呪術を禁忌にせず研究はしておくべきだろう。そうしないと防げない。

 侍従長たちが装備していた魔導具は、今回の精神操作には効かなかったのだからな」

 ロベールが調べた結果を述べ、シリウスとジュールも頷いた。


「ところで……」

 と、シリウス王はルシアンを見つめた。穏やかに微笑んではいるがその目は思い詰めたように真剣だ。


「サリエルとハイネたちも、今回のことでわかっただろう。

 ユーシスは光魔法属性持ちだ。

 魔力量は特大。

 それから、オディーヌは『動物』の感応者だ。

 動物ならどれも言う事を聞かせられる。

 この度のは半魔獣だったので思うようにはいかなかったらしいが。魔獣にも少しは効くようだな。

 それで? ルシアンは植物の感応者だな?」


 シリウスの問いかけに、ルシアンがそっとサリエルに視線を移し、サリエルは頷いた。

「そうです」


「おかげで助かった。

 ユーシスの光魔法であの生き物を合成していた『呪縛』が解け、ルシアンとオディーヌがあれらを無力化した。

 そうでなければ、帝国の計画通りだった」

「ゾッとします」

 サリエルが眉間に皺を寄せる。


「ハイネも助かって良かったよ」

 シリウスは、顔色の回復した執事の顔を見て密かに安堵した。


 あのとき。

 ハイネに縋っているルシアンや、くたりと座り込むユーシス、彼らの間で気丈に振る舞うオディーヌを助け出した。


 オディーヌとユーシスは、問題なく回復した。

 オディーヌは、若干、怯えてショックは受けていたが、酷くはなかった。

 ユーシスも魔力回復薬を飲んですぐに元気になっている。


 ただ、ハイネは高齢で傷が深かった。

 ルシアンはハイネのそばを離れようとしなかった。


「帝国の連中に復讐してやる」

 とルシアンはつぶやいた。

 子供の戯言ではない、本気の呟きだった。


「帝国中の植物を使って、潰してやる」


 ユーシスとオディーヌから聞き出した話で、ルシアンにはそれが可能なことがわかっていた。

 ルシアンに「なぜ、帝国の仕業だとわかったのかい?」と尋ねた。

「あの歪んだ植物たちが『バグアド』と言っていた。

 あの植物たちはそう呼ばれていたんだ。

 『バグアド』は、帝国の言葉で『怪物』でしょ。

 帝国の連中は、自分たちが作った『子供』らを、怪物ってそう呼んで蔑んでいたんだ」


 シリウスは、ルシアンが植物たちの言葉が聞けることを知った。


 幸い、ハイネは治癒で助けることができた。


「もう少し、お側でお仕えできてようございました。

 子供たちは、いろんな愛情があった方がよろしいですからね。

 厳しく深い親の愛も、無条件に優しい祖父母の愛も然り。

 これからは友情も育んでいただきたいです」

 ハイネはそんなことを言っていたという。


 シリウスは、そんな「いろんな愛情」が自分とノエルには足りなかったような気がした。


◇◇◇


 怪奇生物は、帝国製の生物兵器だ。何種かの魔獣や動植物を合成させることで複数の能力を併せ持っている。

 だが、光魔法に弱いことはわかった。

 急遽、立ち上げられた対策本部は、検討の結果、光魔法の魔力を充填用の魔石に詰め込んで光魔法の魔導具を作ることを決めた。

 合成生物を「呪縛」から解呪し、元の「生き物」に戻してから、まだ動きが鈍いうちに斃す、という方針も固めた。


 対策本部は、王宮魔導士らを中心に禁書庫で呪術を調べ、防ぐ魔導具の開発に着手している。

 禁忌の魔法は法律で研究すらも禁止されていたが、シリウスの代になって、非常事態時は禁書での研究と対策が出来るように法改正をしてあった。

 ルカ・ミシェリーとセオ・ミシェリーのふたりの凄腕魔導士が監督しているので情報の流出はあり得ない。


 帝国からの工作員や密偵たちは、残らず捕らえ地下牢行きだ。決して帝国には戻さない。

 帝国は、なぜ計画がうまくいかなかったのか、皆目わからないだろう。

 情報は、渡さない。

 白目を剥いて気絶していた侍女たちが重要な場面は知らないことは確かめた。元より大した情報もないが、侍女たちには契約魔法でなにも話さないように誓わせた。


 子供たちは訳が分かっていなかったので丁度良い。


 帝国は、さぞ戸惑っているだろう。戸惑っているうちにこちらはよく備えておいた。


 だが、シリウスは「あの国は、もう恐るるに足らず」とわかった。

 アンゼルアが呪術を禁忌にしたのは理由があった。

 迂闊に使えるものではないからだ。

 ――人を呪わば穴二つ、と言う諺は帝国にはないのだな。


 真っ当なやり方で豊かになる方法を捨て呪いに頼るようになっては、あの国に未来はないだろう。


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