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【2】


 新入生説明会当日。


 ノエルは講堂に集められた新入生たちの中にいた。

 ――ようやく入学……、長い道のりだった。


 目の前に広がる新入生たちの姿を眺める。色とりどりの頭が並んでいる。

 金髪赤毛焦げ茶銀髪……まさしく、色々だ。

 ――私ほど苦労したのは少ないわよ、きっと。


 大柄な新入生が多いのは、国立学園の騎士科は騎士志望の学生に人気だからだろう。

 王立学園にも騎士科はあるが、貴族の子弟が近衛を目指して入ると有名で、マナーや社交術やお手本通りの綺麗な剣術を仕込まれてあまり強くはないらしい。

 国の剣術大会で活躍する者はごく少ないという。

 王族の警護が、そんな見掛け倒しの騎士で大丈夫か? と、いささか不安になる。

 騎士団で働く実力を身に付けたいなら国立学園の騎士科がいいらしい。


 そんな話は、寮に入ってから食堂の噂話を聞きこんで知った。


 3週間ほど前。合格が発表された日。

 ノエルは、奨学金をもらえることになったと知り、すぐに入学と入寮の手続きをした。

 保護者署名欄は空欄のまま提出しようとして、当然、引っかかった。

 やむなく、一旦、家に帰った。

 父はいなかったので、母に「学校の入学に必要だから」と署名してもらった。

 なぜか睨まれ、「なんで私がこんな面倒なことを」とぶつぶつと言われながら署名をもらった。

 たかが自分の名を書くだけでここまで面倒がる親って、なんなんだと今更ながら思う。

 とりあえず、署名をもらって、再度、学園に向かった。

 余分に交通費がかかったおかげで、帰りは途中から歩かなければならなかった。

 残りの銅貨では短距離の乗り合い馬車にしか乗れなかったのだ。

 1時間くらいも歩けば帰れたので、よしとしよう。

 今度は入寮のために交通費がいるので、またお下がりの服を売りに行った。

 そんな大変だったことが思い浮かぶ。


 寮に入る日は執事に言づけておいた。

「奨学金をもらえたので、国立学園に入ることになったわ。寮住まいするから、さよなら」


 執事は目を見開いて言葉もない様子だった。

 執事が固まっているうちに邸を出たので、後のことは知らない。

 本当は行く先も教えたくなかった。迷いに迷って、結局、言ってしまった。

 今更だが、執事が忘れてくれてたらいいのにと思う。

 あんな家、もう帰りたくないし、あの人たちにも関わりたくない。


 ぼんやりしているうちに学園の説明が進んでいく。

 ――いけない、聞いてなかった。

 気を取り直して、教師の紹介をしている檀上に目をやる。

 魔導の教師に歴史の教師、数学の教師、法学の教師……途中から意識がなくなった。

 寝ていたらしい。

 そういえば、昨夜は眠りが浅かった。

 数日前から、本に載っていた「空間魔法機能つきの袋」を作ろうと思いつき、あれこれやっていた。

 残念ながらできなかった。

 これから先、できるか否かもわからない。

 やはり、空間魔法という魔法属性を持っていなければできないのかもしれない。

 その代わり、革の袋がやたら丈夫になってしまった。自分でもなんでかわからない。

 要らない機能だ。

 そんなアホなことをやっているうちに遅くなり、おまけに眠りも浅かった。入学の興奮のためか。

 すっかり眠りこけて、ふと目覚めた。

 自分の体がやけに傾いている。

 肘掛けに頭を擦り付けるように寝ていたことに気づいた。

 椅子がけっこう立派で、ノエルがかなり小柄なために椅子の中に丸まるようになっていた。

 知らぬ間に髪が隣の学生の腕にかかっていた。


 慌てて体勢を立て直す。

「あ、ご、ごめんなさい」

 ノエルは小さく詫びた。

 動揺しながらも大声をあげなかったことだけは自分を褒めてやりたい。

 隣の大柄な男子は口元を綻ばせている。

 ――お……美形?


 これ以上、迷惑をかけるわけにもいかないので、再度、頭を下げると檀上に視線を向ける。

 ひと眠りしたおかげで残りの話はきちんと聞けた。


 この日は教室の確認や、クラスで担任のラーラ・ドイル教師の話を聞いて終わった。ラーラは神経質そうな年配の女性で、ノエルは若干、苦手なタイプだ。厳しそうな雰囲気が母を思い出させるのだ。

 ノエルは、10日ほど前に入寮の準備が整いしだい寮に入っていたので、学園の施設は偵察済みだった。

 今日は図書室に寄ってから寮に帰ろうかと考えていた。

 配られた教科書を袋に詰めていると、担任のラーラに声をかけられた。

「ノエル・ヴィオネ。教務の方で話があるらしいので第三会議室に行きなさい」

「え、はい」


 ――なんだろ?


 説明が足りなすぎて不安だ。

 第三会議室は教務棟の2階にあった。小さい会議室だ。

 中に入りドアのそばにある椅子に座って待っていると、ノックののちにすらりと背の高い男性が入ってきた。

 見覚えがある。

 ――試験官のひと……。


 実技試験で「得意技」を披露したときの試験官、ふたりのうち若いほう、試験の時に卵を取りに行くという手間をかけさせてしまった人だ。

 くるみ色の髪に琥珀の瞳、端正な顔に見覚えがある。

 もう一人の年配の試験官は、黒に近い焦茶の髪に紫の瞳をしていたのもついでに思い出した。

 ノエルは慌てて立ち上がった。

「いや、座っていていいよ。

 ノエル・ヴィオネ。

 私はアルノール・ロシェだ。魔導担当教師だ。高等部の学生を教えている。

 君の試験監督をしたのを覚えているか」

「覚えてます。若い方のひと」

 動揺していたノエルは余計なことまで喋ってしまった。

「まぁ、そうだけれどね」とアルノールは苦笑しながら自分も椅子に腰を下ろし、説明を続けた。

「あの魔法実技の試験はたまに緊張した学生が事故を起こすことがあるので、慣れた魔導士が試験官をすることになっていてね。

 たまたま君の担当をしたんだ。

 それで、なぜ君を呼んだのかというと、君は結界の付与をやってのけた。

 付与魔導士は世界的にも珍しいんだ」

「え? あ、いえ。

 それは、誤解です。

 私は、付与魔導士とかではなくて、ただ結界がやたら上手いだけなんですけど?」

 ノエルは、アルノールが多大な勘違いをしていることに焦った。

 付与魔導士のことは知っている。

 武器や防具に強化魔法をかけられる魔導士だ。

 だが、ノエルが出来るのは、得意の結界を短時間、卵に張れるだけだ。

 そんな凄いものではない。


「……結界が上手いのと自分以外の無機物に結界を与えられるのとは、まったく違うんだよ。

 ノエル。わかってないみたいだが。

 それから、君が言っていたことも、若干、引っかかってるんだ。

 君は、ミシェリー教授に……つまり、教授はもうひとりの試験官だけれどね。

 君の姉が王立学園に通う金でヴィオネ家の学費は尽きたとか、もしも奨学金が得られなかったら町立学校に通うとか、そう言っていたそうだね?」

「は、はぁ……確かに言いました」

 あのときは必死だったので暴露してしまったが、思えばかなり恥ずかしい話だ。

 ――まぁ、事実なんだけどね。


「君の情報を記録した書類にも、備考欄に『入試申込みにひとりで来ていた』と記してあった。

 貴族でありながら付き添いが居ないというのは、家のものが子弟の安全対策を怠っている可能性があるということで要確認事項なんだ。

 おまけに、奨学金が得られなければ町立学校に行くとまで言っていた。

 はっきり言って、町立学校は防犯の面でかなり緩い。貴族の令嬢が通うのは理想的ではない。丈夫そうな男子ならまだしも。

 つまり、君の実家ヴィオネ家は、国立学園側では、問題のある家庭の可能性があるとリストに載っている」

「はぁ」

 ノエルは、ついぼけた返答をした。

「それで、君が付与魔導士の可能性があることをヴィオネ家に相談……」

「いえ、それは止めてください!」

 ノエルは気がついたら叫ぶように声をあげていた。

「やっぱり嫌なんだね」

 アルノールが苦笑する。

「それは……、そうです」

「事情を話してもらえないかな?」

「えと……。お知りになりたいのは、どういうことですか?」

「君の家庭の問題を把握したい」

「把握されたら、どうするんですか?」

「改善が必要なら手を貸そう。

 ただ、故意の虐待などの場合は、明らかな犯罪という証拠を集める必要がある。確証がなければ手を打てないのでね」

「それでは手を打てないということですね?

 私の証言だけでは、確証というのはムリじゃないですか」


 ノエルがそう言うと、アルノールは眉をひそめた。

 12歳の少女の言葉とは思えない。

「……君は、ずいぶん、しっかりしているね」

「ずっと、考え続けたことですから。

 考えて考えて、いつも考えていたことです。

 暴力を振るう姉と、虐待としか思えない家事手伝いをさせる母から逃れる方法って、あるんだろうかって。

 使用人たちも、みな当然、主の側のひとだし、父はいつも居ないだけで私のあつかいは同じです。

 町の図書館に行って調べたことがあるんです。子供の死因についての資料を読んだこともあります。

 親の虐待で死ぬ子供は珍しくない、という文を何度か目にしました。

 気になったのは『原因不明で家庭内で死ぬ子の数』です。

 虐待とは、別の数字だったんです。

 何度も資料を見て確認しました。

 虐待で死ぬ子の数。それとは別に、原因不明で死ぬ子の数。

 原因不明の方が多かった。

 それで疑問だったんです。

 殴られても、なにされても、親が『自分は関係ない』と言ったら、誰が助けてくれるんだろうって。

 死んだ子供と、貴族の親と、どちらが信用されるんだろうって」


 アルノールは『これは誤魔化せないな』と内心でため息を吐いた。

「君の扱いが悪いのは、なにか原因があるのかな?」

 原因がなんであれ、悪いのは親だろうとは思うが、アルノールは一応尋ねてみた。

 ノエルは淡々と答え始めた。


「私が魔力の鑑定を受けたのは4歳のときです。

 神官の方は『早い』って言ってました。

 でも、姉のゼラフィは3歳で指に炎を纏わせる魔法が使えたんです。

 だから、両親は、私の鑑定は出来るだろうと判断したわけです。

 でも、そのときの鑑定結果ではほとんど魔力はなかった。

 それから、私は、使用人よりも酷い扱いを受けるようになりました。

 領地から送られてくる大量の芋を倉庫に運ぶ仕事をやれと言われたのは6歳のときです。

 姉には、炎撃の的にされました」

 ノエルは制服の袖をめくってみせた。

 昔の火傷の跡が何カ所もあった。顔や頭を腕で庇った跡だ。ノエルの結界よりもゼラフィの炎撃の方が強かったからだが、結界を張らなければもっと悲惨だった。

 アルノールは痛ましげに目元を歪めた。

 ノエルは彼の目など気づかないままに話を続けた。


「背中にはもっと火傷の跡があるはずです。自分ではよく見えないけど。腕よりも何度もやられましたから。

 それで結界が上手になったんです。得意中の得意です。

 ただそれだけです。

 卵に少々の結界をかけられるだけの人間が付与魔導士のわけないです。

 でも、どちらにしろ、家になんか言って欲しくないです。なにかに利用されるのが落ちですから。

 万が一、私が付与魔導士だったとしても家にバレたらこき使われるだけです。

 そんな話をヴィオネ家にするのなら、私はどこか孤児院に逃げます」


 ノエルは一気に喋った。

 アルノールはじっと考え込んでいたが、おおよそ方針は決まっていた。

 問題のある家からこの才能のある少女を引き離すのはやぶさかではない。

 どこまで話すべきかは検討の余地があったが、ノエルはしっかりしている。

 話して問題はないだろう。


「ノエル。先ほども話した通り、付与魔導士は世界的にも希なんだ。

 我が国では、過去にも付与魔導士がいたことはない。確認できた記録ではただのひとりも居ないんだ。

 付与魔導士が武器や防具に強化魔法をかけられれば、騎士団の戦力があがる。ゆえに、付与魔導士は国に囲い込まれることが多い。

 フリーで働いている者もいるが、付与魔法が与えられた武器や防具は高価なので、彼らはみな裕福だ。

 十分に防犯の施された環境でひとに会わずに暮らしている。

 つまり、彼らの情報は、我が国にはとても少ない。

 君が本当に付与魔導士かどうかはこれから確認する。それまでは君のことは秘密だ。

 知っている者は、学園長と私と、入学試験のときに立ち会ったもう一人の試験官セオ・ミシェリー氏、この3人だけだ。

 君が付与魔導士だと確認されたあとはもう少し報告する必要が出るけれど、その場合も事前に君と話し合うことを約束しよう」

「では、それまでは学園に通えるんですね」

「学園の卒業が君の希望だろう? それは叶えたいと思っている。

 ただ、万が一、君が付与魔導士だと知られたら誘拐の危険が出てくる。

 そうならないように十分に注意しなければ、学園生活は難しいと思ってくれ。

 少なくとも、私は君を付与魔導士だろうと思っている。

 なぜなら、君の卵は、あの試験からひと月も経つ今でも、君の結界を纏っているんだからね」

 そう言いながら、アルノールは書類入れから小袋を取り出し、さらにその中から卵を手に取った。

 アルノールの掌の上で、卵は僅かに宙に浮いて見えた。

 卵を宙に浮かせているのはノエルの魔力の「箱」だった。

 信じがたいことに、ノエルが魔力を吸収しなければ、結界の魔力はそのまま形を留めているのだ。

 ――まさか……。


 ノエルは動揺し、よくわかりもしないくせに頷いてしまった。

「わかりました」


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― 新着の感想 ―
[一言] ぜひ、あんな毒親と虐待家庭からノエルちゃんを守ってあげてほしい。
[一言] 改行が多すぎて逆に読みにくい。 特に会話に余分な改行が多すぎる
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