番外編、祝賀パーティーの陰謀(4)
本日の2話目になります。
また明日も同じ時刻になります。
さすが王族の席は特等席だった。子供たちは3人とも、ワクワクした様子で会場を見つめている。ユーシス殿下たちも剣術大会に来るのは初めてだと言う。
予選通過者が試合に臨んでいるが最初のうちは若干、見応えに欠ける試合もあった。
とはいえ、子供たちにとっては初めて見る生の試合は迫力があったようだ。
ハイネも末席に座らせてもらっている。サリエルが、高齢の執事は家族のようなものですと説明しておいたので配慮してくれた。
サリエルは賑わう会場に、ふと昔を思い出した。
シリウス王の治世になってから、景気が上向いているという。
魔獣の被害や天災も激減している。
暮らし向きがとても良くなったの、とマリエ夫人が明るく話していた。
未来に希望が持てるのよ、と。
サリエルにとっては複雑だ。
自分は、未来の希望を潰していた王妃の息子だ。
あの頃、この大会も、もっと寂れた雰囲気だった。
露店の質が悪い、という陰口が聞こえていた。
スリが横行して女子供が来るのも危ないと。
最も酷かった時期をサリエルは知っている。
王妃は、上の王子たちに嫌がらせを繰り返した。
ある時、王妃は、ならず者のような従者と娼婦のような侍女を王宮に入れ、王子たちの担当にした。
第三王子のロベールは、富裕な第二妃が、優れた侍女や従者を自分の資産から付けていたので何ら影響はなかった。
第一王子のジュールは、正式に王太子が決まっていないうちは暫定的に王太子扱いで、王室管理室がお側付きを決めていた。おかげで、ジュール王子も無関係で済んだ。
唯一、被害に遭ったのがシリウス王子だった。
無能で信用ならない従者はシリウス王子の私物を盗み、侍女は掃除も衣類やリネンの支度もできなかった。
そのうち、留守中にシリウス王子が可愛がっていた黄金リスが逃された。
シリウスは王立学園高等部を飛び級で卒業し、留学してしまった。
それから、国の天災が激増した。魔獣の被害も倍々で増えていった。
サリエルは、その様を見ていた。
風魔法の「盗聴」が上手かったために、王妃の悪評と悪事を知っていたのだ。
魔力が低いことを母に詰られていたサリエルは、それこそ物心つく前から魔法の訓練をさせられていた。土塊の生成は、かなり早くに出来るようになった。「土」に次いで魔法属性が高かった「風」も、簡単な魔法から使えるようになった。
盗聴もその一つだ。
おかげで、自分の母親が王宮の嫌われ者だと知っていた。
王妃がシリウス王子を追いやったために国が傾いたことを、サリエルは勘づいていた。
「領地が大雨でひどい被害を受けた」とか「村が魔獣に潰された」という話を聞くたびに、胸が突かれたように痛んだ。
国王の体調も悪化の一途を辿った。
王妃もやつれ、化粧を取るとまるで老婆のようだった。
サリエルは、王妃が王子たちにした嫌がらせを手紙に書いて国王に渡した。
それが原因でシリウス王子が国を出て、その途端、天災と魔獣の害が増えたのだ、と書いた。
自分のためだった。国のためなどと綺麗事は言えない、自分が辛くてもう駄目だった。
王妃を悪く言うと従者や文官は左遷されてしまう。だが、サリエルなら、王位継承権を失うくらいだろう。
それは望むところだ。
サリエルの手紙に意味があったのか否かはわからない。シリウス王子が帰ってきたのは3年後だ。ただ留学を終えて戻られただけかもしれない。
サリエルがぼんやりとしているうちにジェスが登場した。
「ジェス!」
ルシアンが応援の声をあげる。
ふと、シリウス王の元に側近が近づく。
「例の古酒は、おおよそ確保できました」
「おおよそか」
「良酒はすべて確保ですが、おそらく他にもございます」
「わかった」
サリエルの耳にその声が届いてしまうが、こんな場での報告はさほど機密でもないのだろう。
おまけにサリエルは、こういう時に使われる王家の隠語を習ったので知っている。
『古酒』はくせ者を指す。我が国の古酒は癖の多い酒が多いことにかけている。
『良酒』はこの場合は風味の活きている……悪洒落た言い回しだが息のある「生存者」という意味だ。
要するに、側近の報告によると「例のくせ者はおおよそ捕縛。生存者は残らず捕らえたが、他にも仲間がいるらしい」と言ったところか。
――どうやら、凶悪犯でもいるらしい。治安はだいぶ良くなったのだがな。
すでに国王が把握し手を打っている様子だから大丈夫だろう、とサリエルは思った。
少々、気になったのは隠語では「凶悪犯」は喉が焼けそうに強い『竜酒』という単語を使うような記憶があることか。
古酒と呼ばれたくせ者は、どういった者たちだろうか。
剣術大会は、ブラド・バントランが優勝。優勝の常連であるブラドだが、今大会ではだいぶ苦戦していた。
ジェスは、準決勝進出を果たしたが、ブラドに負けて3位だった。
試合後、ジェスが挨拶に来てくれた。
「あんな化け物みたいなのに負けたって、人間では一番だよ!」
ルシアンが、何も考えずにジェスに言っている。
「ありがとうございます」
ジェスは非番の時やサリエルが領地の視察で留守の時に、様子を見に来てくれる。
邸には結界の魔導具と、門扉には雷魔法の魔導具を設置していくのだが、やはりジェスが来てくれると安心する。
その化け物みたい、と言われたブラドは、少し離れたところで陛下たちに挨拶をしながら、つい苦笑した。
そんなに強いと言われたら、騎士としては褒め言葉だ。
オディーヌとユーシスは憧れでキラキラした目でブラドを見ていた。
「祝賀会がある。
子供たちも隣の広間で過ごす予定だ。
サリエルたちも来てくれ」
シリウスが声をかけてくれた。
「ありがとうございます」
まさかお誘いを受けるとは思わなかったが、最後の機会かもしれないと思い、参加させてもらうことにした。大会で好成績を収めた上位16人と剣術大会の協力者、それに招待客たちが集うという。
祝賀会の会場は王宮の庭園だった。
夕刻の日暮れ間近となり、魔導具の灯りが照らし出す庭園は美しかった。
宴のご馳走と美酒が並べられ、花々で飾られた会場には、子供たちの姿もあった。
移動のさい、サリエルとハイネは、ルシアンに「くれぐれも行儀良く!」と言い聞かせることができた。
ルシアンは神妙に聞いていたので大丈夫だろう。
すぐに暮れかけていた陽は傾いてゆき、子供たちは明るい広間に移動し、大人たちは酒宴を楽しみ始めた。
楽団の調べも華やぎ宴が最も盛り上がった頃、庭園の端で突然、爆発音が鳴り響いた。
喧騒が不意に止んだかと思えば、悲鳴と怒声でさらに騒がしくなった。
「不審者!」
こんな強者揃いの会場に現れるなんて、勇気があるな、とサリエルは思った。
瞬殺だろう。
会場に入るときには、攻撃用の魔導具のようなものは全てチェックされている。毒物もだ。闇魔法を纏っているような毒は弾かれる。
武器の類も持ち込めないし、近衛が警戒をしている。
襲撃するのにこれほど条件の悪いところはないだろう。
子供たちは広間の方で守られている。
だが、庭園の不審者は、魔導具を持っていた。
どうやって中に入れたのだろう。
――手引きした者がいるのかもしれないな。
あるいは、よほど小さいものか。
小さいものなら、威力はないはずだが。派手に爆発音がしている。
――もしや、ただ、音が派手なだけ、とか。
威力はなくとも、見せかけの炎をあげて音をさせるだけなら小さい魔導具で事足りる。
――まさか……、陽動作戦……。
「子供たちは無事かっ!」
サリエルが叫んで走り出すと、集まっていた騎士らが驚いたように顔を向けた。
 




