番外編、祝賀パーティーの陰謀(3)
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本日も2話投稿いたします。こちらは1話目です。
迎えの馬車は王家の紋章が掲げられ揺れなど全くなく、座り心地は抜群だった。
ヴィオネ家の荷車とは違いすぎる。
サリエルも以前はこの馬車に乗っていたはずだが忘れ果てていた。あるいはここ数年でさらに馬車は進化したのか。
ルシアンが、
「ちっさい家を引いてるみたい。
馬が可哀想くない?」
と馬の心配をするので、重力制御の魔導具という摩擦を無くして荷を軽くする魔導具があるのだと説明しなければならなかった。
馬車は王家の席にほど近い会場の中までサリエルたちを運び、速やかに王族たちの元へ案内されてしまった。
遠目に貴族たちが見物している。
――……目立ちたくはなかったが……。
ルシアンの能力のことがあるので、サリエルはひっそりと暮らすつもりでいた。
ヴィオネ家にはまだ護衛の一人もいない。サリエルが留守をするときのために防犯の魔導具を設置しているが、もしもルシアンが狙われるようになったら十分ではないだろう。
サリエルの土魔法の仕事がうまくいっているので暮らしには困らない。
ただ、土魔法の仕事は、季節物だった。
一年中あるわけではなく、種まきや苗の植え付けの前とか忙しい時期は決まっている。
仕事がない時期はヴィオネ家の領地になるべく行く。
ヴィオネ領はまだ国の管理下にある。前の領主が悪すぎた。領主の犯罪を見落とした国の責任も問われ、あと3年は税が免除のまま国から派遣された官吏が立て直しを見守っていた。
我が家は、まだ護衛を雇えるほどではない。
サリエルは、腕の立つ信頼できる護衛でなければ要らないと思っている。だが、そういう護衛は安くはない。
もっと遠くの農地までサリエルの土魔法が有名になったら良いのだが。あるいは、他の仕事も開拓する必要がある。
ルシアンを守る最も良い方法は、目立たず地味に落ちぶれた伯爵でいることだろう。そう考えていた。
とは言え、親族として親交を持ってくれる兄たちの気持ちは有り難いし、ルシアンには立派な伯父たちと知り合って欲しい。
サリエルは気を取り直し、挨拶に臨んだ。
国王夫妻、王弟ジュール夫妻、それにロベール殿下。
国王夫妻とジュール殿下は小さな我が子を連れていた。
シリウスのご令息ユーシスはルシアンの1歳ほど年下、ジュール殿下のご息女オディーヌは同い年だった。
サリエルが挨拶をしたのち、ルシアンも挨拶をした。ハイネは臣下の礼のまま傍に控えていた。
「伯父上様、伯母上様、お、初…に、お目にかかります。
ヴィオネ伯爵家、第一子、ルシアン・ヴィオネです」
ルシアンは、途中、わずかに口籠もりそうになったが噛むことなく挨拶を終えた。
立派に挨拶をできてサリエルとハイネは安堵した。
だが、当のルシアンは唇を引き結んで悔しそうな様子だ。
馬車の中でも練習していたのに、完璧にできなかったからだろう。
ルシアンは負けん気の強いところがある。
すると、シリウスたちは、緊張してつっかえそうになり気落ちしたのだろうと思ったらしい。
気落ちはしていない、とサリエルたちは知っている。
緊張はしているようだが、さほどでもない。
ルシアンは、そんな風には繊細ではないのだ。
「普通にしておくれ。親族なのだからね。
いつも通りでいいんだよ」
「気楽にしなさい」
シリウス陛下とジュール殿下に口々に言われ、少し緊張していたルシアンは表情を緩めた。
王妃ノエルも「身内なんだもの、気安くしてね」と微笑んでいる。
サリエルとハイネは、少し緊張しているくらいが丁度良いと思っていたが、口に出せる雰囲気ではなかった。
「堅苦しくしなくて良いからね。
ロベール伯父さんだよ」
ロベールが親しげに微笑みかけた。
もはや、ルシアンは、素直にいつもの表情になりつつある。
サリエルは、どうか限度を弁えてくれよ、と胸の内で祈る。
ルシアンには社交の経験など皆無だ。
もしも王都の中心で他の貴族と触れ合える機会があれば少しは違っただろう。
ルシアンには、そんなちょっとした経験もないのだ。
「御本をたくさんありがとうございました。バルカルという人が書いた魔導書がとても面白かったです」
「ほぅ、あれが読めたか」
「父上に習いながら読みました。でも、あの方は『才能のない連中には難しいかもしれないが』とか『やむなく書いておいてやる』とか『頭を床に擦り付けて感謝するように』とか書きすぎだと思います。
3回位も書いておけば覚えます。100回も書くから文字数が余分にかかるんです。
よほど感謝されな過ぎた人なんでしょうか。
お礼を言ってくれる弟子に恵まれなかったとかですか」
「ぷはは。楽しいな、お前の息子は」
ロベールがサリエルの肩を叩いた。
「本の悪口を言っているわけではなくてですね……」
サリエルは思わず言い訳を口にする。
「バルカルは性格は悪いが、魔導の才能はあったんだ。決まり文句は無視すればいいよ」
「ロベールとばかり親しくしないで、こちらにおいで、ルシアン。
息子を紹介しよう。ユーシスだよ。
仲良くしてくれ」
シリウスがルシアンを招く。
ユーシスは頬を染めていた。
初めて男のいとこに紹介されワクワクしていたのだ。
両親の美麗さを余すところなく受け継いだ可愛らしい天使のような王子は、金茶色のくりくりとした髪に綺麗な青い瞳をしている。
1歳違いだが、この年頃の1歳差は大きく、結構、背が違う。
ルシアンがお兄さん、と言う感じだ。
「アンゼルア王国第一王子、ユーシスです。
初めまして、ルシアン」
天使が愛らしくはにかんでいる。
「初めまして! ユーシス殿下!
ルシアン・ヴィオネと申します!」
ルシアンは歳の近いいとこに興奮状態だった。
やたら、はきはきとしている。
「ルシアン。
殿下とかはやめてほしい。
ユーシスと呼んで」
「ありがとうございます! ユーシス!
一緒に遊びます?」
「あ、うん、いいよ」
いきなり遊びの誘いでユーシスは戸惑ったが、すぐに頷いた。
「なにして遊ぼう? 追いかけっことか、する?」
ルシアンの敬語は底が尽きてきたらしい。
ユーシス殿下の方から親しげな口調にしてくれたので、まぁ許されるだろうとサリエルは判断した。だが、遊びの誘いまでしてしまうとは、また想像の範囲外だった。実際に遊べなくとも、あとでよく理由を言い聞かせればルシアンはわかるだろう。
がっかりさせるのは忍びないが仕方が無い。
「うん!」
ユーシスはもう戸惑っていなかった。
「僕はかなり速いよ。
ジートに負けない」
「ジート?」
「凶暴な雄鶏」
「え?」
「え?」
「え?」
全員の「え?」がハモった。
陛下たちの視線がサリエルに注がれる。
サリエルは秘かに冷や汗を流した。
「凶暴?」
ノエルが思わずつぶやく。
「すごいんだ、蹴りを入れてくるから迎え撃ってやるんだ。
でも、本気で蹴り返すとジートが可哀想だから、ちょっと加減する。
逃げ足はものすごく速くて、うさぎ以上。
マリエ夫人とこのうさぎが逃げて迷い込んだ時に3人で追いかけっこ大会やったら、ジートはうさぎに勝ったから。
僕は一等だった。
畑が荒れて、ハイネたちに小言言われたけど。
あん時は非常事態だったんだ。ナスの苗が残らずダメになったけど、後悔してな……あ、してる、してる。
追いかけっこ、楽しいよ。
うちに来る?」
「う、うん!」
ユーシスは頷いた。
ユーシスの親たちは、護衛付きで行かせようと胸中で計画を練る。
「私にも紹介してくださらない? ユーシス」
オディーヌが声をかけてきた。
艶やかな黒髪に紺色の瞳の小さな女神のような麗しい少女だ。まだ少女なのに気品がある。
オディーヌとユーシスが親しいのは、遠目から見てもわかった。同じ王宮で暮らすいとこなのだから、幼い頃から付き合いがあるのだろう。
「了解。
ルシアン、いとこのオディーヌだよ」
「初めまして、こんにちは、ルシアンです」
「よろしくね。いとことして、親しくお付き合いいたしましょう」
オディーヌがいかにも社交用の涼やかな笑みを浮かべる。
「女の子か……」
ルシアンはあからさまに嫌な顔をしていた。
「何か文句ありまして?」
オディーヌの澄ました顔がにわかに不機嫌になった。
「そのスカート邪魔じゃない?
走れる?」
「じょ、乗馬を習うときはズボンを履くわ」
「そうしたら一緒に遊べると思います」
「なっ生意気ねっ!」
サリエルとハイネは、必死に微笑みを維持しながら『いとこ同士で仲良くなろう作戦は失敗らしい』と胸の内で嘆いた。
被っていたネコがはがれるのが早すぎる。
こんな野生児の甥では、兄たちも付き合いを考えるだろう。
そもそも、凶暴な雄鶏以外の遊び相手を見つけようとしたのが間違いかもしれない、とサリエルは考え始めた。
残念ながら、ルシアンがやりたかった追いかけっこは阻止され、王族の席に招かれた。
ルシアンは、ハイネが「ジェスの活躍を応援しないといけませんね」と思い出させたので、すんなり付いてきた。




