【22】後日談、サリエル王子その後3
こちらで完結になります。ブクマや評価をありがとうございました。
励みになりました。
今日の2話目になります。
最後まで読んでいただいて嬉しいです。ありがとうございます。
ひと月後。
サリエルは、土魔法のおかげで育ちが良い野菜たちの芽を眺めながら野菜の収穫をしていた。
「さすが、土魔法を与えると違いますな。
たくさん採れたので、近くの牧場で肉と交換してきましょう」
大収穫にハイネが嬉しそうだ。
「そんなことが出来るのか」
「生肉がなければ、ソーセージと交換してくれます。
旦那様たちが山に働きにいかれて一人きりだった時に、食べ切れない野菜を持っていきましたら交換してくれましたので」
「逞しいな、ハイネ」
山に働きに……とハイネは言うが、要するに、鉱山に罪人として行かされているのだ。二度と帰っては来ない出稼ぎだ。
「それはもう。
このお邸は、迷宮なみの危険地帯でしたからね。
歩けば抜ける床に、崩れる階段、いきなり雨漏りのはじまる天井」
「もう、安心して暮らせるよ」
「ありがたいことです」
この日、サリエルとハイネは、久しぶりに肉たっぷりのシチューを食べた。
大工の修繕が終わると、サリエルはハイネにいつものように頼まれた。
まずは、庭中の雑草をカマイタチで刈り取った。
雑草を乾燥させるのも、風魔法ですぐ済んだ。
ついでに、乾いた雑草に火を付けるのもやらされた。
仕上げに、土魔法の「固化」を地面にかけて雑草が生えにくくしておいた。
胸くらいの高さまで生い茂っていた雑草が、見渡す限り、綺麗な黒土の庭となった。
それから、ハイネと二人で、庭のデザインを考えながら敷石を敷き直した。
あくる日には、暖炉の修繕で多く出た古い赤煉瓦を敷き詰めて小道を作る。
見違えるほど立派な庭に生まれ変わった。
要らない石は砕いて砂利にしてから小道以外の前庭に敷いた。
「土魔法で石を砕くのも出来るとは知りませんでした」
ハイネが感心した。
「土と石はお友達、ということだね」
「それはまた、詩的な表現ですね、土と石はお友達ですか。
おかげで庭は、とても立派になりました。
1000年前のヴィオネ家が復活したようです」
「1000年も前から廃れていたのか」
「魔導士に領地経営などできやしません」
「……はっきり言うね」
ここでの暮らしもすっかり慣れていった。
サリエルは、ハイネが見つけてきた「畑に土魔法を施す仕事」も始めた。
得意の土魔法を畑に注いで感謝される、というやり甲斐がある上に楽しい仕事だ。
ハイネは「近所の農家にサリエル様の自慢をほんの少ししましたら、ぜひにと頼まれまして」と恐縮しているが、農家の主人は「ハイネ殿がサリエル様は土魔法の達人だと絶賛してたので」と言っていた。
どうもうちの執事は、虚言癖があるようで心配だ。
土魔法の仕事をしているせいか、王宮で暮らしていた頃より魔力が上がった気がする。
そんな頃。
サリエルは、王宮から密かな連絡をもらった。
「ハイネ。
赤ん坊が産まれたそうなので、迎えに行こうと思う」
「了解いたしました。
隣のマリエ夫人に鶏の世話を頼んでありますので、参りましょう」
「……ハイネも行くつもりなのか」
「当たり前です。
鉱山まで馬車で10日の距離ですよ。
10日間も、サリエルさんは、赤ん坊の世話をしながら旅をできるのですか」
サリエルはすぐに無理と悟った。
「ハイネ、一緒に行ってくれ」
「もちろんでございます」
ハイネとサリエルが旅支度をしていると、邸の戸を叩く音がする。
ハイネが出ると、一人の騎士が立っていた。
「ジェス! どうしたのだ」
サリエルは慌てて駆け寄った。
「お知り合いでございますか。
応接間の方へ……」
ハイネが中へ案内しようとするのをジェスは止めた。
「いえ、どうかお気遣いなく」
「ハイネ。
ジェスは、元、私の護衛だった騎士だ。
陛下の近衛に選ばれたのではなかったか」
サリエルは訝しげにジェスに視線を移した。
「殿下の推薦のおかげで、陛下の護衛をさせていただいています。
サリエル様。
鉱山の町に行かれると聞きました。
お供いたします」
「陛下の近衛が休むと言うのか」
「陛下も、供をしてやってくれ、と仰ってました。
鉱山への道中には危険な道もございます。
乳児と一緒では、動けないこともございましょう。
どうか、お供させてください」
「それは……確かに、助かるが。
私の判断ミスのために、ジェスに大怪我をさせてしまったと言うのに……」
「判断ミスなど、とんでもありません。
適切だったと思います。
それに、私は、あのままサリエル様のお側におりましたら即死していました。
まず間違いなく、私はサリエル様の前に出ていたと思いますから」
それはそうだろう、とサリエルも思った。
あの配置だったが故に、ジェスは即死だけは免れた。
だが、兄が治癒したからジェスは死ななかっただけだ。
もっと早い段階でなんとかすべきだった。
令嬢たちの争いを甘く見た。
ゼラフィの凶悪さをわかっていなかった。
そう言い始めると、どこまで悔やんでも止められなくなるのだ。
サリエルは、とりあえず思考を止めた。
「護衛の費用などは十分には出せないのだ」
「存じておりますよ」
ジェスは微笑んだ。
サリエルの母の実家はとっくに没落していた。
財産などない。
王妃は人事に口出しをし、王宮で毛嫌いされていた。
国王は亡くなる前に、王妃のせいで被った損害を全て精算した。
病床でそれらは指示され、王妃はその頃にはすでに軟禁されていた。
そういった事情で、ヴィオネ家の立て直しは最低限の予算で行わなければならなかった。
サリエルは攻撃魔法は出来ないこともないが、さほど得意ではない。高齢のハイネと、帰りには赤ん坊が一緒だ。
背に腹は代えられない。
結局、ジェスに護衛を頼む事にした。
鉱山までの10日間の旅は順調だった。
3人は、案外、気が合ったようだ。
ハイネはさすが、あのヴィオネ家で長年、執事をやっていただけあって、細かいことは気にしない、執事らしくない執事だった。
その上、頼りになった。
ジェスは、王妃の叔父が選んだ近衛ではなく、国王がサリエルのために引き抜いた騎士で、腕は確かだった。
見るからに屈強で、精悍と言うより強面に近い風貌で、おかげでひと睨みでおおよその安全を確保できる。
「顔だけで8割くらい、護衛の任務を完遂できる方ですね」
とハイネが褒めるくらいだ――ハイネの褒め言葉にジェスは微妙な顔をしているが。
予定通り、10日後に鉱山の街に到着した。
幾つもの坑道があるが、条件の悪いところに罪人が使われている。
鉱山関係者の詰所には関係者しか近づけないために、サリエルと護衛のジェスだけが向かう。
ハイネは宿で留守番だ。
あまり治安の良い街ではないため、なるべく速やかに用事を済ませ、速やかに出る予定だった。
詰所にある治癒院の応接間に、二人は案内された。
しばらく待っていると、治癒士の女性が赤ん坊を抱いて来た。
中年過ぎの穏やかな雰囲気の治癒士だった。
治癒士が赤ん坊を大事そうに抱いている様子に、こんな環境ではあるが、きちんと面倒をみてもらっていたのだとわかり安心した。
「本当は、もう少しでも、母親のそばに置いてあげるのですけどね」
と、応接間らしき部屋で待っていたサリエルとジェスに、治癒士は、若干、言いにくそうに話しかけた。
「なにか問題でもあったのですか。
母親の具合でも悪いのですか」
サリエルは、あんな目に遭いはしたが、自分の子の母親だと思うと単純に切り捨てることもできなかった。感情的なものか、それとも、子との血の繋がりを思えば本能的なものか。
子を産むのは、やはり大変なことだろう。
サリエルが尋ねると、治癒士は眉間に皺を寄せている。
「誤魔化さずに、正直にお伝えしますわ。
ゼラフィさんは、まず、元気ですわ。
何もご心配は要りません」
治癒士の返答に、サリエルは安堵した。
治癒士は、さらに言葉を続けた。
「この可愛い小さな赤ちゃんを母親に抱かせてあげようとしましたら、赤ちゃんの髪が茶色なのを見て、『私の子ではない』と彼女は怒鳴ったのです。
こんな茶色い髪のはずはない、と何度も叫ぶのです。
間違いなく、ゼラフィさんの子ですわ。
ここに、生まれたての子など、他にいないのですから。
彼女の子で間違いはないと何度もお伝えしましたけれど、挙句にこの子を投げ捨てようとしましたので、もう側に置いておけなかったのです」
サリエルとジェスは絶句した。
サリエルは、一瞬、頭が真っ白になり、何も考えられなかった。
二人が愕然として何も答えられないでいるうちに、治癒士は話を続けた。
「私は、ゼラフィさんのことはお名前しか知りませんわ。
ここの決まりでそうなっているのです。
罪状も、刑期も、知らないのです。
無心に治癒に専念できるようにです。
ですが、もしも、ゼラフィさんが刑期を終えてお子さんと会われる時に、気をつけてあげてください。
いきなり、二人きりにしたりしないで、様子を見るようにして欲しいんです」
サリエルは、治癒士が何を案じているのかを知り、納得した。
「わかりました。
気遣ってくれて感謝します。
必ず気をつけます」
サリエルが小さく頭を下げると、治癒士はようやく安堵した顔になった。
それからサリエルたちは、治癒士から、赤ん坊のお包みや着替えや、布巾、おむつなどをもらった。男児だったので青や水色のものが選ばれている。
赤ん坊のために用意されたものだという。
サリエルがいつ来るのかわからなかったので、当面は困らないくらいのものがあった。
サリエルとジェスは、赤ん坊の抱き方や、注意すべきことなどをよく教わってから、詰所の治癒室を後にした。
宿に戻ると、ハイネが待ち構えていた。
「お帰りなさいませ」
よほど楽しみにしていたのか、ノックと共にドアが開いた。
サリエルが抱いていた赤ん坊をハイネに渡すと、
「おお、これは、聡明そうな御子です。
男の子ですかな?
非常に可愛らしい。旦那様似ですな」
と満面に笑みを浮かべる。
「こんな小さいのにわかるのか」
サリエルは思わず苦笑した。
「わかりますとも。
目鼻立ちがはっきりしていますし、額の形が良いではありませんか。
将来有望でしょう。
育て甲斐がありますでしょう。
劣等生だとて、余計に育て甲斐があるものですけれどね。
男児は、わんぱくさを残しながら、行儀を躾けるという話ですよ。
もちろん、ヴィオネ家ですから魔法の修行も要るでしょう」
嬉しそうなハイネの様子に、サリエルとジェスの鬱屈した気分も晴れてきた。
夕食の準備をした。
3人は買ってきた料理で、赤ん坊はヤギの乳だ。
ハイネは、最初のころは、頑なに一緒に食事をするのを断ったのだが、ともに食事をしながら情報交換をしたいのだ、とサリエルは言い張って、今ではハイネもあまり抵抗しなくなった。
何しろ、二人きりで暮らしているのに、別々に食事をするとお互い一人きりなのだ。
寂しいではないか、とサリエルは思う。
もう、そういう暮らしは、王子時代にさんざん味わった。
サリエルは、ハイネに家族になって欲しかった。
食事の前には、ハイネは、赤ん坊のお尻を浄化魔法で綺麗にし、手慣れた様子でおむつ替えをした。
「慣れてますな」
ジェスが感心した。
「お嬢様のお世話をしましたから」
「執事がか?」
「ヴィオネ家ですから。色々とあったのです。
これくらいは出来ないとなりません。
ところで、若様のお名前はお決めになられたのですか?」
「ルシアンにしようと思う」
「初代国王の名ですな」
とジェスが感慨深そうに呟く。
「魔力が高そうに思うので、あやかることにしたんだ」
「めでたいことです」
ハイネは微笑んであやしながら赤ん坊の世話を終わらせた。
食事ののち、サリエルは、治癒院で聞いたゼラフィの話をハイネに伝えた。
「それはそれは、ゼラフィお嬢様らしいですな」
ハイネは寂しげだ。
「そうか」
彼女らしいのか、とサリエルはうんざりと思った。
「ゼラフィお嬢様がノエル様を虐めた理由は、ご自分の髪よりも、ノエル様の髪の方が目立って生意気だから、ですから。
殺しかねない虐め方でした。
ノエル様の髪は、可愛らしい金色の巻毛でしたから」
サリエルとジェスは、またも絶句した。
「言い訳をさせていただきますと、ゼラフィお嬢様をお育てになったのは、旦那様と奥様です。
後継だからと、可愛がり放題でした。
ノエルお嬢様は、それでなくとも娘は持参金がかかるからと、旦那様たちは忌々しく思われていたのです。
お小さい頃は、ノエル様の世話係は、使えない侍女があてがわれていたものですから、私がお世話させていただくこともございました。
ですが、性悪の親がついているよりも、いない方が良い時もございます。
ゼラフィ様に関しては、あのご夫妻に甘やかされたのと、そもそもの気性の荒さと、いろんな要因があったわけです。
子は親の背を見て育つと申します。
サリエル様なら、何ら心配ございません」
ハイネはにこりと笑った。
◇◇◇
4年後。
「ルシアン様。お野菜は、もっと優しくしないといけませんよ」
ハイネは、ナスを無理やりちぎろうとするルシアンの手をそっと止めた。
「ハイネ。じゃぁ、はさみ、かちて」
「畑用のはさみは危ないので、5歳になるまでは使ってはいけないお約束です。
ルシアン様は、こちらの果物をちぎってください。もう食べ頃ですよ」
ハイネは、ルシアンでも収穫できるベリーの小果樹の方へと歩いていく。
「とぅたまは、まだかえらない?」
「お父様は、今日は、少し遠い畑なのですよ。
ですが、そろそろかもしれませんね。
お耳を澄ませてみてください」
「うん」
ルシアンは言われたままに耳に注意を向ける。
と、遠くから蹄の音が微かに聞こえてくる。
早馬のような足音はすぐに大きくなった。
間も無く、サリエルが姿を現した。
「ルシアン、良い子にしていたか」
「とぅたま、おかえりなさい」
サリエルは駆け寄るルシアンをひょいと抱き上げた。
「ハイネ、畑仕事は腰を悪くするから止めなさいと言ってるのに」
「だいぶ良くなりました。
さすが、サリエル様の土魔法の野菜です。
若返ったようです」
「そう言って、すぐに無理をするから」
サリエルは苦笑した。
「いえいえ、本当ですよ。
そのキビを食べさせていただいてから、軋むような節々がすっかり癒えましてね。
高値で売れるかもしれませんよ」
「体に良いのならハイネが食べればいい。
金には困らなくなったからね」
サリエルは、近隣の農地に呼ばれて土魔法を施す仕事をしている。
サリエルの土魔法の腕が良いと、収穫が倍くらいにも上がると有名になってから、毎日のようにあちこちに呼ばれる。
おかげで、すっかり暮らしが楽だ。
ルシアンの家庭教師もつけられそうだ。
マナーはハイネが教えるのでも良さそうだし、初等部くらいの勉強と魔導の指導はサリエルが教えるつもりだが、剣術などは悩みどころだ。
来年にはルシアンの魔力鑑定だが、どんな結果になるか楽しみだ。
邸へと歩いていると、ハイネが「体に良い」と言っていたキビの畑が目に入った。
――野菜が輝いている?
ほんのりと瞬いて見える。暖かそうな、柔らかな光だ。
――魔力、か?
ふと、記憶が過った。
半月くらいも前か。
ハイネが神経痛で、寝込んでいた時だ。
ルシアンが心配していた。
ハイネ、死んじゃうの? と泣くので、すぐに治るからと言い聞かせた。
ハイネの好きなキビが採れる頃には、元気だよと。
ルシアンは、キビが早く採れるようにと、「はやくみのってハイネをなおして」と、毎日、キビに言い聞かせていたのだ。
サリエルは思い返しながら、すっかり元気になって歩くハイネと我が子の二人の後ろ姿を見つめていた。
(了)




