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【19】エピローグ

いつもご支援ありがとうございます。本編はこちらで完結になります。

後日談で「サリエル王子その後」(全部で3話)を今日の2話目から投稿します。

2話目はまた夜9時になります。

読んでいただけると嬉しいです。








 この日ライザは、シリウスの願いでノエルに会いに来た。

 陛下に「ノエルを慰めてほしい」と頼まれたのだ。


 ライザは、ひと月ほど前の夜会であったことを聞いた。


 アルレス帝国から客人が来ていた。

 帝国からの貴賓をいつもアンゼルア王国では最大級のもてなしをしていた。


 アルレス帝国から、我が国は大量の魔導具を輸入している。

 つまり、お得意様だ。

 だが、兵器となる魔導具に関しては、売り渋られると我が国の方が困る。

 大金を出している客だというのに、アンゼルア王国側が平身低頭している有様だ。


 ――まぁ、あちらは「機密兵器を売っている」んだものね、表向きは。


 実際のところは型落ちした一昔前の攻撃用魔導具をもったいぶって売っているだけだ。


 ――でも、今回のことで陛下を怒らせたから、これまで通りにはいかないわよ。


 ノエルとシリウスがその気になれば帝国の魔導具は要らない。


 帝国から訪れていたのは、第六皇女ラベリアだった。

 お相手を選びすぎて行き遅れた23歳。


 ラベリア皇女とは、6年ほど前、シリウスが帝国に留学したさいに婚約の話が出ていた。

 シリウスが帰国したのち、あちらから断りがあった。

 第二王子シリウスは王太子となる可能性は無いと知ったためだ。

 シリウスの方でも婚約は乗り気ではなかったので、帝国側から断ってもらい助かった。

 それですっかり済んだ話だ。


 ところが、ラベリアは、

「婚約の話が宙に浮いたままになっていましたけど、進めても良いですわよ」

 と言い出した。

 夜会の真ん中で声高に言う話ではない。


 ノエルにはあしらう技もなかったので、聞こえなかったフリをして微笑むしかなかった。

 それに、相手は大国の皇女だ。


 ラベリアは、シリウスがやむなく側を離れた隙に、言いたい放題だった。

「シリウス様は、帝国ではとても自由にされていましたのよ、奔放って言うのかしら?

 美しい花々を熱心に愛でてらっしゃったわ。

 私が婚約者であることを、それは嬉しそうにされていましたの」

 ラベリアは、豊かな胸をゆらして見せた。

 いくら夜会だからって、ここまで露出する必要はないだろうと言うドレスを着ている。

 もう、胸の頂点が見えそうだ。

「そうですか」

 ノエルは平気な顔で相づちを打った。

「なんでも、シリウス様は、可愛がっていた愛玩動物をこちらの王妃様の嫌がらせ……いえ、不手際で逃がされてしまい、傷心で帝国にいらしたのでしょう。

 ねぇ。

 そう言えば、あなた。

 よく似てますわ、その子に」

 ラベリアにのぞき込まれるように顔を見られ、ノエルは思わず退けそうになった。

「……そう、ですか」

 ノエルは、こらえて立ち向かった。

 牝豹に立ち向かう子ウサギの気分だった。


「似ていると言われません?

 黄金こがねリスに」

 ラベリアは薄暗い笑みを浮かべた。

 ノエルは、なんとか耐えた。


 夜会はつつがなく終わった。


 以来、ノエルは笑わなくなった。

 社交用の笑みは浮かべるが、それだけだ。


 ノエルについていたブラドは、一部始終をシリウスに報告した。

 シリウスは、夜会の最中にラベリアがとっくに終わった婚約話を蒸し返したことで、帝国に厳重抗議をした。

 婚約があちらの断りでなくなったことは書状のやり取りが残っている。

 非は向こうにある。

 それでも、帝国に抗議などアンゼルア王国の歴史上、初めてだ。


 騎士団には「帝国の魔導具はやめて、国産の武器で今後はやっていく」と宣言した。


 ライザはそれらの経緯を思い返しながら、ノエルの私室にやってきた。

 ノエルは嬉しそうにライザを部屋に招き入れたが、少しやつれたような気がした。


「ノエル、少し痩せたわね。

 お仕事しすぎじゃない?

 武器の付与魔法、そんなに大変?」

「ううん、大丈夫よ。

 やり甲斐があったわ。

 もう、あんな事故品まじりの帝国製品に頼らないでいいのよ。

 団長さんたちが喜んでくれたから私も嬉しかったわ。

 あいつらのより、よっぽど役に立つって」


 ノエルの新作、炎爆付与の投げナイフと、カマイタチ付与の弓矢は「帝国のやつより高威力で使いやすく信頼性も高い」と騎士団に喜ばれた。 

 団長に渡した雷嵐付与の長剣は高威力すぎて団長にしか使えないが、一刀で竜をも斃せた。


「良かったわ。

 なにしろ、貧乏国なのに無理して買ってたんだもの」

「そうよ。

 アルレス帝国との交易の条約ではね、こちらからは輸入を断り難くなってたのよ。

 昔、帝国に脅されてそうなってたの。

 まぁ、当時は仕方無かったかもしれないけど。

 でも、今回、陛下が夜会の件で抗議したでしょ?

 そうしたら、帝国の方から、しばらく魔導具は輸出できないって言ってきたの。

 陛下と外交部は、これ幸いと輸入停止を宣言したわ。

 あちらから言ってくれて良かった。

 また輸入再開のときは、条件の見直しからやり直しよ。

 もう買わないから、どうでもいいって話よ。

 帝国はアンゼルアから泣きついてくると思い込んでるわ。

 バカね。

 帝国はうちとの交易で、金貨をざくざく手に入れていたくせに。

 あの牛の乳みたいな胸をこれみよがしに見せつけてた皇女は、母親が3番目の側室で実家が外交部の高官なんですって。

 だから嫌がらせをしたつもりなんでしょうけどね」

「帝国は、ミスをした高官はクビじゃ済まないって言うわよ」

「ふうん。厳しいのね。

 ミスになるのか知らないけど、うちは助かったわ。

 今後は、帝国との契約はすごく気を付けると思うわ。

 もう、強気に出られるしね」

「ホントね。

 ねぇ、ノエル。

 元気がないみたいに見えるんだけど。

 疲れてるだけ?」


 ライザがノエルの顔を窺うと、ノエルはぴくりと肩をふるわせた。

 ――ノエル……。やっぱり、変ね。


「親友にも言えないこと?

 それに、ノエル。

 陛下のこと、『シリウス』か『アル』って呼ぶのって言ってたでしょ?

 どうして『陛下』呼びなの?」

 ノエルはふぅとため息を吐いた。

「ライザ。

 ねぇ、あのね。

 私……。陛下に愛されてるって思ってたの……。

 女性として」

「もちろんよ。

 愛されてるでしょ」


 ライザは、シリウスに頼まれたのだから。

 ノエルが元気がないまま治らない、と。

 シリウスは心配でたまらない様子だった。

「ノエル。

 夜会で言われたことをまだ気にしてるの?

 皇女が言ったことなんて、ウソだったのでしょ?」

「花々を愛でていたと言うのはウソだったわ。

 陛下は、国神の加護が篤かったおかげで、国神が選ばないような女には近づきたくもなかったみたい。

 すごく範囲が狭まれてしまってて、おまけに陛下自身の好みもあるでしょ。

 あの牛の乳皇女は、帝国の皇女なので仕方なく愛想良くしたけど、国神フィルターで引っかかりまくってる女だったから嫌でしょうがなかったって話」

「やっぱり、ウソだったのね。

 じゃぁ、問題ないじゃない?」

「陛下が黄金こがねリスを愛でていたのは本当だったの」

「ぇ?」

「私が、そいつに似てるっていうのも……」

 ノエルが気落ちした様子でうつむく。


 黄金リスはその名の通り金色のリスだ。魔獣のくせに、危険度はゼロ。

 桃が好物なのでモモ農家の天敵だが、あまりに可愛いのでペットにする者が絶えない。

 金色の巻き毛に水色のつぶらな瞳をしていて実に愛くるしい。

 ――そう言えば、似てる? かも。


「で、でも、ノエル……」

「陛下は、一時期、飼ってたって……。王妃の嫌がらせで逃がされるまで……」

「可愛いんだから、いいじゃない?」

「魔獣のネズミよ。

 陛下の隣にネズミの王妃じゃ笑いものよね。

 おかしいと思ってたの。

 あんなに格好良い陛下に、なんで私なんだろう、って。

 昔飼ってたネズミに似てたからなのね」

「ノエル。

 あなた美人よ。自信を持って。

 それに、初夜は陛下と過ごしたのよね?

 私のあげた『閨の手引き』は役に立ったんでしょ?」

 ライザが尋ねたとたん、ノエルが頬を染めた。

「そ、それは、もちろんよ。役に、立ったわ。

 ありがとう、ライザ」

 ノエルは小声で答えた。

「それなら、大丈夫よ。

 黄金リスを嫁にするひとなんて居ないわ。

 ちゃんとノエルは女性として愛されてるのよ」

「そうかしら」

 ノエルは半信半疑の顔だ。

「そうよ。

 もう少ししたら旅行にも行けるのでしょ?

 陛下は、やっと新婚旅行に行けるって、楽しみにしてらしたわよ。

 少し休んだらいいわ。

 可哀想に。

 魔力量特大の魔導士と付与魔導士の夫婦なんだもの。本当だったら、あっという間に大富豪よ。

 それがこんな貧乏国で苦労してるなんて。

 もっとのんびりすればいいわ。

 ノエルは、辛かったんだから」


 ライザに何故か「よしよし」と撫でられた。


「サリエル元王子がヴィオネ家を継いでくれたみたいだけど、それはいいの?」

 ライザが気遣わしげにノエルを見た。

「ええ、それは感謝しているわ。

 あのね、これは知られてないんだけど」

「なあに?」

「ゼラフィは鉱山に入ったのだけど。半年くらいは肉体労働はなしなのよ。

 子供が産まれるまでは」

「え?」

「サリエル殿下の子」

「えぇ?」

 ライザが呆気に取られて目を見開いた。

「ヴィオネ家の血筋は、今は私だけ。

 それで、私は王家に入ったわ。

 その昔は、ヴィオネ家はなかなか良い魔導士だったみたい。

 領地運営の能力はまるでなかったのだけどね。

 だから、傾いてしまった。

 でも、姉の子がヴィオネ家を細々と繋いでくれるかもしれないの。

 サリエル殿下は、ゼラフィの子を引き取ってヴィオネ家で育てるって」

「そうだったの……」

「赤ん坊のことは秘密ね。

 ゼラフィはなんの罪もない令嬢を殺してしまったのだもの。

 でも、赤ん坊には罪を背負ってほしくなくて」

「言わないわ。安心して。

 ただ胸の内でその子の幸せを願うだけにするから」

「ありがとう、ライザ」


 ノエルは、まもなく産まれるであろう子に想いを馳せた。


◇◇◇


 シリウスたちが新婚旅行に行けなかったことをジュールやロベールたちは気の毒に思っていたらしい。

 王弟や宰相たちに勧められ、ふたりは湖沼地帯の有名な観光地に旅行に出かける計画を立てた。


 王都から馬車だと5日ほどの距離があった。

 ノエルとシリウスは馬車の旅を楽しんだ。

 4日目。

 村長の家に招かれて食事をした。

 ここソラン領は、領主は居ない。国が管理している。

 国神の加護が篤い土地で、王笏の精霊石が見つかった泉もある。

 

「浮気がバレて事故死した王妃が、何度も自分の別荘を建てようとした湖のほとりがあるんですよ」

 と村長が、なぜかとても自慢げに話す。

「は、はぁ」


 その王妃の話は知っている。有名なのだ。教科書にもチラリと載っている。

 教科書にこんなこと書いて良いの? みたいな感想を持った覚えがある。

 隠せば良いのに思いっきり書いてあった。


 王妃の実家は断絶して消えていたから良いのだろう。魔導士を奴隷にして潰れた家だ。


「ここは国神の加護がありますから、その王妃の別荘はどう頑張っても建たなかったんですよ。

 毎度、ありとあらゆる災厄に見舞われて、樹の伐採も出来ませんでした。

 王妃はこちらへは避暑に来ることすらできませんでした。大嵐になったり、地震で馬車が倒れた時もありました」

「馬は大丈夫でしたか」

 ノエルは思わず尋ねた。

「罪のない馬と御者は元気でしたよ」

 村長が微笑んで教えてくれた。

「王妃は大腿骨と顔面を骨折しましたけどね」


 明くる日。目的の湖畔に到着した。


「ノエル。

 実はね、泊まるところを用意してあるんだ」

 ふたりで心地よい森の道を歩いているとシリウスが楽しげにそう言った。

「別荘でもお借りするんですか?」


 ここはとても綺麗だった。

 湖はまるで青い宝石のように木立の向こうで輝いている。

 樹々と花々の匂いがする。時折、鳥たちの愛らしい鳴声が聞こえた。


「別荘を建てたんだ」

「ふふ。

 無事に建ったんですか」

 ノエルは冗談と思った。

 浮気な王妃の別荘の話を昨晩、聞いたばかりだ。


「もちろん。

 ノエルのために建てたらとてもすんなりと完成したよ」

 シリウスが微笑み、ノエルの手を引く。


 木立を抜けたそこは、湖畔の景色を見渡せる眺めの良いところだった。

「あ、緑の屋根……」


 ノエルは足を早めた。


 コンドロア共和国で、緑の屋根に白漆喰と赤煉瓦の家を借りる予定だった。

 目の前の可愛らしい別荘は、外壁の下部は赤煉瓦で、他のところは白漆喰が塗られていた。

 窓枠とドアは屋根とお揃いの深い緑だ。


 白い柵の入り口には蔓薔薇を纏わせられるようにアーチが施されていた。


「ノエルが夢だと言っていた蔓薔薇のアーチは、一緒に薔薇の色を選びに行こう。

 錬鉄のベンチも。

 休みの日はここで過ごそう。

 子供たちが生まれたらボートも買おう」

 ノエルはぽろぽろと涙を溢れさせた。

「ああ、泣かないで、ノエル」

「ありがとう、シリウス」

「やっと名前を呼んでくれたね」


 抱きしめられ、あの12歳の頃、傷を治してもらった時のように、泣き止むまで髪を撫でてもらった。


◇◇


 ロベールとセオに設計してもらい、魔力量特大の魔導士が稼働させる、王宮と繋がる「転移魔法」の魔導具を設置するのは、しばらく後の話。


【了】


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― 新着の感想 ―
[一言] サリエル王子….·´¯`(>▂<)´¯`· 彼にも愛する女性を!
[一言] 楽しく読まさせていただきました。 ありがとうございました。
[良い点] おうち [一言] いい〆でした〜 お二人に幸あれかし!
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