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【1】


 ヴィオネ伯爵家にとって、もっとも大事なのは長女のゼラフィだった。

 次女のノエルは、物心ついたころから虐待という形で思い知らされていた。


 ノエルが魔導士の素質に目覚めたのは5歳のとき。

 ゼラフィに突き飛ばされ、暴れ馬の走る馬場に柵から落とされた。

 その時に、ノエルは咄嗟に「魔力の壁」を作った。

 恐怖が力を目覚めさせたか、生存本能が能力を引き出した。

 見えない壁が体を馬の蹄から守った。

 おかげで死なずに済んだが、恐怖で粗相して気を失った。


 父は「なにやってんだ、ウスノロが」となぜかノエルだけを怒った。

 母は「5歳にもなってスカートを汚して」とスカートしか心配してくれなかった。


 長女のゼラフィが宝のように大事にされているのは、強い魔力を持っているからだ。

 ゼラフィが4歳のときに国教施設での鑑定でわかった。

 貴族の平均を超えて、王族に並ぶほどに強い魔力だ。


 ヴィオネ伯爵家は、かつては魔導士の家系だった。

 魔導士が国にあふれていたころの話だ。

 今は違う。

 ゼラフィは、先祖返りしたように魔力がたまたま強かった。


 「もしかしたら次女も強い魔力を持っているかもしれない」と両親は期待し、ノエルは3歳までは大事にされていた。

 4歳になると早々に国教施設で鑑定を受けた。

 4歳だと少し早いですよ、と神官に言われたが、ノエルの親は微塵も怯まなかった。

 姉のゼラフィは、3歳のころには指先に炎を燃やす火魔法が使えたのだ。

 ゼラフィは確かに天才かもしれない。

 とは言え、妹にまでそれを求めるのは間違っている。

 国教施設にある鑑定の魔導具にノエルが指を触れると、ほんのわずかに反応した。


「……魔力は、あるようです」

 神官は気難しい顔でそう教えた。

 ゼラフィのときは、もっと眩く魔導具が反応したらしい。

 両親は心底、落胆した様子だった。

 それから、ノエルは、使用人よりも扱いがぞんざいになった。


 気絶して目を覚ましたのは邸の床だった。

 いきなり初めて使った魔法で魔力を消耗し、ノエルはぼんやりとしていた。

 おかげで、父と母に貶されてもよくわかっていなかった。

 使用人が、服を汚したノエルを風呂場に連れて行き、面倒を見てくれた。

 使用人に思いやりのあるひとがいて良かった。


 ――あれは、「まほう」だった。


 ノエルは、自分の身に起こったことを理解していた。

 他の誰もわかっていなかったとしても。自分が魔法を使った、と気付いていた。


 あの時、身体を巡る強大な力を感じた。

 熱く鮮烈で、雷のようだった。

 身体を貫くように駆け抜けて、壁を作り、馬の蹄をはね除けた。

 ――わたしは、わたしをまもった。


 意地悪で乱暴なゼラフィは、ノエルを暴れ馬の前に突き落とした。

 いつも妹を蹴ったり叩いたりするひどい姉だけれど、あれは一線を越えていた。

 ノエルはぶるりと身体を震わせた。

 ――わたしは、もっと、わたしを、まもらないと……。


◇◇


 ノエルは、鑑定の結果では魔力は少量ながらあった。

 だが、実際は、馬の蹄から身を守る障壁を作れるくらいの魔力を持っていた。

 少量では、ないはずだった。


 思ったのは「鑑定を受けるのが早すぎたんじゃないか」ということ。

 神官が早いと言っていた。

 だから、魔力が上手く鑑定の魔導具に流れなかった。


 のちに、その「魔力の障壁」は「結界」という名だと知った。

 魔導士が身を守るための防御魔法のひとつだ。


 結界を張った、一瞬の体験を思い出す。

 魔力が巡り、壁となって身を守った感覚をたぐり寄せる。

 雷に似た熱い力を体の中から引き出すように目を閉じて操作する。

 ――魔力よ、護れ。


 体を覆う被膜状の障壁が瞬時に作り出された。


 最初のきっかけさえ掴めれば良かったのだ。あの時、ノエルはコツを掴んだ――命がけで。

 ノエルは、確かに魔導士の血を受け継いでいた。

 それから、古の魔導士のように自由に結界を張れるようになった。


 ノエルの家族は、父も母も姉も、性根が腐っている。

 いつも歪んだ顔をしている。

 家が貧しいせいだろうか。でも、貧しくても良いひとはいる。


 ヴィオネ伯爵家は、かつては富裕な貴族だった。

 それが、代々の領主が無能だったために、領地を減らしていった。

 今では、村をふたつ抱えた貧しい領地を治めるだけだ。

 村からの税で生きている。

 過度な税の取り立てはできない。

 国の官吏に見つかったら、わずかな領地さえも取り上げられてしまう。

 貴族なのに贅沢ができない。

 そんなヴィオネ家に救世主のごとく生まれた、強い魔力をもった長女、ゼラフィ。

 大事にされるに決まっている。

 無能な次女など、予備にしておくのも嫌だろう。


 ノエルは、母から下働きのように使われていた。


 母に命じられ、領地から運ばれてきたジャガイモを倉庫に運ぶ。

 毎度、しばらく芋には困らないくらいの量がある。バケツに入れて、何往復もする。

 今朝から薪運びに、この芋運びだ。

 もう腕が重くて動かない。

 ノエルは、あまりの辛さに「魔法で芋運びができないか」と考えた。

 芋を運びながら魔力を巡らせて、魔力に力仕事を手伝わせるように念じるようにしてみた。


 諦めず試すうちに、気のせいか芋運びは楽になった。

 体を魔力が支えているような感じだ。

 ――これで、少しは楽に暮らせるかも。


 ノエルはいつも疲れていた。食事も不十分だったが過労で食欲もない。

 倒れると水をぶっかけられることもあった。

 ――死ぬかも。

 と思った。

 でも、役に立つ魔法をひとつ覚えた。


 ノエルは父が帰ってくると、部屋に閉じこもりじっとしている。

 母がノエルに重労働させるのも、姉がノエルを炎撃の的にするのも、父は知っている。

 父は残酷だ。

 倒れたノエルに水をかけたのは父だ。


 父は、領地と王都と行き来して仕事をしているので、王都の別邸にはほとんど来ない。

 領地は騎馬で2日の距離にある。馬車ならその倍くらいだ。


 村がふたつあるだけの領地でなにをそんなに仕事があるんだろうか。ノエルは、成長してからは、「父はどこかで遊んでるのかも」とか、さらには「浮気相手のところに行ってるのかも」と疑った。

 真相はどうであっても、ノエルにとっては父親はいない方が良い。


 ノエルの体には、いくつもの痣や傷跡があった。

 それらの痕がまだ軽症なのは、ゼラフィの攻撃魔法が、幼いゆえにさほどの威力がなかったからだ。

 ノエルは、ゼラフィの魔法が上達するよりも先に、素早さと結界の堅固さを強めなければならなかった。


 邸の図書室に入り込んで調べると、「結界」の魔法は魔導の本に載っていた。「体を強化する魔法」も騎士の訓練に似たようなのを見つけた。

 呼び名は、ズバリ「身体強化魔法」だ。

 「騎士団の上級騎士の半分くらいしか習得できない難しい魔法」とあった。

 その説明を読んで、本当に同じ魔法か自信がなくなったが、騎士団の魔法ほど上等ではないとしても助かっているのは事実だ。

 ただ、楽々仕事をこなしていると思われると、よけいにこき使われそうなので気を付けた。

 わざと時間をかけて厩の掃除とかをしている。

 重い敷き藁を換えるのはけっこうな重労働だから、時間をかけてもいいだろう。

 その代わり、空いた時間に魔法の訓練をした。


 家から逃げる情報収集のためには風魔法を使った。学校の情報などはそうやって集めた。

 『盗み聞き』の魔法だ。

 邸の図書室にあった本に「斥候は風で音を読む」と書いてあったので、色々と試したら出来た。

 案外、簡単に出来た。

 ノエルの持っている魔法属性のひとつは「風」だろう。


 魔法はだいぶ使えるようになった。

 でも、母たちには、決して言わなかった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 第一話から早速引き込まれてしまっております。 先が気になります。
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