【18】
読んでいただいて嬉しいです。ありがとうございます。
本日の2話目になります。
明日は本編完結で後日談も投稿します。同じくらいの時間になります。
「ノエル・ミシェリー嬢だ。
彼女は不運にも、あのヴィオネ家に生まれてしまったが、ジル・ミシェリーが保護した。
ヴィオネ家は家長が領地法違反に問われ罰金刑に処せられた伯爵家だ。
ああ、それから、次女のノエル嬢への養育放棄でも訴追された。
治癒師の証言で、ノエル嬢が傷害事件の被害者であることもわかっている。
炎撃を受けた痕が背中に幾つもあったと記録されている。
姉ゼラフィが加害者だ」
ルカは重低音の声で告げ、最後の言葉に会議室にいた第四王子サリエル殿下に視線が集まった。
彼の婚約者がゼラフィ・ヴィオネであることは知られている。
ゼラフィが、下位貴族の令嬢を脅して自分の課題をやらせていたことは王立学園の学生たちにすでに広まっていた。
「ノエル嬢には、稀な魔法の能力がある。
付与魔法だ。
彼女は、付与魔導士なのだ。
今年、西のガルダの森では、魔獣の増え方が尋常ではなく苦戦を強いられた。
だが、その際、付与魔法が施された武器が騎士らを助けた。
我が国は、魔導士が少ない。その代わり騎士たちは、きつい鍛錬を繰り返し、剣術の腕を上げていた。
そこに、炎が付与されたレイピアがもたらされた。
おかげで、騎士の死傷率は大きく下がった。
前衛のためには、結界が付与された革鎧が配られた。
雷が付与された投擲用ナイフは、非常に殺傷能力が高かった。投擲の腕の良い騎士が使えば鬼に金棒だ。
ノエル嬢は、救世主だったのだ。
生家のヴィオネ家はクズだったがな」
ルカの毒舌で、サリエルは余計に視線を俯けた。
ノエルは、そこまで堂々と言われると身の置き場に困った。
褒められたのか、ただの報告かわからなくなる。
「ノエル嬢には婚約者がいるので、嫁にしようとは考えないように」
ルカがぴしりと釘を刺し、幾人かの領主は明らかに残念そうな顔になった。
さらにルカは言葉を続けた。
「お相手は、シリウス・アルノール・ロシェ・アンゼルア殿下だ」
大会議場がざわめいた。
「では、次に移る。
国王の懺悔だ。暴露するように、と頼まれたので話す。
24年ほど前。
二人の側室が後宮で身籠った。ただ、それは真実ではない。
身籠ったのは一人だ。
双子だった。
国王は双子であることを隠せと命じた」
ルカの言葉に大会議室は、再度、響めく。
「国王はさらに理由も暴露している。
もう、側室と閨をともにしたくなかった。
それから、側室や、側室が生んだ子供にも何ら興味もなかった。
どうとでもなればいい、と双子は二人の側室がそれぞれ生んだことにさせた」
何とも胸糞の悪い沈黙が降りた。
ノエルも腹立たしさに、つい眉間に皺が寄った。
「さらに、生まれた第一王子が茶色い髪をしていたと報告を受けた王は、兄と弟を取り替えろと命じた」
もはや、響めきもなかった。深い沈黙が降りた。
「二人の王子が5歳の時、魔力量が鑑定された。
その結果、ジュール殿下は、少々、中に近い『大』。
シリウス殿下は『特大』だった。
ちなみに、わかっている限りでは、世界的に見ても特大ランクはシリウス殿下一人だ。
国王は、自分の過ちに気づき始めたが、もう後には引けなかった。
国王の病はじわじわと進行している。
まだ生きているのは、国王の魔力量が、ジュール殿下と同じくらいに高かったからだな。
では、王太子選びをするか」
「私の魔力量も一応、発表しておいてくれ、ルカ殿。
『中』だ。若干、『大』よりの中な。
それから、祖父と母は、私が国王になるのは反対している。
長生きしたいからな。
わかったな」
ロベールがにこやかに領主会議の面々に視線を巡らせる。
その時、会議室のドアがノックされ、文官がルカに何かを耳打ちした。
それまで、黙っていたジュール王子が立ち上がる。
「来られたようだ」
そう呟く。
――誰が?
と、誰もが思った。
ノエルは、ほのかに感じられる魔力波動でもうわかっていた。
ドアが乱暴に開かれた。
腹をたてた様子のシリウスが会議室に姿を現した。
誰も何も言わない……言えない。
「なぜノエルを勝手に連れてきた!」
シリウスが怒りの低音で恫喝した。
「当然でしょう。
逃げられたら困りますから。
コンドロア共和国に永住されるなんて、許せるはずがないでしょう。
しかも、夫婦揃って」
ジュールの言葉に領主会議の面々が目を見開いた。
「付与魔法の品々は格安で卸してやると言っているだろう!」
「私は、兄上が王をしてくれないのなら、国を出ますよ」
ジュールの爆弾発言に、流石に領主らの視線が動く。
「何を言う!
お前が王の認めた第一王子だ」
「あの王が認めたと言われて私が喜ぶとでも?
ひどい侮辱だ。
この国が、加護なしでやってけると思ってるのですか?
6年前、王妃の嫌がらせに嫌気がさして兄上が留学してる間、魔獣と天災がどれだけ増えたと思ってるんです?
どれだけ大変だったか」
領主らは「そうだったのか」と悟った。
6年前の大災害でひどい目に遭わなかった領主など一人もいない。
度重なる災害がもっとも増えたのが6年前だが、その前後も国難が続いた。
王妃のせいだったのか、と領主らは拳を握った。
「知ったことか。
原因を作ったのはそちらだろう」
「愚かな王と王妃の尻拭いを、罪もない国民と騎士らに負わせるのですか」
「その王と王妃を選んだのは国の中枢だ。
責任を取ればいい。
いつも、何ら苦しみもなく許されているから変わらない。
もう国神はそう結論したのだ」
「いえ、まだです」
ジュールは、手にしていた王笏をいきなり、シリウスに投げるようによこした。
シリウスは、咄嗟に王笏を掴んだ。
途端に、王笏がまるで陽の光を集めたかのように眩く光った。
小さな太陽が出現したようだった。
その光には熱はなく目を焼く鋭さもない光ではあったが、明らかに、加護の光、祝福の光だった。
魔導士たちは、皆、伝統の魔導士の礼をし、他の領主らは平伏した。
シリウスの願い虚しく、領主会議は満場一致でシリウスを王太子に選んだ。
◇◇◇◇◇
シリウスが王太子と決まった翌日。
王都に号外が配られた。
見出しには「王太子決まる」「国神の望んだ王が選ばれる」という大活字が踊る。
領主会議の内容は、極秘のはずだったのに、
「シリウス殿下の立太子がうまくいったから、国中に発表する」
と、宰相の鶴の一声で、新聞一面に載せられた。
国の機密に関わりそうなところはぼやかしたが、国王の愚行は残らず暴露されていた。
ノエルの付与魔法は、国の戦力に関わるのでぼやかし案件だ。
号外が配られた数日後。
王立学園で死傷事件がおこった。
サリエルが王太子になれないと知ったゼラフィが怒り狂い、クラスメイトに炎撃を放った。
サリエル王子はその場に居合わせた。
ゼラフィは王太子妃になれなかったことを揶揄われ、激怒し暴走した。
サリエル王子は、令嬢たちを守ろうと立ちはだかり、結界を張った。
彼は土魔法が強いらしく、結界はかなり得意だった。
だが、それ以上に、ゼラフィの炎撃の威力は強かった。
結界からわずかに離れていた令嬢が焼けて即死。
サリエルも重度の火傷で重体。止めようとした護衛の騎士が重傷。
死に瀕したが治癒師の治癒で、なんとか回復した。腕の良い治癒師がシリウスであることは極秘だ。
他の令嬢たちは、サリエルが捨て身で庇ったために軽傷で済んだ。
ゼラフィと両親は鉱山に行った。
本当は処刑のはずが、被害者の両親が「すぐに楽に死ねる処刑など認めない。生涯、鉱山で働かせたい」と希望したのが叶ったためだ。
賠償金を一生かけて働いて返済する。
ヴィオネ家は、一度、お取り潰しになった。
「一度、お取り潰し」というのは、サリエル王子が継いで、すぐに復活したからだ。
◇◇◇◇◇
――予定と違いすぎる……。
ノエルは着付けをしてもらいながら、心中は複雑だった。正直、項垂れたい気分だ。
一面に薔薇の刺繍が施された純白の絹の衣装が用意され、ノエルの巻毛は腕の良い侍女たちが綺麗にアップに結いあげてくれた。
胸元は寄せて上げる技で1割り増しくらい豊かに見える。
あの衝撃的な領主会議からひと月が過ぎた。
今日はこれから婚礼だ。
通常は、王族の婚礼は婚約を1年過ぎてからだが、シリウスが「婚礼は私たちの予定通りにやる」と宣言したために行われる。
問題は、国王陛下が重い病床にあることだった。
シリウスは「王の容体など、知ったことではない」と言う。心情的にはそうでも、慣例的に国王が病床の間は祝い事はしない。
とは言え、国王の病は長く、治癒師が「この状態がどれだけ続くかわからない」と述べたことで、「もう、王太子の望む通りにしよう」と決まった。
それでもやはり派手な事はせず、国教での儀式のみ。
パレードと宴会は延期となった。
予定とはだいぶ違うが、新婚旅行に行こうと決めていた日にふたりは結婚した。
叶うことのなかったその日に夫婦にはなれた。
仕方がなかった。
気楽で楽しい新婚旅行は無くなった。
ノエルは想いを馳せる。
ふたりで旅程を考えた。
シリウスが留学していたアルレス帝国で観光する予定だった。
コンドロア共和国では、家を借りてしばらく住んでみようと話していた。
ノエルは、緑の屋根に白漆喰と赤煉瓦の家がいいな、とシリウスに話した。
ふたりの計画は消えてしまった。
――でも、騎士団の魔獣の討伐がエグいことになったり、領民たちが災害や疫病の被害に遭ったりするのは嫌だしね。
我慢は慣れている。
シリウスは国王になる気は毛頭なかったが、王笏に選ばれた上に、領主会議で満場一致で決まったのに振り払って逃げるのは出来なかったらしい。
ノエルにはよくわからないが、シリウスが王太子となる状況に追い込まれていたようだ。
儀式が終わったのち、シリウスとノエルは王宮のバルコニーで集まった民衆に挨拶をした。
新聞の一面にデカデカと経緯が載ったおかげで、国中から人が集まっていた。
見渡す限り、人で埋まっていた。
そんな光景を見下ろしながら、シリウスは凛として姿を現した。ノエルは呆然と隣に立ち尽くす。
ジュール王弟殿下が王錫をシリウスに手渡した。
すでに国王は病床で退位を表明していた。
シリウスが王笏を手に取り掲げた瞬間、王笏の精霊石が、あの領主会議の時以上に眩く光り輝いた。
まるで国神が、「彼が王ぞ」と示すかのように。
それは、歴史に刻まれるであろう、素晴らしい姿だった。
熱狂の渦が広がり、歓声は嵐のようだった。
ノエルはこの瞬間に諦めた。
――旦那様が引退するまで、私は王妃業ね……。
◇◇◇
それからさらに2か月近くが過ぎた頃。
国王は崩御した。
国王の死後、王妃は北の離宮に引退し、サリエル王子は臣下に下りヴィオネ伯爵となった。




