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18/82

【17】

お読みいただきありがとうございます。本日の1話目になります。

2話目は夜9時になります。






 丈高い両扉は護衛の騎士の手で開かれていた。

 歴史を感じる厳かな部屋だ。

 室内の席はすでに埋まり、そこかしこで話し声が囁かれていたが、入った途端、ノエルに視線が集まってしまった。


 場違い感がすごい。

 みな、たいそう立派な領主様ばかりだ。

 小柄で痩せ型の人や女性の領主も中には混じっているが、ノエルよりもずっと年上だ。


 領主会議の議長は、馴染みのある容姿をしている。

 ルカ・ミシェリー公爵はセオの兄だ。ゆえに少し似ている。

 セオ・ミシェリーは次男だが、その功績で侯爵の爵位を賜っている。

 元々は、ミシェリー家が持っていた伯爵位を継いだが、それを陞爵してもらったという。

 兄上の公爵家には、現国王の姉上が嫁いでいる。


「それでは始める。

 契約魔法の手続きは済んでいるな」


 ルカが入り口で控える文官に視線を走らせると、文官は頷いて答えた。

「今日の議題に入る前に、この度の会議では、非常に重要な情報を伝えなければならない。

 王太子を選ぶ前に必要な情報だ。

 古い魔導士の家系の領主なら知っていることだが、今現在の議員には知らないものが多い。

 資料を配る」


 ルカの言葉にすぐさま文官たちが動いた。

 領主らは配られた資料に視線を落とした。


「その資料には、国の暗黒時代の記録が記されている。すでに知らない世代が大半なので配らせた。

 ちなみに、資料の数字や文言は真実であることを確かめてある。

 魔導士を奴隷として富を蓄えようとした領主たちの末路と、それに加担した王族の最後だ」


 ノエルは、なぜか自分にも配られた資料を見た。

 学園でも近代史の中で学ぶことだ。

 だが、目の前の資料にはさらに詳しく載っていた。

 備考一覧表には数字や日付も記されている。


 説明担当らしき文官が読み上げた。


『魔導士4名を違法な契約で縛り、奴隷としていた領主。

 バーント伯爵家の場合。

 違法行為を始めてから、領地において、魔獣の被害が4倍に激増。

 大雨などの天災が例年の6割り増しとなる。

 土砂災害は倍増。

 空き家の増えた領地に盗賊が隠れ住むようになる。

 領主夫人と嫡男が病死。

 次男が事故死。

 領主の持病が悪化。

 領主家が全員死亡のため断絶。


 次の例。

 アドス侯爵家の場合。

 アドス家の美貌の娘は、時の王太子の婚約者として選ばれていた。

 アドス家は、5名の魔導士を騙し借金奴隷とした。

 そういった訴えは王宮に出されていたが、王家はこれを無視。

 令嬢は王太子と婚姻を結ぶ。

 アドス家では、魔導士を違法に軟禁してから、領地に雨が一切降らなくなる。

 疫病が蔓延。

 夫人と子息らが感染して死亡。

 王宮がアドス家の救済に乗り出す。

 国王と王太子が、不治の病にかかる。

 体内の魔力が減少していく病で、心臓を千切られるような激痛に苛まれる。

 アドス家の全員が死亡。後を継ごうとした領主の弟が体の爛れる疫病により死亡。

 アドス家の断絶。

 アドス家から嫁いでいた王太子妃は5年間懐妊せず、浮気が露見されたのち事故死。


 次、ヨステル家の場合。

 魔導士4人を欺し、借金奴隷とする。

 その日から地盤沈下とムカデ型魔獣の激増で、領地の収穫が一切できなくなる。

 繰り返し豪雨にさらされ、領地中の橋が流される。

 領主家の子息らが事故死、令嬢が病死。

 領主夫人が自殺。

 領主がムカデ魔獣に半身を喰われる。

 領主家が全滅のため断絶。

 次、ガーネス家の場合……』


 壮絶な家々の末路が読み上げられた。

 その頃の王族に、拷問のような苦しみを伴う不治の病が流行った。

 感染症ではないが、流行ったとしか言いようがないくらいに多かった。


 領主らは、息遣いも静まるほどに無言だった。

 ただ文官の声だけが聞こえる。

 ノエルも驚いていた。

 授業では習っていたが、こんなに詳しくも悲惨でもなかった。


 資料を読み終えると文官は下がった。

 ルカがまた渋い声をあげる。

「魔導士の家系では言い伝えがある。

 我が国は、魔導士が民と領土を守り作った国だ

 1622年前、魔導士を国王と定め、アンゼルア王国となった。

 そこに至るまでに夥しい数の魔導士が殉職した。


 国を守った魔導士らに、国神の加護が降り注がれた。

 預言士が、精霊石を見つけた。王笏に使われている石だ。

 国神は、この国は魔導士の国だ、と預言士に伝えた。

 国神は、国を守った魔導士らとともに在ろうと。

 アンゼルア王国がその成り立ちなりの国であり続ける限り、加護を与えると。

 そうでなければ、国神の加護を失う」


 議長の言葉に議員らがざわめいた。

 ざわめいたのは、魔導士の家系でない領主らだ。


「そんな馬鹿な。

 それは呪いだ、犯人は居るはずだ!

 大方、捕まっていた魔導士が呪ったのだろう」

 ひとりの領主が叫んだ。

「貴様は、ひとの話を聞いたのか。

 魔導士たちは何年も奴隷あつかいだったと言っただろうが。

 呪えるくらいなら逃げるわ、アホめ」


 ルカが一喝し、領主は額に汗を光らせた。


「し、しかし、今の話では、まるで加護というより呪いではないか」

「なるほど、国神の加護を呪いと言ったな。

 貴殿」


 魔導士であり歴史家でもあるルカは、いつもなら愚かな領主をそのままサンプルとして「加護なし」の末路に追いやるところだ。


 ――だが、まぁ、頼まれたからな。

 こやつも更生させねばならぬのか。

 腹立たしい。


 宰相とジュール王子に頼まれて、領主の即席教育を受け持つ羽目になったが、ルカ自身は国が潰れるのもやむを得ないと考えていた。

 魔導士や研究者の多くは、政治的な能力に欠ける。

 おかげで、かつての魔導士たちも、悪辣な領主らに嵌められた。


 国神は、そういう魔導士の味方らしい。

 わかっているのは、言うなれば状況証拠だけだ。


「では、貴殿は、呪いだというのなら、呪いの定義を知っているのだな」

「定義?」

「定義の意味も知らないのか?」

 ルカが眉を顰めた。

「定義の意味は知っている!」

「そうか。

 だが、一応、おさらいさせてやろう。

 呪いとは、何らかの呪術的なもので、悪運や災害が与えられた現象だ。

 つまり、『与えられなければならない』のだ。呪い、というものをな。

 呪いが与えられるからには、その痕跡は必ずある。

 そうでなければ、災害や病のような強い現象を引き起こせない。

 それはわかるな?」

「わ、わかるとも!」


「特に災害は、非常に強い力が働いている。

 そんな強い呪いであれば、呪われた何らかのモノや、魔力の篭った何らかの痕跡……痣や暗示も含めて、何かが残っている。

 悪運に見舞われた領主らは、それを血眼になって探した。貴殿のように考えたものも多かったのでな。

 だが、なにも見つからなかった。

 何もなく、ただ彼らは不運の連続で哀れに死んでいった。ただ単に、不運だった。


 ところで、領主らと同じく死んでいった者たちがいた。

 王族たちだ。

 激痛とともに死んだ。魔力を失ってな。治癒も薬も、なに一つ効かなかった。

 痛みを和らげることすらできなかった。

 ただひたすら魔力が消えていった。

 魔力は、人知を越えた力であり神の賜物だ。加護なのだ。加護が消えれば魔力も消える。

 さて、他にどんな理由が考えられる?

 何も考えられないので、『加護が消えたのだろう』と時の治癒師や魔導士は結論した。

 調べに調べてそう辿り着いた。

 貴殿はどう思うかね」


「ただの、病、では……ない、のですね」

 呟くように、問われた領主は答えた。

「調べ尽くしたと言っただろうが!

 考えろ。

 ただ文句をつけるだけなら赤子でもできる!

 領主のくせに、考えて発言することすらできんのかっ!」


 ルカは実は、かなり短気だった。

 だが、考えなしに発言した領主も愚かだった。

 領主は、ようやく「発言は取り消す」と蚊の鳴くような声で答えた。


「時間の浪費があったが、先に進む。

 この国は、あまり条件の良い国ではない。皆が知っている通りだ。

 戦時には、兵糧の調達にも苦労した。

 水は魔導士が生成した。何もかも、魔導士頼りだった。


 国神は、国を作り上げた魔導士に、それなりの思い入れがあった。

 国神は、この地に住まうものに加護と魔力を与えた。

 何らかの理由でそれらを失うとしたら、その結果は自分で責任を持たなくてはならない。

 災害も、病も、不運な事故も、全部、自分で背負えばいい。それだけの話だ。


 そこまでは宜しいな」

 とルカは言葉では確認を入れたが、言葉を挟むのは許さない雰囲気だった。

 もとより、誰もなにも言えなかった。


「では、次だ。

 我が国は、傾いていく一方だった。顕著になったのは50年くらいも前からだ。

 魔導士への搾取が始まり、魔導士が激減したために国が対策に乗り出したが、遅かった。


 まず、王家が腐敗していた。ひどい時は悪事の家から王妃を娶ったくらいだ。

 教育がなされていなかった。知るべきことを知らないものが、王太子や王となり、短命となった。

 まぁ、当然の報いだ。


 今現在の王が、魔力を失う病で苦しみ死んでいく途上なのはご存知だな。

 王が病み始めたのは、妃を娶ってからだ。あの知能の低い王妃だ。

 あんなものを王妃にするのなら、王弟殿下に王位を譲るべきだった。

 おかげで、まもなく亡くなられるところだ。

 王妃の実家が潰れたのもご存知だな? 皆、死んでしまった。

 最後に生き残っていた王妃の叔父も、辺境の雑兵になられてな。

 来年くらいには、彼の葬儀が行われるかもしれん。


 さて、この場の領主らが無事に長生きをしてくれるように、もう一つ情報を見てもらおう」

 とルカは資料を手に取った。

 領主たちもつられるように配られた資料に目を落とす。


「この資料は短いものだ。簡単に読めるだろう。

 50年ほど前に、悪事の貴族家と繋がった王太子がいた。

 本当は、第二王子だったのだがな。

 デマを流し、第一王子を貶め、王太子に選ばれた。

 魔力が消える病で30年ほど苦しんで死んだ王太子だ。


 その時の領主会議のメンバーには、第二王子派から金が流れた。賄賂をもらったものが多数いた。

 彼らは全員、同じ病で20年ほど苦しんで死んだ。20年で済んだのは、王太子よりも魔力が少なかったおかげだ。

 心臓や内臓が引き裂かれるような激痛と闘いながら20年だ。

 国神の逆鱗に触れる、最もはっきりとした原因を教えておこう――王太子選びだ。

 誤った選び方をしてはならない。

 それから、王太子は、嫁には国神が認めるような令嬢を選ばなければならない。

 とてもわかりやすい。

 今の王妃を認めた王室管理室の室長も魔力が消える病で死んで居る。


 今回の王太子選びもその覚悟を持って、票を投じるように。

 決して、過ちは許されない。

 無知で選ばれても困るので情報を開示してやったのだ。

 覚悟しろよ、わかったな。


 さて、ここで、副団長の隣に居られる少女をご紹介しよう」


 重たい雰囲気の中、ルカにいきなり指名されて、ノエルはピシリと固まった。

 なにもこのタイミングで、と恨めしく思いながら貴族令嬢らしく社交用の笑顔を作った。


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― 新着の感想 ―
[一言] 祝福と呪いがこんなにハッキリと示されているとは恐ろしい。 私だったらこの国では絶対に貴族になりたくないですねw
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