【15】
お読みいただきありがとうございます。
今日1話目の投稿です。2話目は夜9時の予定です。
もう大丈夫、とロベール王子が知らせてくれたので、ノエルはシリウスとお出かけを始めた。
馬に乗せてもらい、遠乗りをした。
鞍に乗るときと降りるときに、シリウスがひょいっと抱き上げたり抱き下ろしてくれる。
こういう時、小柄で良かったと思う。ノエルはそんなに負担ではないと思う。
大人しく抱き下ろされていると、ぎゅっと抱き締められる。
――……今のぎゅっは、必要だったのかしら……。
ちょっとわからない。
愛されてるみたいで嬉しい。
ノエルが笑顔になると、シリウスも笑ってくれる。
初めて高台から街を見下ろした。
「あちこちに魔力が溢れているところがあるわ」
ノエルは、特にその魔力が輝くところが畑や水辺なのに気づいた。
「ノエル。
国神の加護が見えるんだな」
シリウスが、どうしてか切なげな顔をする。
「魔力は、加護?」
「そうだよ。
本当は、この土地はあまり良くないのだ。この国の土地は。地脈と地形と、大陸の位置などがね。
それでも、地主神としては人に住んで欲しかったんだよ。
だから、魔導士の多い国となるように魔力を授けた」
シリウスは遠くを見ていた。その目は、彼方の景色よりも遠くを見ているようだった。
3週間の夏季休暇は呆気なく終わった。
夏季休暇が終わると高等部1年も後半に入った。
ノエルとシリウスは正式に婚約者となる手続きをした。
アンゼルア王国では婚姻は16歳からできる。
今年末、飛び級の卒業試験に挑戦する予定だ。
――本当は予定では2年になってから……と思ってたんだけど。
ロシェ先生、邪魔が入る前に逃げよう、とか言うし。
シリウスが勉強を見てくれて卒業試験の過去問題をしてみたところ受かりそうな気がしてきた。
今の段階でギリギリ合格ラインを越えられたのだ。
「卒業して国を出たら永住先で婚姻届を出そう」
シリウスが過去問の答案用紙をチェックしながら嬉しそうに言った。
「ぅ。プレッシャー……」
「まだ3か月もあるのに合格ラインを越えてるんだから大丈夫だよ。ノエルは記憶力がいいからね」
「記憶倉庫への出し入れは得意なんです」
「脳も身体強化してるのかい……」
シリウスは、国を出る準備を進めている。
ノエルは卒業試験を今年の終わりに受ける申し込みをした。
シリウスは正体がバレてから、ノエルの前でロベールを避けなくなった。
ふたり並ぶと少し似ているのがわかってしまうと思い避けていたらしい。
残念ながら、並ばなくてもバレていた。
ミシェリー教授の研究室では、今日もロベールの持ち込んだ菓子で茶会が開かれていた。
ノエルはシリウスに菓子を「あーん」してもらい、お返しにノエルも、シリウスの口元に焼き菓子をせっせと運んだ。
「……姉上、急にイチャイチャするようになりましたね」
「5歳も年上でデカい王子様に、姉上とか言われると変なんですけど」
お菓子をつまんでいたノエルが思わず手を止めた。
「生まれて初めてデカいとか言われましたよ。
好きだな、姉上」
「訂正します、背がお高くていらっしゃる」
「デカいでいいよ、デカいで」
「ノエル。ロベールには構わなくていい。
ただの弟だ」
シリウスが不機嫌に口を挟んだ。
「その言い方。
冷たいなぁ、兄上」
「……ロベール殿下は話があったんじゃないのか」
セオがボソリと呟く。
「そうだ。
兄上。国を出るのはやめてください」
「まさか弟に新婚旅行を止められるとは思わなかったな」
シリウスが不機嫌に応えた。
「新婚旅行だったら止めませんよ。
なんでアルレス帝国の永住許可の手続きしてるんですかっ!」
「いや、一応、調べただけだ。手続きなどしていないよ。
ドルセン王国も調べている。
コンドロア共和国が有力候補だな。
ノエルと旅行して決めようと思う」
「コンドロア共和国は、いつも珍奇な魔導理論を学会に出してくる国ですよね、楽しみです」
ノエルが嬉しそうに話すと、ロベールが首を振った。
「変人が多いんだよ、やめときなさい!」
「帝国は、逆に、頭の固いものが多くて窮屈らしいぞ」
セオも言い聞かせるが、すでに新婚気分のふたりにはあまり通じなかった。
――まずいな。
本当にふたりは出ていってしまうかもしれない。
魔力が高く稀な能力を持ったものは簡単に永住許可をもらえるのだ。
ノエルもシリウスも、二人とも、どの国も諸手をあげて歓迎するだろう。
ロベールは学園から戻ると、もう一人の兄ジュールに会いにいった。
「そうか。
新婚旅行か……」
「シリウス兄上は、もうそれきり、帰ってこないかもしれない。
貴重な付与魔導士のノエルも」
ロベールはジュールに泣きついた。
隣ではたまたま、ジュール王子の執務室に来合わせていた宰相も難しい顔をしていた。
宰相の隣には若い補佐官がいる。
「陛下は、ようやく目が覚めたらしく、シリウス殿下に王太子になってほしいと言い始めたんですがね」
「遅いんだよ、ボケ親父が!」
ロベールは思わず声を荒げた。
「20年以上も苦しんでやっとですからね」
宰相は、4年前に前宰相から後を継いだ。
父である前の宰相は、苦労し通しだった。
現宰相もまだ中年になる前の歳だが、苦労人の顔をしている。
補佐官は半年ほど前に今の地位についた者で、まだ不慣れなところがある。
ロベールの不敬発言に一瞬、驚いた顔をしたのはこの中では補佐官だけだ。
「30年近くですよ。
陛下は必死に気付かぬふりをしていたようだが、母や叔父上たちは陛下の魔力がダダ下がりしているのを感知していた」
ジュールは淡々と応えた。
「知らぬはあの馬鹿な王妃だけですか」
ロベールが毒を吐いた。
「王妃も、無理やり王妃となってから、延々と相応しくないだの、子が生まれないだのと言われ続けてましたがね」
宰相がポツリとつぶやく。
「当たり前だな。覚悟してしがみついた王妃の座だろうに。
サリエルが生まれた後も、魔力量が低レベルの王子など初めてだと言われていたわけだしな」
「私は、シリウス兄上を諦める気はありませんよ」
ロベールがぼやいた。
「領主会議を更生しますか」
宰相がジュールに向き直り、
「無知な領主どもを、少し教育してやればいいだけです」
と続けた。
「領主会議は半年後の予定ですが、前倒しした方が良さそうですね」
「国王の体調がだいぶ悪くなってますからするべきでしょう。
このまま、陛下が儚くなられても、第一王子が王となるだけですがね。
ジュール殿下は、シリウス殿下に王位を譲るつもりなのでしょう?」
「そういう形ではダメなのです。国が愚かな選択をした、という事実は残る。
もう国への加護は無くなるし、兄上は手の届かないところに行くでしょう。
兄上の行動は、神の幸運が後押ししてしまう。
国を出ると決めてしまったら、もう誰にも止められない」
「……そうなりますか」
宰相が考え込んでいる側で、補佐官は動揺した様子だった。
ロベールが若い補佐官を横目で見た。
「何か疑問があるのなら、言っておいた方が良いぞ」
「いえ、あの、疑問ではあるのですが。
シリウス殿下は、国を救うおつもりはないのですか」
若い補佐官には理解ができなかった。
「補佐官。
君の前任者は理解されていましたがね。間近で見ていたわけですから。
私は、兄上と双子で生まれてしまったために、国神の加護が見える。
兄上には重すぎる加護がついている。
兄上の行動はそれに左右されていると思えば良い。人と同じと思うのは間違いだ。
生まれたての赤ん坊の時に、国神の選択を否定されたのです。
本当は、王太子となる定めだった。それがねじ曲げられた。
愚かなのは、王だけではなかった。
あの王妃を認めてしまった王室管理室も、王の暴走を止められなかった先の王や時の宰相も、すべてを含めて、この国というものだった。
ずっと、王家は腐敗していた。だから、国王だけでなく王族の教育が誤っていた。
建国の時に、そうなった時は、国神は国を見捨てると契約した。
加護をなくすと、そういう約束だった。
もう、とっくに加護を取りやめているはずだったんです。
もっと、この国は傾いて潰れているはずだった。
国神は、様子見をしていた。
一応、稀な魔導士を王太子候補として与えてくれた。
だが、それを否定するのなら、もうお終いだと決めていた。
シリウス兄上は、国神がお終いと決めたのなら、引導を渡す役目を果たすだけです。
只の人ではないんです。国の運命を見て、使命を果たすための存在ですよ。
あなたが兄上に何かを求めるのは間違っている。
もう間違いは許されない。
覚悟を決めて行動してください、補佐官。
兄上には求めてはならない。
兄上が国王となられるべき座を整えて、ただお座りくださいと差し出せなければならない。
この国は、崖っぷちなんです」
「わかりました。申し訳ありません。
覚悟が足りてなかったようです。
ジュール殿下」
「いえ。
私は、泥船はごめんなだけです」




