【14】
本日の2話目になります。
いつもありがとうございます。また明日投稿します。時間は同じくらいです。
シリウスは最初のところから話してくれた。
シリウスたちの母は、従姉妹の侯爵令嬢とともに後宮に入った。
二人ともあまり気が進まなかった。
国王は王妃に夢中で、どうせ蔑ろにされるのは分かりきっていたからだ。
それでも、後継のいない国の状態はよくないだろうと、仕方なくやってきた。
双子の母はすぐに懐妊した。
母を診た治癒師は「魔力波動を二人分、感知できました。双子です」と告げた。
その知らせがもたらされると国王が妙なことを言い出した。
「二人の側室がそれぞれ懐妊したことにしろ」
国王は「領地の慣習によっては双子を忌み嫌うところがある」などと、納得し難い理由をあげた。
確かにそういう地方はあるが、国としては双子だからという蔑視はない。
おそらく、自分の寵愛する王妃は全く子ができず、好きでもない側室にすぐに子ができたことに対する憤りや、あるいは、二人目の側室とはもう閨を共にしたくないとか、国王なりの本当の理由があったのだろう。
ジュールとシリウスが生まれた時。
第一王子のシリウスが茶色い髪だと知った国王はまた言い出した。
「茶色い髪の王子が第一王子などと発表することはできない。
弟の方を第一王子とする」
だが、双子の母は、これらの王の我儘を聞いたことを後悔することとなった。
双子が5歳になった時、魔力鑑定を行った。
ジュールの魔力量は低めの「大」。
シリウスの魔力量は「特大」。
滅多に現れない魔力量だった。
国神は、第一王子を国王にするためにふさわしい魔力量を与えてくれていたのだ。
だが、もう取り返しがつかなかった。
側室の産んだ第二王子を王太子にすることは出来ないだろう。
話を聞き終えたノエルは思わず呟いた。
「国王って、どうしようもないですね」
「そんなことを言っては駄目だよ」
「じゃぁ、胸の内で叫ぶことにします」
「ハハ」
シリウスは、隣に座るノエルの手にそっと触れた。
「ノエル。
こんな私だが……。
共にいてくれないか」
ノエルはシリウスの言葉に頬を熱らせた。
――これって、結婚の……申し込み?
シリウスの目を見ると少し不安そうだ。
ノエルが答えに詰まったからか。
返事はとうに決まっていた。
ノエルはシリウスの手を握り返した。
「はい」
嬉しくて頬が綻んだ。
シリウスもほっとしたように微笑む。
いつもの優しい笑顔だ。
――すごく好き。大好き。
国王がシリウスを拒絶したとしても、国が彼を選ばなかったとしても、ノエルはシリウスを選ぶ。少しの迷いもなかった。
「私、ずっと、ずっと、一緒にいます」
シリウスは、ノエルを抱きしめて髪にキスをした。
「愛してるよ、私のノエル」
◇◇◇
学園が夏季休暇に入った日。
ロベールは、セオ・ミシェリー教授の研究室に来ていた。
「兄上は、ノエル嬢と順調に愛を育んでいる……と護衛からの報告です」
ロベールは優雅に茶のカップを傾けながら教授に教えた。
「殿下の護衛はずいぶんご丁寧だな。
その報告は要るのかね」
セオが眉間に皺を寄せた。
「もちろん要りますとも。王族にプライベートなんてありませんよ。
これで、無事に兄上に足枷ができましたよ」
ロベールは嬉しそうだ。
「ノエルもこの国に未練などないがな。
養父は帝国にいるし」
「縁起でもないことを言わないでください」
秀麗な眉をひそめロベールが嫌そうにする。
「素直に『国王をやってください』と言ってみたら良いのでは?」
「もちろん、言いましたよ。
多少は、遠回し気味でしたが」
「それがいかんのでは?」
「ジュール兄上は、素直に頼んでましたよ」
「はぁ……。
まぁ、シリウス殿下は、国神の選んだ生粋の後継ですからな。殿下の意思は、国神の意向のままだろう。
国神が我が国を見放している、ということかもしれんな」
セオが諦めたように首を振った。
「だから、それが困るから、なんとかしようとしてるんじゃないですか。
まさか、あの可愛い巻毛の子が足止めになってくれるとは、思いがけない幸運だ」
「ノエルと一緒に、国を出ることしか考えてないんじゃないかな……」
セオが遠い目をする。
「セオ殿。
少しは協力してくださいよ!」
「まずは、あの頭の悪い王妃がなんとかならないものかな。
陛下は、昨今は、ずいぶん大人しくなられているようですがね」
「体調が悪いのですよ」
「あぁ、そろそろかと思ってましたが。
やはり、悪化しましたか」
「歴代の短命な王と同じ症状ですよ。
苦しみ悶えて死ぬ病。
ようやく気づいたらしいです。
不治の病に冒されていることと、その原因に」
「まぁ、手遅れですな」
「えぇ。王妃も道連れですよ」
ロベールは朗らかに微笑んだ。
◇◇◇◇◇
近衛隊長が更迭され、交代した。
以前から「無能だ」と批判され続け、ようやくだ。
数年前から、近衛の騎士に剣術大会参加を義務付けたところ、ほとんどが予選敗退だった。今年もわずか二人の新入りが二回戦までいけたのが最高だった。
毎年、そんな有様で改善を促されていたが「今の隊長ではダメだろう」とも言われていた。
隊長は王妃の叔父だった。
彼が隊長に選ばれたのは、王妃のゴリ押しを国王が認めたからだ。
王妃の単なる我儘で、何ら罪のない学生を捕らえようとした隊長は、辺境の雑兵に落とされた。
王妃は国王の私室に呼ばれた。
国王は、安楽椅子にゆったりと座っていた。
王の体調は20年以上も前からすぐれない。発症は30年も前だ。
悪くなる一方だった。
「頼むから、もう騒ぎを起こさないでくれ」
国王は力の抜けた声でそう告げた。
「で、ですが、サリエルの婚約者を貶めた娘です」
王妃フロラは、哀れな表情を作り訴えた。
「それは、お前とヴィオネ家の嘘だ。
もう、嘘は要らない。
知っているのだ」
「嘘だなんて……」
「これ以上、王宮に迷惑をかけるのなら、流石に考えがある。
私は、もう、お前の我儘には耐えられる体ではない。
だが、最後の力を使ってすべきことがある。
お前にもう、構っていることはできないのだよ」
国王は虚ろな目をしていた。
フロラは、背筋に嫌な汗が流れるのを感じた。
「私を、もう、愛していないんですか」
「フロラ。
愛するべきではなかったんだろうな。
私は、お前が王妃になりたいというから叶えてしまった。
本当は、王の座は弟に譲るべきだった。
お前を王妃にして、国神を裏切った。
この病は、その報いだよ。
良い王になって、挽回しようと日々努めた。
だが、国神にとって大切なのは、執務をうまくやるだけの王ではない。
王太子選びを誤ることはできない。
そんなことは許されない。
もしも、国神が求める王を選ばなければ、私の体は引きちぎられる苦しみを与えられるだろう」
「そんな、そんな残酷なものが神だなんて、間違っていますわ!」
「愚かだな、こんな愚かなものを王妃にしてしまったのだな」
王は苦く笑った。
「陛下……」
フロラは信じられない思いで夫を見つめた。
「この国は、そういう国だ。
嫌なら王妃にならなければ良かったのだ。
他の国で王妃にでも何でもなれば良かったのだ。
私は、間違えた」
「ち、違います、間違えてなどいません!」
「お前は、私利私欲の塊だった。
そんな望みを叶えるべきではなかった。
この国を守り、興した先祖を、お前は、間違っているという。
だが、お前が何をした?
国のために命をかけたか?
綺麗なドレスを欲しがる以上のことをしたのか?
そんなものに、国を守り続けた神を罵る権利があるのか」
「へ、陛下……。私は、ただ……。陛下の愛する王子を後継に……」
「私の愛など、くだらない。
ただ、可愛らしい令嬢を妻に求めただけのものだ。
そんな愛に、国を託すのか。
私が国神の加護を失い、魔力を失うのは当然のことだよ。
それが、この病の正体だ。
神は、ただ、加護をそっと取り除いただけだ。
相応しくないのだから、当たり前だ。
お前の実家が不運に見舞われ続けたのも、それだ。
お前は、神を間違っていると言った。
だから、神は、加護をやめたのだ。
当たり前だろう?
お前は、これから、その不運のままに生きるだろう。
どこでもつまづき、不運なところで転び続けるだろう。
お前は、国神を罵りながら、国神が守り続けた国の王妃になろうとした。
報いを受けるがいい。
私も一緒だ。
私たちは、愛を求めた……はずだった。
愛だけは残るかもな。
だが、それだけだ。
国の頂点の座も、権力も、愛が尊いと言うのなら、求めるべきではなかった。
自業自得だよ。
相応しくないものを求めれば、報いがある。
全ての幸運を失うという報いがな。
それがお前の求めたものだ。
受け取るがいい」
「そんな……、そんなことはありえないわ。
陛下は病で気が弱くなられてるんです。
私がなんとかしますわ。治癒師を……」
「不治の病だよ。
もう、気にするな。
私は病んでいる方がいいんだ。
体が苦しんでいると、気が楽だ。
罰を与えてもらえれば死んだのちの地獄が少しはマシだろう。
お前は、可哀想だが仕方がない」
国王はそっと目を閉じた、もう話は終わりだというふうに。
それから王妃は、何を誰に命じても、誰も言うことを聞くことはなかった。




