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【12】

本日、2話目の投稿です。

 西の森でにわかに増えた魔獣の討伐に、アンゼルア王国騎士団は全力を挙げていた。

 西の森近くには大河が流れて支流に分かれており、水運の要である渡船場の町が広がっている。

 森の魔獣を溢れさせることはできない。

 この森は、時折、魔獣が増えることで知られていた。


 その度に、騎士団は抑え込んできた。

 今回は、増え方が酷く、王宮は緊張で強張った。


 そこに、付与魔法の武器がもたらされた。


 火魔法を纏ったレイピアは、以前から重宝していた。

 切れ味が最高に良いのだ。

 長剣よりも軽いのにサクサクと切れる。

 森狼の首を呆気ないほど簡単に切り落としてしまう。


 魔導士の数が足りず、戦力不足だった我が国の騎士団は沸いた。

 魔導具の武器も要所要所で使うことで、国防の弱いところを十分に補える。


 西の森での討伐では、さらに雷魔法を纏った投げナイフが活躍した。

 近くまで迫った魔獣に使える。


 魔獣との距離が近いと、攻撃魔法の魔導具は危険で使えないのだ。

 雷のナイフはそんな時に重宝した。

 眉間や心臓などの急所に雷魔法の込められたナイフを投げつけるとすんなりと刺さり、魔獣の動きをとめ、あるいはナイフ一本で斃せた。

 雷は、魔獣によく効く。


 前衛用に配られた結界付与の革鎧は、鋼熊の鋭い爪さえも跳ね除けた。

 前衛の負傷率は格段に下がった。


 西の森の討伐は予想よりもずっと少ない被害で完遂した。


 のちに、恩人の付与魔導士が、悪質なデマの噂で貶されていると知った騎士団関係者はその払拭に全力を挙げた。

 宰相や研究所の関係者もこれに参戦。


 噂を流したヴィオネ家は、むしろ次女を虐待し養育放棄していたことが知られることとなった。


◇◇◇


 ノエルは、ゼラフィの評判がだだ下がりしている、と言う報告をミシェリー教授の部屋で聞いた。アルノールが教えてくれた。


「だだ下がり出来る余地があったってことは、ゼラフィってそれまで評判良かったんですか」

 ノエルは首を傾げた。

 あんな性悪な女はいないだろうと思う。すぐ怒鳴るリンダよりも短気で暴力的だった。


「ノエル。君の姉はずいぶん分厚く猫の皮をかぶっていたようだ。

 王立学園を退学になったらまずいし、それに周りは貴族だらけだ。怪我でもさせたら退学では済まない。

 ヴィオネ家は領地のささやかな産物を売って収入にしている。取引を止められたらすぐに息の根が止まってしまう。

 よくよく言い聞かせられていたんだろう」


 ノエルは『ゼラフィも少しは常識というものを持ってたのね』と思いながらアルノールの話に耳を傾けた。


「だが、ゼラフィに脅されて彼女の課題を代わりにやっていた令嬢が学園に訴えてね。ゼラフィは窮地に立たされているんだ」

「脅迫? 犯罪ですよね!」

 やはりゼラフィに常識などなかったようだ。

「国立学園なら完全に退学だが、王立学園は王妃に配慮して停学で済ませたらしい。

 おまけに、ノエルに関して嘘八百を流していたことも徐々にわかってきた。ノエルが勘当された本当の理由も知られてきた。

 ゼラフィは乱暴なので侍女が続かなかった。侍女が辞めても、ヴィオネ家は次の仕事のための紹介状すら書かなかった。

 だが、侍女たちがアザだらけなことを職業斡旋所では重くみていた。ヴィオネ家が出さなかった紹介状を職業斡旋所が代わりに発行していた。

 そういう事実も表沙汰になっている。

 あのままではサリエル王子の婚約者候補でいられないだろう」


「まだ取りやめじゃないんですか」

 ノエルは呆れた。

 そこまで明らかになっているのに、王子妃など務まるわけがない。

「あれほど魔力量が高くて、若くて貴族の令嬢というのはなかなかいない。それで、候補には留めてある。

 ヴィオネ家は他にも問題が出て来てるんだ。

 領民に対する搾取はアンゼルア王国では禁止されている。だが、ヴィオネ伯爵は、税の他に芋などの産物を取り上げていた。

 おまけに、領地の娘たちに対して性的な接待も強要していた。村長の陳情で分かった。

 かなり悪質なので取り調べを受けた。ヴィオネ領には国からの官吏が常駐することになった」


 ノエルは呆気にとられて言葉もない。邸にはめったにいない父だったが、そんな犯罪をやっていたとは。浮気どころではなかった。


「爵位の取り上げも検討されたが。恥ずべきことに、こういったことは大なり小なりやっている領主はいてね。

 我が国はこれまではそこまで厳罰にはしていなかった。それで慣例通りの処罰になった。

 ただ、罰金と領民らへの賠償金は相当な額だ。

 領地は、国への抵当という形で取り上げられている。ヴィオネ伯爵が払える資産を持っていなかったからだ。

 ヴィオネ家は、今後、領地からの収入を失った。実質的にはヴィオネ伯爵はもう領主ではないな。

 取り潰しになっていないのは、ヴィオネ家が潰すには惜しい古い魔導士の家系だからだ。

 実際、優秀な魔導士の姉妹も生まれている。姉の方は王子妃候補だ。

 王宮は、やむなく生き残らせたわけだ」


「うちの元実家が情けなさ過ぎます。

 もう恥ずかしくて」

 ノエルは思わず涙目で俯いた。

「ノエルは関係ないだろう。もう勘当されているしな。

 父親が根っからクズなだけだ」

 アルノールが慰めるようにノエルの髪を撫でた。


「被害にあった領民たちに一物を切り落として詫びるべきだわ。

 ヴィオネ家はさらに貧しくなるんですね。

 自業自得だわ。

 まぁ、ゼラフィが物を壊したりしなくなればやってけるかも」


 ノエルの口から「一物」などという言葉が出てきたことにセオとアルノールは脱力した。

 ノエルが考え事をしながらぶつぶつ言っていると、セオが気難しい顔をしている。

「ノエル。

 死に体の実家のことはもう忘れなさい。自分のことを心配しておいで。

 ノエルは王笏のことは知ってるか」

「国王の魔力で輝くくらいのことは知っています」


 いきなり王笏の話になり、ノエルは目を瞬かせた。

 王が手に持つ王笏については教科書に載っていた。

 建国の時に預言士によって見つけられた精霊石が使われている。

「まぁ、そうだ。

 第四王子は、何しろ魔力量が底辺すぎるんだ。

 あの魔力量では、王笏は反応しないだろう。

 我が国の王が持つ王笏は、王の魔力を吸い、法事や行事の時に掲げると眩く光る。

 これは王家の秘密だが。

 魔力を貯めることも可能だ」


 セオが呆気なく暴露した。

「え? 秘密?

 今、私、王家の秘密を聞いた気がするんですが」

 ノエルがそっとアルノールに視線を移すと、アルノールは気まずそうな困った顔をしている。


「構わん。

 王笏の手入れに精霊石磨きを頼まれるから知ってるんでな」

「言っちゃいけないやつじゃないですか……」


「国を守った付与魔導士は知ってていいだろ。

 行事などの時に、国王はあらかじめ王笏に触れて魔力を貯めておくこともできるんだが。そう甘い物ではなくてな。

 素直な王笏ではないんだ。100注いで3くらい貯められれば御の字だ。

 王笏を輝かせようと頑張っても、うまくはいかないようになってる。歴代の王はそんな面倒なことはしなかった。

 あの王笏は、王に相応しくないものを選別するためのものなんだよ。

 今の国王は、哀れなほど僅かしか王笏を輝かせなかった。

 国王は年々魔力を失う病にかかっている。おかげで王位を継いだ時にはもうそういう有様だった。

 それでな、稀にだが、国王以外だと、国王と閨を共にした王妃の魔力も受け入れられることがわかっている。必ずしも出来るとは限らんがな。

 王妃はサリエル王子を王太子にするのを諦めていないようでな。

 サリエル王子のためには、どうしても魔力量の高い婚約者が要るんだろうな。

 魔獣みたいな性格の娘をまともな令嬢に見せかけるためには妹に悪者になって欲しいところだろう。

 ノエルの正体がバレたら王妃はノエルを婚約者に求めるだろうな。だが、ノエルの関係者はあやつらには話さない。

 そんなわけで、王妃たちは、主としてヴィオネ家からの情報しか知らないんだ」


「……はぁ」

 ノエルは予想を超える事態に頭が追いつかなかった。

「腹立たしい。

 相応しくないのだから王太子の座を諦めれば良いことだ」

 アルノールが苛ついている。

「第一王子が王太子になるべきですよね。

 最初に生まれた王子様が次の王になるって、決まりですよね」

 ノエルはつい、自分の考えを述べた。

「そうだな……」

 セオが、何か考え込んでいる。

 アルノールも、視線を遠くにしている。

「第一王子では、どうしてもダメなんでしょうか」

 ノエルは重ねて尋ねた。


「今の領主会議の面子は頭の悪い奴が多いんだよ。

 国王を筆頭にな」


「……お祖父様、問題発言ですよ」

「おぉ、いいな。そのお祖父様呼び」

「はぐらかさないで下さいよ……」


 ノエルは変だと思った。

 王妃と第四王子、情報収集がお粗末すぎない? と。


 ノエルのことは、騎士団も宰相や大臣も、研究所も知っている。第三王子のロベール殿下も知っている。

 陛下も当然、知っているだろう。


 ――それなのに、なんで王妃と第四王子が知らないんだろう。

 王妃は国王の寵愛を受けてるんじゃなかったの?


 王宮内は、もしかして、幾つかの派閥に分かれていて、情報は派閥ごとに秘匿されてる……とか?


 付与魔導士が国内にいることは、当然、国王は知っているはずだ。

 ただ、それが誰かは知らされていないのだろうか。


 ――そういえば、王家は信用を失っているって、ロシェ先生は言ってた。


 今の国王も相応しくない王妃を選んだ。

 おまけに、相応しくない王太子まで選ぼうという動きがある。


 領主会議のメンバーは問題がありそうだ。

 話を聞いていると、古い魔導士の伝統を持つ家が少ないのだろう。

 だから、国神が選びそうもない王太子を推そうとしている。


 ――この国……、いつの間にか、あちこち本当にダメになってたんだわ。


◇◇◇


 国立学園に近衛の分隊が駆けつけてきた時。

 ノエルは幸いなことに、セオとアルノールと一緒だった。

 近衛の分隊長と騎士らが、学園の警護を担当している衛兵の隊長や教務の責任者や副学園長たちと、何やら言い合いをしながらやってきた。


「何事だ」

 アルノールがすっくと立ち上がり、分隊長に毅然として応対した。


 ロシェ先生、格好いい……と、ノエルは場違いにも見惚れてしまった。


「王妃様からのご命令です。

 サリエル第四王子殿下の婚約者殿に対して、無礼の数々をされた罪でノエル殿を捕縛させてもらう」

「馬鹿なことを……」

 アルノールが呟く。


「お宅らは、どうやら何もわかっておらんようだな。

 後でクビになりたくなかったら弁えたほうがよろしいぞ」

 セオも立ち上がり、分隊長を見据えた。


 分隊長は、若干、怯んだようだ。

「王妃がそんな権限を持っているのか」

 アルノールが冷たい目で睨む。


「一介の学園教師の分際で……」と分隊長が言い始めたところで、副学園長が口を挟んだ。


「分隊長殿。

 この方に失礼をするのは許されない。

 そちらは、本当に何も知らずに寄越されたのだな」


 いつも穏やかな副学園長の声はいつになく苛立っていた。

「それは……、一体?」

 分隊長は、説明を求めるように副学園長を見つめた。


「このお方は、我が学園ではアルノール・ロシェという先祖名を名乗っておられるが、正式なお名前はシリウス・アルノール・ロシェ・アンゼルアだ」


「え……、まさか、第二王子殿下……」


 分隊長だけでなく騎士たちもアルノールに視線を移し、すぐさま騎士の礼をした。


「貴殿たちが捕まえようとしているのはノエル・ミシェリー殿だ。

 代々、王宮魔導士を勤められるミシェリー公爵家のご親族のもとに養女となられている。

 我が学園は、ノエル嬢を保護しているのだ。

 ノエル嬢の元実家ヴィオネ家は、王宮内では、領地法違反が夥しいために爵位剥奪も検討されている家だ。

 ノエル嬢は、家では迫害されていた。そんな家から逃れるために、伯爵に義絶状を署名させた。

 立会人は、宰相閣下の御子息、リンゼイ殿だ。

 ヴィオネ家からのデマを真に受けられたのか?

 これ以上、失礼なことをするなら、王宮側は黙っていないだろう」


 副学園長は、懇切丁寧に説明をしてくれた。

 分隊長は見ていて気の毒なくらい萎れてしまった。


「どうせ、きちんとした手続きなどしていないのだろう。

 こんなことをさせられる近衛の下の者も気の毒とは思うが、宰相に相談を入れるべきだったな。

 今、王妃は、王宮内では浮いた状況なのは知っているだろう」

 アルノールが呆れたように追い討ちをかける。


「近衛隊長は、手続きの方をされておられます。

 その間、私どもは、肝心のノエル殿が逃げないようにとここに派遣されまして……」

「手続きなど上手くいくものか。

 違法なのだからな。

 お前たちは、その際は、不手際の責を負わされて終わりだ」

 アルノールがため息混じりに告げると、分隊長は自分の立場と行末を思ったのか流石に辛そうな様子だ。


「まぁ、手荒なことまではしなかったと証言してやろう。

 さっさと報告に帰ればいい」


 セオがピシりと言い放つと、「はっ。失礼いたしました」と、再度、騎士の礼をして分隊は引き上げていった。

 副学園長たちも暇乞いをして出ていった。


 残った3人に重い沈黙が降りる。


「ノエル……」

 アルノールがそっとノエルの方に目をやる。

 ノエルは、固まっていた体をようやく緩めて動かした。


「いえ……。

 少し、わかってたんです。

 もしかしたらって。

 それを思わせるようなことが幾つかありましたから」

 ノエルは力なくソファに腰を下ろした。


 セオとアルノールも、いつもの位置に座る。


「いつから?」

 アルノールが囁くような声で尋ねた。

「ロベール殿下と頻繁にお会いするようになってから。

 だって、似てらっしゃるんですもの。

 ジュール殿下が視察された時の新聞記事とかでも。

 よく似てますでしょ、お二人とも。

 ロシェ先生の年齢がジュール殿下と同じと聞いて、まさかとは思ったんですけど」


 アルノールは、俯くノエルの髪を撫でた。

「がっかりしたかな?

 騙すつもりはなかったんだけど」

「騙されたなんて思ってないです。

 ロシェ先生は、ただ言えないことを言わなかっただけなんですから。

 他のことはなんでも教えてくれましたし。恩人です」

「……一緒に国を出ようって言ったのは、本当だよ」


 アルノールがそう言うと、セオがどこか辛そうな顔をする。

「やはり……、出たいのか?」

 辛そうなままにそう口を挟んだ。


「それはそうですよ」

 アルノールは困ったように答えた。

「殿下が国を捨てたら、国神もこの国を見捨てるだろう」


「ジュールにもそう言われましたよ。

 そんなことはないでしょう」

 アルノールは苦笑して首を振った。

「あの王では、もうダメだろ」

 セオは、くったりとソファに背を預けた。


 廊下にまた急ぐ足音がする。

 慌ただしいノックののちに返事も待たずにドアが開き、ロベール王子が姿を現した。


「王妃が近衛を寄越したって!」

 第一声がそれだった。


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