【11】ディアン視点
読んでいただいてありがとうございます。
今日の1話目です。
2話目は9時になります。
ディアン・ルロワは、「はぁ……」とため息を吐いた。
失敗したことは分かっている。
ディアンの次兄、オランドが離婚した。
たった3年間の結婚生活だった。
ルロワ家はにわかに騒がしくなった。
離婚理由は、兄嫁の浮気。
兄ではない、嫁が浮気したのだ。
次兄が離婚したと聞いた時、てっきり兄が浮気したのだろうと思った。
オランドは、結婚してすぐの頃から浮かない顔をしていた。
兄は、自分の好みではない女と結婚した。
資産家で、頭も良い妻だが、容姿は兄の好みとは違い過ぎた。
地味で、美人とはお世辞にも言えない。
兄は、そもそも綺麗系が好きなのに、彼女は可愛いタイプだった。
愛嬌がある、という感じだ。
おまけに、趣味も違うし、会話が続かないとぼやいていた。
兄はそれでも、婿入りしたのだからと、バルド家の領地運営や商っている料理屋の管理を頑張っていた。
ルロワ家の両親から「婿が浮気などしたら、決して許されないからな」と釘をたっぷり刺されていたので、女遊びはもちろん娼館にも行かなかった。
それなのに、兄の妻は浮気した。
さぞ、多額の慰謝料をもらえるだろうと思ったら、ささやかな額しか得られなかったと言う。
腑に落ちないディアンはさらに詳しく聞いた。
兄オランドは、結婚生活が辛かった。
妻をどうしても愛せない。
それなのに、婿だから浮気も許されない。
人生の幸せの半分が最初から失われたようなものだ。
母は「暮らしているうちに好きになれるわ」と言っていたが、化粧を取った妻は余計に不美人で、オランドの好みからは遠く離れている。夫婦生活は冷え切っていた。二人の仲が温かかったことなどない。
オランドは、そのうちに好みの女性を自分の補佐に置くようになった。
浮気ではない。
ただ、そばにおいて仕事をさせただけだ。
少しばかり、彼女がそばにいたときは笑顔が多かったかもしれない。
彼女のミスには甘かったかもしれない。
だが、それだけだ。
必死に気持ちを抑えた。
けれど、妻にはそう見えなかったらしい。
離婚調停の場でも、屋敷の侍女や使用人たちは証言した。
『奥様には笑顔ひとつ見せない旦那様が、あの秘書の娘にはずいぶん緩んだ甘いお顔をされていました』
『奥様はお優しく旦那様を支えていつも気遣ってらっしゃったのに、旦那様が優しくするのは綺麗な秘書ばかり』
『お誕生日に奥様はずっと前から準備して贈り物を取り寄せているのに、旦那様は秘書に金をやって買いに行かせてました。秘書への贈り物はご自分で買いに行かれますのに』
『奥様が夜会の準備で座る間もなく忙しくされても、旦那様はのんびりしていた秘書しかねぎらいませんでした』
そういった証言はいくらでも出てきた。
挙句、可愛いと思っていた侍女に少々優しくしたことも取り沙汰された。
妻は、幼馴染の青年と正真正銘の浮気をしていた。
それなのに、オランドの不貞の方が悪質であるようになっていた。
慰謝料は、屋敷を追い出されるオランドが気の毒だからと少々もらえた。
叩き返してやろうかとも思ったが、バルド家で働いたのに無給だったことを思い出してもらっておいた。
元兄嫁は、誠実で優秀だという幼馴染と再婚したが、今回の離婚で悪評のたった兄の婿入り先はもう無いだろうとルロワ家の両親は嘆いた。不倫しておいて何が誠実だ、とディアンは思うが、兄の「不貞」の方が先で、兄嫁の浮気はつい最近、兄との離婚を決めた後だという。
萎びたように落ち込んだ次兄の姿にディアンは血の気が引くようだった。
自分の未来のように思えた。
そんな折に、ノエルがミシェリー家の養女になったことを知った。
ノエルは優秀だ。
少し考えればわかることだ。
魔力を持つ平民だって、しばしば貴族家の養子になるのだ。
ミシェリー教授のお気に入りのノエルなら、良いところに引き取られるに決まっている。
――俺、何やってんだろうな。
ノエルは好みだった。話も合ったし一緒にいて楽しかった。
好きだった。
可愛いとずっと思っていた。
でも、貧しい家の娘だからと、せいぜい愛妾だと思っていた。
伯爵家を勘当されたと聞いた時は腹が立った。
せっかく愛妾候補だったのに。
勘当され、妙な噂に晒された女と関係があると思われたくない。
自分の婿入り先に影響する。
だから避けた。
他の男子たちと同じだ。
もう、ノエルは、ディアンとは目も合わせない。
それはそうだろう。
辛かった時に無視をし避けたのだ。
友人でもない、そう思われただろう。
可愛いノエル。
初恋は、呆気なかった。
――失って初めてわかることってあるんだな。
ぽっかりと空いた胸の隙間が虚に寂しかった。




