【9】
いつも有難うございます。今日も2話投稿です。
こちらは1話目です。
半年後。
高等部に進学した。
学費を貯金できたおかげで奨学金は申請しなかった。
自分で働いて学費を払えるなんて、まるで独り立ちができたみたいだ。
――先生たちのおかげだから、ぜんぜん独り立ちじゃないんだけど。
ノエルは教務に言われて、アルノールがノエルに支給される教材費に「研究協力費」を足してくれていたことを知った。
だからノエルは参考書を困らずに買えていた。
お金や物の価値をわかっていなかった。今まで、ノエルが教務に注文していた参考書は実はけっこう高額だった。
アルノールには出世払いで恩返ししようと思う。
最近、ミシェリー教授は小さな魔導具を作ってくれた。
魔力量を測る魔導具を小型で簡素にしたものだ。
それをレイピアの柄にはめ込むことで、付与魔法の魔力残量を色で示してくれる。
色が青から緑に変わったら要注意。赤に変わったら、もう付与の効果は残っていない。
安心してレイピアを卸せるようになった。
前に卸したレイピアにも全てこの残量表示用の魔導具を嵌め込んでもらった。
卸す本数は、学生の身なので多くはなく、威力もそう大きくはない。
騎士団に渡すレイピアの付与魔法で、大事なのは、とにかく「一定していること」。
威力は、強すぎず弱すぎず。常に一定。
そうでないと事故のもとだ。
勝手に作れない、というのはなかなか大変だ。
――これが量産品の悲しさね。
でも、今はそれでいいかな。何しろ学業の片手間なんだもの。
それでも学費と寮費はかろうじて貯まった。
進学してひと月ほどが過ぎ、高等部1年の生活も慣れ始めたころ。
突然、教務に呼び出された。
「ご実家のヴィオネ家から遣いの方が見えてるわ」
と。
ノエルは動揺で頭が真っ白になった。
――なんで?
どうせ碌なことではない。ノエルは教務の事務員に急かされ応接室に向かったが、一計を案じ、事務員に頼んだ。
「ミシェリー先生のところに行く用事があったので伝言をお願いできませんか。
ヴィオネ家から遣いが来たので遅れるって」
事務員は「わかりました」と答えてくれた。
ノエルは少し安堵して応接間のドアを開けた。
本当はアルノールに助けを求めたかったが、表向きノエルとアルノールは無関係なのだ。咄嗟にそのことを思い出した。
「ああ、ノエル様」
部屋に入った途端、そう声をかけてきた使用人は見覚えがあった。
見習いとして、執事ハイネの下についていた男だ。ハイネが高齢だからだ。
「まだ授業があるんですけど。なんでしょう」
ノエルは平坦に告げた。
「お父様からの命令です。
学園をすぐに辞めて邸にお戻りください」
「は?」
「ゼラフィお嬢様がサリエル殿下の婚約者に選ばれる可能性が強まりましたので、王立学園でのお側付きの侍女が必要なのです。
ちょうど良い人材がおりませんので、ノエル様にお願いします」
執事見習いの男は居丈高にそう告げた。
まるで、この命令を告げることが誇らしいとでも言うように。
ノエルは頭に血が昇るのを感じた。
「冗談でしょ? お断りよ。
学園は辞めないわ」
「伯爵様のご命令なのですよ」
男が目を見開いた。
「断るって言ったでしょ」
「とんでもありません。断ることなどできません。
ノエル様は、ヴィオネ家のご令嬢なのですから。
ヴィオネ伯爵に叛きますと勘当されますよ」
男は、半ば怒鳴るようにそう言い放つ。
「勘当してもらっていいわ」
「ノエル様。真面目な話です。
ヴィオネ伯爵はすぐに連れて来いと命じられました。
叛くのでしたら、本当に勘当でしょう」
「だから、勘当してくれていいわ」
だんだん男の顔色が青や赤に変わり、こめかみには血管が浮き出ている。
――卒倒しそうね。
とノエルは思った。
「こちらも真面目な話よ。
ヴィオネ家の都合なんて私は関係ないわ」
「いい加減になさいっ!」
男は不意に立ち上がり、ノエルの腕を掴んだ。
ノエルは思わず雷を発動、男は悲鳴をあげて手を離した。
すぐにドアが開いた。
「なんの騒ぎだ?」
セオの飄々とした姿が入り口にあった。
「ミシェリー先生!」
ノエルはセオのもとに走り寄る。
「我が学園の生徒に何をした」
セオに睨まれ男はすくみ上がった。
「こ、これは、ヴィオネ家の問題でございます。
ノエルお嬢様は、もうこの学園は辞める手続きをいたしました」
「はて?
私の弟子が辞める話など学園長からは聞いておりませんが?」
「で、弟子? 他所の家の令嬢を勝手に弟子などと……」
「ミシェリー先生に失礼なこと言わないで! お世話になってるんだから!
勘当してくれていいって言ってるでしょっ!
早く帰って!」
ノエルはセオの腕に縋りついたまま声を上げた。
「そんな生意気なことを仰って、知りませんよ、本当に勘当されますからねっ!」
「望むところよっ!」
執事見習いが怒りも露に足音を鳴らしながら出ていき、ノエルは思わず応接間の壁に背中を預けた。
「大丈夫か?」
セオに尋ねられ、ノエルは事情を喋った。
「ゼラフィの……姉の侍女が必要だからって。
王立学園で侍女をやれって。
それで、学園を辞めろと言ってきたんです。
父からの命令で」
「とんでもないクソ親父だな」
セオの言葉にノエルは気が抜けて笑いそうになった。
ふいに、ドアの開け放たれていた出入り口に人影が見えた。
「聞こえたよ」
にこやかに入ってきたのは護衛と従者を連れたロベール王子だった。
「ロベール殿下……」
「殿下は私のところに丁度、来ていてね」
セオが苦笑する。
「聞きしに勝る家だな、ヴィオネ家というのは」
ロベールは応接間のソファにどかりと座った。
「そうだな」
セオがうなずく。
「勘当されたいんだったら、正式に手続きしておいた方がいい。
そうしないとこれからも色々言ってきそうだろう?」
「そうですね。
そうします」
ノエルは凭れていた壁から離れて立ち直す。
「ノエル一人じゃ心配だから、私の護衛と従者を貸そう」
「そんな簡単になんてことを仰るんですか……」
ノエルが脱力すると、ロベールが肩をすくめた。
「当然の配慮だと思うが? ミシェリー教授から私は幾らか聞いているからね。
騒ぎが大きくなる前に速やかに勘当されるためにも厚意を受け取って置けばいい。
ブラド、リンゼイ、行ってくれ」
「かしこまりました」
「了解です」
二人の凛とした美丈夫が答えた。
ノエルは成り行きに翻弄されたままに学園を出ると、まずは王宮へ向かう。手続きに必要な義絶状の書面を法務部に取りに行った。
時間節約のため、ノエルは騎士ブラドの騎馬に乗せてもらっている。
もちろん初めてだ。
ヴィオネ家に帰ると父の馬車があった。執事見習いに指示を出したのだから居るとは思っていたが、3年1か月ぶりの再会だと思うと身が竦む思いだ。子供の頃の辛い日々を思い出す。
それでもノエルは、背筋を伸ばして対峙することに決めていた。
――震えるな、私の体。頑張れ。
これで念願の家との決別ができるのだ。
すぐ隣には騎士ブラドと従者リンゼイがついてくれている。
二人の馬は、厩舎ではなく庭先の木に括っておいた。用事がすみ次第すぐにお暇するからだ。
相変わらず見窄らしい邸のドアを叩くと、執事が顔を覗かせた。
3年前よりもさらに老けた気がする。思えば彼も苦労が多くて大変だろうなとは思う。
「ノエルお嬢様、戻られたのですか」
一瞬、驚いた表情を浮かべたが、隣の二人の男性に目を止めて戸惑った。
二人ともいかにも立派すぎる出立ちだ。
「こちらの皆様は?」
「立会人の方よ」
「立会人、とは……?」
「お父様は執務室ね」
「左様でございます……」
ノエルは執事の脇をすり抜けるように階段に向かう。ブラドとリンゼイもすぐそれに従う。
ヴィオネ伯爵の執務室は邸で最も立派だった。
他の部屋はひどい有様だが、父の執務室、母の部屋、姉の部屋だけは別世界のごとく整っている。
応接間も整えればいいのにと子供心に思っていたが、ヴィオネ家には客など誰も来ないのだから要らないのだ。
ノックののちに3人が部屋に入ると父が目を剥いた。
「なんだ、一体!」
いつものように怒鳴るが、かなり戸惑っている。
「お父様、お久しぶりです。
お父様が提出しようとした退学届ですが受理されませんでした」
「なんだって?」
「私はセオ・ミシェリー教授の弟子にしていただいて、高等部入学のときはミシェリー教授に保護者欄に署名していただきましたので。
ヴィオネ家は関係ないんです」
「馬鹿な! 私が貴様の父親だ!」
「3年間、放置でしたし、入学の手続きから何からヴィオネ家からの付き添いは一度もなく、母の署名ひとつだけで学費は奨学金でした。
おまけに、私の体に炎撃を撃たれた痕が数多くあったことも治癒士の方に確認されています。
そういった事情で、学園が配慮してくれました。
もろもろ考え合わせると、私は親から虐待されたか、養育放棄されていた可能性が高いとみなされました」
父は息を呑んだ。
貴族としてまずいことがわかったらしい。
「このたび、お父様の指示に叛いたら勘当だろうと言われましたのでそれに従うことにしました。
こちらが義絶状になります。
ご署名ください。
お父様、念願の要らない次女の勘当です」
ノエルは書面を渡した。
父の顔は憤怒で真っ赤だ。
相当、血圧が上がっているらしい。
「貴様、後悔するなよ。
なんの能力もないだけでなく貴族でもなくなるのだからな」
悪あがきのように呪詛を吐きながら父は署名した。
ノエルは、父が無事に署名を終え、突き出すように書類を返すのを震える手で受け取った。
間違いなく父の署名だ。
リンゼイも横目で確かめ頷いた。
「ありがとうございます、元お父様」
ノエルはにこりと微笑んで書類をリンゼイに渡すと、リンゼイは大事に書類入れにしまった。
これでもう用はない。
「ご機嫌よう」
ノエルは心も体も軽やかにヴィオネ家を後にした。
学園に戻った。
ミシェリー教授の研究室に入るとアルノールが心配そうに待っていた。
ロベール殿下の姿はなかった。
ノエルはアルノールの姿を見た途端、張り詰めていたものがぷつんと切れたかのように涙が込み上げてきた。
顔を手で覆い止めようとしても駄目だった。
「ノエル」
ぽろぽろと涙をこぼすノエルをアルノールは腕の中に閉じ込めるように抱き締めた。
「かわいそうに、怖かっただろう」
髪や背を撫でてくれる。
「ろ、ロシェせんせ」
ノエルはアルノールにしがみついて胸に顔を埋めた。
「頑張ったね」
優しくされると余計に涙が止まらない。
アルノールはずっと宥め続けてくれた。
ノエルは涙腺を崩壊させていたので気づかなかったが、その間にミシェリー教授もヴィオネ伯爵が署名した義絶状を確認し、ブラドとリンゼイは立会人として署名をしてくれていた。
二人はそれぞれ伯爵家と侯爵家の令息で成人していた。これで書類は完璧になった。
完成した義絶状はリンゼイに託した。
「すぐにヴィオネ家とは無縁になれますよ」
と声をかけてくれた。
ブラドも優しく微笑んでいる。
二人が帰ったのち。
「ブラド・バントランが一緒だと聞いたから安全とは思っていたんだけれどね」
未だノエルの髪を撫でながらアルノールが言う。
「有名な方なんですか」
赤くなった目をセオが作ってくれた冷たいお絞りで冷やした格好でノエルは尋ねた。
「昨年のアンゼルア王国剣術大会、優勝者だよ」
「ひぇ」
そんな最強の人がついてくれていたとは知らなかった。
リンゼイも、ワドラフ侯爵家の子息だという。ワドラフ侯爵と言えば、宰相閣下だ。
立派なお二人とは思っていたがこき使ってしまった。おまけに大泣きしてアルノール教授に抱きついた姿まで見られた。
済んだことは仕方ないので即行で忘れることにした。
後日、ノエルは、ロベール殿下たち3人にお礼の品を渡した。
ブラドには雷魔法を付与した投げナイフを10本。ブラドは得物はなんでも使えると聞いたので雷魔法を込めた。
ロベールとリンゼイには、風魔法を付与した腕輪のセット。これは「盗み聞き」の風魔法を使ったもので、互いの腕輪に少々の魔力を与えると離れていても話ができる。
アルノールとテストしたところ、学園内なら会話ができたので王宮内でも使えると思う。
3人は喜んでくれた。
 




