第七話 八尋殿の一室にて
リゾートホテル八尋殿、最上階ラウンジ。
ここは、島内でもっともラグジュアリーな施設として有名な場所である。
普段は来賓や上位ランカーたちの憩いの場として使用され、夜になるとアルコール類を提供するダイニング・バーにも変化する。
様々なフレーバーのドリンクを取り揃えるバーカウンター。
雰囲気を演出するライトやクラシック・アンティークなスピーカー。
飲食物を提供する上半身のみのバーテンダーロボット。
個々人が各種データを閲覧できる小型ディスプレイ。
部屋の中央には球体型のディスプレイが設置されており、様々な方向から視聴できる仕様となっている。
個性的な形のソファが部屋の各所に置かれ、室内には水路が通されており、夜になるとライトアップされるという。
趣はさながら会員制の高級クラブを思わせる。
今日ここに集められたのは『Swordsman’s HEAVEN』のトッププレイヤーたちだ。
第10位【AI師匠】アキヒト・セカイ
第9位【剣の申し子】クレハ
第7位【遊王】リュウセイ
第6位【重戦騎】ダイチ・サキガケ
第5位【空木双剣】イヴ・サンズ
第3位【水星槍】ツカサ・レイゼイ
第2位【白騎士】ハクヤ・ヒジリ
第1位【闇冥剣】マナ・クリシタ
場に揃っているのは、第四位と第八位を除いた八名だ。
みな、トッププレイヤーとして、ゲーム運営から称号めいた二つ名が送られている猛者である。
いまはそれぞれ、思い思いの場所に落ち着いていた。
球体型ディスプレイを熱心に眺めている者。
ソファの背もたれを椅子にして端末を弄る者。
リクライニングチェアーに座って携帯ゲーム機で遊んでいる者。
腕組みをしてどっしりと腰掛けている者。
ソファのひじ掛けにもたれて舟を漕いでいる者。
やすりを使って丁寧に爪を研いでいる者。
一人、離れた場所で窓の外を眺めている者。
カウンターチェアに腰掛けて、沢山の食事データに挑んでいる者。
球体型のディスプレイが映像を映し出しているが、各々自分のやりたいことに勤しんでおり、真面目にそれを見ている者は半数もいない。
窓の下、眼下では、いまし方ウェルカムイベントが終わったばかり。
公式アイドル歌手がスモークの中から登場したところで、映像は途切れた。
球体型ディプレイの前にいたスーツの男性が、集まった面々に向かって笑顔を向けた。
それは営業向けの愛想笑いでも、おもねった笑みでもない。
口元に作った薄い笑みは、ただひたすらに不敵で、不穏極まりない余裕を感じさせる。
――まるで嘲笑っているかのよう。
誰にもそんな印象を与える、不快な笑みだった。
そんな薄ら笑いを浮かべたスーツ姿の男性は、大半の注目が集まったのを確認して話し始める。
「今回、受け入れの第三期プレイヤーたちのバトルは、ここにお集まりになったトップランカーの君たちにはどう映っただろうか?」
スーツの男の口調は、どこか機械を思わせるような平坦なもので、ゆっくりとしている。
彼の訊ねに対し、中でも常識的で真面目な二人が答える。
ディスプレイを真面目に見ていた、【AI師匠】アキヒト・セカイと【重戦騎】ダイチ・サキガケだ。
「うん。見たところなかなか研究していると思うかな」
「目を瞠るような者はいなかったな。今期も期待外ればかりだろう」
片方は褒めるような言葉で、もう片方は失望めいた言葉。
二人の意見は正反対のようだが、特別挙げる事柄に欠けているという点で一致している。
そんな中、ゆったりとしたパーカーを着た中学生くらいの少年が、手に持っていたゲーム機から顔を上げる。
第7位【遊王】リュウセイだ。外ハネしたボブカットの青い髪。ショルダーバック。サイケデリックな色合いの靴。手に持っているゲーム機はつい先日発売されたばかりの最新のもの。
彼は一度周囲を見回すと、スーツの男性に訊ねる。
「ところで、社員さんさ。今日はどうして八人しかいないんだ?」
「サラ・ミカガミは所用があって欠席するとあらかじめ連絡が入っている。シゲミチ・バンジョウヤはああいった性格だ。来るのが億劫になったと推測する」
リュウセイの人を食ったような生意気な口調にも、男は眉一つ動かさない。
彼がそう答えると、リュウセイは大きく舌打ちする。
「チッ、ならオレもサボればよかったぜ」
リュウセイのいい加減な態度に、反応を示したのはダイチだった。
眉を吊り上げるように動かす。
「不真面目なことだ。お前もランカーという自覚があるなら、きちんと運営に貢献しろ。我らはそれだけの対価を得ているのだ」
「あ? うっせーよダイチのおっさん」
「ふん。おっさんといわれなければならないほど稼働年数を重ねてはいない」
ダイチはそう言うが、リュウセイは心底どうでもいいというように、再びゲームに没頭し始める。
第6位【重戦騎】ダイチ・サキガケ。使用している躯体は肩幅が広く筋肉質で、集まった中でも一際大きい体つきをしている。その体格は、ソファの二人分の場所を占拠しているほどだ。
ダイチは、いまはいない二人に対して、吐き捨てるように苦言を呈する。
「まったく、あの二人はやる気があるのか」
「まあ彼らにも彼らの事情があるんだから」
「いや、『Swordsman’s HEAVEN』のランカーは、言うなれば武器を使った武術の国内トップ。相応の自覚あって然るべきだ」
憤然と言い放つダイチに、異議を呈する者が現れる。
第9位【剣の申し子】クレハ。濃い緑の髪を長いおさげにした目付きの鋭い少女だ。ハイスクールの制服を着ており、
「武術館を差し置いて国内のトップとは、聞き捨てならないな」
「武術館など所詮、形式だけのものにすぎん。我らプレイヤーは命のやり取りはせずとも、実戦形式で臨んでいるのだ」
「武術館がそれに劣るとでもいうのか?」
「武術館がこれまで何人もこのゲームに門下生を送り込んだというのに、結果を出せたのが貴様だけだというのがその証拠だろう。それに、貴様の黒月流も、何年か前に道場破りに負けたそうではないか」
「っ……!」
「所詮落ち目の道場だ。頑なにVRにも手を出さないから、どんどん置いて行かれることになる」
クレハは鋭い目をさらに細めて、ダイチを睨む。一方で、ダイチはまったく気にした様子もない。
それを見かねたスーツの男が、間に割って入る。
「ともあれ、二人の欠席するのは仕方のないことだ。プレイスタイルは人それぞれ。今回の呼びかけも強制力があるわけではない。運営からも、『もし可能なら』という条件の上で来てもらっただけなのだ。やる気があるのはいいことだが、その辺りは履き違えてはいけないな」
スーツの男の諫めるような発言に、ダイチは押し黙る。
彼の言う通り、ここに集まった者がトップ十位以内に入ったのはその実力があってのものであり、トップ十位以内に入っているからといって何かしらの義務を負うわけではない。
もちろん、彼ら彼女らが直接契約しているスポンサーの意向があれば話は別ではあるのだが。
クレハが口を開く。
「ウェルカムバトルに同門が何人かいた」
「ということは、総合武術館の?」
「父から、かなりの数こちらに来るとは聞いていたから」
クレハとアキヒトが話す中、スーツ姿の男性が口を開く。
「今回、首都総合武術館の主力にオファーをした。ああ、ちゃんと審査は行ったさ。そこは心配しなくてもいい」
「つまり、武術館も本気と言うことですね」
「そのようだ。何しろ国内トップと、日本の武術界の威信を賭けているからな」
「データの取り甲斐がありますね」
第10位【AI師匠】アキヒト・セカイだ。眼鏡をかけた好青年風の男で、白シャツの上にジャケットを羽織っている。
ふと、ソファのひじ掛けにもたれて船を漕いでいた者が身を起こす。
眠そうな目をこすっているのは、第5位【空木双剣】イヴ・サンズだ。薄桃色の髪をラビットスタイルにした少女で、袖の長いダボダボの上着に着られている。
彼女は顔を上げると、周囲を見回す。
「……? サラちゃんは?」
「サラ・ミカガミは所用で欠席だ。連絡が入っている」
「ふーん、そう……」
イヴは気のなさそうに言うと、また肘掛けに身体を預けた。
「ミーティングには参加しないのかね?」
「ねむい」
イヴは素っ気なく言うと、舟を漕ぐ作業に戻り、すぐに可愛らしい寝息を立てる。
彼女がこうなのはいつものことなのか、誰も気にすることはない。
その一方で、ミーティングに興味のあるランカーたちが、ウェルカムバトルについて話し始める。
騎士のような姿の青年のこと。
ギャル風の出で立ちをした少女のこと。
ゲーム好きの男性アイドルのこと。
最近ソキルで台頭してきたランカーのこと。
武術館の精鋭たちのこと。
話が盛り上がる中、スーツの男性が彼らに訊ねた。
「最後のエネミーを倒した者はどうだっただろうか?」
「あれは単にエネミーがダメージを受けていたからだろう。上手く立ち回っただけだ」
「確か奇襲のような技でしたね。奇を衒ったものだとは思います」
ダイチに次いで、アキヒト・セカイがそう分析する。
次に口を開いたのは、第3位【水星槍】ツカサ・レイゼイだ。線の細い男。
やすりで研いだ爪を頭上に掲げて、ライトに当てて確認している。
納得のいく仕上がりになったのか、会話に加わり始めた。
「ああいう剣ってなかなかやりにくいじゃない? もしかしたらこの中の誰かも、同じようにやられてたかもしれないねぇ」
明るく、爽やかそうな口調から一転、どこかねっとりとした口調に変化する。
一方でダイチは、変剣難剣というものがお気に召さない気質なのか、どこか見下した様子で。
「ふん。そのような剣など、正面から叩き潰せばいいだけだ。姑息な手しか使えないような者など、注目にも値しない」
「さすがだね! いや大した自信だよ! さすが六位ともなると気が大きくなるのかな?」
「……貴様」
ダイチはツカサの煽りに対し、ぎょろりと目を剥く。
しかし、ツカサは怯える素振りもなく、飄々とした態度を崩さない。
当然だ。ツカサは第3位で、ダイチは第6位。
戦績はツカサの方が高く、これまでのバトルでもツカサが多く勝ち越していた。
「重戦騎、そんなに怒るなよ。これなんて結局はゲーム、お遊びなんだからさ」
「ゲームがお遊びとは一体いつの時代の話をしているのだ貴様は。いまやゲームは金銭を得る手段の一つで、娯楽というサービスの提供もできる。れっきとした職業だ。特にこのゲームは限りなく実戦に近い。誇りを持つに足るものだ」
「誇りねぇ……」
ツカサは気のない素振りだが、ダイチの言い分も未来世界では真っ当なものだ。
未来ではゲーム自体が進化しているため、プレイに技術力を要するものも増えた。それに加えて動画配信など、大衆を楽しませるサービス業の一種となっており、いまでは会社を立ち上げるところも増加し、広く一般的となった。特に身体を動かすタイプのゲームはスポーツと同じ扱いであるため、過去のそれと比べるとその地位は格段に向上したと言える。
そのため『たかがゲーム』などという考えは随分と古くなっていた。
「相変わらず説教臭いヤツだなお前もさ」
「なんだと……?」
「ま、確かに重戦騎の言う通り、ソードマンシリーズは武術カテゴリーに入ってるけどね」
ツカサはそう言って、バーカウンターの方に目を向ける。
長髪の右半分を勝色、左半分を白色という奇抜な髪色に分けた女だ。
黒い衣装の上に、羽織のようなコートを引っ掛けている。右肩には、キツネのような見た目の白いペットロボを乗せており、トレーに山のように積まれた食事データを摂取している。
第1位【闇冥剣】マナ・クリシタ。
「闇冥剣サマは三期生について何かないかい?」
「私か? 特にはないぞ。そもそも見ていないからな」
「さすが闇冥剣サマは余裕だね? 見ても見なくても自分の順位は変わらないって?」
「そうだな」
「……へえ」
ツカサはマナに挑戦的な視線を向けるが、彼女は不思議そうに目を丸くさせる。
「……? お前は何をそんなにエモーショナルエンジンを乱しているんだ? 私は事実を言ったまでだろう?」
「断定的だね。AIらしいって言えばそうだけさ、いつか誰かに追い越されるとは思わないのかな?」
「少なくとも私の順位を脅かせる者はここには一人しかいないはずだ。それは、これまでの戦いで答えが出ている」
「それ以外のヤツは相手にもならないって? いまの僕のパラメータを見ても同じことが言えるのかい?」
「実力は口や数字ではなく剣で示せ。それが剣士の道理だ」
マナの口ぶりは軽口でもなく、ただひたすら真面目な返答だ。
ツカサはマナを睨みつけるものの、しかし彼女は気にしないどころかまったく見当違いのことを言い出す。
「なんだ水星槍、これが気になるのか? うまいぞ。お前も食べるか?」
「…………」
ツカサはマナの緊張感のまるでない物言いに、閉口する。
そして、窓際の方へ視線を向けた。
そこにいたのは、第2位【白騎士】ハクヤ・ヒジリ。フード付きの白コートを着た人物だ。
「白騎士サマはウェルカムバトルについて何かないかい?」
「特段言うことはない」
「やれやれ白騎士サマは相変わらずだね。学習型のAIでも、もっと温かみのある返答をすると思うけど?」
ツカサは【白騎士】ハクヤに軽口を叩くが、しかしハクヤは何も言わず。
そんなつれない反応に対して、ツカサは息を吐いて大仰に肩をすくめた。
……やがて話題が移り変わる。
第三期受け入れのプレイヤーたちについてから、次回イベントの前情報。今月の決勝トーナメントのシード枠の割り振り。
そうして話題も付きかけてきた折、ふいに窓の外を眺めていたハクヤが、室内中央に置かれた球体型ディスプレイに歩み寄る。
ウィンドウを操作して先ほど行われたウェルカムバトルの映像を呼び出し、スクロールバーを動かした。
やがて再生されたのは、やはり最後のエネミーが倒された場面だった。
「ハクヤさん。どうかしましたか?」
アキヒトがハクヤに訊ねると、ハクヤは誰に言うでもなく一言つぶやく。
「逆抜き不意打ち斬り」
「もしかして、それはこの技の名前ですか? よくご存じですね」
「これを見ると、昔有名だったフィルムを思い出す。二人の侍が最後に立ち合いを行うワンシーンだ。白黒のスクリーンに映った役者が一瞬一刀で決着をつけ、多くの者を魅了した。血しぶきの勢いが激しすぎたせいで、海外ではここがクローズアップされて随分と指摘されていたな」
「えっと」
「もう随分と昔のものだ。もし映像が残っていても、ロスト・シーのどこかだろう」
ハクヤはそう言うと、一つの短歌を口ずさむ。
いかづちの ひらめくさまを しかと見よ
まじろぎの間に 太刀ははたたく
「いまのは? 一定の韻を踏んでいましたが、歌か何かでしょうか?」
「なに、吾の持ち合わせる数少ない風流だ」
「は、はあ……」
ハクヤはアキヒトの訊ねに、思わせぶりな答えを返したあと、静かに呟いた。
「――これも宿命だろう。武士が滅び去ったこの世にあって、世が再び武士を求めなければならないほど、この国は追い詰められているということだ。やはり、剣士の業とは淵のように深いものなのだな……」