第五話 ウェルカムバトル
『Swordsman’s HEAVEN』
これはチャンバラゲームとあだ名される通り、『チャンバラ』ができる『ゲーム』だ。
運営が用意したエネミーや他のプレイヤーとの武器を用いた対戦を主眼に置き、剣に限らず槍や斧、果てはメイスなどの様々な武器を使用することができる。
そしてゲームというルールの上に成り立っているため、ヒットポイントも存在する。
受けたダメージに応じてHPゲージが減少し、相手のHPゲージをゼロにすれば勝利となる。勝てば仮想通貨に変換できるVPが付与され、負ければデスペナルティとして、その日一日ゲームプレイができなくなる。もちろん復帰も可能で、ある程度のVPを消費すれば再度戦闘が可能になる。
新人には厳しいルールだと思われがちだが、新人に解放されるエリアのエネミーはHPも少ないし、弱く設定されている。よほどレアな敵でなければそうそう敗北することはないし、あってプレイヤー同士の勝負だが、そのプレイヤー同士の勝負もお互いの了解がなければできない仕様になっているため、選択肢は十分に用意されていると言えるだろう。
ゲームに慣れた頃にはある程度VPが溜まっているため、このルールによってゲームバランスが崩れるということはないそうだ。
……音声ナビゲーションが開始宣言をした直後、周囲にラインが円環状に投影され、ゲーム領域が設定される。
すぐにスマートグラスを通してプレイヤーネームやHPゲージなどの情報が表示。
ゲーム開始のカウントダウンか、空中に文字が並んで点滅。やがてカウントが始まり、表示された数字がゼロになる。
ALL OR NOTHING!
赤文字で「すべてを賭けろ!」や「全力で臨め!」などに意訳される文言が出現すると、何もなかったところにエネミーが一斉にポップする。
これらはすべて、非実体の粒子ディスプレイに出力された立体映像だ。
見た目はほとんどがロングソードを持ったアーマープロテクター姿で、剣士の格好というよりは随分とSFチックに寄っており、機動警察や軍の戦闘服を思わせる。
西洋鎧や大鎧であればそれらしい雰囲気も出るのだが、そういったエネミーはレアに相当するのだろう。
すぐに動き出したのは『ソキル』で名を馳せた有名プレイヤーたちだ。
チャンバラ自体には慣れているようで、次々とエネミーを撃破し、スコアをガンガン稼いでいる。
投影機能を用いているのか、騎士を思わせる装束を身にまとう者。
どこから迷い込んで来たのかギャルを思わせる風体の少女。
堂に入った構えを見せるサーベル使い。
首都総合武術館のロゴが入ったアウターを着ている者まで。
様々、個性的なプレイヤーが銘々剣を振るっている。
鉄火場独特の金物臭さや鉄臭さ、鼻の奥にツンと来るような刺激はないが、その代わりに油臭さと、オゾンのような匂いがかすかに感じられる。
向こうでは騎士装束姿の少年が何かを言っている。
どうやらカメラを意識して、抱負や宣言のようなものを宣言しているらしい。
気が付けば、ウィルオーも動き出していた。
近場にポップしたエネミーに狙いを定め、双剣を用いて斬りかかる。
「おりゃぁあああああ!!」
ウィルオーがエネミーに剣撃を四回入れると、エネミーはテレビの砂嵐のようなエフェクトに変わってその場から消滅した。
……すべて致命的な部位に剣撃を入れていてもそれだけ必要だということは、彼は難易度を『NORMAL』のモードに設定しているのだろうと思われる。
レキは周りの状況を観察しつつ、そのままウィルオーの戦いに目を向ける。
どうやらウィルオーはカウンター型の剣士らしい。二刀を矢鱈目ったら振り回すという者も多いが、彼の場合はまず片方の剣で相手の剣撃を受け止めてから、すかさずもう片方の剣を使って相手を斬るという戦法を取っている。
堅実な戦い方と言えるだろう。二刀を使い始めたばかりの者は、片方の剣に意識が向きがちなため、もう片方がおざなりになる。だからと言って考えなしに両方とも動かせばめちゃくちゃになるため、存外扱いは難しい。
だが、ウィルオーのそれは基本に乗っ取った戦い方だ。
本来ならば二刀使いは二刀を同時に振るうのが理想的なのだが、片方の剣を盾として考えるならば、そう悪くはないと言える。
「うぉおおおおおお! おっもしれぇええええ! ソヘヴ最高ぉおおおおおおおおお!」
エネミーを撃破したウィルオーは屈みこんで力を溜めるようなタイプのガッツポーズを見せ、吼え声を上げる。
「すげー! すげーよこれ! やっぱりVRとはまた違う面白さがあるなぁ! くぅう!」
歓喜に震えているウィルオーに近寄って、声を掛けた。
「ウィルオー、結構慣れてるんだな」
「へへへ、俺はこれでも配信者だぜ? ソキルもやり込んでたし、なんなら世界中のソキルプレイヤーの双剣使いの動きを勉強しまくって、ソキルでトレースした動きを実地で使って、リアルじゃこの日のためにジムに通い続けてトレーニングまでしてたんだ!」
それはすごい。
「勉強熱心なんだな」
「へへ、俺はゲーム配信者だぜ? やるからには手抜きはできねぇだろ。っていうかレキも動けよ。折角のソヘヴなんだからさ」
「ん。そうだな」
レキはウィルオーに促されて、投影した刀を抜く。
右手は柄の背を辰口に合わせ。
鍔元をわずかに開けて持ち。
左手と右手の間は指三本分ほどに開け。
柄頭は武器として使うこともあるため握らない。
柄はしっかりと握りつつも、自由さを忘れず。
いずれの技にも対応できるよう、即座に握りを変えられるように持つ。
臨機応変融通無碍。
静かに前に出ると、近場にポップしたエネミーが斬りかかってきた。
エネミーの斬撃が届く前に、こちらから斬り付ける。傷口の代わりにモザイク柄のエフェクトラインが入り、血しぶきの代わりにポリゴン型のエフェクトが散った。
刀の振り具合にも違和感はないし、肉に刃が食い込む感触もきちんと再現されている。
「へえ……」
意外な手ごたえに、レキは内心少し驚いていた。
まさか未来世界のゲーム技術がここまで進化しているなどとは思いもよらなかったからだ。
次いで斬り付けたエネミーの脇下や内小手を掠めるように切っ先でするりするりとさらっていく。
動きは極力小さく。
相手の戦闘能力を奪うように。
自分が前世で覚えた剣技を一つずつなぞりながら斬っていると、やがてエネミーのHPゲージがゼロになったのか、ザ、ザという砂嵐のエフェクトとなってその場から消滅した。
すると、ウィルオーが声を掛けてくる。
「おーいレキー。ゲームなんだし、もっとド派手にぶった切れよー」
「いやド派手にって言われてもさ」
「もしかしたらこれから配信されるようになるかもしれないんだぜ? そんなときに地味な動きばっかしてると再生回数伸びないぞー」
「ああ、そうか、そういうところにも気を遣わないといけないのか……」
「そうだぞー。ソヘヴをプレイする以上、運営にも貢献しないとな」
そんなことを言う辺り、ウィルオーは良プレイヤーだ。
確かに、こうしてプレイさせてもらっている以上は、気を遣わなければならない。
レキはウィルオーのアドバイスを聞いて、今度は大仰な動きを取り入れてみる。と言っても、地味な動きを見た目的にわかりやすく、見栄えする動作に変えるだけなのだが。
挙動はなるべくゆっくりにして、エネミーをこちらの間合いに引き込むように動く。
すると、エネミーが三方から斬りかかってきた。
まずは正面から真っ向斬りをしてくるエネミーに対して動く。
合し打ちの要領で同じ剣撃を打ち付けて、エネミーの剣を弾いて肩横に外しつつ斬り付け、返しの刃で股下から頭頂まで一気に切り上げる。
一体目消滅。
次いで、横合いから突きかかってきたエネミーに対し動く。
タイミングを合わせて、相手の剣の腹部分に刀の腹部分をくっ付け、くるりと円を描くように回して跳ね飛ばす。
剣を失ったエネミーの首を横薙ぎに斬り付け、刃を返して胴を薙ぐ。
二体目消滅。
二体を連続で斬り倒したあと、最後は後ろだ。振り返って斬るのもいいが、それでは見栄えがしないだろう。前を向いたまま刀をくるりと回して逆手に持ち替えて脇下から突き出し、背後のエネミーを一突きにする。
その後、刀を引き抜き、反転の勢いを利用して袈裟掛けにバッサリと斬り付けた。
三体目消滅。
最後に血振りを行う。
…………立体映像の刀にはまったく意味はない挙動なのだが。
流れるように三体を斬り倒したあと、ウィルオーに声を掛けた。
「こんな感じか?」
「おいおいなんだよすげー動きできるじゃんか!! っていうかよくエネミーを真っ二つになんかできるな。途中で止まるだろフツー」
「なんか思いのほかうまくいったみたいでさ」
「背後のヤツの動きなんてどうしてわかったんだ?」
「二体目を倒す前に目の端に映っんだ。それでどこにくるか予測した」
「俺だったら一発くらいはダメージ貰ってたかも……」
そんな話をする中、ふいにウィルオーが喜びをあらわにする。
「ほんとマジで来てよかったわ。レキはどうだ?」
「俺は……そうだな。まあ、悪くはないなって思う。あとは手ごたえのある相手がいれば、だな」
「なんだそれ? 俺より強いやつに会いに来たって?」
「それ、正しくは俺より強いやつに会いに行く、な? あとは……そうだな。エネミーを斬った手ごたえに十分現実味があるはいいと思う」
「うん? そこは気持ち悪いって言うところじゃねえか?」
「うん? あ、そうだな。そうそう」
ウィルオーとの認識の相違を適当に誤魔化しつつ。
だが、これほどリアリティがあるのだ。
強いエネミーや、想像上の怪物を再現してもらえれば、思った以上に楽しめるかもしれない。さすがに巨大怪獣とかは剣士の領分外なので御免だが。
先ほど見たうちの一人、騎士装束の少年が派手な動きを見せる。
おそらくはゲームのアシスト機能を用いたのだろう。
先ほど運営から贈与されたゲーム内アイテム『アシストエナジー』を用いれば、ハプティックパッドに内蔵されたパワーアシストを利用して、使用者の身体機能を飛躍的に向上させることができる。
騎士装束姿の少年は、広場を縦横無尽に動き回り、エネミーをどんどん切り伏せていく。
それを見たウィルオーが、目を丸くしていた。
「はー、アシストがあればあんな動きもできるのか」
「すごいよな。科学の力って以下略」
「お? 出たよ出たよ、元ネタのわからないネットスラング」
「ん。これは、パケットクリーチャーっていうゲームシリーズの、主人公の家がある町にいる男の台詞だ」
「そうなのか?」
「そうそう。ロスト・シーからサルベージしたゲームのデータも持ってるぞ。まあ、いまのゲームに比べれば恐ろしいほど原始的だろうけどさ」
「マジで!? 俺昔のゲーム、スゲー興味あるんだけど!」
「気になるならあとでシリーズのデータ一通り送るよ。配信者なら配信プレイもするだろ?」
「是非是非よろしく頼んます!!」
ウィルオーは腰が直角になるほど頭を下げる。
そんな話をしたあと、適当にエネミーを狩っていると。
「お? デカいのが出たぞ」
ふと、ウィルオーがそんな声を上げる。
ウィルオーの見ている方に目を向けると、大柄のエネミーがポップしていた。
これまで出てきたエネミーと同系統のプロテクター姿だが、巨大な剣を持っていて、見てくれからも威圧される。
すぐにプレイヤーたちが群がるが、かなり苦戦しているらしい。
『ソキル』の配信プレイヤーたちや、先ほどの騎士装束の少年など、比較的良い動きをしていた者たちも挑み始めるが、どうにも攻めきれない様子。
「強いな……」
「一人じゃ相手にならない」
「手の空いてる奴は集まれ! 取り囲むぞ!」
周囲からも、そんな声が聞こえてくる。
「うおぉおおおおおお! 行くぜぇえええええええ!」
ウィルオーが雄たけびを上げて突撃していく。
だが、
「うっぎゃぁあああああ!」
ウィルオーは大振りの一撃をくらい、大きくふっ飛ばされてしまった。
そのまま地面をごろごろと転がるものの、ハプティックパッドの働きによってまったくの無傷らしい。
(あれはほんとどういう仕組みになってんのかね)
事前に配布された電子テキストには、ハプティックパッドの性能と領域内に撒布されたフェムトサイズの粒子によってうんたらかんたらということが書かれていたが、レキには正直なところさっぱりだった。
やはり科学の力って以下略である。
取り囲もうとしていた者たちも、エネミーの豪快な剣撃に吹き飛ばされた。
そんな新たなエネミーの手強さにたじろぎ、二の足を踏んでいたり、様子見に回ったりする者も出始める。
善戦している者もいるが、それでも入れられるダメージも微々たるもの。
積み重なってはいるが、倒すには致命打が欲しいというところだろう。
「んじゃ、ちょっとやらせてもらおうかな」
レキは刀を鞘に納めたまま、大柄なエネミーに向かって鷹揚な歩みで近づいていく。
柄に左手を添えつつ、さながら身体を差し出すように前に。
「あいつ何やってんだ?」
「あのままだと倒されるぞ」
「おいおいバカじゃねえの?」
刀を抜かずに歩んでいるせいか、周りの者たちが困惑の声を上げたり露骨にバカにしたりし始める。
大柄なエネミーが斬りかかってくる。小手調べなのか、動きに隙は少なく、挙動がコンパクトに抑えられている。
一撃、二撃、繰り出される剣撃を足捌きのみでかわしていき、動きの甘くなった三撃目に目を付けた。
「オォオオオオオオオオオオオ!」
咆哮と共に繰り出される剣撃を、わざと肩に掠めさせる。
肩が浅く切り裂かれ、鮮血のエフェクトが飛沫を上げて、ポリゴンとなって消失する。HPゲージがわずかに減少した。
……ハプティックパッドを通して、偽りの感覚が再現される。冷ややかなものが通ったときの戦慄と鋭い痛み。あとから来る、じうじうとした焼け付くような熱感。
立ち合いに伴うべきすべてが、確かにここにあった。
顔に表れる喜色を隠せない。
一撃入れたことで、大柄なエネミーは追撃ができると判断したのか。
当初からの予想通り、エネミーは大振りの一撃をするため、大きく振りかぶった。
ここから、先ほど見せたような暴風のような剣撃を繰り出すのだろう。
レキはその挙動を見計らって即座に動く。
エネミーが大剣を振り下ろそうとした瞬間、即座に左手で刀を抜く。
そして、切っ先を上に向けるように柄を横倒しに傾け。
峰を右手親指と人差し指の間に挟んで両手に持ちにし。
左足を軸に回転するよう、右足を左前に回し出して。
エネミーの大剣をかわしながら、そのまま右脇下の急所に切っ先を押し込んだ。
エネミーの剣撃は右横に外れて広場の床材を叩く。
一方でレキの方には、ずぶり、と肉を断つ感触がハプティックパッドを通して伝わった。
斬撃が入った証か、ポリゴン型のエフェクトが散る。
レキはそのまま左に滑るように抜けて、持ち手が見られないよう即座に柄を持ち替える。
中段に構え、残心。
一方でエネミーはポリゴンとなって派手に砕け散った。
「……つまらんな」
レキはそんなことをぼそりと呟いて鞘を引き出し、親指の付け根に峰を滑らせ、刀を鞘に納める。
どうやらエネミーはこれで最後だったようで、音声ナビゲーションがバトル終了のアナウンスを行う。空中に投影されたラインや文字、ゲージが次第に消え始め、プレイ領域も消失した。
「速ぇ……」
「あいつなにしたんだ!?」
「いつの間にか鞘から剣を抜いてたぞ……?」
方々から驚きの声が上がる。
そんな中、ふっ飛ばされていたウィルオーが駆け寄ってきた。
「おいレキ! いまのどうやったんだ!?」
「ん。左手で抜いて斬った。そんだけさ」
「それは見ればわかるって。俺が訊きたいのはそのやり方だ」
「秘密だ」
「ええー!? そりゃないぜ!」
「どうせアーカイブに残るんだから、それを見ればいいだろ? あとはいい角度で写ってることを祈ってくれ」
そう言って、使った技のことは適当に誤魔化したのだった。
【参考】映画 椿三十郎 逆抜き不意打ち斬り




