第四話 日本刀
会場での説明会が終わったあと。
スマートグラスから、音声ナビゲーションが聞こえてくる。
『――では、お持ちのハプティックパッドは装着されましたでしょうか』
触覚パッド。スマートグラスに続く、このゲームで必須なアイテムの二つ目だ。
これは電気信号や超音波を発生させることによって感触を再現する装置で、装着することにより疑似的にだが立体映像に触れることができるようになる。
前世でも振動などで触感を再現する触覚技術があったが、それが技術的に進歩したものだと思えばいい。
使用されるのは、グローブタイプ、足首装着タイプ、身体の各所に巻き付ける極薄のバンテージタイプの三つ。これらにはパワードスーツに取り付けられるようなアシスト機能も搭載されており、難易度の設定やゲーム内アイテムを使用することによってもその機能を利用できるという。
一体どういった技術でこんな極薄のバンテージにそれだけの機能を搭載できるのか甚だ疑問ではあるのだが、これも未来世界の技術ということだろう。
ハプティックパッドはすでに八尋殿内の更衣室で装着済みだ。
『次に、プレイヤーの皆さまは事前に作成したグリップデバイスをお持ちください』
グリップデバイス。それは、ゲームプレイに必須なアイテムの三つ目だ。
このゲームのキモとも呼べるもので、ゲームで使用する武器を投影するための装置である。
グリップという文言が付けられた通り、普段は武器の柄部分のみしかない。
これを使用することにより、刀身の映像データが現実空間に投影され、ハプティックパッドと連動して武器を持った感覚や重さが再現されるという。
レキが持っているものはもちろん刀の柄だ。
柄巻は黒色の組紐を撮巻にしており、鍔はちょっと豪華に美濃鍔をあしらっている。
これは、淤能碁呂島に来る前に作ったものだ。
実物や写真、テキストデータはロストしているので、運営側から提示されたサンプルには存在しなかった。
しかし、前世では日本刀に親しんだ生活をしていたため、絵を描くくらいならそう難しくない。
あとはモデリングのプロと相談しつつ、得物である日本刀が完成したというわけだ。
もちろん鞘付きで、腰にマウントすることもできるし、ハプティックパッドのおかげで鞘の感覚もきちんと再現される。
柄を持って、あらかじめ設定したキーワードを口にすると刀身が投影された。
刀身に触れると、指に金属の冷たさと硬質な触感が伝わってくる。
ハプティックパッドの抵抗が質量を再現し、それが重さに感じられるのだ。
いくら妹からやる気のないと言われたレキでも、これを初めて手にできたときは感動で震えてしまったほどだ。
慣れた手つきで刀を鞘に納めると、ウィルオーが現れる。
「おーい、レキー」
「ん。ウィルオーか。そっちの武器はどうだ?」
「俺のはこれだ。じゃーん!」
ウィルオーが自慢げに見せてきたのは、二つの剣だった。
片刃タイプでナックルガードが付いている。
形状はどちらも同じだが、レッドとブラックの色違いだ。
「双剣か」
「おう! 『ソキル』でもこれしか使ってなかったしな。やっぱり得物は使い慣れてるのを使うのが一番だろ? 『ソキル』で鍛えた俺の実力、見せてやるぜぇ!」
ウィルオーが双剣を持ち上げて吼える。
双剣はこのシリーズ内でも人気武器の一つに数えられる。『ソキル』『ソヘヴ』のどちらでも、多くの上位ランカーが愛用しているのだという。
「で、レキはどんな剣にしたんだ?」
「俺はこれだよ」
そう言って、投影した日本刀を鞘から抜いてみせる。
「細身のサーベルタイプの剣か。へぇ、随分変わったデザインだな」
「そうか……そうなんだよな。同じ日本人がこれを見て珍しそうにするのを見ると、何とも言えない気分になるな」
「……?」
「いや、なんでもない」
「でもなんだろうな。こう、この剣を見てると心の奥底が揺さぶられるような感じがするな」
「だろうな。俺たち日本人のアイデンティティだ」
「なんだそれ? まあいいや。そろそろ始まるみたいだぜ」
「始まるって? 何が?」
「おいおい『ソヘヴ』恒例のウェルカムバトルに決まってるだろ?」
「そんなのやってくれるのか?」
訊ねると、ウィルオーはちっ、ちっ、ちっと、指を振る動作を見せた。
「事前調査が足りないぜレキさんよ」
「俺、実を言うともともとそこまでこのゲームに興味がなかったんだよ」
「へー、にしては剣をマジマジと眺めてたみたいだが?」
「う……それはほら、やっぱり自分の刀があるってのは、なんていうか、な?」
恥ずかしいところを見られたような気がして、なんだかやたらと面映ゆい。
一方でウィルオーは「気持ちはわかるぞ」と言って達観したように繰り返し頷いた。
「それで、ウェルカムバトルってのは? まあ、名前からしてなんとなくわかるけどさ」
「八尋殿の正面広場でやる新規プレイヤーのみのイベントだ。広場に新人を集めて、エネミーをわんさか出して斬らせるんだ」
「へえ、なるほど。ビッフェ形式なんだな」
「おいたとえたとえ。エネミーをごちそう扱いかって」
「どちらかって言うと前菜かな? メインに手を付ける前の軽めのやつ」
ウィルオーのように事前にイベントがあることを知っている者も多いのか、そわそわし始める。
「でも、こんなすぐにプレイさせてくれるなんて意外だな」
「配信の関係もあるし、運営からしたらなるべく早く慣れて欲しいだろうからな。あとウェルカムバトルはなんだかんだ人気もあるし」
「そうなのか?」
「一期受け入れ、二期受け入れ共々同接30万越えよ」
「おお……! それはすごいな」
ウィルオーとそんな話をしていると、周囲のざわめきが一際大きくなる。
「雰囲気的にそろそろっぽいな」
「いよぉし! これから俺の伝説が始まるッ!!」
ウィルオーとそんな話をしていると、再びスマートグラスを通して音声ナビゲーションが聞こえてくる
『これから、八尋殿正面にある多目的スペースにて、ウェルカムバトルが行われます。それにあたってまず、皆様には各自難易度の設定を行っていただきます。ステータス画面からメニュー画面を開いて、難易度設定の項目をタッチしてください。皆様には『NORMAL』もしくは『EASY』のモードをおすすめいたします』
音声ナビゲーションが途切れると、自動的にウィンドウが現れる。
空中に映し出されたメニュー画面をタッチすると、難易度設定の項目が表示された。
EASY
NORMAL
HARD
他のゲームでもよく見慣れた難易度が画面上に並ぶ。
しかし、レキは音声ナビゲーションのおすすめには従わなかった。
選んだのは「TRULY」と呼ばれる難易度だ。
パワーアシストなし。
致命的な部位への攻撃を受けた場合の一撃死あり。
ペインフィードバック最大程度。
ゲームで設定されている難易度の中でも最もハードなものである。
やはり立ち合いをやるなら、殺るか殺られるかだろう。
迷わずこんな風にしてしまうのも前世の業だなと内心で苦笑しつつ、設定を終了する。
その後、人波に流されるように正面玄関を出る。
ターミナルに沿って歩くと、やがて八尋殿正面にある広場へとたどり着いた。
『プレイヤーの皆様には運営会社『ロンダイト』からプレゼントとして、治療薬5個、アシストエナジー5個、Cドリンク5個、3000VPが贈られます。これらを活用して、今後のプレイをお楽しみください』
音声ナビゲーションが終わると、通知音が鳴る。
スマートグラスの左上隅にあるプレゼントボックスのアイコンが踊るように揺れて主張を始めた。
そのアイコンに指が重なるように空中をタッチすると、
《治療薬5個》
《アシストエナジー5個》
《Cドリンク5個》
《3000VP》
メニュー画面に取得物が表示された。
『それでは、ウェルカムバトル、開催!』




