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第四十五話 善悪を問う者

 ※注意

 

 今話、第四十五話『善悪を問う者』と同じ内容が、次話も掲載されます。

 そちらは僕の他作を読んでいただいている読者様へのファンサービスとなっておりまして、少しお話が追加されている程度で、内容はこの話とまったく変わりません。

 僕の他作品である『異世界魔法は遅れてる!』『そして黄昏の終末世界』を読んでくれている方は、この話を飛ばしてそちらを読んでいただければ、お楽しみいただけると思います。





 時間をしばらく先に進める。



 大の字に寝転んだ屋敷は、天御柱(あめのみはしら)を見上げていた。


 ……レキたちが天御柱に入ってからもうしばらく経った。

 勝敗の如何(いかん)はどうあれ、おそらくは決着がついている頃だろう。

 いまはいたるところに取り付けられたライトが、不自然な明滅を繰り返している。

 これが雷神の力の影響だということは、屋敷にはいとも容易く想像が付いた。



 見上げれば、遠雷が雲の底を光らせている。

 天には雷鳴を孕む黒雲がのしかかり、その間から紫の稲光が断続的に顔を覗かせ、直下にある天御柱はさながら光の蛇にとり憑かれたかのように帯電。バチバチという音と、時折耳鳴りのような甲高い音を響かせながら、その威容を見せつけていた。



神立(かんだち)か……」



 古来より、神は紫電金線(しでんきんせん)の光をもってこの世に降ると伝えられる。



 いなづま。


 いなびかり。


 いなつるみ。


 いなたま。



 それを形容する言葉は数あれど、神に雷電が関連するのは、世界共通のものだろう。



「へ……くわばら、くわばら」



 屋敷はそんな言葉を唱えながら自嘲気味に笑って、過ぎ去ったいつかのことを思い出す。

 ……正しい剣でなければ、剣士の『神』は働かない。

 それが、屋敷が許しをもらう際、師から送られた言葉だ。

 剣を振るう理由は、いつも正しきものであれ。さもなくば心に迷いが生まれ、必ず太刀ゆきは滞り、その隙を突かれて討たれるであろう、と。

 それは二階堂平法剣術の剣士、松山主水が傍若無人な振る舞いの末に暗殺されたことに端を発する戒めの言葉でもある。


 振るう剣はいつも正しくあれ。だが決して、剣が正しさに囚われてはならないのだと。

 融通を持たねば、太刀は折れてしまうのと同じ。

 人も善の中に悪を持ち、悪の中に善を持たなければならないと。


 屋敷が刀を打つときもそうだ。

 善も悪もすべて呑み込んで、ひたすらに打ち続けてきた。

 だからこそ今回のことも、悪行のその先にある正しさのために、動いたはずだった。

 だが結局は迷いに囚われ、その行いは果たせなかった。



 屋敷はふと、レキの言った言葉を思い出す。



 己が斬るべきものを斬る。



 そこには善も悪もなく、ただ振るうために剣を振るうだけだ。

 相手の中身を斟酌せず、斬るか斬らぬかのみを決断する。

 しかしそれも結局は、判断を誤魔化しているに過ぎないのだろう。

 だがそれでも、それのみに拘泥するのなら、斬るべきものを、過たず斬ることができるのかもしれない。



「……俺のやってきたことは、間違いだったのかねえ」



 屋敷は大の字に寝ころんだまま、誰に言うでもなく、空に向かって呟く。



 自分がこれまでやってきたことは、意味のないものだったのだろうか。


 自分がこれまで信じてきたものは、価値のないものだったのだろうか。



 そんなことを、自問のように繰り返していたそのみぎり。

 その問いかけを否定するかのような言葉が、夜空の底から落ちてきた。



「――屋敷冥加。天運は巡り巡るものだ。(なれ)が正しいことをしてきたのならば、必ずそれは結果となって汝のもとへ返るだろう」



 それは、建物の屋上に立っていた【白騎士(シロキシ)】ハクヤのものに他ならない。

 正しいことは、結果となって返ってくる。

 その言葉の通りであれば、答えはやはり一つだろう。



「なら、やっぱり間違いだったってことになるな。俺は正しいことをしてきたなんて、これっぽっちも思っちゃいねえよ」


「それは、()()()()()()()()()というだけであろう? ならば、それは善悪を判じるには偏りにすぎている」


「……あ?」


「屋敷冥加。要はその善悪を判断するのが、一体誰なのかという話だ。吾か、汝かそれとも世俗の民草なのか。たとえそれを判じることができたとしても、それは通俗的なものか、社会的なものかに落ち着くものであって、真に善悪を論じたものではない」


「剣士ってのは、人の想いを踏みにじっていかなきゃならねえ生き物だ。武術はどう取り繕っても暴力なら、結局は悪であって、間違いなんだろうが」


「剣士であるということがそもそもの間違いであるのなら、汝だけでなく、吾も不破の雷神も、すでに血だまりに沈んでいるであろう。だが、(なれ)も吾も雷神も、こうしていまも命脈を繋ぎとめている。ならば、それが変えようのない事実であり答えよ」


「それが、アンタが剣の道を歩いて出した答えってヤツか」


「そういうことだ」



 屋敷はハクヤの言葉を聞いても、軽々に得心に至ることはできなかった。

 当然だ。その答えは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 前世と合わせて百年にも満たない屋敷の経験では理解はできても、受け止めることはやはり難しいものだった。



「…………白騎士、だったか? いや、違うな、アンタは――」


(なれ)の考えている通りであろう」


「っ、とんでもねえのが紛れ込んでいやがったってわけかよ」


「なに、いまの世では、吾のような存在など化石でしかない」



 屋敷とハクヤがそんな話をしていた折、天御柱(あめのみはしら)から一人の男が現れる。

 追って脇から、見慣れぬ集団が走ってきた。

 彼らは屋敷たちが身にまとっているものとは別種の、都市迷彩を施した戦闘服を着用しており、動きも訓練されているのかこなれた様子である。



 それを見た屋敷が、眉をひそめる。



白夜聖(びゃくやひじり)、あちらさんはアンタの知り合いか?」


「あれは吾とは関わり合いのない者どもだ」



 やがて天御柱から現れた男が屋敷に近づき、容体を訊ねる。



「怪我の具合はどうだ?」


「おいおいおい、お前は……」


「まあ、なんだ。俺も一応同志みたいなものだ」


「同志だって? お前どこの過激派だ?」


「その話はおいおいな」



 男はそう言うと、追って現れた者たちに目を遣る。

 屋敷もその視線を追うように、目を向けると。



「ヤシキ」


「……ちょっと待ておい、お前らまさか!」



 屋敷には現れた数人の顔に、見覚えがあった。

 その者たちは、あのとき屋敷が立場を顧みず助けに走ったときの、生き残りたちだったのだから。



「お前ら、どうして……」


「あのとき、お前は俺たちを助けてくれた。だから俺たちも助けにきたんだ」



 あのときの恩を忘れなかった。だからこうして過激派に身をやつしてまで現れたというのか。

 屋敷が驚きで言葉を失っていると、再び声が天から降ってくる。



「屋敷冥加。先ほども言った通り、天運は巡り巡るものだ。お前の善行が、お前を(たす)くということだ」



 それは、先ほど口にした言葉の続きだったのか。

 白フードの奥にかすかに見えるその瞳は、世の何もかもを見透かしているかのよう。千里先を見通す目。まさしく天眼通とも言えるだろう。



「へ……」



 屋敷は身体を支えられながら、その場に立ち上がる。

 しかしハクヤは、何をしようともしない。

 そんな剣士に、屋敷が訊ねた。



「俺のことを見過ごしていいのかよ?」


「構わぬ」


「俺は過激派だぜ?」


「吾にとっては同じ人の子。所在のあれこれなど些細なことよ」


「アンタはなんのために動いているんだ?」


「そんなものは知れたことよ。吾の剣が五剣の一つである以上、為すべきことは一つだ」


「日本のためか? なら、それは良い手じゃねえんじゃねえのか?」


「先ほど不破の雷神も口にしたはずだ。敵は斬らねばならぬと見定めたときに斬ればよい」


「一応、俺はそうじゃねえ部類ってことか」


「そういうことだ」


「もしかしたら、それも変わるかもしれねえぜ? そんときはどうするんだ?」


「知れたこと。吾の前に立ちはだかる者は、ことごとく斬るのみよ」


「あんたが言うと笑えねえ」



 屋敷は肩をすくめると、倒れている樫野や仙波に目を向ける。



「すまねえが、生きてる奴は」


「こっちで回収していく。心配するな」



 天御柱から出てきた男が手振りを交えてそう答える。

 そうして、屋敷が連れられて行く中、ハクヤが彼を呼び止めた。



「屋敷冥加」


「あん?」


「これを飲み下すがよい」



 ハクヤはそう言って、屋敷に向かって包み紙を一つ投げて寄越す。

 屋敷が包み紙を開くと、そこには黄色い丸薬が入っていた。



「こいつは?」


「金丹だ」


「はぁ!? おい金丹ってちょっと待、ごほっ、ごほ……!」



 さすがの屋敷も驚きでむせ返る。金丹。それは不老不死の霊薬と呼ばれるものだ。

 そんなものを突然渡されたときの衝撃は、推して知るべし。

 だが、ハクヤは屋敷の予想を否定する。



「早合点だな。いくら金丹だろうと仙人が飲み下さなければ不老不死にはなれぬ」


「……驚かすんじゃねえよ」


「だが、その程度の傷ならたちどころであろう」



 屋敷は丸薬を乱暴に口に放り込むと、そのまま飲み下した。

 すると、彼の身体についた傷がみるみる内にふさがっていく。それこそ魔法でもかけたかのように、たちどころに。


 天御柱から出てきた男は、その様子を見て目を丸くする。



「随分と性能のいい治療用ナノマシンだな? 金丹とか言ったが、一体どこ製だ?」


「んあ? いや、これは……まあいいか。つーか白夜聖、なんで雷神に渡さなかった?」


「不破の雷神には不要だろう。あ奴は剣で斬られなければ死なぬゆえな」


「そいつはまた……アンタが言うと説得力あるな」



 そんな会話のあと、ハクヤが口を開く。



「それと、(なれ)に一つ、申しつけておくことがある」


「そいつは?」


「屋敷冥加。なお精進するがよい。刻はすぐそこまで来ている」


「刻だと? こうして人の世がまだ続いてるなら、黄昏はもう終わったんじゃねえのか?」


「人の滅びは黄昏だけではないということだ」


「人の滅びか……」


(なれ)も諍いや争いを危惧していたのだろう? それがいま目の前に迫ってきているというだけの話だ」


「おいおい……」



 ハクヤの言葉に、屋敷は少なからず驚きを抱く。

 確かに、屋敷も危惧があったからこそ、この日こうして戦った。

 だが、ハクヤの口にした言葉は、それを遥かに超える事態を憂慮してのものだ。

 であれば、今後は思っていた以上に、スケールの大きなことになるのではないかと。


 いや、それもそのはずだろう。今日一日で五剣の内の()()が揃い踏み、さらには一刀と呼ばれる雷神が咆哮を上げたのだ。

 いつの時代も、五剣と一刀が揃ったときは、大きな危機が訪れたという。

 そしてそれを未然に防いできたのもまた、五剣と一刀だったのだと。



 ……その言葉を最後に、【白騎士】ハクヤは石膏像のように黙り込んでしまった。

 これ以上、語り掛けることはないということだろう。



 そんな中、天御柱に向かう道路から小さな影が現れる。

 そのぴょんぴょん飛び跳ね走る様は、はしっこいウサギのようにも見えた。

 それは、しばしの間ハクヤの姿を見上げたあと、天御柱から出てきた男の方を向いた。



「拓真兄。こっちはクリア」


「そうか。行きな」


「わかった」



 どこか眠たげで、感情の乏しい声音だ。それに応じた男の方も、声はどこか冷ややか。



「やれやれ、どいつもこいつも裏の顔を持ってるってことか」


「誰だってそうだろ」


「そうかよ。じゃあ、どこへなりと連れてってくれ」



 天御柱から出てきた男――少女から拓真と呼ばれた人物が、屋敷に訊ねる。



「……中のことは聞かないのか?」


「奴が金丁までしたんだ。約束は守るだろ」


「金丁……確か刀の鍔と鞘を打ち当てる武士同士の誓い、だったか?」


「……へぇ? お前さんよく知ってるな」


「死んだ親父から聞かされた覚えがあるってだけさ」


「じゃあお前さんはご同類じゃあねえのか。だが、伝えられてるってことは」



 そんなとき、屋敷はふと目に映った拓真の得物を見て、思い立つ。



「――陽炎と、ほうらいじまを、切り裂くは」


水面(みなも)の月を、(さら)うばかりか……だったか」



 上の句を詠むと、下の句が詠まれる。それを詠んだのはハクヤではなく、拓真と呼ばれた男だった。

 これで()()だ。いよいよハクヤの言葉が信憑性を帯びてきた。



「あんたはあいつ……白騎士のこと知ってるみたいだが、あいつは一体なんなんだ?」


「あれか、あれはいわゆる、剣聖ってヤツだ」


「剣聖か。世の中そう称してる奴はわんさかいるけどな。十三代目剣聖とか剣聖乙海阿久だったか?」


「は――そんなよくわからねえ似非(エセ)共と一緒にするな。あそこにいるのは正真のそれだ。行き着き過ぎて、未来まで見えてるんじゃねえかってくらいの怪物だぞ」


「…………へえ。そいつは面白そうだ」



 拓真は屋敷の言葉を聞いて、心底面白そうだというように片笑みを作ったのだった。




 次話はほぼ同じ内容なので、飛ばしていただいて大丈夫です。

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