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第四十二話 屋敷との戦い



「ひゅ――」


「コッ――」



 お互いの口から、吸気の音が同期する。



 数瞬、それに遅れて刀と刀がぶつかり合い、火花が散った。

 放電が生む光が夜に明滅する様は、先ほどのスカーレットとの戦いの焼き直しのよう。

 そのときと違うのは、屋敷が二刀の使い手であり、持ちうる経験値が彼女とは段違いだということだ。

 他者からすれば、その応酬は銀色の光がきら、きらと瞬いているようにしか見えないだろう。



 屋敷は右に本身の刀を持ち、左に小太刀を持つ。

 二刀を自在に振るい、一方でレキは屋敷の剣撃に対応する。


 両者は一度示し合わせたように離れると、お互いの裏を取らんと走り込む。



 間境を慎重に測りながら。


 遠間からの攻撃にも気を配りつつ。


 しかし、思い切りの良さは失わないようにして。



 レキは機を見て突っ込むと、衝突の手前でさながらスライディングをするかのようにアスファルトの上を滑った。刀は寝かせ、まるで脛を駆るような滑り込みだ。

 しかし屋敷は軽快な跳躍を以てそれを回避、そしてすぐに反転。

 レキも屋敷の剣の機微を読み、すぐさま立ち上がって翻る。



 しかしてレキのその目に映るのは、二刀流の左脇構えの型を取った屋敷の姿。

 振り上げた左の刀に目が行くが、本命は身体の左側に隠すように伸ばした右の刀である。



 ――二階堂平法、一文字。



 レキがその技が来ると踏んだ直後、目に留まらぬほど速く鋭い横薙ぎの一閃が、彼の右半身を脅かす。

 レキは刀を盾に、屋敷の一文字を受け止め、そこから刀を受け流すように外す。

 そして、お互いそのまま進行方向へ抜けて行った。



 距離が開いたことを見計らって、お互い止めていた呼吸を再開する。



「――は!」


「――ふ……」



 レキが刀を上段に掲げた直後、屋敷がさながら四つん這いの如く身を低くして吼え声を上げた。



「キェエエエエエエエエエエエエエエ!!」



 それは、絹を裂くような甲高い奇声だった。

 張り上げた絶叫が音波と風圧となって、周囲のものに襲い掛かる。

 相手を委縮させ、動きに空白を生じさせる絶叫だ。

 直後、屋敷が弾かれたように飛び掛かってきた。



(シャ)ァアアアアアアアアアアアアアア!!」



 身を大きく越すほどの跳躍から、屋敷が繰り出したのはバツの字を描くような斬撃だ。

 レキは屋敷のクロスされた刀を受け止める。

 しかしてお互い、体勢は鍔迫り合いのまま。



「猿叫と四つん這いからの飛天……そうか! 猿飛の屋敷か!」


「は――彼の雷神殿に名を知られているとは、光栄なことだ」


()()で、とびきりの刀を打つっていう刀匠だ。なるほど、その刀も自前のものか」


「欲を言やあ白鋼で打ちたいんだがな」


「だが、あの時代の最高峰と言われた名工が、いまやテロリストとはな」


「まったくだ。人生わからねえもんだ。その辺りはお互い様よ」



 そんな会話をかわしたあと、お互い弾かれるように離れる。

 まるで磁石の同極を引き合わせたかのように、示し合わせた離脱。

 これもお互いがお互いの息を読み合った結果だ。それが少しでもズレてしまうと、生まれた隙に付け込まれ、斬られてしまう。



 レキも屋敷も足を止めず、ひとところに止まらないよう動き続ける。

 素早い動きは当然として、飛びを織り込み、緩急を心掛けながら。

 時折パワーローダーの残骸が間に挟まるよう動きつつ、屋敷の動きを観察する。



「…………」



 屋敷の動きから、一見して規則性などは測れない。

 (つまず)くような足取りは、蹌々踉々(そうそうろうろう)。酔っ払いの千鳥足のように見えて、しかし爪先はまるで床をしきりに探るような気配を匂わせる。猫足だ。足運びが軽快で、変幻自在。かと思えば四つん這いにでもなるかのように身を低くして、飛びかかってくる。


 相撲の蹲踞をさらに前傾姿勢にした状態でも、さながら足の指で地面に掴まっているかのように盤石だ。まるで蛸足。だが、一度地に足を着けば、弾かれたように飛び出してくる。びゅんびゅんと風を切って跳ね飛ぶさまは、まったく猿飛の異名をとるに相応しい。



 レキが屋敷の動きを推し量っている最中、屋敷の両の刀の切っ先が、ふいに規則性のない動きを見せる。波間に揺らめく水泡(みなわ)ような、ゆらゆらとした不規則な動きが、レキの瞳に映り込んだ。



「お猿畠の大切岸よ」



 屋敷はそんなことをうそぶく。彼の切岸と言われれば、白い波を描くような崖を思い出す。揺れる波のような剣尖(けんさき)の動きを、その断崖地形にたとえたのだ。

 屋敷の一文字が蜃気楼のように揺らめく。

 レキはその不規則めいた剣尖(けんさき)を紙一重にかわした。

 しかしわずかに見誤ったのか、レキの肩口が浅く削がれる。



「ち――」



 口から悪態を漏らしつつも、下段から返礼の一撃(きりあげ)を放つ。

 屋敷はそれを後方宙返りの要領で回避。そのまま滑るように距離を取った。



(ここに来て消耗が嵩んでくるか……)



 ……スカーレットとの斬り合いを含め、身体には掠ったような傷がいくつか。切り傷に関しては、いまだ危惧するようなものではないが、多くなればそれだけあとに響いてくる。

 まだ敵が天御柱内にいるということを踏まえると、これ以上の損耗は避けなければならない。



 合間、レキは月に映し出された影を見遣った。

 やがて周りの景色がほの暗くなる。水の上に、月が浮かんだ。

 屋敷の水月は、庭池に浮かぶ三日月の相を呈している。刀はぎらぎらとした光を反射(はね)、猟欲の高まった屋敷。反して風雅な庭池が、屋敷の剣が趣き高いことを示している。高級な剣を学んだ者しか持ちえない厳かな風流がそこにあった。

 なるほどこれならよい剣を打てる。兼光という宝刀がなければ、一振り頼んでいたかもしれない。それくらいに、嘆息が出るほどの趣があった。



 一方で屋敷もレキの水月を見ているのだろう。



「新月は闇に隠れるが、お前の朔は月暈がよく輝いている。闇の内に光があり、光の内に闇がある」


「真っ暗闇にはできなくてな。そっちは音無の剣士(さっきのおんな)にはかなわんよ」



 剣士が見せる水月は、個人によってまちまちだ。

 ユウナの映す月は繊月だった。いまだか細く、消えてしまいそうなほどだったのを覚えている。

 リンドウは弓張り月だ。正確な線を引き、規則的に、正しく生きてきたことを示している。

 サラのものは赤い三日月。美しいにもかかわらず、不吉さをまとうのはなにゆえか。

 白騎士ハクヤは、枯山水に浮かぶ満月だ。朧がかった巨大な朱塗りの月が、千畳敷の白砂の上に、重しのように鎮座している。

 意外なのはウィルオーだろう。映し出された水月は、真砂の浜の波打ち際。わずかに欠けた月が波間にゆらゆらと揺らいでいる。寄せ波と引き波で、間境が杳として知れない。



 ともあれ、気にするのは屋敷の剣だ。

 目に見える野性的な部分に気を取られると、実際の彼の趣高い風雅な剣に囚われる。



 猿叫。


 跳躍。


 獣思わせる動き。


 惑わすように揺らめく剣閃。



 それらはすべて、まやかしなのだ。そうでなければ、いまの数度のぶつかり合いの内、喧嘩臭い当て身や体当て、蹴り足が少なからず入れられていたはずである。しかし、屋敷は頑なに剣技のみにこだわった。それは、位の高い剣士にありがちなスタンスでもある。



 ……屋敷の揺らめくような剣撃に、対してレキは掣電(ひくいなずま)を以て応じる。

 この剣技は、有体に言えば相手に素早く斬りかかるというものだ。

 きらめくいなずまが駆け抜けるように、一打一足の踏み込みでなく、一打する間に三足動かすこの足運びは、素早く相手の間合いへと入り込める。



 右足を大きく踏み出し、左足を滑らせるように前に伸ばして、さらに直前で強く右足を踏み込み――そして斬りかかった。



 鍛え抜いた両腕と両肩、背中が途方もない剛力を生む。

 切っ先が音速を超え、発生した衝撃波が空気をしたたかに打ち鳴らした。



 一方で屋敷はその機を正確に読んだのか。目に捉え切れないはずの掣電ノ太刀(ひくいなづまのたち)を回避する。



「疾雷刀か!」


「新陰流の剣を意識した覚えはない」



 そういったものならば、相手の左手首を刃で押さえるか、引き斬って喉へ切っ先を突き上げるのが常道だろう。



 数合ののち、ふと屋敷が刀を顔の前に立てて、左手を添えた。

 すくみの術だ。江戸時代初期の剣客、松山主水が使ったという二階堂平法剣術の絶技。

 左手を刀に添える。手のひらを下向きに突き出す。二階堂平法の剣士がそれらの動きを見せた折、気を付けなければならないという。

 そのうえ屋敷のそれには『おまじない』も組み込まれているため、術は強固だ。



 水月を幻視させる剣士のみに許された驚異的な洞察力が、レキの目に『見えるはずのないもの』を視覚させる。

 可視化されるのは、不動明王の羂索(けんさく)に他ならない。式に、不動金縛りを織り込んだことで、こんなものが見えてしまうのだろう。縦横無尽に飛び交うそれらは、すべてがレキの元へと向かって行く。



 これに囚われたら最後、動けないまま斬り殺される。

 いまは雁字搦めにされているウィルオーたちのように。



 レキは目蓋を伏せると、静かに真言を呟いた。



「ナウマク、サラバタタギャテイビャク、サラバボッケイビャク……」



 レキは火界咒(かかいじゅ)を唱え切ったあと、豁然(かつぜん)と目を見開く。



天魔外道皆仏生(てんまげどうかいぶつしょう)四魔三障成道来(しまさんしょうじょうどうらい)魔界仏界同如理(まかいぶっかいどうじょり)一相平等無差別(いっそうびょうどうむさべつ)、天魔外道皆仏生……」



 レキが呪文を繰り返し唱えていると、幻視された羂索が彼を捕える寸前、叩き斬られたようにはじけ飛んだ。



 遠間には、にやついた屋敷がいた。



「――おかしな小細工はやめろ猿飛。俺は剣で斬られなければ死なないぞ」


「雷神が魔界偈(まかいげ)を唱えるたぁどういう風の吹き回しだ? 神さまが仏さまを拝むのかよ」


「日本じゃ神も仏も同じようなものだ」



 術を弾いたものの、屋敷に、すくみの術を期待していた素振りはない。

 ということは、斬り合いの最中の悪戯じみた行為だったのだろう。



「キェエエエエエエエエエエエエエ!!」



 屋敷は猿叫を発すると、『飛天』を繰り出し、レキの頭上の死角を押さえんと跳躍。

 一方でレキはその飛行を打ち落とさんとするように、突きの体勢を取った。



「迂闊だぞ! 猿飛!」


(シャ)ァアアアアアアアアアア!!」



 レキは刀を倒して寝かせ、上から迫る屋敷に平突きを見舞う。

 滞空中は回避が難しく、できたとしても横にかわすほかない。

 ならば、突いたあとから横薙ぎに変化できる平突きを選択するのは、当然の一手と言えるだろう。



 レキの鋭い突きを、屋敷は身をひねってかわす。

 直後レキは突きを横薙ぎに変化。屋敷は刃から身を守るように片方の刀でレキの刀を受け止め、もう片方の刀でレキに斬撃を見舞う。

 レキは刀から逃れるようにその場で旋回。屋敷の斬撃を回避すると、彼の着地のタイミングに合わせて剣撃を繰り出した。

 真っ向の剣は、すぐに防がれるが――レキの攻撃は止まらない。屋敷が守りに出した刀に、連続して剣撃を打ち込み始めた。



「ッ――!?」



 レキはそのまま、苛烈に攻める。一度相手が守りに入れば、態勢を立て直す暇も与えず立て続けに打ち込んで押して押すのが剣術の常道。刀を懸河のように打ち込み、相手の態勢を崩し切り、そして斬り伏せるのだ。



「ぐっ、う……」


「――はっ!」



 屋敷の表情が苦悶で歪んできた折、レキは最後とばかりに、上段の一撃を見舞う。

 素振りを実直に続けてきたレキの技は、屋敷の腕に確かに過剰な負荷をかけた。

 このまま折り敷かんとするような重圧に、屋敷の手腕が震え始める。



「この、バカ力かよ……!」


「剣の極意は、真っ向からの斬り下ろしだ。そして真っ向からの斬り下ろしは、剣士が最も鍛錬を積むもの。だからこそ、これまでこなした数が物を言う」



 屋敷が逃げられないよう、刀に刀を貼り付け、押しに押す。相手の刀を逃さない様は、それこそ漆膠(しっこう)の如く。

 そんな中、レキはタイミングを見計らって、刀を外した。

 一方で屋敷は突如として力を緩められたため、抵抗していた反動で身が大きく跳ね上がる。



 がら空きになった腹部に、レキの蹴撃が襲いかかった。



「っ、ぐぅ――」



 レキは追撃に追い足をかけるも、そこは猿飛の異名が勝るか。レキの疾雷の如き踏み込みから、ほぼ事前動作のない跳躍を以て離脱する。

 レキはその跳躍に感嘆の声を漏らした。それは紛れもない称賛だった。



「……こんな形じゃなければ、楽しい勝負になったのにな」


「っは……ままならねえって? そりゃそうだ。世の中、何もかにも上手く行くようになっちゃあいない」


「そうだな。だからこそ、こんな世の中になったんだろうな」



 レキの体力も損耗しているが、屋敷もかなり息が荒い。いまので体力をそれなりに消耗したか。

 レキは提案を持ち掛ける。



「猿飛、この辺り退いて欲しいんだが?」


「そういうわけにもいかねえ。黙って見ていた手前言える立場じゃねえんだろうが、くたばった同志どもがいる以上、退くわけにはいかねえし、なにより」


「なんだ?」


「俺にも、守らなきゃならねぇものがあるのさ」


「守らなければならないもの、だと?」


「そうよ。俺みたいな人間にも、果たさなきゃならねえ義理(やくそく)ってもんがあるんだよ――」



 屋敷はそう言うと、己を奮い立たせるように、再び刀を構え始めた。






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[良い点] 義理はねえ、大事ですよねえ。
[気になる点] 金縛り組『見えない……』 ガンカメラなのかドローンなのかよくわからんです……。(未確認)
[一言] まさか剣士で刀匠 報酬が刀って変わっているなって思ったら 名工の一振りなら納得ですね! 屋敷はここで退場するには惜しいですね
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