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第四十一話 剣士は、剣を抜いたその場所こそが――

変なところを修正しましたー



 天御柱前の広場は、すでに血の海だった。



 辺りにはレキに斬られたテロリストたちの頭や手首、胴や足が転がり、パワーローダーの残骸はむき出しの配線部分が電気で弾け、白煙を上げている。



 場に残ったテロリストのうち、満足に動ける者は屋敷のみ。

 樫野はと言えば、レキの峰打ちを受け、まともに動けず地に伏している。

 打撃がしびれとして一時的に残るため、当分は動くことはできないはずだ。



 レキが屋敷の方を向く。



「テロ屋にしては随分と派手なことだ。革命家でも洒落込んでるのか?」


「そういうわけじゃねえよ。だが……ま、これも人類のためって奴だ」


「人類のため? たかがゲームのメインフレームなんぞにちょっかいを出すのが、人類のとやかくにどう繋がる?」


「そっちじゃねえ。ここにあるのは、それだけじゃないのさ」


「……? ゲーム以外に、ここに一体何があると?」



 そんな話をする中、声を上げたのは樫野と呼ばれた男だ。

 夕電ノ太刀(せきでんのたち)を受けたせいで、顔に脂汗が滲んでいる。



「ここにあるのは、計算機共が人類を支配するために使う人工躯体だ!」


「は?」


「なに?」



 その話に声を上げたのは、ウィルオーやリンドウだ。



「おいおいそれはいくらなんでもSF映画の見過ぎだろ?」


「過激派の根拠のない妄想か。話を聞くだけメモリ容量の無駄だな」


「事実だ! ここの地下には違法な人工躯体が貯蔵されている!」


「確かにそんなバカな話があるか……って話だが」



 レキはその真偽を確かめるように、屋敷の方を向く。

 すると、屋敷は肩をすくめて答えた。



「これが本当の話でな。ここには人工躯体があるうえ、それを作製するための違法な製造プラントまで設置されてるんだ。それも、帝王重工製のな」


「帝王重工製だと?」


「そうさ。だから桂木が動いた。道理じゃねえか?」



 帝王重工の名前が出たためだろう。これにはリンドウが反応する。



「この期に及んでそんな虚言がまかり通るとでも」


「お前は信じられねえだろうが、()()()()()()()()()。間違いねえ」



 レキたちがこの場にたどり着いた折、屋敷はスカーレットと共に天御柱から出てきた。

 ならば、別段嘘を言っているわけではないのだろう。

 ブラフにしては、あまりに突拍子もない内容だ。



「だから、それで人工躯体とプラントをメガフロートごと沈めると?」


「そうだ! そうしなければ……我ら人類はいずれ計算機共に……!」



 樫野が咳込む。語気を強くし過ぎるあまり、(むせ)てしまったのだろう。

 レキが屋敷に訊ねる。



「あんたもそれが理由で戦うのか?」


「意外だろ? それが実際そうなんだよ」


「そうか」


「淡白だな。お前さんは気にしないのか?」


「俺には関係ない話だからな」



 レキが冷淡に言い放つと、樫野が色めき立つ。



「貴様ぁ、我々人類の未来がかかっているんだぞ!? それでもそんな他人事のような態度を取るのか!」


「だからと言ってテロ行為を容認するのは違うだろう。それに、実際それをお前らが言ってる『人間を支配する』とかいう理由で使うのかどうかもわからないだろ」


「腕時計共のやってることくらい、誰もが知っていることだ!」


「俺も悪名は良く聞くな」


「そもそも違法な人工躯体がある時点ですでにおかしいとは思わないのか!」


「だからと言って関係のない人間まで巻き込むのは違うだろう。ここにいる奴らは、何も知らないでゲームを楽しんでいる連中ばかりだ。その邪魔をするだけならまだしも、それじゃあ無粋を通り越してるぜ?」


「だから見逃せというのか!?」



 レキは呆れのため息を吐く。これではどこまで行っても話は平行線だ。

 そんな話の中も、屋敷が鷹揚に歩いてくる。



「樫野」


「屋敷! お前もなにか――」


「お前はちょっと黙っとけ。奴にそんなことを言っても無駄だ」


「だが!」


「時間稼ぎににしちゃあ能がねえな。あの男、必要な情報を取り終えたらすぐさまお前のこと斬って捨てるぞ」


「うぐっ……」



 言葉に詰まった樫野に、屋敷はさらに続ける。



「行き過ぎた剣士ってのは、思想を持たない。思想に縛られれば、正邪を持つ。正邪を持てば、迷いが生まれる。切っ先を研ぎ澄ませた人間は、総じてそれらを持たないものだ。なら、立ち合えば何事も切り伏せて乗り越えるしかないってわけよ」


「そういうことだ」



 レキが屋敷の言葉に同意すると、樫野が呻く。



「っ、屋敷……」


「俺がやる。樫野、お前はそこでおねんねしてな」



 やがて、屋敷がレキの前に立った。

 しかしてそんな男は、何を思うか。戦いを観覧していたときの喜色はどこか薄れ、表情はどことなく硬い。ということは、立ち合いを求める高揚と、テロリストとして存在する理由が、せめぎ合っているかもしれない。



「……人類のため、なんて言い訳はしねえよ。ここにあるのは、勝ちか負けかだ。俺が勝てば島は沈む。お前が勝てば止めればいい」


「それが道理だな。議論で時間を浪費するよりも、確かにそっちの方が効率的だ」



 レキも屋敷の動きに合わせて前に歩み出る。

 そんな中、建物の上から呼びかけが落ちてきた。



「屋敷冥加」


「おっとなんだ? 白騎士さんとやらは俺のこともご存じなのかよ」


「そうだ」


「何か用か?」


「聞いておけ」



 屋敷は再度訊ねようとするが、ハクヤが先んじて口を動かした。



   いかづちの ひらめくさまを しかと見よ

           まじろぎの間に 太刀ははたたく



 それは、ある剣術流派の深奥を歌ったもの。

 そう、レキの修めた剣術に他ならない。

 だが、屋敷はそれを気にした風もなかった。



「いまさら言われずともよ」


「そうか。知っていたか。ならばもう何も言うまいよ」


「訊きたいんだが、アンタは一体どっちの味方なんだい?」


「どちらでもない。剣士であるかぎり、みな吾の敵だ」



 白騎士はそう言うと、口を閉じる。その静けさは、まるで石膏像のよう。



「――ま、そういうわけだ。ゆえに鳴守靂。貴様に尋常なる立ち合いを所望する」



 屋敷はそう言うと、二つの刀を鞘から引き抜いた。

 片方の切っ先を、レキに向かって差し向ける。



「ご指名か」


「ここまで待ったんだ。当然だろ」


「…………」



 レキも無言のまま、刀を構える。

 そんな風に、お互いの意志が統一された折、ふいにウィルオーが声を上げた。



「おい、まさかレキお前、一対一でやるって言うんじゃないだろうな!?」


「ん。尋常なるなんて言われちゃあ受けるしかないだろうよ。これに乗らなきゃ俺は二度と剣士を名乗れなくなる」



 ウィルオーの訴えに、リンドウやサラも同調する。



「何をおかしなことを言っている! 折角四人もいるんだ! 貴様がそれに乗る必要はないだろう!?」


「そうだ。やめるんだ。いくら相手が強いといっても四人で同時にかかれば……」



 すぐに倒せるとでも、そう言うのか。

 だが、相手はそんな甘い相手ではない。



「四人で同時にかかって、誰もやられずに倒せると? 即興の連携なんてないようなものだし、人間数が多けりゃ無意識的に手を抜く。あの男相手にそれは悪手だ」


「だからって一人でやるなんてのはよ……」


「悪いな。俺はイカレなんだ」



 そんなことをうそぶくレキに、リンドウは怒声を上げる。



「貴様は何を笑っているのだ! 冗談を言っている場合ではないだろうが!」


「ん。俺は冗談を言っているつもりじゃないんだけどな」



 サラも止めにかかる。



「あの男は強い。確かに君の力は驚異的だが、君もさっきの戦いでかなり消耗しているはずだ」


「だから言ってるんだ。あの男を倒すには、死力を尽くさなきゃ倒せない」


「……死ぬかもしれないぞ?」


「そうだな。だけど、死なんていつも隣にあるものだ。事故って死ぬのも病気で死ぬのも運否天賦だ。そうじゃないか?」



 すると、それには屋敷が追随する。



「そうだ。剣士は剣を抜いたその場所こそが――」


「そう。死に場所の定めどころと心得よ」


「剣を抜けば死あるのみ」


「斬られれば死あるのみ」


「人の生は一度きりなればこそ」


「武士道と云うは死ぬこととみつけたり」



 レキと屋敷と、お互い示し合わせたように、そんな言葉を口にする。

 それは、剣を取って戦う者の心構えを説いた一条に他ならない。

 人を傷つける者は自分もまたその刃に斬られる心構えを持たなければならならず、死は常に隣にあると。一度きりの人生を、剣を以て(こころざし)高くまっとうするのだと。



 だが、それを口にするのが過去の亡霊たちとは、随分な皮肉だろう。



「いずれにせよ誰かがこいつの相手をしなきゃどうにもならないんだ。それよりもみんなは先に行ってくれ」


「……わーったよ。死ぬんじゃねえぞ」


「ああ」



 レキはウィルオーの言葉に頷く。

 一方でサラもしぶしぶながら、承諾の言葉を口にした。



「言いたいことはあるが。いまは君の言葉に甘えさせてもらおう」


「皇帝さん、ユウナを頼む」


「……いいだろう。わかった」



 リンドウが了承したのを最後に、三人が動き出す。

 だが、それを許す屋敷ではなかった。



「悪いがそういうわけにもいかなくてな」



 屋敷はふいに片方の刀を立て、刀身に左手を添えた。

 一体なんの真似か。レキが気付いたときには、すでに遅かった。



「っ、まさか――」


「がっ……」


「は……」


「ぐっ、なにが……」



 ウィルオー、リンドウ、サラ。三人の動きが、まるで鎖によって雁字搦めに縛られたように、動かなくなる。



「いいな。腕時計のハンティングロイド共と違って普通のAI知性体は術が効く」


「すくみの術だと……? いや、術をAIにまで掛けられるなど……」


「それだけお人形たちが、人間に近づいているってことなんだろ。エモーショナルエンジンの進化のせいで、おまじないにまで敏感に反応するようになったってわけだ」


「っ、二刀を持ったから二天一流かと思ったが、二階堂平法とはな」


「俺も無粋な真似はしたくはないが――見ていた手前、さすがに足止めくらいはしないと他の連中に申し訳が立たねぇからな」



 レキが三人に向かって叫ぶ。



「三人とも! 気合を入れて動け! これは金縛りの延長線上のものだ! 身体を目覚めさせるんだ!」


「む、むり、だ……うごけな、い」


「これは、どういう……?」


「くっ……うぅ……」


「無駄だ。お前ら四聖八達(ソードオブソード)ならばまだしものこと、只人が俺のすくみに一度かかれば自力では解けん」



 すくみの術。二階堂平法剣術における、仕掛けた相手を動けなくしてしまうという驚異の技だ。三人は二階堂平法の名前はおろか、術の解き方も知らない。だが、レキがいまから三人にそれぞれ活を入れるのも難しい。屋敷はそれを許しはしないはずだ。



「いずれにせよ、お前はいかに早く俺を倒すかしか、選択肢がねえってわけだ」


「…………いいだろう」



 再度、お互いに構えを取る。

 レキは真っ直ぐの中段に。

 屋敷は八文字に。



「不破御雷流八訣刀、鳴守靂」


「二階堂平法剣術、屋敷冥加」



 そうして、お互い名乗りを上げたあと――



「いざ尋常に!」


「勝負!」



 過去の剣士の立ち合いが、いまここに始まったのだった。




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[気になる点] 配信されてるかどうか。 [一言] ……すまぬ、なんかカミナリビカビカしてるだけで何も見えん……。
[良い点] 待ってました!
[一言] 侍道2が好きでした。
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