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第三話 八尋殿へ



・ソヘヴ……大規模対戦型XRゲーム『Swordsman’s HEAVEN』のこと。ソードマンズオブヘブンの略。


・ソキル……『Swordsman’s HEAVEN』の前身であるVRゲーム『Swordsman’s Kill each other』のこと。ソードマンズキルイーチアザーの略。





 淤能碁呂島(おのごろじま)が見えてまもなく、スピーカーから船内アナウンスが聞こえてきた。



『長時間の船旅、ご苦労様でした。淤能碁呂島のスタッフ一同、新規プレイヤーの皆さまのご入島を心より歓迎いたします。淤能碁呂島は各種施設がAR仕様になっておりますので、視覚センサを内蔵されていないプレイヤーの皆様は事前に配布されているスマートグラスの装着をお願いいたします。これ以降、スマートグラスはやむを得ない場合を除き、常時装着されるようお願いいたします』



 スマートグラス。これはゲームプレイに当たって必須となるアイテムの一つだ。

 いわゆる身に付けるタイプの(ウェアラブル)情報端末(デバイス)に分類されるもので、ゲームだけでなく、あちこちで立体映像を使用する未来世界では実生活でも必需品と言えるものだ。

 映像を直接網膜に投射することによって、投影画像を視聴することを可能とし、それ以外にも音声の聞き取りやゲーム内の各種操作まで可能になる。


 耳にかけるタイプで、有体に言えばネクタイピンのようなファッショナブルなイヤホンを、もっとシャープでコンパクトにしたような形状をしている。



 この時代ではウェアラブルデバイスを装着していることが普通であるため、いちいち口頭で注意点しなくても皆わかっているはずだが――これも念のためということだろう。



 やがて高速船がドックに入港し、桟橋に横付けされる。

 船内アナウンスの案内に従ってタラップを下って下船した折、開いた門扉から潮風が吹きつけてきた。



 『Swordsman’s HEAVEN』運営『ロンダイト』の職員たちが、新規プレイヤーのお出迎えのためか、笑顔で手を振ってくれている。



 ふと余所に目を向けると、見知らぬ一団が待機していたのが見えた。



 どうやら出迎えに来た島の職員ではないようで、年齢はバラバラで服装もバラバラ。

 新規プレイヤーが下船し終えると、彼ら彼女らは自分たちと入れ替わるように高速船へと乗り込んでいった。



「あれって退去するプレイヤーか」


「みたいだな。いざこうして帰っていく姿を見ると、なんかちょっとかわいそうな気もするぜ」


「…………」



 そう、彼らはみな島を去るプレイヤーだ。

 前回、前々回の受け入れに合格して晴れて入島したが、島で結果を出せなかった者たち。

 『Swordsman’s HEAVEN』は定期的にプレイヤーの入れ替えを行っており、一定期間の戦績やランキングが規定の数値を超えないと、新規受け入れのタイミングで退去しなければならないシステムとなっている。



 ゲームをプレイできるのは、選ばれた3000人にのみ許される。

 新規プレイヤー1000人に代わって、弾かれた1000人のプレイヤーが退去しなければならないのだ。

 あるいは一位を目指し、あるいは有名プレイヤーとして名を馳せようと意気込んでいたのだろう。みな夢破れ、悄然と肩を落としてタラップを歩く姿は、どことなく寂しさを覚える。



 退去者たちを乗せた高速船がドッグを離れ、やがて巨大な門扉が閉じられる。

 金属の門扉の重々しさは、まるで牢獄のよう。

 島一つ丸ごと刑務所など、アルカトラズを連想してしまう。



 案内に従って特殊合金製の門をくぐると、一緒に行動していたウィルオーが弾んだ声を上げた。



「おー、ここが淤能碁呂島(おのごろじま)かぁ」



 目の前に広がった光景は、島の外から抱いた印象とはまったく別のものだった。

 要塞じみた外観からは打って変わって、南国感あふれるリゾートを思わせる環境が整えられている。



 南国を模したリゾートではお馴染みのヤシの木やソテツが並び。

 大型の噴水や、青くライトアップされた水場がそこかしこに設置されている。

 道路にはいまではめっきり見かけなくなった白線が敷かれ、海外仕様ではあるが、いまはAR表示に取って代わられ失われたはずの道路標識の姿もある。

 脇にはカラフルな屋根を乗せた屋台が立ち並んでおり、その周囲をいかにもロボットという風体の自立機械たちがせわしなく動き回っている。

 昔はリゾートを思わせる光景も、この時代ではすでに時代遅れと呼ばれるものだ。

 本土に戻れば、ネオン輝く白亜の摩天楼に、未来感や清潔感と引き換えにやたらと眩しい建物群が所狭しとひしめき合っている。



 チャンバラゲームのアナログさを強調するため、わざとこのような古めかしいデザインにしているのだろう。



 レキがウィルオーと二人、おのぼりさんよろしく物珍しげに辺りを見回す中。

 ふと、島の中心にひと際高い塔がそびえているのが目に入った。

 一面ガラス製であるためか、カラーはスカイブルーで統一され、違法建築感満載の外観はまるで戦艦扶桑の艦橋のよう。



 天御柱(あめのみはしら)。この淤能碁呂島のランドマークの一つであり、島の中枢を担う建築物だ。内部には島内でゲームを行うためのメインフレームとサーバーが置かれ、地下にはゲームに必要な電力を賄うための核融合炉発電施設が併設されていると、事前に閲覧した電子パンフレットに書かれていた。



「うぉおおおおおすげぇえええええええ!!」



 天御柱を見たウィルオーが、興奮した声を上げる。



「テンション高いな」


「だってよぉ、ここが夢にまで見たソヘヴの聖地なんだぜ? 興奮するなってのが無理だって――淤能碁呂島ァ! 俺はついに来たぞー!」



 ウィルオーはまるで山の上で登山者が叫ぶときのように両手を添えて、思いのたけを張り上げる。ランドマークを目の当たりにしたことで、島に来た実感が湧いたのだろう。



「おいおい」


「そう言うレキはどうなんだよ? 折角の淤能碁呂島、楽しくないのか?」


「俺はまあ……できる奴がいればいいかなって」


「ん? なんだそれ?」



 ウィルオーは言われたことの意図が読めず、眉をひそめる。

 正直なところ、心の高ぶりというものは多少あった。

 これまで、鍛錬以外では剣を振る機会などなかったに等しいのだ。

 中身はなんにせよ、やはり剣を思い切り振り回すことができるというのには興味が引きつけられる。



「レキ、お互い頑張ろうな」


「ああ、そうだな」



 レキはウィルオーとそう言い合う。

 島に来てすぐ、気安く話せる人間と知り合いになれたのはありがたかった。



 ……プレイヤーは淤能碁呂島で生活しながらゲームをプレイする。



 そのためか、まずは運営側から用意された住居に向かうことになった。

 こちらはウィルオーとは別セクションに割り振られたらしい。

 移動用のシャトルバスに乗り込んで、居住地区へ。

 やがておしゃれさ極振りのデザイナーズな物件が見えてくる。

 新規プレイヤーたちに割り当てられたのは、何の変哲もないワンルームだった。

 バストイレ別、防音。無地の白の壁紙に囲まれ、家具も必要分最低限。過去の時代では普通と言われる内装でも、未来世界ではひどく質素だと言えるだろう。

 壁面に巨大なモニターが据え付けられているだけ、豪華だと言えるか。



 ここ淤能碁呂島では、バトルに勝ってランキングを上げることで、より良い住居が提供されるという。プレイヤーの向上心を煽るため、最初は意図的に低いレベルの生活環境が提供されるのだとか。

 プレイヤーの中には、ここでの華やかな生活を夢見る者も多いだろう。

 淤能碁呂島での生活にかかる料金は基本無料だ。

 住居無料。水道光熱費無料。基本的な食事代も無料。科料されるのは、プレイヤーが各自消費する嗜好品くらいのもの。それも、VPという島内の仮想通貨としても使用できる、バトルに勝利したときに付与されるポイントによって賄うことができる。



 スマートグラスに通知が入り、音声ナビゲーションが聞こえてきた。



「これから皆さんにはランドマークであり会場である『リゾートホテル八尋殿(やひろどの)』へ向かっていただきます。そこで本ゲーム『Swordsman’s HEAVEN』についての注意点などの説明を受けたあと、ゲーム開始となります」



 八尋殿(やひろどの)。これはここ淤能碁呂島を代表するランドマークの一つであり、大型宿泊施設だ。造りは豪華で、サービスも豪華。各種施設が併設され、プレイヤーに対するサポートも常に万全の体制を整えているという。

 そのうえ、ここでの食事はすべてオーガニックな食品が提供される。この未来世界では効率食が普及したせいで、生鮮食品は目玉が飛び出るほど高価であり、おいそれと手を出せるものではなくなった。合成食品しか馴染みのない現在の人々には、生鮮食品を好きなだけ食べられる環境は夢の一つでもあるだろう。


 莫大な費用が掛けられているため、ここを利用できる人間は限定され、ランキング上位100名のみとされている。

 それ以外は淤能碁呂島を訪れる招待客や貴賓たちの受け入れに使用されるらしい。



 シャトルバスの窓ガラス越しに見る八尋殿は、さながら巨大なピラミッドを思わせる造形をしていた。まるで前世のドバイにあったような先鋭的な外観の建築物だ。ガラス張りで外壁は清潔感のあるホワイト。壁面はどこも独特な曲線を引いている。

 日本人としては記紀神話から取った名前に合わせて和風建築であって欲しかったのだが、第一次パラダイムシフト以前のデータのほとんどは、大規模な混乱と同時に電脳世界のロスト・シーに沈没してしまったらしいので、日本を思わせるものは全くと言っていいほど存在しない。

 名残と言えば、鉄筋コンクリート製のモダンな建物の外観や、言語と個々人の名前くらいのものだ。



 それ以外の日本の文化はほぼ滅び去ったと言っていい。

 文化だけではない、自分たちを楽しませてくれたサブカルチャーとて、ロスト・シーの奥深くに散逸している。

 前世にあれだけ親しんだものが、ほぼすべて失われているのだ。

 つまらなくはないが、折々にふとした寂しさを抱いてしまうこともある。



 レキは『八尋殿』に到着したあと、再びウィルオーと合流し、説明会の会場へ向かった。

 そこで各種説明を受けたあと、誓約書への電子署名を促された。

 島内でも医療サポートは万全を期しているが、このゲームの性質上、不慮の怪我や事故は起こり得るということ。

 グラス型ウェアラブルデバイスは常に装着した状態にすること。

 公式からの注意を受け入れないプレイヤーには退去勧告がされること。

 最後に、『主催者とスタッフに対して、責任を問うことは~』という文面の同意書にサインをして、説明会は一旦終了した。




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[良い点] ワクワクします
[気になる点] 建物に殿の漢字が入る時は読みはとのではなくでんだとおもうのですが 八尋殿やひろでん ではなく 八尋殿やひろどので いいのでしょうか?
[一言] 食事がカロリーメイトとウィダーインゼリーばっかりとか頭おかしくなるで... 食レポも「ここのカロリーメイトはとても滑らかな舌触りで…」とかになるんだろうか
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