第三十六話 行方を追って
レキとリンドウはテロリストの行方を追って、淤能碁呂島の中心部へと向かっていた。
勢いのままスタジアムを出たものの、どうにも思うように進めない。
自動運転のバスはどれも運航を停止しており、ビークルなどの足もない。コンセプトにより利便性が犠牲になった淤能碁呂島では、足を使って向かう以外に手段はなく、それも港に向かう人波のせいで難儀する始末。
レキたちが向かっているのは中心部にある天御柱だが、港は北部にある。そのため、島の南部から港に避難するプレイヤーたちとぶつかってしまったのだ。
「くっそ、人が多すぎる」
レキは前に進めないもどかしさに歯噛みする。
密集した多人数が動いているため、人の隙間を縫って動くこともできず、押し寄せる人波に呑まれないようにするので精一杯。避難するのがプレイヤーだけであればこうはならないのだろうが、島にはゲームのスタッフの他、協賛企業の人間なども働いている。どこにこれだけの人間やAI知性体がいたのかと不思議になるほど、多くの者たちが港に向かう移動路に殺到していた。
どうするか。この場は一時、経路から外れて動くか。
レキが人の多さに苦慮する中、ふいに人波の圧力が減った。
どうしたのかと周囲を確認すると、一部の者たちがまるで無気力を起こしたようにその場で膝を落した。
項垂れるように肩を落とし、そのままピクリとも動かない。
その様はまるで、バッテリー切れを起こした機械のよう。
よくよく見ると、動かなくなったのはすべて人工躯体を利用するAIたちだった。
「これは……?」
一体どうしたのか。そんなふとした疑問には、リンドウが答えた。
「おそらくだが、オンライン状態のAI知性体に強制スリープ命令がかけられた」
「強制スリープ命令?」
「そうだ。AI知性体は一部の例外を除いて常にオンライン状態にあるのは貴様も知っているな?」
「ああ。AIの基本条約だな。ネットワーク接続の原則……だったか」
「だが、先のヘルマン・ベッカー戦争から、AIの暴走などに即した安全対策のため、ほとんどの国家で、外部からスリープモードがかけられるよう設定された」
「じゃあこれはそれを?」
「その可能性が高い。無論それを行うには高レベル権限が必要になるのだが……」
「日本政府がこんなことするとは……考えにくいな。あと権限を持ってそうなのはテロ対くらいだろうが」
「国際テロ対策機構というのも無理筋だな」
「つまり、これもテロリストの仕業ってことか」
ともあれ、それが事実ということならば。
「ん? ならなんであんたは無事なんだ。さっきのAI知性体のネットワーク接続の原則の話はどうした?」
「私の電子脳は製作目的や性質上、理論を単独で保存する必要がある。状況によってオンラインからのスリープやシャットダウンの指令をシャットアウトできるセキュリティレベル5の権利があるのだ。それも猶予があるという程度に過ぎんが」
「……権限の詳しい話はよくわからんが、いま皇帝さんが動けるのはそれがうまく働いたってことか」
「そういうことだ」
「だがテロリストはなんのためにスリープを?」
「島の警備ロボやセキュリティの無力化のついでだろう。連中とて大量の人工躯体に押し掛けられれば困るだろうからな」
AIたちのボディは、金属繊維や各種有機物、高分子素材をしているため、人間の身体よりも耐久性が高い。そのうえ、中枢たる電子脳は人間の脳みそよりもコンパクトな設計上、致命傷になり難いという。
そんな者たちが行動の制限を解除し、自分の身を顧みずに殺到すればどうなるか。
彼らの動きを止めるには、より高いストッピングパワーが必要になるということを踏まえると、すべて停止させた方が効率的と判断したのだろうと思われる。
レキがリンドウとそんな会話をしていると、ふいに地面が大きく揺れる。
「ち、今度はなんだ……」
それは地鳴りのような音を伴う、横揺れとも縦揺れともつかない妙な揺動だった。
ごくわずかな浮遊感もあり、まるで波に揉まれる漁船の上にでもいるかのよう。
……淤能碁呂島はメガフロートであるため、地震が起こるわけもない。
不可解な事態をレキが訝しんでいると、その揺れの影響なのか地面に傾斜が付いた。
浮体のバランスが崩れ、島の南部が傾いているらしい。
「これは……」
「おそらく先ほどの声明で示唆していたものだろう。テロリスト共が島を沈めるのが本気だということを顕示しているのだ」
「ユウナに無理やりいうことを聞かせた……いや、ユウナごとハッキングしたのか?」
「つまりユウナ・ツワブキはセキュリティレベル7以上の権限を持っている、と?」
「その辺の細かい部分はよくわからんが、そういうことなんだろう」
「こんなことが可能なら、その可能性が高いだろう。先ほどの沈没の話が現実味を帯びてきたぞ……」
リンドウはあからさまに苦い顔をしている。
しかし、セキュリティレベル7とは。
それは未来でもフィクションの中でしか登場しないようなレベルの権限だ。
まさか、本当にそんな能力を持っているAIが世にあるとは思わなかった。
ともあれ傾斜のせいか、人波の動きが鈍くなる。中心部の浮体には影響がないようだが、これでは避難もままならないだろう。
レキとしては自由に動けるようになったため好都合だが、万が一のときを考えると憂慮を抱かずにはいられない。
レキがルートを探していた折のこと。
どこからか、聞き覚えのある声が飛んでくる。
「おーい! もしかしてそこにいるのはレキか!?」
レキが声のした方へ振り向くと、そこにはライトグリーンの派手なアウターを着た青年がいた。
ウィルオーだ。
「ウィルオー? どうしてここに?」
「いや、エネミー狩りでこの辺りをうろうろしてたんだ。そしたらテロリストからの声明はあるわ、急に人の波に巻き込まれちまうわで……」
ウィルオーが頭を抱えて嘆く。様々な出来事が起こったせいで、彼も逃げ遅れてしまったのだろう。
「なあ、これってマジで淤能碁呂島沈むのか?」
「可能性は高いらしい。島のシステムがハッキングされてるみたいだ」
「嘘だろ、こんなんじゃ避難もままならないしどうすんだよ……」
レキがウィルオーに現状を伝える中、リンドウが会話に加わってくる。
「貴様の知り合いか」
「ああ。島に来てできた友人だ」
「うおっ! もしかして皇帝陛下ですか!? サインください!」
有名人がいることに驚きつつも、その場でサインをねだってくるウィルオーに、リンドウは呆れた視線を呉れる。
「……いまはそんなときではないだろう」
「そうですよね! すんません! だいぶ血迷いました!」
ウィルオーはすぐにリンドウへ謝罪する。
彼もこんな状況でもおどけられるということは、まだ余裕があるということだろう。
「でも、二人ともどうしてこんな場所に来たんだよ? 港は反対側だぞ?」
「ユウナがテロ屋にさらわれた。それで、これからテロ屋のいる天御柱に行くところだ」
「は!? え? いや助けに行くってそりゃ無茶だろ……さすがに島の警備とか島外の救援に任せて避難した方がいいんじゃないか?」
「いや、そんな悠長にはしてられない。もう何が起こるかわからないんだ」
レキがそう言うと、ウィルオーが神妙な表情で忠告する。
「レキ。落ち着けって。お前一人が行ってどうにかなるような状況じゃない。相手はテロリストなんだ。危険な目にあうだけだって」
「心配してくれてありがとう。でも、俺は十分落ち着いてるよ」
「おい、だけど……」
ウィルオーが食い下がろうとした折、リンドウが呆れ声で言い放つ。
「その男には何を言っても無駄だ。脳回路のトランジスタが一切機能していない」
「それ、AI知性体で言う『ネジが一本抜けてる』みたいな言い回しか。まあ否定はできないが」
だが、ある意味いまがチャンスなのだ。
AIたちが動きを止めたおかげで動きやすくなった。天御柱に向かうにはいましかない。
「俺たちはこのまま向かう」
「いや、おい、レキお前ほんとに行くのかよ!?」
「ん。ウィルオーはそのまま避難しててくれ」
レキとリンドウが中央区画に向かって駆け出すと、ウィルオーはしばし考えるような素振りを見せる。
そして、
「そんなこと言われて俺だけ避難できるかよ……!」
ウィルオーがレキたちを追いかけ、後ろから付いてくる。
「おい、いいのか? いまから向かう場所は危険なんだぞ?」
「だからってこのままほっとけるか! それに、いまは淤能碁呂島の一大事なんだ! このままじゃイヴちゃんだって危ない!」
「そこはブレないな」
「おうよ! イヴちゃん命だ! それに――」
ふいに、ウィルオーの動きが急加速する。
坂道なのにもかかわらず、驚異的な走力を発揮し、すぐにレキたちの横に並んだ。
「俺だって戦えないわけじゃないぜ!」
「いい動きするじゃないか」
「へへっ、秘密はこれさ」
ウィルオーは悪戯っぽく笑って、その正体を差し示す。
スマートグラスが、ゲーム内アイテム『アシストエナジー』を映し出した。
「なるほど、いまのはハプティックパッド内蔵のアシストを利用したのか」
「そういうことそういうこと。これを使えば太刀打ちできるだろ? っていうかレキお前むしろどうしてこれを使うって発想ないんだよ?」
「俺は使ってもあんまり意味なくてさ……」
「いやレキお前一体どういう身体能力してるんだよ……」
レキはウィルオーの呆れの声を聞きながら、そのまま淤能碁呂島の中枢目指して走り続けた。
●
天御柱へ向かったレキ、リンドウ、ウィルオーの三人。
浮体のバランス崩壊により生まれた傾斜に四苦八苦しながら、しばらく走っていると、やがて淤能碁呂島の中心部に入ったのだろう。坂道のような傾斜がなくなり、地面が水平になった。
中心部には天御柱があるため、テロリストたちもここの浮体の操作はしなかったのだろうと思われる。
主要な道路から外れたおかげか、港へ避難する人間はおらず、レキたち以外の人影はない。それもあって、ハイウェイエリアの下にある建造物群を抜けてからは、テロリストを警戒して身を隠しつつ動いているといった状況だった。
いまは天御柱まであともう少しといったところ。
そんな中、レキたちの耳に争う声と剣撃や銃撃の音が聞こえてきた。
「おい、これって……」
「誰かが争っているな。テロリストの同士討ちを除けば、警備の人間というのが可能性は高いだろう」
「行ってみよう」
レキの言葉に、リンドウとウィルオーが頷く。
音を立てないよう慎重に動きつつ、物陰から顔を出すと、そこではゲームのバトルとは違う『戦闘』が繰り広げられていた。
片や都市迷彩を施した戦闘服を着用した男が四人。アサルトライフルや拳銃を装備しており、先ほどスタジアムで見た者たちとまったく同じ出で立ちをしている。
蒼褪めた手の構成員に間違いない。
片や色素の薄い金髪を結ってまとめた女が一人。顔を隠すバイザー、コスプレじみた鎧ドレス。手には一振りの細身の直剣を持ち、まるでファンタジー系統のゲームに登場するような騎士風の恰好をしている。
装備した自走シューズのおかげか、銃を持ったテロリスト相手でも渡り合うことができているらしい。地面を滑走しているような縦横無尽な機動で、テロリストたちを翻弄。一方のテロリストたちは女の動きに付いていけず、その姿を捉えるのに苦慮していた。
彼女の姿は、レキにも見覚えがあった。以前、妹こころから見せてもらった動画に映っていた人物である【金蓮花】サラ・ミカガミ。ランキングでは第4位に位置する正真正銘のトップランカーだ。
彼女の姿を見たウィルオーが、小さく叫ぶ。
「おおっ! 金蓮花様だ!」
やはり、本人に間違いないようだ。
だが、そうなると不可解な点が出てくる。
「なあウィルオー。金蓮花って確かAIじゃなかったか? だったら動けなくなるはずだが」
「俺もよくわかんね。だけどいまはそんなこと言ってる場合じゃなさそうだぞ」
彼女もリンドウのようにネットワークを自らシャットアウトできる機能が搭載されているのか。それはわからないが、いまは気にするべきは彼女と戦っているテロリストのことだ。
ウィルオーがレキに訊ねる。
「レキ、どうする?」
「加勢しよう」
レキがそう言うと、リンドウが口を開く。
「加勢もなにも、武器はどうするのだ?」
「俺にはこれがある」
レキは袋から持ってきていた振り棒を取り出して、リンドウに見せる。
木製だが木刀と違って太く、鉄芯の入った一振りだ。
「俺もちょうど持ってるぜ! 練習用のちょっと重いやつだ」
ウィルオーもそう言うと、バッグから双剣を取り出した。
彼がゲームで扱うような反りがあるものとは違って、直剣タイプの模造剣だった。
リンドウが半ば責めるように口にする。
「お前たち、そんなものでテロリスト共と戦うというのか?」
「そうだ。そのために来たんだ」
「お、俺も気張るぞ! テロリストがなんだってんだ! こちとら日々何百人も相手にするゲーム実況者だぞ!」
レキが戦う意志を見せる一方、ウィルオーもよくわからない意気込みを口から吐いて己を奮い立たせている。
「……すまんが、私は制限のせいで加勢できない」
「そうか、AI知性体には制限がかかってるんだったな」
「こういうのって、テロリスト相手でも制限されるんだな……」
AI知性体は原則的に、人間に暴力が振るえないよう設定されている。ネットワークの一時的な遮断が可能なリンドウであっても、これからは逃れられないのだろう。
レキは力になれないことに対する謝罪を聞きつつ、ウィルオーと呼吸を合わせる。
「行くぞ!」
「お、おう!」
テロリストたちに向かって、物陰から飛び出した。
固まらず、二手に分かれてテロリストを狙う。
一方でそれにいち早く気付いたサラが声を上げた。
「――!? 何をしている!? 君たち、下がれ!」
「そういうわけにもいかなくてさっ」
「金蓮花さん! 助太刀します!」
サラに言葉を返した直後、テロリストがレキたちの方を向いた。
「増援か!?」
「いや、ただのプレイヤーだ! それよりもあの女AIをっ!」
「たかがゲームのプレイヤー如きが! 邪魔をするな!」
テロリストたちは一時、レキたちの方に気を向けたものの、すぐにサラの方に向き直る。
それでも内一人は、けん制のためにこちらに意識を向けてきた。
照準を合わせようと、拳銃を持った手を動かしている。
そんな中、ウィルオーの動きがさらに加速した。
サラ・ミカガミのように自走シューズを履いているわけでもないのに、尋常ではない機動を見せる。それもアシストの恩恵なのだろうが、目を瞠るのは別の部分だ。
人間、銃口を向けられれば動きが止まるもの。
蛇に睨まれた蛙。
車道に飛び出した猫。
それらのように、身体を硬直させるはず。なのにもかかわらず、こうして停滞なく動けるのは才能なのか。危機的状況のおかげか。それとも様々なゲームをプレイしている賜物なのか。
テロリストはウィルオーの見せるジグザグの走法に狙いを定められず、あっと言う間に肉薄される。慌ててナイフを抜くが、すでに後の祭りだ。
ウィルオーは片方の剣でナイフを弾き飛ばし、もう片方の剣で相手の頭部を痛打する。
そう、同時にだ。
「ぐあっ!」
テロリストが悲鳴を上げて昏倒する。
一方でサラ・ミカガミの動きも相当なものだ。足に装着したシューズを用いて、高速機動を用いて広範囲をカバー。オムニホイールがアスファルトをこするギャッギャっという耳障りな音が辺りに拡散している。
一方でレキの方は、いまだサラ・ミカガミにかかずらっているテロリストの一人に狙いを定めた。
――訓練された兵士は無駄撃ちをしない。
――必ず照準を合わせようとする。
――味方が射線に入れば必ず動く。
――デタラメ撃ちをするのは、頭の中が恐怖に満たされたときだけだ。
――訓練された者は確実に当てようとするからこそ、安全圏が存在する。
そんな経験則を思い起こしつつ、狙いを付けたテロリストが奥のテロリストの射線に入るように位置を取る。
テロリストの一人がレキの方を向いた。
「貴様この前の小僧かっ!」
それは、以前にユウナを攫おうとした内の一人だった。
顔にできた青あざは、レキが以前に殴りつけた部分と一致する。
あのときも手加減したつもりはなかったが、いよいよそういった配慮もいらなくなった。
テロリストがアサルトライフルを構える。
だが、そこはすでにレキの間合いだった。
――不破御雷流、掣電ノ太刀。
繰り出すは都合三つの足運び。
滑るように、飛ぶように。しかし確かに、力強く踏み込んで。
テロリストはレキが突然目の前に現れたことで、反応が追いつかない。
天から迸る稲妻の如き一撃。
レキは振り棒を使ってテロリストの肩先を思い切りぶっ叩く。手加減などの配慮をするつもりはない。骨がひしゃげた感覚が手腕を通して伝わってくる。
「ぴぎゃっ!」
鶏を絞め殺したような悲鳴が口から漏れ出るのを聞きながら、崩れ落ちるテロリストの頭部に横薙ぎの一撃を見舞う。
骨が砕ける音と、生々しい感触。脳漿と一緒くたに吹き飛ばされたテロリストは、地面を二転三転、それきりピクリとも動かなくなった。
二人がそれぞれの敵を倒す一方で、サラ・ミカガミの方も終わっていた。
すでに気を失って倒れている者が一人。
いまし方サラのスタンソードを受けて膝から崩れ落ちた者が一人。
近付いてきたウィルオーが若干気後れしたような声を出す。
殺人を肯定する容赦ない攻撃を見たせいだろう。
「お、おいレキ……」
「テロ屋の安否なんて知ったことか」
「この非常時だ。治安法と照らし合わせても、問題ないとは思うが……」
リンドウはその辺の計算もしてくれているのか。しばしの思考ののち、再び「問題ないな」と口にする。
非常時における殺人の許容。これも、この時代の違うところだろう。変動や戦争のせいで、法律や意識もかなり変わっている。未来世界の日本は以前のアメリカのように自衛のために武器を持つことも許されているため。自己防衛に関連する法律がかなり緩い。
おそらくは今回のことも、お咎めなしで済むはずだ。
「なあレキ。お前、怒ってないか?」
「……そうかもな。はっきり言って目の前が真っ赤だ。こいつらもそうだが、目の前でユウナを攫われた俺も不甲斐ない」
「あの状況では仕方なかったと思うが?」
「それでもだ。やれやれデカい口は叩けたもんじゃないな……」
ウィルオーやリンドウと話す中、周囲を確認し終わったサラがレキたちのもとへと滑走してくる。
「君たち! ここに何しに来たんだ! ここにはもうテロリストの手が及んでいるんだぞ!」
「いえその俺たちは……」
ウィルオーがサラの怒声に気圧される中、代わりにレキが答える。
「弟子がテロリストに攫われたんだ」
「弟子が?」
「ああ。そして、そっちの友達でもある。な?」
「なぜ私に振るのだ! あと勝手に友達にするな!」
レキがリンドウを巻き込もうとすると、彼女が憤慨したように叫ぶ。
「……話はよくわからないが、それは君の関係者ということか?」
「そうだ。だから助けに行く」
「相手は銃を持っている。無謀だ」
「そっちだって対抗する武器は似たようなものだと思うが?」
「私にはこれ以外にも武器はある。君たちとは違う」
話が妙な方向へ舵を切りそうになった折、レキが切り出す。
「サラさん、だったか。あんたも天御柱に行こうとしてるのか?」
「それを知ってどうする?」
「ちょうど俺たちもそこに行こうとしてるんだ。だから協力していかないかって思ってな」
「許可できない」
「ん。そうか。じゃあ俺たちは勝手に行くよ」
レキはそう言って先に行こうとすると、サラが制止の声を上げる。
「おい!」
「俺は弟子を助けたいんだ」
レキの視線を受け止めたサラは、一度大きくため息を吐くと、ぶっきらぼうにそう言う。
「……わかった。どうなっても私は知らないからな」
そして今度はウィルオーの方を向いた。
「そっちの君は?」
「お初にお目にかかります! ランキング、2561位のウィルオーと申します!」
「あ、ああ……よろしく」
サラはウィルオーの勢いに気圧されている様子。一方でウィルオーは瞳をきらきら輝かせており、まるで憧れのアイドルに会ったかのよう。
「君も……彼の知り合いを助けに?」
「えっと、俺はレキたちが行くっていうし、それに、島が沈むっていうので」
「そ、そうか……」
サラはウィルオーの困ったような苦笑いを見て、なんとも言えない声を出す。
次いでリンドウに視線を向けると、リンドウは肩をすくめた。
まるで「困った子供の相手をしている」とそんな風に訴えているかのよう。
ふと、サラが鎧ドレスのポケットのようになっている部分から一枚のカードを取り出す。
なんらかのコードがプリントされたクリアーなカードだ。
彼女はそれを、リンドウに差し出す。
「リンドウ・ココノエ。君はAIだな。これを」
「これは……許可プログラムのワンタイムキー?」
「これで君も戦えるはずだ。本来ならば、これで警備ボットを動かすつもりだったんだが」
「あなたはどうしてそんなものを持っているのだ? こんなものそう簡単に発行されるものでは……」
「あ! もしかして、サラさんがロンダイト関係者ってあの噂、本当だったんですか?」
「……そうだ。一応社員扱いされている。これは口外しないで欲しい」
「了解しましたっ!」
ウィルオーはその話を受け入れ、直立不動で敬礼する。
だが、リンドウは納得がいかないのか。
「いくらロンダイトの社員だからと言ってこんなものを持っているのは不可解だぞ? 本来持ちうる権限を飛び越えている」
「いろいろあるんだ。いまは聞かないでおいてくれ」
サラはそう言って、これ以上の追及を封じる。
不可解なこと。そんな話で、気付くことがあった。
レキは転がっているテロリストに目を向ける。
「あのさ、なんでこいつらは打撃に対する守りが薄いんだ?」
「うん? そんなの当たり前だろ。ゲームじゃないんだからさ」
「いや、それならその技術を応用すればいいだけだろ? 俺たちは殴られてもぶっ飛ばされても大丈夫なんだからさ。それを使わない手はないと思うが?」
このゲームでは装甲などを装備せずとも、ハプティックパッドを装着するだけで拳撃や蹴撃、打撃、ふっ飛ばされたときの反発も軽減してくれる。
未来にはこんな技術が存在するのだ。それをテロリストたちが使えない道理はない。
そう言うと、その答えはサラが出した。
「ゲームで使われているのがロンダイト独自のハプティック・テクノロジーだからだ」
「独自?」
「そうだ。これは帝王重工やFI社だけでなく、他の国でも使われていない。まあまったくない、ということは言えないが」
「……すごい技術なんだな」
「まったくだ。開発には一体どんなエンジニアが関わっているのか。ゲイルマンの提唱した量子情報技術論を実現させるなど理解を超えている」
「フェムト粒子ね……」
レキはその場で手を握ったり開いたりしながら、そんな呟きを漏らす。
いつの世にも、不思議な力や不思議な物質がそこら中に転がっているものなのだな、と。
……ともあれ、レキたちは会話も手短に済ませ、天御柱へ向かう。
倉庫群エリアを抜けると、やがて天御柱付近に到着。先ほど戦ったテロリスト以外には巡回はいなかったらしく、何事もなくここまで来ることができた。
周辺に気を配りつつ、先ほどのように建物の影に身を隠し、様子を窺う。
目の前にそびえるのはライトアップされた機械の塔、天御柱だ。
天御柱前は機材の搬入用なのか、ある程度の空間が確保されており、広場のようになっている。周囲には街灯やグラウンドライトが設置され、天御柱自体の発光も合わせ光源には困らず、しかしフェンスに守られ、人の立ち入りは制限されている。
周囲にはいくつか建物がある程度。そちらには夜だというのに明かりは灯っておらず、人の気配もない。人員は避難したのか、それともテロリストによって制圧済みなのか。
ウィルオーが額の汗をぬぐう。
「ふぃー、ここまで来ればあとはもう少しだな」
「ああ。だが、まだ関門があるらしい」
「だな」
やはりというべきか、天御柱前にはテロリストが配置されていた。
見えるだけで三人。思った以上に少ないのは、大部分を天御柱内部に配置しているためか。
「どうする?」
「あの数なら強行突破できるだろうが……」
懸念点は、本当にあれしかいないのかどうか、だ。テロリストたちが周囲に身を隠している可能性は否めない。その憂慮を無視して下手に場に出れば、たちまち取り囲まれてしまうだろう。
だが、いまから逐一見えないテロリストを探し回ってしらみつぶしにしていく暇もない。
――せめてここに、刀があれば。
レキがない物ねだりで呻く中、サラが案を切り出す。
「迷っている時間が惜しい。わたしが囮になろう。自走シューズで引き付けている間に、三人は回り込んで倒してくれ」
「いいのか?」
「君たちに囮をさせるわけにはいかない」
不安はあるが、時間がないのも確かだ。
いまは限られた選択肢の中、どう行動するかだろう。
もしどうにもならなくなったときは、そう、最悪――




