第二十六話 ユウナの秘密
二人でモールを遊びまわり、昼もすぎた頃。
複数のバケツ君たちが、レキとユウナのもとに向かってくる。
果たしてこれは、一体どういうことなのか。
シュルシュルというトルク音は一体程度であればそう耳障りでもないが、複数体であるためかなりの騒音に思えてくる。アームを不規則に伸ばしたり縮めたり、動きはやたらとぎこちなく、まるで関節を曲がらない方向に無理やり曲げようとしているかのよう。
胴体の上部に付いた大きな視覚センサが激しく点滅しており、目にも耳にも煩わしい限りである。
「なんだあれ……? なにかのイベントか?」
「何かおかしな事象ですね」
レキはユウナとベンチに並んで座ったまま、覗き込むように身体を前倒しにする。
しかし、バケツ君はいつまで経っても方向転換する気配はない。進行方向を変えず、真っ直ぐレキたちのもとに向かってきている。あまり良い予感はしなかった。
レキはARグラスのボタンをタッチし、運営の相談窓口を呼び出す。
「周囲のバケツ君の様子がおかしいんだが、調べてもらえないか?」
『はい。すぐに調査いたします。少々お待ちください』
無機質な合成音声が了承の旨の伝えると、ARグラスのスピーカーから軽快な保留音が流れてくる。やがてミュージックの切り替わりに途切れるピッという音が鳴り、受付が応答した。
『そちらで起こっている問題について確認致しました。ですが、こちらからの制御ができません』
「制御できない? どういうことだ?」
『現在、操作を受け付けない原因を調査しています。プレイヤー『レキ』様、および『ユウナ』様は念のため避難をお願いします』
どういうことなのかわからなかったが、避難を勧めるということはいますぐに正常になるものでもないのだろう。見ればバケツ君は他の場所からも湧いて来ているらしい。
下手をすると取り囲まれる可能性もある。
「これ、緊急時は撃退しても構わないのか?」
『はい。プレイヤーの身の安全が最優先です』
「了解した」
レキはそれだけ聞いて、運営との通信を終える。
すると、神妙な表情でバケツ君を見詰めていたユウナが、声を掛けてきた。
「先輩」
「ん。なんか運営側が暴走の原因を把握できていないらしい」
「あれはおそらく外部からのハッキングです。制御の一部を受け付けないようプログラムが書き換えられているんだと思います」
「そんなこと、どうやって?」
「おそらくバケツ君を統括するネットワークに直接侵入したのではないかと。考えられる可能性はそれしかありません」
ふいにユウナが、ベンチから立ち上がって前に出た。
「……ユウナ?」
「私に任せてください」
「いや、任せろって」
「大丈夫です」
ユウナはそう言って、自らの胸に手を当てる。
一体どうしたのか。彼女がそんなことをしている間も、暴走したバケツ君は隊伍を組むかのようにお互い一定の距離を保ちながら、レキたちのもとに迫ってきていた。
境目を超える。もう時間は幾ばくも無い。レキはユウナを抱えて飛び上がる準備をする。
やがて何らかのコマンドが起動したのか、彼女に目に見えた変化が起こった。
スノーホワイトの人工キューティクルが、突然青白く輝き始める。
その色みはまるで、夜に凍った月のよう。
そんな中、ふいにユウナが口を開いた。
「バケツ君。止まってください。『お願い』です」
「…………」
彼女が囁くように告げた瞬間、鼻先まで来ていたバケツ君が、ピー、ガー、と機械的なノイズを響かせる。そして一時停止のアイコンでもタッチしたかのように、ピクリとも動かなくなった。
「止まっ……た?」
「はい。もう大丈夫です」
ユウナは一体何をしたのか。それもそうだが。
「……少し調べてみます。この前のこともありますし」
ユウナはその場にしゃがみこむ。いまだ彼女の人工キューティクルは凍った月の色のまま。ユウナはバケツ君の視覚センサと自分の視覚センサを向かい合わせるようにして、再び口を開いた。
「バケツ君。データをください。『お願い』です」
……そう言えばユウナはこの前も、そして先ほども『お願い』と一言口にしてから、別の機械を操作していた。
あのときはジャックされた映像を無理やり切り替えたが、今回はハッキングで入力されたコマンドを得ようとしている。早々容易に取得できるものではない。
当然ロックがかかっているし、登録されたIDでしか解除できないはずだ。
いちプレイヤーであるユウナが、それを持っているとは考えにくいが……。
「やはり外部から干渉した形跡があります。暴走するよう意図的にプログラムがインストールされていたようです」
「迷わずこっちに向かってきたのは?」
「私のデータが目標になっていました」
つまりは、だ。
「テロ屋か」
「……! それは、あり得ることかもしれません」
心当たりがあるかどうかと問われれば、それしかないだろう。あんなことがあったあとでのこの状況だ。人権過激派の差し金でまず間違いない。連中なら、ハッキングもお手の物だろう。
ユウナの面持ちは硬い。彼女は彼女自身のせいでこうなったと思っているのだろう。
「……バケツ君は止まってくれましたが、一度避難しましょう」
「そうだな」
レキはユウナと二人、モールから場所を移す。
バケツ君の暴走を鑑みて、他のAIも同様の状態になる可能性も考えて、ひと気や物が少ない場所がいい。だが、周りを見ればどこにでもAIがある。
こうしてみると、未来はAIばかりあるものなのだと実感させられる。
やがてたどり着いたのは、先日稽古を行った公園だ。
レキは危険を及ぼしそうなもの……バケツ君のような自立機器が周囲にないのを確認して、ユウナに核心部分を訊ねた。
「なあ、この前も思ったが、さっきのは一体なんなんだ?」
「それはその……やっぱり『お願い』のことですよね?」
「ああ。ディスプレイの映像を切り替えたときにも、そんなことを言っていたからな」
レキが訊ねると、ユウナはゆっくりと話し始める。
「その、これは私に与えられた権限、と言いますか」
「権限?」
「はい。私は、AIが搭載された機器にこうして『お願い』ができるんです」
お願いができる。それは、頼みごとをすれば問答無用で聞き入れてくれるというようなニュアンスだ。
「っていうことは、つまり、ユウナが頼めばAIはなんでも言うこと聞いてくれるし、どんなAIにもその『お願い』ができる、と?」
「はい。もちろん、その機器がこなせないことはさせられませんが」
ユウナは、できる、と言う。
彼女の言う『お願い』とは、要するにセキュリティレベルにかかわる権限のようなものなのだろう。その権限を持っているため、彼女の要望はセキュリティを飛び越えて無条件で受け入れられるのだ。
「もしかして前に襲われたときに突然警報が鳴ったのも?」
「おそらくは。周囲のAIに危機的状況が自動的に伝達されて、必要だと判断されたのだと思います」
「そんなことまで起こるほどなのか……」
確かに、ある程度の権限を有していれば、他のAIが庇おうとするというのは十分に考えられる事柄だ。普通のAIは人間だけでなく、AI知性体たちも上位者として扱う。
だが、そもそもの話、だ。
「どうしてユウナはそんな力を持っているんだ? どんなAI機器にも『お願い』いや命令ができるなんて、いくらなんでも重大過ぎる」
「わかりません。これはもともと私の出力機能に存在しましたので。もちろん疑問に思いはしましたが……」
「条約的には大丈夫なのか?」
「それが、条約にはギリギリ抵触していないようです。定期的な『MARIE』へのアクセスでも指摘されませんし、問い合わせても問題なしを頂いています」
だがそうなると、気になることが浮上してくる。
「AIって言ったが、AI知性体の方はどうなんだ? そっちもできるのか?」
「…………いえ、そちらはお願いしたことはありません」
さすがに、同じAI知性体にそれをするのは抵抗があるのだろう。
ユウナはまるで拒絶するかのように首を大きく横に振ってみせた。
だが、『お願いしたことはない』ということは、だ。
「その反応は、やればできそうって感じだな」
「で、でも、それはやってはいけないことです! 無理やり言うことを聞かせるなんて絶対にやってはいけません!」
ユウナはまるで訴えかけるように大きな声を出す。だが、すぐにハッとしたように口に手を当て、頭を下げた。
「す、すみません、大声を出して……」
「いや、構わない。それは俺もユウナの言う通りだと思うよ」
それは、道義的な観念の有無というものだ。
AI知性体に無理やり言うことを聞かせるということは、当たり前だが法律で禁止されている。AI知性体も、基本的な人権を有しているからだ。
……この未来世界は人工躯体以外のあらゆる機器に『知性を発揮しないタイプのAI』が搭載されている。つまりは、ユウナがその気になれば、それらすべてを思いのままに動かせるということだ。それは人間の危機感を大きく煽り、ともすれば人間とAI知性体のパワーバランスを崩壊させかねない。
ユウナは……ひどく不安そうだ。この事実を他者に伝えるのはこれが初めてなのかもしれない。
「……私も、こうしたセキュリティレベルを飛び越えた権限は過剰だと思っています。ですが、『MARIE』に問い合わせても問題にもされず、基幹部分のプログラムなので自ら権限を放棄することもできません」
ユウナの表情に影が落ちる。彼女もこれには、悩みを抱えているのだろう。その権限を放棄しようにも、AI知性体はたとえ自分のものであっても、電子脳の基幹的なプログラムには手出しできないようになっている。
そのため、どうすることもできないのだ。
ユウナがレキの顔色を窺うように、ぎこちない様子で視線を向けた。
「その……先輩は、どう思いますか? こんな風に過剰な権限を持っているのは、あっていいと思いますか?」
「どう思うか……か」
訊ねたユウナは、固唾を呑んでレキのことを見詰めている。
それに、彼が返す答えは――
「ん。特にはなにも」
「……え?」
「いや、だって別に俺に害があるわけじゃないし」
「わ、私はAIに言うことを聞かせられるんですよ!? やりようによってはヒトに害があることをさせることだって……」
「そうだな」
「で、でしたら、その、よくないとか、そうは思ったりはしないんですか?」
「まったく」
「う、え……?」
ユウナは呆気に取られたように、ぽかんとしている。まるでいままで大いに思い悩んでいた事柄が、他人にはさしてどうでもいいことだったと知ったときのようだ。
こんなことを告白すれば、弾劾が始まるとでも思っていたのか。
ユウナはどうすればいいのかわからず、所在なげに首を回す。
「えっと、その、ええと……」
「だってユウナはそんなことしないだろ?」
「は、はい! それはもちろんです!」
ユウナは叫ぶように肯定する。その一線は決して踏み越えないように、と。守らなければならないものだと、彼女もそう考えているのだろう。
「その権限を持っていることについて悩んでいて、変なことに使わないように自分で自分を戒めている。なら、それでいいじゃないか」
「はい……」
ユウナはこのことについて、かなり思い悩んでいたのだろう。
持たせられた大きな権限をどうするべきなのか。なぜ自分にそんな力があるのか。
そしてそれがもし露見すれば、どうなるか。抱えていた重圧は推して知るべしというもの。
器を超えるほどの大きな権限や大きな力については、レキも他人事ではないゆえ、その懊悩や胸の内の呻吟はよくわかる。
ユウナは心の中に抱えていたものを吐き出したことで、気が楽になったのだろう。
ふいに彼女が見せた表情は、どこか安堵したようなものだった。
……安全そうな場所へ移動したせいか、時間が取られて日が傾いていた。
「今日はすみません。折角遊びに出たのに、こんなことになってしまって」
「ユウナが謝ることはないさ。遊びに行くときはトラブルやハプニングが付き物みたいなものだ。遅刻したり、仕事の電話がかかってきたり、服にコーヒーや醤油をこぼしたり、目的の店がどこかわからなかったり、予約の時間に間に合わなかったりする」
「そう言っていただけると楽になります」
「それに、今日は久しぶりに楽しかった」
「あ――」
そう、モールを歩き回ったことを思い出すと、自然と顔がほころぶ。
効率食を啓蒙する連中を見て一緒に文句を言ったり、電脳ペットを可愛がったり。途中で他プレイヤーからバトルを挑まれたが、それもこの島の醍醐味というものだろう。
遊び回って楽しかった。それは間違いないことだ。
ふとレキは、ユウナが見つめてきていることに気付いた。
やがて彼女の表情が、嬉しそうなものへと変わる。
それはどこか穏やかで、優しげな笑みだった。
「どうした?」
「先輩、やっと笑ってくれましたね」
「え?」
「あ、その……先輩、会ったときからずっとつまらなさそうな顔をしていましたので……私とのバトルのときもそうでしたけど、この前の人たちやエネミーや戦ったあとも、ずっとつまらないって言ってて、ゲームをしてるのに楽しそうにしたところも見たことなくて」
レキはユウナにそう言われて、はたと気付いた。
そう言えば自分は、ここに来てから一度も笑ったことがなかったのではないか、と。
「先輩も、楽しむために淤能碁呂島に来たはずです。ですのでせめて、その、少しでも笑顔にできたらなと思いまして……だって損じゃないですか。折角楽しい場所なのに、楽しめないなんて」
「いや、俺は楽しんでいたと思うんだけどな」
レキはそう言うが、しかしユウナはまるで勘違いを指摘するかのように首を横に振った。
「先輩、それは違うと思います。楽しい、楽しむということは、事後のタイミングで平時の状態と比較するものではなく、そのときに自然に呼び起こされる感情なのだと推察します。先ほどの先輩が『楽しかった』とそうおっしゃったように、比較する演算がない状態で口から無意識のうちに出てくるような、そんなものであるのが――」
その言葉で、レキははたと気付く。確かにそれは、ユウナの言う通りだと。
楽しい楽しくないという喜びや嬉しみの感情は、そのときそのときに覚えるもので、自然にあらわれるものだ。あとから楽しかったと思い出すこともあるだろうが、それは決して、楽しくなかったときと比較したものではない。
そのときに、楽しいという感情が湧き上がらなければ、結局それは己を誤魔化したものでしかないのだ。
「その、AI知性体である私がヒトの感情について語ると言うのも、烏滸がましいとは思いますが……」
「…………」
レキが思いがけない気付きに心とらわれていると、ユウナが勢いよく頭を下げる。
「その! 生意気を言って申し訳ありません!」
「いや、確かにユウナの言う通りだよ。俺は日々の楽しみ方っていうのを、忘れていたのかもしれないな」
……そう、楽しむということは、自然にその感情が出てくるからこそのものだ。
だが、いつかしか、『楽しまなければならない』ということばかりに気を取られ、楽しむことの本当の意味を、忘れていたのかもしれない。
だからこそ、こうしてユウナに不安に思われ、こころにもそれを見透かされていたのだ。
「だから今日こうして遊びに誘ってくれたのか」
「はい。このゲームの楽しみ方とは違いますけど。だからこそ、今日はどうにか先輩を楽しませてみせようと思っていたんです」
ユウナはそう言って、気持ち恥ずかしそうにしている。
「……気になっていたんです。先輩、普段は他の人とかわらないのに、ふとしたときに、どこか空虚というか……空っぽというか。プログラムをロストした機械みたいになるのは、どういうことなんだろうって」
「それはあれだ。一番自分が楽しめるものが、なくなったからだ」
「先輩が一番楽しめるもの……やはり剣術でしょうか? ですがそれは、ここにあります。ランキング上位には、きっと先輩が望むような強い方だって……」
いるのではないか。そんな風にユウナは訊ねるが、しかしレキは首を横に振る。
「いいや、ないのさ。確かにここにいる奴は強いのかもしれないけど、そうじゃない。ただ力が強いだけ、素早いだけなら、パワードスーツを着た人間や戦闘用にチューンされた人工躯体と戦えばいい。俺は剣術を競い合いたい。欲を言えば、同じ古流の剣士と競い合いたい」
「同じ古流の剣士を……」
レキが頷くと、ユウナは不思議そうな顔を見せる。
「その、先輩は以前、古流とはかなり古い時代の剣術だとそうおっしゃっていました。そもそも、どうして先輩はそんなことをご存じなのですか?」
この話の流れになれば、やはりそう来るだろう。
どうして古流を知っているのかと、そう。
ユウナも先ほど話してくれたのだ。
ならば、自分も答えないわけにはいかないだろう。
「ユウナは生まれ変わりって、信じるか?」
「生まれ変わり、ですか? 創作物であるような、ヒトの意識が別の個体に引き継がれるという、あの」
「そうだ。俺には、大体いまくらいの年齢で死んだ記憶がある」
「えっと、それは」
「俺が古流を使えるのがその証拠だ。俺が使うような剣術は、どこを探してもないはずだ」
「それは、はい、確かに。でも、そんなことがあり得るなんて……」
「俺だって不思議だよ。でも、実際そんなことがあるんだ」
その辺りの話は、レキがここにいるのがその証拠だろう。失われた技術、知る者がいないはずの技術を、こうして知っているのだ。
「やっぱり信じられないよな?」
「にわかには信じられませんが……ですが先輩の感情パラメータをモニターしても、嘘を言っているようには思えませんし……」
ユウナは困惑している。そんな彼女にレキは「ま、ペテンにかけられたと思って聞いてくれ」と前置きをして、また口を開いた。
「その頃はさ、もっともっと剣術や武術が盛んで、スクールのクラブ活動でも剣を教えてるくらいだったんだ。俺は実家の剣術道場で剣を覚えたんだけどな。やっぱり剣術が好きで、世界で一番強い剣士になろうとしてた。ま、結局その途中で死んじまったんだけど」
「事故か病気ですか?」
「いやそれが、野良試合で斬り死にをして」
「き、斬り死にですか!?」
「ああ。決闘は当時も禁止されてはいたけど、俺みたいな剣士ってのは隠れてそんなことしてたんだ」
レキは自嘲気味にそう言ったあと、話を締めくくる。
「ま、俺が他の奴と違ってるのも、古流を扱えるのも、そういう理由だ。納得いったか?」
「は、はい! 不思議な話ですが、そう言った事情なのであれば……」
「そう言う割には、理解が追いつかないっていうような顔してるな」
「ええっと、その……」
AI知性体は精神と肉体の事情が人間とは異なっている。彼ら彼女らに輪廻転生の話をしても、やはりピンと来ないのだろう。
「ユウナ、改めてになるけど、今日はありがとう」
「いっ! いえっ! こちらこそありがとうございます!」
レキが礼を言うと、ユウナは顔から火が出そうなほど真っ赤になった。
「……なんでユウナが礼を言うんだ」
「え、ええと! それは、その! 私たちの祖先であるAIはもともと人とコミュニケーションを取るために作られたものなので! 今回のこの行動理由もつまりはそういう、コミュニケーションを取っているヒトの精神的な癒しやストレス軽減を目的とする行動原理を根本にしているからなのではないかと推測します!」
「う、うむ……?」
「ちょ、ちょっと待ってください! ラジエータの調子が少しおかしくて」
ユウナはそう言うと、パラメータの調整に取り掛かる。
「ジェネレータおよびラジエータの出力調整、潤滑油の圧力を抑制……ロジカルエンジン優位、うううううう……うまく行かないよお」
だが、思った以上に苦戦しているらしい。人間であっても体調や感情の制御は難しいものだ。それに準拠して作られたAI知性体も同じくそういったものの制御は難しいのだろう。
そんなことを考えている中、ふとレキはユウナが携帯端末に目を落としていたことに気付く。
表情は先ほどと打って変わって随分と硬い。
「どうした?」
「先輩。リンドウさんから、メッセージが来ました」
「内容は?」
「翌々週の日曜日の夜、勝負のためにスタジアム・ドームを貸し切ったと」
「そいつは……豪気なこって。だが、そこまでするってことは」
「結果を出せなければこれが最後、というメッセージなのでしょうね」
賭けが設定された期日までまだ時間はある。だが、こうして大舞台で観客を呼び集めて行うということは、今回周囲に実力差を示すことで、早めに決着を付けてしまおうという意図があるのだろう。
つまり、ここでユウナがリンドウに勝つか、周りに認められるほどの戦いをしなければならないということだ。
リンドウとの再戦まで、残り、二週間。




