第二十四話 ユウナの刀
島内には、生活にかかわるショップが数多く設置されている。
軽食や飲み物を提供する屋台はもちろん、嗜好品を売る店舗や、人工躯体を取り扱うメーカーのキャリアショップも広く展開。しかし、島内で最も多いのは、ゲームプレイに関連する機器を取り扱う店舗だろう。
ここではゲームに必要な各種装置の点検や修理交換、武器の変更や追加なども受け付けてくれる。
ショップは島内の各所に設置されており、ふいの故障があっても迅速な対応が期待され、受付は人工躯体を持たないAI知性体が担当。モニターや各種ロボットアームを操作して、ユーザーの要望に答えてくれる。
レキはユウナと共に、ゲームの公式ショップを訪れていた。
この日ここを訪れた目的は、ユウナのために注文していたグリップデバイスの受け取りのためだ。古流を使うにあたって日本刀の存在は必須であるため、事前にネットワーク経由で注文を行い、完成の電子メールが届いたのが今朝方のこと。
ユウナに連絡を取り、ちょうど時間も空いているということなので、一緒に受け取りに来たというわけだ。
店員が発注品を準備している最中、二人で店舗の中を見て回る。
店内には展示台が等間隔で置かれており、グリップデバイスのサンプルが展示されていた。手に持って起動すると、スタンドの上部にホロが投影され、使用時の映像サンプルが映し出される。
レキは両手持ちの大剣型デバイスを手に取る。
起動すると、長大で身幅の広い直剣が投影された。
まるで昔の漫画にあったような有名な武器のようだ。並大抵の腕力では振り回すことも難しいだろう。
「デカいな」
「大きな武器は人気ですね。なんでも、ロマンがあるとか」
「デカい武器を振り回すのは爽快だろうからな。ユウナはこういうのは使ってみようとは?」
「私はあまり……それに、取り回しの難度も高そうです。現在のアームの最大可搬重量は15キロ程度ですので……いまから鍛えても自在に使うことはできないと推測します」
数値を持ち出されるとよくわからないが、女の子で15キロは結構な力持ちなのではないか。
「それと、見た目が可愛くありません」
「いや武器はみんな可愛くないと思うが?」
「そんなことありませんよ? 双剣などは可愛いものも多いですし」
「??? そ、そういうもんか?」
ユウナの妙な感性に困惑していると、受付のAI知性体から呼び出しがかかる。
「お待たせしました。どうぞ」
案内されたカウンターの上には、注文したデバイスが置かれていた。
レキが持っている日本刀の柄と同じで、拵えは黒漆打刀拵。鞘も柄巻もほぼ暗色で統一されている。
ユウナはそれを手に持って起動する。鞘から抜くと感嘆の音声を漏らし、視覚センサをキラキラと輝かせた。
「先輩のものと同じですね! お揃いです!」
「あ、ああ、そうだな。拵えのデザインはそのうち好きなものに変えてもいいと思うぞ」
「ならピンクにしたいです!」
「うむピンク……」
鞘をピンク色にして、鮫肌を桃色に塗り、白の柄糸を巻けばあるいはそれらしいものができるのではないか。いや、梅花皮の朱鞘などは近い色みをしていたはず。ロスト・シーを探してみるのもありだろう。
だがピンクか。やはり可愛いことが重要なのだろうか。
ユウナは刀身を投影すると、うっとりとした調子で呟いた。
「綺麗ですね。刀身の発色もそうですが、造形も整っています」
「当時は美術品扱いだったしな」
「当時とは?」
「ん? これがまだ残ってた時代のことだ。いまじゃ大昔さ」
「はあ……」
ユウナは小首を傾げ、納得に欠けた返事をする。それもそうか。こんな話をされても、分かるはずもない。
ユウナが刀身に自分の姿を反射させていた折。
「以前、先輩の扱っている剣術は昔のものだと聞きましたが、どうしてこれだけのものが失われてしまったのでしょう?」
「さあな。時流って言ってしまえば、それまでなんだろうが」
なぜ世の中から日本刀や日本の剣術が失われてしまったのか。
それを疑問に思わなかったわけではない。
当時もネットが普及した時代だったのだ。資料や見本などは海外にも残るはず。現に海外の文化や武術は、問題なく保護されていた。日本の管理体制が杜撰だったと言えばそれまでだが、平安以前の文書さえ判読可能な状態で保管していた以前の日本が、これだけ有名なものの情報を保管しておかなかったことには大きな疑問が残る。
「ほんとに、なんで日本のことだけきっちりなくなったのかねぇ。忍者、侍、スシ、ゲイシャ……あんなにもてはやされてた日本文化が、いまじゃまるで存在しなかったみたいにそこだけ綺麗さっぱりなくなってやがる。この500年の間に一体何が起こったんだか……」
不思議なのがここだ。言語や慣用句はきちんと残っているくせに、なぜか日本を思わせるものだけがことごとく欠落している。そういった『物』がないため、いまでは語源すら調べられないという有様だ。
ときおり電子の海をサルベージしてどうにかこうにか見つかることはあるものの、欲しい部分だけが見つからない。
まるでなんらかの意図をもって、徹底して、執拗に、消されたかのよう。
「…………」
ショップで刀を受け取ったあと。
レキはその流れのまま、ユウナの稽古をつけることになった。
今回、稽古の場所に選んだのは公園だ。
淤能碁呂島には、プレイに幅を持たせるため、公園が複数個所設置されている。
未来の公園には、補助、保守、警備用のロボットの一定数の配置が義務付けられており、遊具は定められた安全基準に従ったものが置かれている。
エアを用いた遊具や、ARを利用した遊具。過去の人間の観点から見れば、公園というよりは小さなテーマパークを連想するようなものがほとんどだ。
しかし、淤能碁呂島の公園に設置されている遊具は雰囲気やコンセプトを重視しているためか、どこか懐かしさを覚える。いまでめっきり見なくなった子供用の遊具が置かれ、砂場があり、安全具の付いていないブランコやジャングルジムまで様々。子供の時分から終ぞ使い道のわからずじまいだったタイヤの遊具は、増殖性シニカを利用した真っ白なものに置き換わり、けんけんぱの輪っかはチョークの代わりにARで表示されている。
色遣いや細かなディティールから、海外のものを輸入してきたことがわかった。
……抜けるような青空の下、すでにユウナは道着と袴に着替えていた。
色は紺色で、まさしく剣道着と言った色使い。気になるのは、思った以上に人工躯体の胸部の主張が激しいことくらいか。
手には刀を携えて、いまは刀の差し方の指導に当たっている。
「刀は帯に差す。抜くために引いたとき、刃面が上側に来るようにだ……こんな感じに」
「はい」
やって見せたのは、刀を平行に差す閂差しだ。普通の刀ならば動くときに周りの物に当たって邪魔になるだろうが、グリップデバイスであるため周囲に配慮する必要はない。
それが終わると、今度はこの前の歩き方の続きの指導に入る。
まずはAR機能を利用して、地面に一本の白線を描いた。
「この白線に沿って右半身、左半身と交互に入れ替えて素早く前に進め。スタートからゴールまで、身体の中心が白線から外れないことが理想だ。これはゆっくりやっても駄目だぞ」
そんな風にユウナに半身の動きをさせている中、ふと人影が現れたことに気付いた。
綱登りやうんてい、滑り台が一体型となった複合遊具の下に、たたずむ孤影。
色素の薄い金髪をツインテールにした少女、アイドル歌手の『HA=REN』だった。
自らの商売道具の一つであるマイクスタンドを豪快に担ぎながら、こちらに向かって歩いてくる。
「結局弟子入りしたんだ」
「ハレンちゃん。おはようございます」
友人の顔を見たユウナが、顔をぱあっとほころばせる。
「すごいな。会いに来てくれるアイドルさんか」
「……別に君に会いに来てるわけじゃない。ユウナに会いに来てるだけ」
「仲いいのな」
「ああ」
ハレンはそんな男勝りな返事をして、ユウナにぴったりとくっ付く。仲のいいことだ。
「あれからどう? 身の回りでおかしなことはない?」
「はい。そういったことはなにも。ただ、運営からも連絡もありませんが……」
「まだ不審者は見つかってないってことね。出歩くときは気を付けて、なるべく誰かのいるところに行くように」
「大丈夫です。それに、部屋を出るときは先輩が送り迎えをしてくれますから」
この前の騒ぎのあと、淤能碁呂島では警備が増強された。
島の各所を警備AIや警備ロボが巡回し、テロリスト対策を行っている。
ユウナもFI社の『後ろ盾』に連絡を取ったそうだが、その対応に当たって反対派の幹部が噛み付いてきたらしく、護衛が来るのはもうしばらく時間がかかるという。
そのため、いまはレキが一時的にユウナの護衛をしているといった状況となっていた。
「君も大丈夫?」
「ん。特に大きな怪我はしていないな」
「ならそのバンテージはなんだ?」
「銃弾が掠めただけさ」
「……それは結構大事だったんじゃないのか」
ハレンは怪訝そうな表情を浮かべるが、その辺りは適当に大丈夫だと言って誤魔化しておく。
ふと、ハレンがユウナの刀に興味深そうに視線をまとわせた。
「刀、できたんだ?」
「ついさっき、先輩と取りに行ったんです」
「サーベルタイプ……いままでのとは随分使い勝手が違うんじゃない?」
「でも、きちんと覚えます」
ハレンが視線を落として考え込むような素振りを見せる一方、ユウナが握りこぶしを作ってやる気をみなぎらせている。
そんなやり取りの中、ふと気になったのが。
「使い勝手が違うって、アイドルさんそういうのよくわかるな」
「形状が違うんだから当然だ。両刃から片刃に変われば取り回しも変わる」
「まあ確かにそうだが……」
ハレンは至極当然のように言ってのけた。普通、頓着ない人間ならばそこまで気にしないことだと思うが、そういった気付きがあるのはこのゲームにかかわる仕事をしているからだろうか。
レキが感心したような声を上げると、ハレンがふと地面に映し出された白線を見やる。
「それで、さっきから何をしていたの?」
「動きの練習だ」
「動きって、歩くこと?」
「そうだ」
「ふうん」
「アイドルさんは、何させてんだとか言わないんだな」
訊ねるような言葉を掛けると、ハレンは当たり前だと言わんばかりに言い放つ。
「ユウナとの勝負を見せられれば文句なんて言えるわけがない。そうでなくてもわたしには専門外なんだ」
「じゃあ、ユウナの指導は任せてくれるってことか?」
「失敗したら許さないけど」
「責任重大なのはわかってる」
ともあれ、以前からハレンの言葉遣いが気になっていたが、なんとなく気付いたことがある。彼女は男言葉と女言葉が混じったような独特な口調を取り回すが、どうやら女の子には女の子言葉で、あまり親しくない相手には男言葉で応じるらしい。ユウナと会話するときと、自分と会話するときのでは声音の硬軟に加え温度差まで感じられる。
レキは珍しいなと思いながら、ユウナとひとしきり歩き方をおさらいしたあと。
「まずは持ち方だ。柄の背を、親指と人差し指の間にある合谷に合わせる」
「はい」
「右手は鍔元からわずかに開けて持ち、左手と右手の間は指三本分ほどに開ける。親指と人差し指は余裕を持たせ、中指、薬指、小指でしっかりと握る」
握りを指定すると、ユウナは不思議そうな顔をする。
「先輩。なぜ鍔と握り手の間を開けるんですか?」
「そうしないと、鍔を利用した防御をするとき手や手首を切られてしまうからだ」
「手を……ですか」
「こう、鍔と手の間を開けないで鍔元をがっちり握ると、刀身と手首が直角になって空間的な余裕がなくなるだろう? そうなると、相手の剣尖が鍔元に来たとき、斬られてしまう可能性がある。日本刀は西洋の剣みたいに鍔が大きくないから、剣尖が鍔の上を乗り越えてくる」
剣術は手首の柔軟さが生死を分ける。その辺の融通が利かないと、手や指の腱を斬られてそのまま終わりだ。人差し指を鍔に付けるように持つことでも、鍔と手首との間に空間を開けることができる。
もちろん常にこの持ち方をするわけではなく、斬り方によっては変えなければならない。一般にクソ握りと揶揄される持ち方も、斬る力は絶大なのだ。要はこれも使いようである。
持ち方の指導が終わり、今度は鞘からの抜き方に入る。
「持ち方と抜き方のときの手の内は違う。抜く前は握ってはいけない。親指と小指以外の三指を伸ばしたまま、柄に乗せる程度に留めておく。そうしなければ、抜く方の手を狙われたときに、咄嗟に手を外せないからだ」
「こうですか?」
「そうだ。三指を柄の上部に乗せ、いざ抜くときは親指を下側に潜り込ませる。親指の付け根を柄の背中にまで付けて、柄を握って抜く」
ユウナは言われた通りの格好を取った。
レキは彼女にもよく見える位置に立ち、実演しながら指導していく。
「左手で鞘を前に引き出し、柄の位置が定まった場所で鞘を引いて腰を回す。引き抜くときは柄尻が常に真ん中にあることを意識して、腰のひねりと左手を利用して抜き切る。剣を鞘から抜くんじゃなくて、鞘を剣から外すことを意識しろ。抜いたら手や腕で視界を遮らないように気を付けるんだ」
ユウナは見よう見まねで刀を抜くが、動きはやはりぎこちない。
腰を使うことを意識したためか、抜きにくそうに腰をくねらせていた。
「一人で練習するときは、この握り方での素振りと抜き付けを行うこと。俺の動きを記録しておいて、都度都度記録した自分の動きと比較しながら練習すること。ARのミラーモードを利用するのも忘れるな」
「わかりました」
「あとは素振りも毎日やろう」
「はい」
「少なくとも一日千回は繰り返すこと」
レキがそう言うと、ユウナは驚きをあらわにする。
「ええっ!? 素振りを千回ですか?」
「ん? 少なかったか? そしたら三千回で……」
「そ、そうではなくて! 多すぎではないかと!」
「いまのユウナなら多くやって悪いことはない。それに、そうじゃなかったら強くなれん」
強くなれない。その言葉が効いたのか。
「わ、わかりました! やってみます!」
「よし。二千回だぞ?」
「先輩数が増えてますぅううううううう!!」
ユウナが叫び声を上げるが、元に戻すつもりはない。
一人稽古に関してはこの程度がちょうどいいだろう。おそらくは最初から千回なんて振れないだろうが。
「ちょっと流そうか」
「はい!」
……まだ基礎は不十分だが、いまのユウナの状況を鑑みればある程度焦る必要がある。
悪い病気が付かないよう気を付けつつ、経験を積ませるべきだろう。
レキはゲームの機能を利用して、以前のようなトレーニングモードを開始する。
行うのは打ち合いだ。基本的な動きを心掛けさせるよう、その都度助言を口にしていく。
「常に正中線を意識しろ! 適当に振れば、刀に力が入らないぞ!」
「半身にして身体の面積を小さくしろ! 有効な部分を狭めるんだ!」
「足を進めるときは右左右左と交互に動かせ! 陰陽の足だ!」
「構え一つに拘るな! 相手の動きに合わせて常に動く形を変えないと意味がないぞ!」
「構えを変えるのは圏内手前までだ。それ以降は相手に切り込まれる隙になる!」
ひとしきり打ち合うと、ユウナの膝ががくがくと震え出す。
「あ、足が……」
「武術は下半身の粘りが必要だ。この程度でへばるようじゃ話にならないぞ。剣術はなによりも足と腰だ」
「は、はい!」
「よし。続きだ」
「えっと、先輩? その、休憩を……」
「稽古は疲れてからが本番だ。なに、心配しなくても大丈夫だ。人工躯体のコンデイションは常にスマートグラスでモニターしてある」
「で、ですが」
「大丈夫だ。やってみれば意外と何とかなるから」
「ふぇぇ……」
ユウナは半べそをかきだす。
だが、それでも放り出さずに取り組むのは、根性があるからだろう。
これならきっと強くなれるはずだ。
ひとしきりメニューをこなすと、レキは休憩がてらユウナに訊ねる。
「ユウナは刀の振り方でなにか聞きたいことはないか?」
「その、刀だけではないのですが、前々から気になっていたことがありまして」
「それは?」
「返す剣が難しいです。振り終わったあとに、反対に振り返す動きです。先輩が使ったように淀みのない動きができません」
「それはユウナが刀の振るとき、刀を強く振り抜き過ぎているからだろうな」
「そうなのですか?」
「最後まで力を込めて振り抜くと、振り抜いた勢いを止めるために力を込める必要が出てくる。そうなると、刃を返して逆に振るとき、手が止まってしまうんだ」
「確かに、運動をゼロにしないと反対には振れません」
「それを改善するには、振り抜く途中で力を抜くことが重要だ。最後は流れに任せて、刀の重みや勢いを利用して斬り付ける。刀は直剣と違って斬りやすいからな。最後まで力を込めなくても斬れる。人間は骨を断たなくても、筋や腱さえ斬れれば動けなくなるからな。もちろん、力強く斬り下ろす必要があるときはその限りじゃないぞ。力の込め具合はその都度、状況に合わせて変えるんだ。ちょっとやってみろ」
レキがそう言うと、ユウナは刀を構える。
「途中で脱力、振り抜きは流れに任せる。そうすることで、振り抜いたときの力を殺し、即座に切り返すことができる。相手の鎧のつなぎ目を断ち、手や足の筋を斬り、動けなくなったところに、とどめの一撃だ」
そんな話をしていると、横合いからハレンがくちばしを突き入れてくる。
「それ、ゲームに必要ある?」
「茶化さないでくれよ。俺はこのゲームの攻略法を教えてるつもりはない」
ここでそんなことを言われてもどうしようもない。ゲームで上位ランクを目指す一番の近道は、自分に剣を習うことではなく、ランキング上位のゲーマーに教えを請うべきだろう。
ユウナは合点がいったというように、感心した表情を見せる。
「これが上手くできる方はこういう風に剣を振っているんですね」
「そうだな。扱いが上手い奴は振り方一つ一つをとっても工夫を心掛ける」
……返す刀は難しい。斬り下ろすのを一度止めなければならない以上、いくら力を抜いたところで振り下ろしを止めるのには難があるし、だからといって一の太刀から力を抜けば剣は死ぬ。刀という金属の棒を支えるのもそうだが、返す刀は『振ったときの勢い』を殺し切って、さらに逆向きに振るという行程を必要とするため、これを滑らかな動きにするには相当の訓練が必要だ。
しかし、これができるようになれば、それだけで技になる。
――竜の尾。その妙を得るまで一年、いや二年は必要か。
ユウナが返す刀の練習を始める。
「力を抜き過ぎだ! それじゃあ一の太刀で相手を斬れないぞ!」
「は、はい!」
当り前だが、すぐにできるわけがない。脱力の加減がわからず、悪戦苦闘している。
「……上手くいきません」
「焦ったってしょうがない。少しずつ覚えて、使えるようになるしかないんだ。頑張ろう」
「はい!」
ふと、ユウナが何事かぶつぶつと呟き始める。エンコーダー。サーボモーター。そんな機械的な単語が何度も繰り返されたあと、ユウナはまた刀を振り始めた。
その様子をじっと見ていると、ハレンが声を掛けてくる。
「なにか手っ取り早く使えそうな技、教えてあげたらどう?」
「それは指導者としてできないな」
「ユウナは基礎ができてないとかそんな話?」
「多少はそういうところもあるが、教えたところで要はそれをうまく使えるかどうかだ。技ってのは、使えるようになったからって、効果的に使えるかどうかは話が別だからな」
「そういうものか?」
「そういうものだ。技を使おう使おうと思って意識すれば、相手にそれを悟られるし、意識がそれにばかり凝り固まって柔軟な動きが出来なくなる。相手からすればそれは、見え見えの動きになるだろう。一刀流の歌にもある。己が業、人に見せんと思ふなよ、見得に引かれて、業は出ぬなり、だ」
「わかりにくい。ゲームにたとえて。三行で」
「アクションゲームで新しい技のコマンドを覚えて、それを試してみようと思って動いてボコボコにされちまうなんてこと、みんなよくあるよな? それだよ」
「……なるほど。言いたいことはわかった」
それでわかるのか。レキも説明した身だが、理解力がいいのかなんなのかいまいちよくわからない。
「俺だってユウナがそれを即座に使いこなせるっていうんなら、すぐにでも教えるさ。だけどな、技やそれを発するカタというのは、複雑な動きの組み合わせだ。相手の動きに応じて変えなきゃならないし、それに人間はそれをすぐに覚えることなんてできない。AI知性体だって似たようなものだ。下手なことを覚えればそれは病気だ。悪い癖だってついちまう」
レキは息を継ぐようにそこで一旦言葉を止め、また続ける。
「大事なのは技を知ることか? それとも気付きを得ることか? そうじゃない。有体に言えば、何度も何度も繰り返して、その状況に応じた動きのクセを身につけることだ」
「動きのクセか」
「そうだ。それもゲームに例えてしまえばいい。複雑な操作を要求されるゲームがあるだろう? アクション系や対戦格闘系のゲームなんかだ。その上級者って言われるレベルのプレイヤーは、コンボを打つとき、ゲームのコントローラーをほぼ無意識で動かしてコマンドを入力する。あれは、何度も何度も繰り返してプレイすることでクセが付き、同じコマンドを瞬時に入力できるようになったから、コンボが打てるようになったものだ。剣術もそれと同じだ。ゲームのコマンド入力と同じよう、『~コンボ』と意識すれば、指が自動的に動くように、『一刀両断』と意識するだけで身体がカタの通りに自動的に動けるようになるまで、何べんも何べんも繰り返すことが大事なんだ」
レキはそう口にしたあと、
「みんな基礎が大事だなんて言うけどさ。俺たちは別に出し惜しみをしてるわけじゃないんだ。なるべく早く、強く、うまくできるようにしようと思ってる。ただ脳死的に基礎が、下積みがなんて言ってるわけじゃない。身体をカタ通りに動かせる身体能力を持たせ、カタを淀みなく瞬時にこなせるよう、身体にこれを覚え込ませる。それが、初心者が一番手っ取り早く強くなれる方法だからこうしてるんだ。そもそも近道がこれである以上、これ以上早くなんてできないんだよ。口で言って、動きを見せて、同じ動きが出来たとしても、それを適切なタイミングで使えるかどうかはやはり話が別になる。やっぱりそこにも経験を積ませる必要があるんだ」
レキがそんなことをハレンに話をしていた折、ふいにユウナの動きが彼の目に留まる。
ユウナが切り返しの練習を何度か続けていると、ふいに返す刀が竜の尻尾のように曲がりくねったような軌道を見せた。
「……!」
レキがその動きに目を瞠っていた折、ユウナが彼の方を向いた。
「先輩先輩! いまのは良い手ごたえだったと思うのですが……!」
「……ああ、悪くない。いまの感じで続けるんだ」
悪くないと言われたのが嬉しかったのか。ユウナは元気のいい返事をして、再度練習に取り掛かる。
「…………」
レキはユウナの動きを観察しながら、ふと思う。
いま自分は、幻でも見ているのだろうか、と。
あれだけぎこちなかった動きが、徐々に滑らかさを得てきているのだ。
ユウナの剣閃が、だんだんと竜の尻尾を形作っているかのよう。
レキは幻を振り払うように頭を振るが、目の前の光景は変わらない。
「君?」
「いや、さっきの話、撤回してもいいかもしれないと思ってな」
「さっきのって?」
「手っ取り早く使えそうな技の話だ。覚えさせてもいいかもしれない」
「急。どんな心境の変化が起こった?」
「質問に質問をかぶせて悪いんだが、AI知性体って結構物覚えがいいのか?」
「大体は人間と同じだと思うけど。そういう設定がされてるから」
「にしては随分と覚えがいいなと思ってな」
「そう?」
「ユウナは妹に教えたときに比べても随分と呑み込みがいいし、訓練させれば身体もすぐに追いついた」
「人間と比べれば、じゃないかな。そうじゃなくてもユウナのボディはリンドウさんと張り合えるくらいのものなんだ。ポテンシャルは備わってる」
「人工躯体には一律に肉体的な制限かかってるのにか?」
「その制限に関するものが、人工躯体の新理論とか新機軸とか呼ばれるものだ」
「なんか抜け道とか裏技とか使ってるみたいだな」
「エンジニアはそういうイメージらしい。それで? わたしの質問の答えは?」
「いま言った通り、ユウナは物覚えもいいし、悪い癖がつきにくいような気がする。しかも、言ったことは動きにすぐに反映されてる」
「だから、技を教えてみようってこと?」
「そうだ」
普通はこれほど早く習得できるはずがない。もっと動きを繰り返す必要がある。
だが、どうういわけか、ユウナはあまりに覚えが早い。いくらレキが褒めて伸ばすタイプの指導をするからとはいえ、だ。
ピグマリオン効果だとしても行き過ぎている。
剣の才があるこころ以上の物覚えだ。
剣での戦いではあれほど拙かったのに、刀を持った途端、その精彩を取り戻したかのように才知が端々に見えるようになった。まるで、ユウナはもともと刀を使うために作られたかのような、そんな風にさえ見受けられる。
この、刀のないはずの未来で。
「……だけど、こうもすんなりやられると自信失くすな」
目の前にいる者が軽々とやってのける。こんな感覚も久しぶりだ。
最後にこんな気分になったのは、生まれ変わる前くらいのものだろう。
ふと、いつかのことを幻視する。
実家にあった道場で、祖父や父に剣を習っていたころのこと。
板の間で、切っ先の届かない相手を前に、膝を突いて悔しがっていた。
レキがそんなことを思い出していた中、一通り練習を終えたユウナが戻ってくる。
いまはハレンに動きはどうだったかと訊いて、返される感想にバイノーラルマイクを傾けていた。
そんな中、
「……ねえ、君」
「なんだ?」
「またその顔してる。一体どこを見てるの?」
「どこをって……そうだな。俺はどこを見てるんだろうな」
「先輩……」
どこか遠くを眺めていると、ユウナが心配そうな視線を向けていたことに気が付いた。カメラアイの輝きの中心部が、小さく震えるように揺れている。
ついつい、ふとした郷愁に駆られ、生まれ変わる前のことを思い出していた。
それは、この時代ではもう二度と手に入らないものだ。
己の求める戦いは、いまはもう手の届かない場所にあるのだから。
「…………」
「ユウナ?」
「ハレンちゃん、ちょっとお話が」
そう言うと、ユウナはハレンを連れて行き、何かひそひそと内緒話をしていた。




