第十一話 VSユウナ
PvPが決まった折、鳥型ドローンが羽ばたきの音を響かせて現れる。
これは八尋殿で事前に説明があった、動画撮影のためのドローンだ。
相手が2000位以内のプレイヤーであるため動画配信がかかるのだろう。
刻限はすでに夜になっているため、種類はフクロウ型。街路灯の上に止まって首をくるくる動かす姿は、まったく本物の梟そのままと言っていい。
ともあれ、AIプレイヤー《ユウナ》との戦闘だ。
彼女は人間と変わりない知能を持つ『AI知性体』と呼ばれる存在だ。
高機能プロセッサなどを用いた電子脳が、人と同程度の自我と意志を備えたものと思えばいい。
彼ら彼女らは、現実世界で活動する場合、人工躯体を用いて活動する。
躯体と言っても、特段人間と差があるわけではない。もちろんボディは金属繊維や有機素材で構成された人工物だが、その質感や挙動は人間のそれと遜色なく設定されている。
それはAI知性体が扱う人工躯体が、人間の肉体の再現性に重きを置いているためだ。骨格の強度、筋肉の身長、肌の質感。ともすれば人間の身体能力に準拠した造りになっているため、そもそも人間の限界以上の能力を発揮できない仕様になっている。
もちろん強化義肢というものも存在するため、業務や活動内容によってさまざま変わるのだが。
もし何らかの強化がされていたとしても、不公平にならないよう入島前にその辺も調整してくる決まりがある。
……ゲームをプレイしてから初めての対人戦であるためなのか、ウィンドウに注意事項が表示された。
表示される情報に目を通しつつ、スマートグラスから聞こえてくる音声ナビゲーションに耳を傾ける。
プレイヤー同士のバトルはエネミーと違って、相手がパワーアシストを機能させるアシストエナジーを使用する場合もある点、電気信号で脳に働きかけ、感覚機能を向上させるCドリンクの使用などもある点など、簡単にエネミーバトルとの違いが説明された。
ユウナがグリップデバイスを手に取る。
投影されたのはピンクカラーのロングソードだ。長さや身幅はごく一般的なもので、細身の刀身に分類される。鍔の作りも凝った物や奇抜な物ではなく、至ってシンプルでフラットな形状だ。横一直線であるため、逆十字を手に持っているようにも見える。
彼女は剣を片手で持っており、空いた方の手は薄手のグローブに包まれ、固く握りしめている。拳をゆらゆらと揺らして小刻みにリズムを取っていることから、剣術に拳打を取り入れた戦法を取るタイプだということが窺えた。
レキも刀を抜くと、バトル直前のカウントダウンが開始。
GET READY FIGHTERS!
やがて空中に開始の合図が表示された直後、ユウナが即座に距離を詰めてくる。
「行きます!」
一方でレキは、半身を入れ替えながら彼女が繰り出す剣撃をかわしていく。
何度か剣撃をかわしたあと、ユウナがさらに距離を詰めてきた。
剣撃で牽制しつつ、打撃を行おうというのだろう。
ユウナは一度牽制に剣を軽く振って、レキが身を退いたところにさらに踏み込んで拳を振るった。
レキが拳を嫌がるような素振りを見せて、わざと体勢を崩すと、ユウナはここで決めにかかるとばかりに剣の柄を両手で握った。
彼女が上段からの真っ向斬りに転じると見て、レキも車の構えから刀を上段に取り上げ、正中線への真っ向斬り下げで対応する。
ユウナが剣を上段に取り上げた。
「せやぁあああああああ!!」
ユウナの発破の声が辺りに響く。
お互いの頭を打つ剣撃が頭上で×の字に交差し、衝突。
ユウナの剣は外に弾かれ、一方でレキの斬撃は彼女の頭部へと吸い込まれていった。
血しぶきを模したポリゴン型のエフェクト飛び散る。
緑色のHPゲージが目減りし、やがてオレンジ色に変わった。
普通はこれで頭を割られて斬り死にだが――これはゲーム。一撃では決着がつかないよう設定されている。
HPゲージは三分の一程度減らせたというところか。
ユウナは堪らず後ろへと飛び退った。
「そんな、どうして……?」
彼女は困惑している様子だ。
自分の剣撃が外れたことが、不思議でならなかったのだろう。
ユウナは気を取り直し、動き出す。
猛然と突進し、正面から諸手突きを放ってきた。
レキはそんな見え見えの動きに対して、突き出された剣を刀の鍔に載せるように上方へ突き出す。
ユウナの突きの軌道はレキの刀の鍔によって逸らされ、切っ先が彼の頭上へと逸れる。
お互いに剣と腕を上げたような状態で、鍔迫り合いの格好となった。
「くっ……」
レキがしっかりと柄を保持する一方で、ユウナは剣を震わせている。
押しても動かず。だが下手に剣を引けば斬られる。力を緩めても斬られる。にっちもさっちもいかないと言った具合だ。
そんな風に、彼女が鍔迫り合いに苦慮する中。
レキは切っ先を上に向けた状態で、その場に座り込むように身体を大きく沈ませる。
「わわっ!?」
レキが拮抗から離脱したせいで、ユウナがバランスを崩した直後。
その場に屈みこんだ状態で、上を向いた切っ先を彼女の喉元へと突き込んだ。
――新當流 霞ノ太刀 遠山。
WINNER。
レキが技を繰り出した直後、空中に勝利を示す文字が浮かび上がる。
「ん……俺の勝ち」
「あ……」
ユウナが呆気に取られる中、もと居た位置へと戻る。
立ち合いのリザルトが表示され、VPが加算された。
彼女が慌ててウィンドウを操作しているのが見えた。
おそらくはデスペナルティから復帰の操作をしているのだろう。
「も、もう一回です! もう一回お願いします!」
「ああ、構わない」
そう言ってウィンドウを操作すると、すぐに先ほどと同じようにカウントダウンが開始され、空中に赤文字が並んだ。
バトル開始と共に、ユウナはステップを踏んで、レキをかく乱しにかかる。
先ほどすぐに倒されたためか、間合いの外で様子を見ることにしたらしい。
ひとしきり周りを回って、隙を見出そうとしているのだろう。
彼女の動きに追いつけなくなったところで、仕掛ける算段だ。
それならばと、レキはわざと挙動を緩慢にして、正面に捉えられないタイミングを作る。
するとレキが予想した通り、ユウナはそのタイミングで肉薄し、拳や蹴りを繰り出してきた。
だが、レキはそれを足捌きでかわすだけだ。
足を道路にするすると滑らせるようにして回避。
なんの危なげもない。
彼女は素直な動きをしているため読みやすいのだ。
半身を引いてかわし、彼女の剣が空振ったところを斬る。
「あぐっ!?」
彼女が打ち掛かってくるのに先んじて、レキが打つ。
「ううっ!?」
後の先の技、先々の先の技と打って続けざまに勝利する。
レキの勝ちが確定するたびに、もう一回、もう一回と彼女から試合を申し込まれる。
再度、ユウナから試合が申し込まれた。
「……こういうゲームだし、俺は別に構わないけどさ、普通こんなにしつこく勝負挑んでいいものなのか?」
「その……そうではありませんが」
「だけど?」
「せ、せめて一撃でも入れないと!」
「意地があるってわけか」
最初の一回目に納得がいかなくても、それでも立ち合いはだいたい三回程度に落ち着くはずだ。公式からも、しつこいバトルの申し込みは推奨されていない。
レキとしては別にデメリットもなく、むしろVPが増えていくため構わないのだが。
再びバトルが始まるものの、やはり彼女の動きは変わらない。
周囲を縦横無尽に動き回るものの、かく乱にすらなっていないのだ。
こういうものは相手の目を惑わす前に、踏み込みの位置やタイミングをずらさなければ結局は同じということに全く気付いていない。それ以前に、好位置を取ってそこから攻めようとしていない時点でもうダメなのだ。
「っ、当たらない……」
当然だ。剣技の中に拳撃や蹴撃など打撃技を組み込めば、必然動きは派手なものになってしまうし、動きが派手になればその前後にできる隙も大きい。わざと大仰な動作を組み込んでいるのなら話は別だが、そうでないのなら意味がない以上に害悪ですらある。
彼女の打撃があまり練られていないのも問題だ。動きにまったくキレがない。
正直なところ、こんな風に剣技と打撃を連続技のように出す戦法は、レキの好みの戦い方ではなかった。剣技なら剣技、打撃技なら打撃技と、メリハリがないのはどうにも隙が多すぎた。
だからなのか、試合中にもかかわらずついつい忠告が口をついて出てしまう。
「打撃に意識を置き過ぎだぞ。剣の振りがおざなりになってるせいで、打撃を狙ってるのが丸わかりだ」
拳をゆらゆらと揺らしている。これは打つと自分で白状しているようなものだ。打つぞ打つぞと気が逸っていれば、次の動きも読みやすい。
「蹴り技を出すならもっと腰を回転させろ。前蹴りは重心が前に来ないと蹴り足に威力が乗らん」
蹴り足が遅く、威力も軽い。これはただ足を振っているだけという証拠だ。腰をしっかり回さなければ蹴りに力が入らず弱いまま。
「拳を使うならもっと肩を入れろ。肩が前に来ない拳なんぞへなちょこパンチ打ってもしょうがないぞ」
そもそも拳打も、拳を前に突き出しているだけだ。拳打を繰り出す場合、拳と腕を水平にして肩を前に出すのは、どの武術でも常識的なことだと言えよう。
「意識がどっちつかずになってるな。剣の握りが甘くなって、ふっ飛ばされるぞ。こんな風に」
剣を振るときにすでに意識が拳にある。そのせいで、力の加減が甘くなる。
剣をくるりと巻き上げてグリップデバイスごと上方へふっ飛ばした。
「あっ……!」
剣を失ったユウナの首に、すかさず水平斬りを見舞う。
首飛ばし。
WINNER
「も……もう一回です!」
再び試合が開始された折。
レキは車に構える。左肩を前に出して、柄を腰元まで下ろし、切っ先を後ろに伸ばすような構えだ。
レキが左肩を見せたせいか、ユウナはそこを狙って動き出す。
焦っているのだろう。勢いに任せて剣を振り上げ、上段で斬りかかってきた。
肩口を狙う剣撃に対し、レキは頭の上で半円を描くように刀を持ち上げる。
右足を前に出して左足と並行に揃え、振り上げた刀で正中線に沿うようにそのまま真下へと斬り落とした。
剣が交差した瞬間、彼女の剣は外側に外され、レキの刀の剣尖はユウナの小手を切り裂く。
切り裂いたのち、レキは刀を即座に右片手に持ち、上方に突き出すようにして、ユウナの喉へと切っ先を突き込んだ。
動きを縫い留めた折、刀を引き抜いてさらに袈裟掛けにバッサリ斬る。
「うぐっ……」
ユウナの口から呻くような悲鳴が漏れた。
喉への一撃がかなり高威力判定なのか、三撃でHPゲージが空になる。
WINNER
レキはわき腹に手を当てて口を開く。
「まあ、なんだ。総評として全体的に隙がでかいな」
そんなことを言われたのが悔しかったのか、ユウナは少し苛立った表情を見せる。
「っ、余裕ですね」
「ああ、余裕だ。それだけ実力差があるからな。そうじゃなけりゃ一太刀も浴びせられないなんてことはない」
「……はい」
辛辣な物言いかもしれないが事実そうなのだ。
本人が理解していないのなら、誰かがこうして言わなければならない。
そもそも彼女は、両刃剣の利点さえうまく使っていないのだ。刃の表裏の入れ替えは、両刃剣の強み一つだ。刃面が両方にあるため、打ち下ろしても、手首を返さずにすぐ切り返しに移行できるし、どちらの刃面で斬りかかってくるのか一見して読ませないのも技術の一つ。剣と鍔を利用したバインドなどその最たるもの。それらをまったく使えていないのであれば、鉄の棒をがむしゃらに振り回しているのとどう違うと言うのか。
……巧みな両刃剣の使い手は、刃の裏表の入れ替えが目まぐるしく、それこそ目が回るほど。油断をすればすぐに刀を絡め取られ、動きを封じ込められる。そこまではいかずとも、少なくともその流れを汲む動きがあって然るべきだろう。
ふと、横合いから声がかかる。
「……君、ちょっとしゃべり過ぎじゃない? あと、上から過ぎる」
「それは同意する。でもそれだけ動きが良くないんだよ。身体が動かないわけじゃないのに動けてないっていうのはなんていうかこう……こっちも見ていて歯がゆいものがある」
「そういうもの?」
「そういうものだ。きちんとした動きの理論や剣技を覚えればだいぶマシになるはずだぞ」
「……ユウナは100位台のランカーだけど」
「つまりそれ以下の奴らは実力がどっこいどっこいかこれより下ってことなのか……うーん、これは思った以上につまらんのかもしれないな」
レキはついついため息を吐いてしまう。
さすがにこれには、微妙な気分にならざるを得ない。
人間はなんでも攻略法を考えたがるもの。
相手に勝つために頭を巡らせれば、なんだかんだ形になっていくはずなのだ。
ゲームとは言え、身体を動かして勝負をする以上は、身体の動かし方もサマになっていくと思うのだが。
もしかすればウィルオーはかなり珍しい部類に入るのかもしれない。
そんな風に思いながら背を向けて、元の位置へと戻る。
すると、
「もう一度! もう一度お願いします!」
「ガッツあるなぁ」
彼女も勝てないことはわかっているだろう。それでもこうして何度も挑戦するということは、先ほど言った通り、一太刀くらいは浴びせたいという意地があるのだと思われる。
そうだとしても、これは少し意固地になり過ぎのようにも思えるのだが。
(…………)
ただ、悔しさが滲んでいるようにも見えないのがどうにも解せない。
こんな風に何度も挑戦を挑んでくる輩は、自分の負けを認めたくないからやるというのがほとんどだ。しかし、彼女はそう言った者にありがちな『いまのは油断しただけ』『調子が乗り切らなかった』などの言い訳をするわけでもないため、その辺がよくわからない。
「……その、VP大丈夫か? さすがにこっちも心配になるんだが。確か対人戦で負けたら結構減るんだろ?」
「こ、これまで溜めた分がありますので……」
「まあ構わないならいいけど、その辺りよく考えてくれ。さすがに素寒貧にさせるのは気が引ける」
「……はい」
そんな風に言うが、表情が曇っている。やはりデスペナルティからの復帰に掛かる消費は、馬鹿にならないようだ。
立ち合いが開始され、再び彼女と切り結ぶと。
「ん。すぐ合わせたか」
先ほど忠告した通り、拳打を打つときは肩を前に出しているし、拳のゆらゆらも止まった。蹴り足も、威力が乗るように意識して繰り出されている。
言われただけですぐにそれを実行できるのは驚嘆に値する。
しかも、意識が矯正に寄ったせいで、他の動きに影響が出るということもない。
これもAIだからできる芸当なのか……レキは「随分物覚えがいいな」と思いつつ。
しばしユウナと切り結んだあと、お互い間合いの外まで下がる。
レキのHPゲージに減少はなし。
一方でユウナの方は、浅い斬撃を数回程度受けたせいで四分の一程度目減りしている。
ハレンから声がかかった。
「……ユウナ、アシストエナジー」
「いえ、このままやります」
「俺は構わないが」
「……それでも勝てる自信があるということですか」
「だってそれって動きが速くなったりするだけだろ?」
「えっと、普通それは物凄い脅威だと思うのですが……」
「俺はそこまでのことには思えないけどな。むしろそれ以前の問題だ」
「それ以前、ですか?」
「そう。基礎的な動きもそうだけど、見る必要のあるものを見ていない」
「それは?」
「これは……ああ、たぶん言ってもわからないから気にしないでくれ。知りたいなら門下生にでもなってもらわないとな」
「門下生……?」
そんな風にうそぶいて、適当に誤魔化しておく。
ユウナは減少したHPに対し、治療薬を使う素振りはない。
バトル中に治療薬を使用すれば受けたダメージを回復できるが、こちらはアシストエナジーなどのアイテムとは違って「飲む」という挙動を取らなければならないため、隙が大きくなる。なんでもありの殺し合いならまだしも、こういった戦い方をする場合は使うはずもないか。
ユウナに打ち掛かりの機が見え始めたみぎり。
「時間もいい頃合いだ。そろそろ終わらせようか」
「これが最後ということですか?」
「そういうことだ。どこかで区切りを付けないと極貧生活をさせそうだからな。ここは俺の方から指定しとくよ」
そうしないと、彼女はこのままVPが尽きるまでやりかねない。
何が彼女をそこまで駆り立てるのかは知らないが、この辺りで止めておいた方がいいだろう。
空中に開始の文字が映し出された折。
「眼は流星に似て、機は掣電の如し」
レキはなんとはなしに禅語の一節を唱えつつ、鷹揚に刀を頭上へと持ち上げる。
右上段の構えを取り、足をするすると動かしながら。
「ひくいなずま――」
ふっと声を漏らすようにそう言って、機敏に足を動かす。
直後、ユウナの無防備な頭上に刀の物打ちを振り落とし、股下まで斬り下げる。
空中に赤文字で『WINNER』という文字が表示された。




