第九話 AI知性体
この『Swordsman’s HEAVEN』は、プレイヤーが島内を自由に回ってエネミーを倒すという形式を取っている。
戦績とランキングによって解放されるエリアが決まっており、それに合わせてエネミーの強さも段階的に上がっていくという。
解放、未開放を作るこの仕様は、プレイヤーが自分の実力を超えるエネミーと遭遇しないようにするための措置らしい。もちろん未開放エリアはエネミーが出現しなくなるだけで、そのエリアに行くことは可能だそうだ。
ともあれ、やはりと言うべきか、行けるエリアに出てくる雑魚エネミー相手ではすぐに物足りなくなってしまった。
「つまらん……」
さきほど気に食わない相手に指摘されたばかりだと言うのに、言葉が口を衝いて止まらない。
最近はどうもこればかり言っている気がする。まるで口癖にでもなったかのようだ。
プレイをしている以上、いずれこうなることはレキにもわかっていた。
それでも、彼がなんだかんだこうして淤能碁呂島に来たのは、上位陣に希望を見出したからだ。トップランカーたちはみな、最初期からそのランクに君臨している。プレイヤーの入れ替わりがある中で変動がまったくないということは、相応の実力を持ち合わせているということだ。
ならば、良い立ち合いができるかもしれない。
武藤の話ではないが、レキも妹の厚意を無駄にはしたくないのだ。
あのときは結果魂胆の話になったが、こころが本当に心配してくれているのはレキにもわかっている。だからこそ、胸を張って楽しかったと言いたかった。
「…………」
だからと言って、いますぐ高レベルのプレイヤーにPvPを持ち掛けても取り合ってはくれないだろう。
その辺りは地道にやっていかなければならないはずだ。
これもこのゲームの醍醐味だと考えて受け入れるべきか。
他のプレイヤーも同じ条件なのだ。自分だけわがままを言うわけにはいかない。
どうしようか考えながら散策路を歩いていると、ふと男女二人連れのプレイヤーが談笑しているのが見えた。
この島に来て仲良くなったのだろう。
片方は人間で、もう片方は人工躯体を得たAI、いわゆるアンドロイド、ガイノイドと呼ばれるような存在だ。
アンドロイドと言っても、過去の人間が多分に想像するようなロボットめいたものではない。人間と変わりない知能と感情を持ち、自分で物事を考えることができる、れっきとした知的生命体である。
彼ら彼女らは身体を構成する物質が違うだけで、ほぼ人間と思って差し支えない。
エネルギー代謝や死も存在する。
男女が基幹部分の情報を持ち寄れば、疑似的な生殖も可能だ。
そのため、機械生命体と言った方がニュアンス的には正しいかもしれない。
『AI知性体』。未来世界ではそう呼ばれる、人類の親しき隣人だ。
ヒトと彼らの違いを見分ける方法はいくつかあるが、AI知性体は名前の照会のとき、フルネームで表示される。これはまだ差別があったときの名残だそうだが、『Swordsman’s HEAVEN』でも表示されるプレイヤーネームはフルネームそのままだ。例外はいくつかあるそうだが、ほとんどがこれで見分けられると言っていい。
先ほどウィルオーが名前を挙げたイヴ・サンズもAI知性体であり、このゲームの上位陣もほとんどが彼ら彼女らで占められているという。
……彼らを見送ってそのまま歩いていると、エネミーのシンボルが見えた。
キューブ型のシンボルが、ピカピカときらめいている。
プレイヤーがこれに接触すると、エネミーとのバトルに移行する。
いまのところエンカウント数は数える程度だが、バトルを重ねてそれなりにわかったこともあった。
それは、エネミーがプレイヤーを攻撃する際、主にプレイヤーの頭や胴などを対象に狙ってくるということだ。より多くのダメージを入れるというルーチンがあるのか、駆け引きなどもなく、必ずそういったダメージが大きくなる場所へと打ち掛かってくる。
剣を握っている手や腕を斬るという動きはほぼしないし、振りかぶりもやたらと大きい。
そのおかげで、こちらは随分とやりやすい。
古流の技に倣って、先に小手や腕を斬ればいいからだ。
剣を振りかぶってから大きく振り抜く動作を取る場合、必ず剣より先に拳が前に出る。
それを狙えば、容易く先手を取れるのだ。
……剣で頭や胴体を狙う場合、相手に向かって深く踏み込む必要があるため、どうしても動作が一つ分多くなる。
剣を振り上げるのがまず一つ。
剣が相手に届く位置まで踏み込むので二つ。
振り上げた剣を振り抜く。これで三つだ。
一方レキは、剣を振り上げるのがまず一つ。
エネミーが間合いに踏み込んでくるのを待ち、深く踏み込んできたのち、剣を振り下ろそうとして下がった相手の拳や腕を狙って斬ればいい。これで二つだ。
同じ速さで動いていれば、エネミーの方が踏み込み分で一動作多くなるため、動作の少ないこちらが必ず先にエネミーを斬れる。
相手が遠い場所に狙いを付け。
相手が勝手に間合いに踏み込んできて。
相手が斬りやすい部分を晒してくれる。
これほど簡単な立ち合いもないだろう。
……シンボルに触れると、空中に光学ラインが引かれ、ゲーム領域が展開される。
腰に差した刀に手を掛けると、正面にエネミーの立体映像が投影された。
散策路にいたプレイヤーたちがすぐに観客に様変わりする。
GET READY FIGHTERS!
開始の合図が出るが、あえて抜くこともない。
「なんだあいつ? なんのつもりだ?」
「おいルーキー、ゲーム始まってんぞー」
「ぼさっとしてると斬られる……って、聞いてんのか?」
そんな声が耳に届く中、エネミーの懐に入り込んで、まず顔面に軽く当て身を食らわせた。
このゲームは剣を当てなくても敵を倒すことが可能だ。
武器を使って戦うと銘打ってはいるものの、案外何でもありとなっている。
エネミーは手首を回す要領で剣を振り回す。
レキはそれをかわしながら、さらに二、三度当て身を入れた。
エネミーが虚を突かれてひるんだところを、決めにかかる。
狙いは鼻と口の間にある縦の溝……人体急所の一つである『人中』。
ここを打つと前歯が折れるどころか呼吸困難に陥り、相手を死に至らしめる。
生身の相手には絶対に打ってはいけないとされる部分だ。
拳は中高一本拳……拳を握ったまま中指を軽く前に出し、人差し指と薬指で挟み込むようにする。
手の甲部分と腕は水平になるように意識し、打つ方の肩を入れる。
ヒット時、上半身がちょうど横向きになるように腰を回転させ、反対側の肩で押し出すように打ち込む。
――人中殺。
ヒットすると、もともと軽い当て身で削れていたHPゲージが一気にゼロまで減少する。『NORMAL』のモードではこうはならないだろう。『TRULY』モードにしているからこその減少具合だ。無論これが生身の人間であれば、この一撃で昏倒することは疑うべくもない。ゲーム中であれば衝撃緩和が働くため、相手プレイヤーの安全に気を遣う必要もないのだが。
空中にWINNERの文字が躍る。
……受けたダメージはバトル終了後の時間経過、もしくはバトル中の治療薬使用によってのみ回復できる。いまのところ一撃ももらっていないため、このモードだと実際にどういった具合でHPゲージが減るのかはわからないが。
撃破されたエネミーが、ポリゴンとなって砕け散った。
「殴って倒しやがった……」
「すげぇ。殴りでもあんなダメージ入るんだな」
「よくあんな軽くかわせるもんだ」
称賛なのか、驚きなのか。
やがてエネミーとのバトルが終わり、領域が消失する。
だが、レキにバトルを申し込んでくる者はいない。
この辺りはまだルーキーが多いためだろう。
様子見に回りたいのか。単にしり込みしているのか。
おい。
お前やってみろよ。
いや……。
レキの耳に、そんな声が聞こえてくる。
そんなバトルが終わってギャラリーが散っていったあと。
花壇の縁に腰掛けて、空を見上げる。
漂う雲と、抜けるような青空だ。空模様は、過去の世界となんら変わりない。
変わったところと言えば、技術が目に見えて進歩して、AIという『新しい人類』が増えただけだろう。
――どうして自分は、こんなところに来てしまったのだろうか。
「…………」
それは、幾度となく考えたことだ。
あのとき己は、剣によって潔く果てたのだ。ならばあのまま、潔く果てさせて欲しかった。
なのに、こうしていま、二度目の人生を送っている。
生まれ変わってからの生活は、どこか空虚だった。
まるで半身を奪われてしまったかのように、何かが欠けている。
何をしても、剣術に打ち込んでいたときより、身に入る熱意が足りない。
こころの言う通りだ。上手くやっているように見せて、どこか身が入っていない。
レキは鬱屈とした考えを、頭を振って払いのける。
前言を撤回し、早めにPvPにでも手を出そうかなと思い始めていると。
(後ろに二人……やっぱり俺に付いて来てるよな)
武藤と話をし終えた辺りから、気配が二つ、付かず離れず付いてきている。
さてなんなのかと思案しつつ、気付かないふりをしながら再び歩き始めた。




