3回目は賢くなっていた。
脇役王子が主役になりました。
ジュネーヴェラが何故3回目の人生を歩み出せたのか、の裏話。
名前も無かった脇役王子視点ですが、主役にしたら性格がコレか……と作者本人が衝撃を受けました。
同性愛の発言が有ります。タグも付けました。お気になさる方は、読まない事を推奨します。ただ、サラリとした表現だと作者本人は思っています。
初めて会ったのは、夜会で、だった。
あの女が15歳。デビュタントの夜会。コールマンから紹介された。その時の感想は「良く似た顔の妹」で「地味」だった。所作はさすが侯爵令嬢、とでも言うべき美しさだったが、褒められる部分はそれだけ。
似た顔でもコールマンは俺の側近として楽しそうに働いていたから、地味だとは思わなかったけど。あの女はあまり楽しそうな表情が無かったな。表情が変わらずとも目の輝きで分かるものだが、目に輝きすら無かった。
コールマンから時々「可愛い妹」だと自慢されたが、偶に見てもとてもじゃないが「可愛い」とは思えなかった。あんな目も表情も無を表した顔じゃあな。実際、婚約者の男もつまらなそうな表情だった。
そして。
「くだらない事を仕出かした愚かな女」
という評価を下した。
異母妹と父親と義母に虐げられているらしい、とコールマンが悔しそうに言っていたのは知っている。どうやって助けてやればいいのか、悩んでいた事も。
コールマンが動こうとしても、当の本人が大丈夫だから、と手助けを拒んでいた。そんな妹に手助けをしてやろうとするコールマンの優しさは気に入っていたけど、拒否する妹は馬鹿な女、くらいにしか思ってなかった。
そして、本当に馬鹿な事を仕出かした。
婚約者を異母妹に奪われた腹いせに、苛めていたらしい。それにより婚約破棄され、修道院送りの憂き目に遭った。……正直どうでもいい話だった。
ーーコールマンが俺を頼って来なければ。
コールマンは俺の優秀な側近だった。俺は男でも女でも賢い人間が好きだ。その賢い人間であるコールマンが、妹の冤罪を晴らしたい、と俺を頼って来た。本音は舌打ちしたい気分だった。冤罪だろうが真実だろうが、俺には関係ない。真実なら馬鹿馬鹿しいし、冤罪でも貶められる奴が悪い。それが俺の心情だった。
だが、コールマンが妹を気にして仕事に支障を来たすのは見逃せなかった。仕方なく手を貸して……結論から言えば、多少の苛めには関わっていた事が判明した。それに便乗した周りの所為で大事になったらしい。冤罪とも言い切れない状態に、俺はコールマンの妹も悪かった、として、修道院から出す事はしなかった。
コールマンの妹が入っていた修道院は、王都の外れにあるリッタ修道院。王都なので、王族の管理下にあり、代々の修道院長は王族の人間が務めていた。だから修道院長は、今回の一件を俺が話した事で知っていた。コールマンの妹は、修道院長経由で俺が調べた事を聞いて納得したようだった。修道院を出たい、とも言っていなかったのは、まぁ自分の立場を弁えているだけマシか。とそれくらいは認めてやった。
寧ろ、コールマンの父と義母の方が騒がしかった。
「それは、本当か?」
「はい。どうしますか?」
「……知らなかった事にしとけ」
時々修道院の事を知りたがるコールマンのために、妹の様子を王家の諜報員に探らせていた。ついでにコールマンの父と義母と異母妹についての動向も調べさせていた。その際に聞いたのは、義母の実家である商会が、毒物を用意したという事だった。
コールマンに使用するなら全力で叩き潰すが、目的が分からないので様子見だった。それから直ぐに諜報員が報告をして来たのが、修道院に入っている妹に使う、という事だった。
それなら良い。
俺は放置する事を選んだ。修道院長には、あの女への差し入れは疑わずに入れてやるよう頼んでおいた。そうして数日後。あの女はコールマンの差し入れ、と偽られた毒入り菓子を食って死んだ。
俺が抱いたのは、これで面倒事が片付いた、という開放感だった。……そう思っていたのに。
ーー俺は、見誤っていた。
コールマンの妹への愛情深さを。
俺にも兄弟が、妹が居るけれど、コールマン程の愛情は抱いてなかった。
だが、父親からは見向きもされず、母親は他界している。妹だけが、コールマンの家族だった。その事を知っていたけれど、気付いていなかった。理解していなかった。
コールマンは、妹が死んだ事を知ると、その時から感情を失ったような顔をしていた。同時に、俺の側近の仕事を他の者に引き継ぎ、ファラン侯爵の地位を返上した。領地も領民も王家に返して来た。全てを片付けるやいなや、妹の後を追って死んでしまった。
俺は呆然とした。
何故、コールマンが死ななくてはならなかったのか、と。
あんな愚かな真似をした妹の為に後を追うなんて、馬鹿な事をするとは思っていなかった。愚かな妹が死んだのだから、清々して気分一新になるとばかり。
だが、結果は……。
コールマンが死んで、俺宛の遺書を読んだ時、俺は泣いた。
『尊敬するエリンヒルド第二王子殿下。殿下のお陰で妹の冤罪が晴れました。妹の……ジュネーヴェラの悪い部分も有りましたが、それでもジュネは反省していたのに。ジュネは死んでしまった。もう会えないのなら、死後に会うしかないのです。俺は……私はジュネに会いに旅立ちます。お世話になりました。ありがとうございました』
俺が放置しなければ、コールマンは死ななくて済んだのに。次から次へと後悔が尽きない。コールマンは気付いただろうか。ジュネを死なせたのは、父と義母だという事に。そして、それを放置した俺の事、も。知りたいような知りたくないようなそんな心持ちのまま、俺はどうしようもない後悔に押し潰されそうになっていた。
だから。俺は教会へ向かった。
王族にだけ伝わる祈りがある。只の言い伝えなのか、真実か。そんな事は分からない。だが、やってみる価値は有った。いや、それに縋りたかった。
王族にだけ伝わる祈りとは、己の命と引き換えに一つだけ願い事を神が叶えてくれる、というもの。その願いが本物なら叶えてくれるそうだ。俺はその祈りを神に捧げた。神が願いを聞き入れたのか、或いは神とは違う存在なのか、とにかく俺の願いは果たされた、と薄れゆく意識の中で理解出来た。
ーーもう一度、コールマンに会いたい。
その願い通り、俺はコールマンに会えた。2度目の人生の始まりだった。教会で意識を失ったのに、自室のベッドで目覚めたのがその証拠だ。そうして俺は諜報員を使って、ファラン侯爵家の事を調べた。
どうやら、コールマンが死ぬ原因となったあの女も生きているらしい。そして俺が若くなっている。どうやらあの年……コールマンの妹であるあの女が18歳。俺とコールマンが23歳だったあの年よりも前、あの女が14歳。俺達が19歳の年らしい。なんだって構わなかった。コールマンに再び会えたのであれば。
そうして迎えた2度目の人生。
今度はコールマンと過ごす日々を大切にしよう、と1日1日を惜しむように丁寧に過ごした。それなのに。再び迎えた年齢に、あの女は……コールマンの妹は、婚約者から婚約を破棄された。
2度も同じ事をされているなよ! バカか!
それが話を聞いた俺が抱いた思いだった。頭の悪い人間は繰り返す人生でも頭が悪いんだな、と、この時の俺は本気で思った。
どうやら今度は異母妹を苛めていなかったようだが、同じ状況になる時点で、あの女は負けたのだ。
罠に掛けられ嵌ったバカが悪い。
それが本音だが、またも頼って来たコールマンのために、仕方なく冤罪を晴らしてやった。だが、苛立ちは治まらなかった。2度も同じ状況に陥るな、と文句を言ってやりたい。だが、それ以上に責任を取る、と言ってコールマンが男爵家への降爵を願い出るなんて思ってもみなかった。それは同時に、俺の側近を降りる事も意味する。
元々男爵位だったなら問題なかった。だが、侯爵が男爵に降爵など、問題有りと見做される。そんな人間が王子の側近という立場など、足を引っ張りたい連中からすれば、好都合になってしまう。つまり、付け入らせないために、俺の側近を辞める。
俺は嘆息した。
何故、コールマンはここまでやる?
いや、自分の父親と義母と異母妹がやらかした責任を取って、という事なのだろうが、コールマンは家族として見向きもされていなかっただろう。
だが、それは言えない。言った途端に、他の貴族共から俺の足元が掬われる。結局、コールマンが去って行くのをみすみす見逃しているしかなかった。
同時に、俺の心に悪どい声が囁いた。
それは俺の心の悪い部分なのか、それとも魔物か何かの囁きなのか。
また、祈ればいい。同じように再び人生をやり直せば良い。ーー己の命と引き換えに。
その囁きに耳を傾け、俺は時を待った。あのバカ妹が死んだ時がやり直しの時だ。そうして俺はその情報を耳にした。あの女の元婚約者が逆恨みして、人殺しを雇った、と。それも10人も。相当恨んでいるようだ。
本来なら巡回している警備担当の騎士団が居る。だからその日から1週間程前に、偽の情報として野盗が出るようだ、と騎士団に別の巡回路を指示していた。騎士団はそれを信じて別の巡回路を巡回していた。
これで、確実にあの女は死ねる。あの女が死んだらおそらくコールマンも死ぬ。コールマンが居ないなら俺も生きている意味が無い。だから俺も願おう。
結果として、俺の望んだ通りになった。巻き込まれた2人には悪い事をしたが、あの女は死んだ。コールマンはそれを知り、嘆きに嘆いて、後を追った。俺はそれを知って直ぐに、再び教会へ向かった。再び同じ願いを祈る。だが、この時に俺は前回とは違う経験をした。
“そなたの前回の祈りは、運命による悲劇を嘆いてのものだったから、受け入れられた。しかし、今回はそなたが態とこの事態を願って静観していた部分も有る。とはいえ、そなたの願いは前回も今回も愛情故のもの。私は愛を司る神である以上、その願いは無碍に出来ぬ。だからこそ3度目は、そなたの命だけでなく、そなたが真に愛を乞いたい相手の心が手に入らない、という罰を付ける。それが此度、そなたがこの事態を態と起こした事の対価”
……その言葉と共に俺は再び、自室のベッドで目覚めた。
俺が真に愛を乞いたい相手の心が手に入らない?
既に手に入らない思いをしているのに?
神だかなんだか分からんが、分かりきっている事を今更言われても。
俺は愚かな事に、そんな事を思いながら、神とやらを鼻で笑っていた。
3度目はやはり、19歳だった。ところが、3度目の人生を迎えた日の午後、俺は驚く事になった。コールマンから、内密にしてくれ、という念押しと共に妹が婚約解消を狙っている、と言い出したのだ。
「婚約解消? 別に王命でもない、ダット家とファラン家の約束だから構わないんじゃないのか?」
「ああ。だが、学院を1年早く卒業する予定だ」
「……あのシステムを利用するわけか?」
「そうだ」
「何故」
「親友であるエリンヒルドになら話すが、第二王子殿下には話さない」
「……つまり、プライベート且つ誰にも知られたくない内容だ、と」
コールマンが頷いて俺はそのつもりで聞くよ、と言った。そして語られたのは、あの女にも2度の人生の記憶が有ったという事。その記憶から婚約破棄されて冤罪を被せられるより、円満に婚約解消をしたい、との事だった。
……成る程。3回目は賢くなったらしい。
もっと早くその賢さを出していられれば、俺は2度もコールマンを失わなくて済んだのに。だが、まぁいい。せいぜいコールマンの計画通りにやるといいさ。コールマンの側近? それくらい構わん。暫く城に滞在する事もまぁ許可してやろう。だから今度は、コールマンを死なせるような愚かな言動はするなよ。
そう思いながら、俺はコールマンの妹の奮闘を高みの見物で眺めていた。
コールマンさえ生きているなら、どうでもよかったから。
そうして本当に異母妹が入学する前に卒業してきた。同時に3度目の人生では初めてとなるコールマンの妹に会った。
正直、2回の人生で、その地味な顔立ちと愚かな言動に辟易していた身としては、3回目の今回、会っても印象が変わるわけがない、と思って憂鬱だった。コールマンが生きているのだから、どうでもよかった。
「殿下。妹のジュネーヴェラです」
「はじめまして。ファラン侯爵家を出て参りましたコールマンの妹・ジュネーヴェラと申します」
相変わらず綺麗な所作だな、とカーテシーを見て思う。下げた頭に声を掛けて、顔を持ち上げたコールマンの妹……ジュネーヴェラを見て、俺は息を呑んだ。
その目にはコールマンと同じ……いや、それ以上の輝きが宿っていて、俺は悔しい事にその目に興味を抱いてしまった。
「ジュネーヴェラ、だな。話は聞いている。今度は賢い選択をしたようだな」
だから、そんな失態を犯した。コールマンは今度は、という表現に、ジュネーヴェラは3回目の人生を送っている事を自分が話したから、と思ったようだが、ジュネーヴェラの方は実際に3回目の人生を歩んでいるせいか、俺も同じく記憶持ちだ、と気付いたようだった。
「ねぇお兄様。お兄様から殿下に私の事を話した事は納得したけれど、私の口からもう一度殿下に話した方が良いと思うの。少しだけ2人だけにして下さいます?」
「分かった」
コールマンは一瞬、未婚の妹と婚約者の居ない俺を2人きりにさせる事を躊躇したようだが、アッサリと頷いた。俺とジュネーヴェラとどちらを信用しているのだろう。いや、どちらも、か。
「殿下は回りくどい言い方を好まれるかもしれませんが、簡潔に伺いますわ。殿下が私を殺させた黒幕ですわね?」
尋ねる、と言いながら確信に満ちた声。だが俺は無言で先を促した。
「1度目に死ぬ時に思いましたの。先触れもなく修道院を訪ねて来る事のないお兄様。確かに私にお菓子を持ってらっしゃいますが、来られない日にお菓子だけが届くにしても、その連絡が私にあるはずですわ。それなのに、訪ねる連絡も訪ねられなくなった連絡も何一つ無く、いきなりお菓子だけが渡された。それで分かりました。リッタ修道院は王族の管理下にある。院長様は王族出身。ならば、この菓子は少なくとも王家のどなたかがご存知の上で届いた。つまり死ね、という事だ、と」
煌めく目で俺を見据えて来るジュネーヴェラ。不敬だ、と咎める事は簡単だったが、俺は何もしないで先を促す。
「2度目が始まって直ぐに、あのお菓子がどこで売られているのか確認し、義母の実家の商会が取り扱う菓子だと知りました。つまり王家は間接的に関わっているだけで、実際に毒物を混入したのは、義母経由だ、と。それから2度目の死の間際。野盗を騙った人殺し達が10人も居る事態に、またも王家が関わって居る事を知りました」
「野盗と王家が繋がっている、と?」
不快になって口を挟めばジュネーヴェラは、得たり、とでも言いたそうに微笑んだ。
「いいえ。グヴィル様が逆恨みで頼んだ。それは間違いないでしょう。しかしながら、王都において、3人以上の不逞の輩は警備を担当している騎士様達が見つけるはず。それにも関わらず、10人もの不逞の輩が私と巻き込んでしまった2人を取り囲んだ。有り得ないことですわ。つまり王家のどなたかが態と騎士団の警備部隊の視線を逸らした。そう考える方が不自然さが有りませんわ」
「それで、俺だと思ったのか」
「たった今、殿下が仰りましたわ。今度は賢かった、と。お兄様は私の話をしたから……の発言だと思っていらっしゃいますが、寧ろ殿下の仰り方は、実際に私の事をご存知だと思われる発言でしたもの。となれば、殿下は私と同じく記憶を持って転生している。そう考える方がしっくり来ます」
「……成る程。それで? 俺が黒幕だとして、どうする?」
「別に」
「別に?」
「殿下の立場に立ってみますと、私は殿下にとって邪魔にしかならない存在ですわ。1度目は愚かな事を仕出かして、お兄様の顔に泥を塗るような事態に陥った。2度目も私が罠に掛けられたからお兄様の足を引っ張った。殿下は側近としてお兄様を大切にして下さっていた。つまり私が邪魔なのですわ」
……何故、ここまで頭が回るのに、2度も愚かな憂き目に遭ったのだろうか。
「随分、頭の廻りが良さそうだな」
「殿下。恋は盲目と申します。私は周りが見えていなかったのです。でも、3回目はもう自由になりたかった。あんな人を好きで居続けるなんて馬鹿馬鹿しくなりました。吹っ切れたら、色々と見えて来た。それだけですわ」
にっこり笑ったジュネーヴェラは、俺好みの賢い人間だった。俺はこういう賢い奴が好きだ。
「……良いだろう。お前を俺の側近にしてやろう」
「それは遠慮致します。お兄様の片腕にはなりたいですが、人の事を手駒のようにしか思わない殿下に使われる気は有りませんわ。結果的に殿下の手駒になったとしても、私はお兄様のためだけに働きます」
俺の側近を断って来るとは思わなかった。
こう言ってはなんだが、王子であり、男女問わずに惹きつけるような外見をしており、仕事もきっちり出来る、と自負している。
俺にマイナス点など無い。その俺の誘いを断った、だと?
「何故だ」
「私はお兄様の片腕になりたいだけですわ。たった2人の家族ですもの。……それに、私が大切にしていた侍女と護衛を巻き込んでも何とも思わないような人でなしに仕える気は有りません。殿下にとっては切り捨てられる命だったとしても、私にとってはそうではないのです。私だけなら構わなかった。けれど、使用人の命も軽く見た貴方になど、仕えたくもない」
それには、俺も反論出来なかった。確かに他の命も軽く見ていた。大事の前の小事だった。だが、助けられる命でも有った。それをしなかった、と非難されているらしい。
「…………殿下には、疑惑がございますわね。同性愛者だ、と。……別にその事について、どうこう申し上げるつもりはありません。構わないと思いますし。ですが、もし殿下が愛する者が、私の兄で有るならば……。お兄様も侯爵家の跡継ぎとして、それなりに切り捨てるべきものは切り捨てる方です。ですが、助けられる命を守る事もしないで切り捨てるような殿下が、お兄様を恋人にしたい、などと思うのでしたら、私は全力で反対致します。お兄様はギリギリまで守る事を考えて行動して、それでもダメならば切り捨てる方ですから」
「手厳しいな」
「ええ。申し訳ないですが、殿下の恋路は邪魔させて頂きます」
「そうか。……一つ訂正しておこう。俺は確かにコールマンを愛している。恋人にもしたい。だが。俺は男女を問わない」
「つまり、男性も女性も愛せる方、で、ございますか」
「そうだ」
「そして、現在、殿下が愛しているのがお兄様だ、と」
「そうだ。だから、お前の愚かさが気に入らなかった。俺は賢い者が好きだからな」
「そして3回目の私は、殿下のお眼鏡に適ったわけですか」
「だから側近に取り立ててやる、と言っているんだ」
「お断りします。もう一つお伺いしても?」
「なんだ」
「殿下が繰り返しの転生を願われましたの?」
「王家に伝わる祈りを神が聞き届けた」
即答はしなかったが、ジュネーヴェラは納得したらしい。そして何故、繰り返しの転生を俺が願ったのかという理由まで解ったのだろう。廊下で待っているだろうコールマンをまるで見ているかのようにドアを傷ましげに見つめていた。
「理由が解ったなら、尚更俺の側近になれ。コールマンを悲しませるな」
「殿下の側近でなくても、私がお兄様の側に居れば、お兄様は生きていて下さいますわ。何の問題も有りません」
俺をどこまでも拒否するジュネーヴェラが面白い。だが、気に食わない。こういう奴が俺に屈する姿を見るのが、俺は好きだ。
良いだろう。
直ぐに俺に屈するさ。
それまでは、その強気な姿を見せ続けてみろ。
俺がそんな事を思う間に、ジュネーヴェラはコールマンを呼ぶ。並んだ2人は確かに良く似た兄妹で、しかも俺好みの賢い人間。俺は2人共に手に入れたくなった。
まぁいい。偶には思い通りにならない相手が居るというのも退屈しない。
どうせ最後には、俺に屈するのだから。
そんな事を思いながら、迎えた王家主宰の夜会。
ジュネーヴェラは、目に輝きが出た事で表情が輝き、そして美しくなった。この俺ですら、目を奪われたのだから、元婚約者を含めたそこら辺の男共の視線を根こそぎ奪っていくだろう。
それが分かるから、なんだか腹立たしい。
誰にも見せずに俺だけが知っておきたい気持ちに駆られる。
閉じ込めてしまいたい。
誰にも触らせたくない。
そう思いながら、夜会に出れば、やはりジュネーヴェラは根こそぎ視線を奪っていく。
見るな、減る。
本気でそう思う。
地味な顔立ちだ、と本人も周りも思っていたのだろう。
だが、愚かな恋を吹っ切ったジュネーヴェラは、自分を磨き、労り、高めていた。自分に似合う服・化粧・装飾品に拘り、自分の好きな物や好きな事に熱中したジュネーヴェラ。だから、自身に一番似合う姿で着飾れば、他の見た目が良いだけの女共より美しくなった。
女達は流行のドレスや化粧等に敏感だから、その流行に乗る傾向がある。だが、それが全員に似合うわけではない。結果、イマイチなご令嬢も多い。対してジュネーヴェラは、自分に似合うモノだけを身につけている。
時に、流行よりも、自分に似合うモノの方が自分を輝かせる。そうなれば、必然的に人目を惹く。
ちょうど今のジュネーヴェラのように。
正にジュネーヴェラはサナギから羽化した蝶のように変化していた。
そんなジュネーヴェラを俺のダンスパートナーに。
コールマンに言われて仕方なく引き受けたが、こんなに注目されているジュネーヴェラと踊るのは悪くない。
乳兄弟でもある俺のもう1人の側近・ザザラスにも変わりたくない程度には、ジュネーヴェラを気に入った。
だから本格的に落とす事にした。ジュネーヴェラが俺の妃になりたいと望むなら、そうしてやってもいい。それくらい気を許していた。
ジュネーヴェラが妃で、コールマンは恋人になれずとも側近として側に居るなら、それも良いだろう。
……どこまでも身勝手に考えていた俺は、半年後、自分を殴りたくなるのだ。
神が言っていた【真に愛を乞いたい相手の心が手に入らない】というお告げの意味を、俺は半年経ってようやく知る。
ずっと俺は神の言葉を間違って解釈していた。
コールマンが俺を恋愛対象として見る事がないのは分かり切っているのだから、コールマンの心が手に入らないのは、言われずとも知っている。
俺はそんな風に勘違いしていた。
そうでなかったのは、本格的にジュネーヴェラに俺が落ちてから。
俺がどれだけジュネーヴェラの愛を欲しても、ジュネーヴェラは
「お兄様を恋人にするために、私を妃にしようなどと考えていらっしゃるなら甘いですわよ」
と、俺の本気を理解しない。
何故だ、と考えに考え抜いて、思い出した。真に愛を乞いたい相手の心が手に入らない。その言葉にあった愛を乞いたい相手とは、コールマンではなく、ジュネーヴェラの事だったのだ、と。
俺は今、3回目の人生では未だ王家に伝わる祈りを神へ捧げていない。だから、ジュネーヴェラの心を手に入れるために、俺は何を犠牲にすれば良いのか、神に伺いを立てようか、と思っている。
お読み頂きまして、ありがとうございます。
どうしようもない元婚約者の話を書こうと思っていたのですが、それよりも先に、ジュネーヴェラが逆行転生している理由が先か、と思いまして執筆しました。
脇役王子・エリンヒルドは、腹黒で傲慢だった……。
でも、ジュネーヴェラに振り向いてもらえないの、残念ね、と作者が笑います。
なんかエリンヒルド視点書いたら、元婚約者グヴィル視点は要らない気もして来た。少し考えます。
3回目なので〜を読んで下さった皆様、ポイントを下さった皆様、ありがとうございます。