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にぎやかで楽しい文化祭。再び、リカピンチ!!

17、にぎやかな出店


 

廊下の壁は生徒達の企画宣伝のチラシで色とりどりに飾られている。教室から、様々な音楽が流れてくる。生徒の呼び込みの声があちらこちらから聞こえる。廊下を行きかう人たちのにぎやかなおしゃべり。文化祭には、生徒達の保護者がたくさんくる。家族と久しぶりに再会した時の歓声が一番大きく耳に入る。

私は人ごみを避けるために校庭へ出た。昼間とは言え、11月の外気はすでに冷え込んでいる。吐く息が少し白い。

校庭では様々な屋台が出されている。一つ一つの屋台が、何処の店よりも目立とうと、派手な装飾で競い合っていた。

空手部の「割って! 焼きせんべい」、チアリーディング部の「クレープ・Cheerers!――買ってくれた方にはもれなく『応援』さし上げます」、サッカー部の「たこ焼きボール」。   

 部員数の少ない、ギター部と華道部は合同で店を出していた。「焼きおにぎり(バター醤油味)浅漬けとピクルスがついて来る!」

「あゆみ! あゆみ!」

突然背後から声をかけられた。

さやかが白い胴着を身に着けて立っている。

「うちの部のうどんを買ってよ」と私の腕を引っ張って、「うどん、柔」と書かれた屋台に私を連れ込む。

「ちょうどいいや。寒いから、何か暖かい物を食べたかったところなんだ」と私はさやかからうどんを一杯買った。

 そのあと、私はクラス企画のホットドック店に立ち寄った。

「どう? ホットドッグ、売れた?」と私は鉄板の上でソーセージを転がす静香に声をかけた。静香は忙しく手を動かしながら、

「まあまあかな」と言った。

「店から買ってくれる人はあまりいないけど、うちには優秀なセールスウーマンがいるからね」と笑う。

そこへ、

「ただいま」とリカが帰って来た。

「静香ちゃん、あと、30本追加でお願い!」

リカはとても楽しそうだ。今日は髪をお下げにしている。編んだ状態でも毛先がお尻に着き、時々腰に巻いているエプロンのポケットの中に入る。手には空になったお盆を持っていた。

ポケットの中に手を突っ込んで、リカは100円玉を次から次へとつかみ出してゆく。

「リカ、お釣りに使うかもしれないから小銭は持ち歩きなよ」と静香が言う。

しかしリカは「でも、重くて……」と言って、コインをまだ出し続けている。

見ると、リカのポケットは重みで今にも破けそうだ。

静香はコインの山に飛びつくと、数え始めた。私は静香の代わりに鉄板の上の肉の面倒をみる。

「……い、一万、一万百、一万二百……」念仏の様に唱える静香の声。

ホットドッグは一本100円で売っている。

「一万二千八百円」と静香は数えきった。

リカは文化祭一日目の午前中だけで128本ものホットドッグを一人で売ったのだ。

「リカ……あんた、すごいよ。」うめくように静香は言うと、リカに飛びつき、

「お金の良い香りがする~♬」と、上機嫌に深呼吸をした。

 


18、展示室


 

最近は日が沈むのが早い。午後四時近くなると、外は薄暗くなってきた。

私は生徒会企画の展示室にいた。訪問者も、この時間になるとほとんど居なかった。私は教室の入り口にある受付の椅子に座ってボーとしていた。

受付には色画用紙で作られた小さなカードが置かれており、訪問者は本校の学生にメッセージを残せるようになっている。展示を見に来た親達が子供に一言書き残すことが多い。メッセージは、書いた本人の手によってテープで閉じられ、そのまま受付にあるダンボールのポストに入れられる。文化祭が終わるまで、生徒会が厳重に管理する。

「あゆみちゃん、こんにちは」

突然、名前を呼ばれて顔を上げた。和美さんが立っていた。私は挨拶をすると、

「オダセン……いえ、小田先輩は今、クラス企画を手伝いに行っているようですよ」と教えてあげた。

和美さんは微笑んで、

「展示を少し見てから、茂に会いに行くわ」と言って、教室内のパネルに目を通し始めた。

白いセーターにベージュのスカートと黒いブーツを合わせている。ブーツと髪とのバランスがとても良い。和美さんが展示を見ながら首を傾げるたびに、髪がサラサラと動く。

キレイだな……。

私は机の上に頬杖をついて、またボーとし始めた。

廊下が騒がしい。誰かがけたたましく音をたてながら走ってくる。

「あゆみ! 大変!」

叫びながら入ってきたのは千絵だった。続いて静香と早苗が部屋になだれ込んでくる。

「まずいよ。今度こそヤバイ! リカが貞子先輩たちに拉致された!」静香の息を切らせている。

「リカ、きっと貞子先輩に、髪を切られちゃうよぉ!」

早苗の言葉に和美さんがハッとなって、振り返る。

「リカが今何処にいるか、わかる?」と私は問う。

「わかんない。……ついて行こうとしたんだけど、さやかや他の先輩達に邪魔されちゃって……」と千絵は下を向いた。

「でも、女子寮の何処かに居ると思う!」と静香は言いきった。

「早く行きましょう。リカちゃんの髪が切られる前に見つけなくちゃ!」いつの間にか私達の側に居た和美さんに急き立てられ、私達は教室を飛び出した。

 


19、女子寮の奥


 

女子寮に飛び込むと、最初に貞子先輩の部屋の扉を開けようとした。が、鍵がかかっている。

私はようやく気がついた。今日は文化祭で、外部から人がたくさんやって来る。盗難を防ぐために、寮内の全ての自習室と寝室に鍵がかけられているのだ。鍵を持っているのは、寮監督の先生だけだ。これでは私達はもちろん、貞子先輩達だって部屋には入れない。

「トイレとバスルームには鍵がかかってないよ!」と千絵が叫ぶ。とすれば……、

「更衣室だ!」静香は廊下を駆け出した。

寮の一番奥の、一番寂しい場所。

静香が扉を勢いよく開けた。

 

貞子先輩の左手がリカの髪束を掴んでいる。

私はさやかを見た。リカの右腕を両腕で抱え込むように、押さえている。取り巻きの先輩の一人が左腕を同じように持っている。

リカは床に膝を着きながらも、懸命に抵抗していた。

「さやか! リカを離して!」

さやかは私の顔を見た瞬間に気が引けたらしい、緩んださやかの両腕からリカの右腕が抜け出た。

貞子先輩は慌てたせいか、すぐにでも切ろうとハサミを髪にあてた。

「やめて!」

和美さんが飛び出して先輩のハサミを持った手を激しく叩く。

ハサミが円を描きながら部屋の隅へと飛んで消えた。

解放されたリカが私達の方へ駆け込んで来た。ショックのせいで顔が青ざめている。

静香がリカの髪を手でゆっくりと梳きながら、

「大丈夫。何処も切られてないよ」と優しく言った。

貞子先輩が幽霊でも見るように和美さんを見つめている。

和美さんはゆっくりと貞子先輩に歩み寄った。

「貞子」と和美さんは先輩の名を呼んだ。

先輩は崩れるように床に膝を着いた。和美さんの手が貞子先輩の短い髪に触れる。

「……信じられない。……どうして?」

その言葉に貞子先輩は怯えたようにわめいた。

「あんたには関係ないでしょ!?」

突然立ち上がると、狂ったように腕を振り回し、取り巻きや私達を突き飛ばそうとする。

「出てって! 出てってよ! みんな、出ていけ!!」

私達は、わめき泣き散らす先輩の迫力に驚き、慌てて部屋を出た。

爆発したような音をたてて扉は閉まり、鍵が内側からかけられる。更衣室には貞子先輩と和美さんだけが残された。

 


20、さやか


 

「どうしよう……」リカがつぶやく。

「きっと和美さん、髪を切られちゃうよ……」千絵が言う。

貞子先輩の取り巻きたちは「あんなに取り乱した貞子は初めて見た……」と言って放心している。

「とにかく、先生達に報告して、更衣室の鍵を開けてもらおう」

静香がそういうと、リカが走り出した。慌てて千絵と早苗が後を追う。

「私も行った方が良いかな?」と静香が私の顔を見ながら言うので、私はうなずいた。

静香も廊下を走り出した。

「さやか」と私は呼んだ。さやかは肩を震わせて泣いていた。

取り巻きの先輩達から離れるように、私はさやかを促しながら、廊下をゆっくりと歩く。バスルームの前まで来ると、さやかは私に抱きついてきた。激しく嗚咽をあげながら涙を流す。

私は何と言って良いのか、わからなかった。慰めの言葉が見つからない。

慰める? さやかを慰める必要があるのだろうか……。 さやかはリカの一番大切なものを暴力的に奪おうとしていたのだ。許されることではない。

けれど、声も枯れ枯れに泣くさやかはとても哀れだ。どう見ても、さやかは敗者だった。

さやかはリカに負けた……。いや、本当にさやかが戦った相手はリカだったのだろうか?

「リカが……」声が上手く出ないようだ。それでもさやかは言った。

「リカが、武を……私の一番大切な人を……私から、奪ったから、……私も、……リカの一番大切なものを……」

奪いたかった! と、さやかの心が叫んだ。そして前よりも一層激しく泣く。

「最低だ、私……」

 さやかはリカと戦うべきじゃなかった。少なくとも、報復という形でリカを負かそうとしてはいけなかった。彼女が戦うべき相手は、彼女自身の「嫉妬の悪魔」だったのだ。

さやかは悪魔に負けた。その代償は、激しい自己嫌悪。

無意識のうちに私はさやかの背中を優しくさすってやった。

わかったよ。もう、いいよ。と、心の中だけで私は言った。

 

喉を詰まらせたように鳴っていたさやかの声がゆっくりと静まってゆく。それでも呼吸は不規則だ。しばらくすると、さやかがゆっくりと私から離れ、顔を上げた。

私は黙ってトイレから紙ナフキンを取ってきて渡した。さやかは顔を拭くと、「あゆみ、ありがとう」とつぶやいた。私は「さやか、お帰り」と言った。

武と別れてから初めて、さやかが私に本心を打ち明けてくれたように感じたのだ。


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