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リカの髪は無事か!? そして、いよいよ文化祭が始まる。

8、再び自習室


 

私は自習室に駆け戻る。早苗と千絵は漫画を取り合っていた。騒がしく取っ組み合っている二人に「静かにして!」と一喝した後、私は夕食後に朝子先輩に言われたことを、千絵と早苗に伝えた。

二人は、

「難しいけど、何とかする」

「まかしといて」と言ってくれた。

早苗の靴をバスルームの前に置き、千絵に廊下でリカが出てくるまで待っていてもらう。二人は絶対にリカを一人にしないから、と約束してくれた。

後は、まかせるしかない。私に出来る事は全部やった。

 


9、切られた髪


 

翌日、いつもの様にさやかの目覚まし時計に起こされた。さやかは起きる気配を見せない。

私の思考はまだ睡魔の魔法がかかっている。だから朝は「条件反射」にインプットされた行動しか起こせない。

朝、起きる→何だか行きたくなる→ベッドから降りる→部屋から出る→トイレに入る→済ませる→手を洗う→ペーパータオルで手を拭く→タオルをゴミ箱に……、

黒いものがゴミ箱に納まっている。モッソリと無造作に積まれた藁の様に見える束。

髪の毛だ……。誰がこんな所に髪なんか捨てたんだ? ビックリしたなぁ、もう……。

え?!

私は本当にビックリした。

トイレから出ると、一目散に千絵たちの寝室へ飛び込む。下のベッドに早苗とリカが窮屈そうに並んで寝ていた。早苗はほとんど壁に張り付くほど、ベッドの奥へ追いやられていた。リカの髪がベッドから落ちて床に張り付いている。

「リカ! リカ! 起きて!」

乱暴にリカの体を揺さぶる。リカは無愛想に上半身を起こすと、大あくびをし、猫の様に手の甲で顔を撫で始めた。

「立ち上がって! 早く!」私は急かす。

「痛い……髪、敷いちゃった……」のっそりと床に立つ。

私は丹念にリカを見回した。何処か切られたところがあるか……。

長さもボリュームも、昨日のリカの髪と同じに見える。床にも切られたような髪束は落ちていない。私は騙されたような気分になって、部屋を出た。

もう少し寝たいな……と思いながら自分の部屋へと向かう。

廊下で見たことのない女の子に「おはよう!」と言われた。誰だ、これ……。

何だか、知っている気がする。

「あゆみ! 目を覚ませ! 私だよ、静香だよ」

「えー!? 切っちゃったの?」

「うん。切った。バッサリと」

顎の辺りまでのショートボブ。横から見ると前下がりで、後ろはうなじが見えるまで短く切り上げられている。

「これ、自分で切ったの?」と私は聞いてみた。

「うん。鏡を三つ使って長さを見ながら切った」嬉しそうに静香は

「似合う?」と聞いてくる。

「……うん」と私は言ったっきり、ボーと立ち尽くしてしまう。

「色々な髪型を試してきたからね、パーマやヘアダイで髪が相当痛んじゃっていたし、まあ、ちょうど良い機会だと思って……」

切られた髪は、静香のものだった。リカのじゃなかった……。

どうして?

 


10、朝の食堂


 

起きそうにも無いさやかを置いて、私は静香と一緒に食堂へ行った。皆、朝食にはあまり来ない。食堂は静かだった。

「貞子先輩がね、リカの髪を切れと私に命令したことは、もう話したよね」静香はトーストにバターとイチゴジャムを塗りながら言った。私はバニラヨーグルトを口に運びながらうなずく。

「それで、もしリカの髪を切れないのなら自分の髪を切れって、私を脅したんだ」

一口かじりながら、静香は笑った。

「『脅し』という言葉は間違いかな……。だって、私は自分の髪を切るのに何の躊躇も感じなかったのだから……」

貞子先輩は脅す相手と内容を間違えたようだ。静香のように髪型を変えるのが好きでたまらない子に、「髪を切れ」と脅しても、のれんに腕押しである。

「皆が皆、リカみたいに髪を切るのが嫌っていうわけではないのにね。先輩自身がショートヘアなのに、どうして肝心なことに気がつかないのかな……」

食堂の扉が空き、貞子先輩とその取り巻きが入ってきた。

突然、静香は「あゆみ! 私をなぐさめて!」と小声で言う。

「何で?」

「だって、先輩はきっと私が嫌々自分の髪を切ったと思い込んでいるよ。今は、敵に優越感を味あわせておいた方が良いと思う。私はこれから落ち込むから、あゆみは私を元気付けて」

言い終わると静香は肩を落とし、下を向いて、弱々しく泣き始めた。

私は慌てた。思いつく限りの慰め言葉を必死にかけてやる。演技じゃなく、本気で慰めていた。

肩は振るえ、時折手で顔をぬぐう仕草をする。鼻をすする音。一瞬、私は静香も演技ではなく、本当に泣いているのかと思った。しかし、顔を上げた静香の顔には涙なんてなかった!こわい女!!

 


11、健太郎


 

日本史の授業中、教室の隅で健太郎がカメラのシャッターをしきりに押している。

黒板に向かう先生、質問に答える生徒、熱心にノートをとる子、教科書に目をむけている女子、グループでディスカッションをする様子、そして教室全体の様子。

健太郎は生徒達の気を散らせること無く素早く場所を変え、様々なアングルで撮ってゆく。静かな教室に響く、シャッターの音すら気にならない。

健太郎が授業中に写真を撮る事は、すなわち、文化祭が近いことを意味していた。

生徒会は文化祭というイベントにはほとんど手を出さないが、一つだけ仕事がある。「展示」という形で生徒達の寮生活や、学校生活の内容を披露するのだ。生徒の日常生活がわかるので、この展示は生徒の親達に人気があった。展示にはたくさんの写真を使う。ほとんどの写真は写真部によって撮られる。

部員二名。廃部寸前の写真部の部長、それが健太郎だ。文化祭準備の為ということで、学校は彼に一時間分だけ授業を休むことを認めている。

日ごろから思っていたことなのだが、健太郎は存在感が全くと言ってよいほど無い。いつもユタや他の男子の影に隠れて行動している。発言も滅多にしない。まさに「影」だ。彼の被写体はカメラを意識することなく自然体でいられる。

十分ほどの時間を使って撮影をした後、健太郎は教室を音も無く出て行く。彼はこれから他の学年の授業風景を撮りに行くのだ。

今年はどんな展示にしようかと考えるとワクワクしてきた。もう先生の声に集中できない。私は展示内容について、思いついたことをノートに書き出していった。

 


12、夕食


 

「何だか、慌しくなってきたね」

静香は短くなった自分の髪の毛先を気にするように左手でつまみ、右手のフォークでチャーハンをすくっている。

「あと一週間で文化祭だもん」

千絵はインクが染み付いた手でパンを千切っている。

千絵は絵画部の部員で、文化祭ではイラストを展示するらしい。

早苗、リカ、静香は部に所属していないので、「屋台と歩きでホットドッグを売る」というクラス企画準備に熱心だ。

「売り子のユニフォームとして、可愛い服をおそろいで着たいなぁ」と早苗が焼きそばをフォークとスプーンで食べながら言った。

「喫茶店じゃないんだよ。私達はホットドッグを売るんだよ。あまりキュート過ぎる服は合わないと思うけど?」と静香。

「ホットドッグっぽい服って、どんな感じ?」と私は話に割り入った。

「スポーツスタジアムなどで売られているイメージがあるよね。ベースボールキャップを皆でかぶるのは?」とリカが豆腐に醤油をかけながら言った。

「嫌だ。可愛くないもん! ホットドッグじゃなくて、喫茶店の企画だったら可愛い服が着られたかもしれないのにぃ」

早苗にとってはクラス企画として「何を売るか」よりも「何を着るか」の方が大切らしい。

「明日、ホームルームで話し合おう」と静香が言った。

 


13、写真


 

夕食後に生徒会室に行くと、オダセンと朝子先輩の他に、健太郎と中学生の俊介君が来ていた。俊介君は写真部の残りの一人だ。中央の席に座っているオダセンはノートパソコンをいじっている。パソコンには健太郎のデジタルカメラが接続されていた。

部屋に私が入ったとたん、

「待っていたよ、あゆみ! 良い写真があるから見て」と朝子先輩はニヤニヤと笑いながら言った。

健太郎は褒められて照れるのか、顔を赤くして突っ立っている。

私はパソコンの画面を覗いた。

一枚の写真が画面いっぱいに拡大されて、液晶の光の中から浮き出ている。走る二人の女の子を横から撮った写真。

「これ、私とリカ?」

マラソン大会の写真だった。ゴールの数メートル手前、黒髪をなびかせながら走るリカの一歩後ろを走る私。

一心に同じ場所を見つめて走る姿。

リカの大胆な髪の動き。

色が違うはずなのに、私の髪とリカの髪が同化しているように見える。

シンクロ、そんな言葉が頭に浮かんだ。

「どう? 気に入った?」と朝子先輩は聞いてきた。

「……ええ、まあ……はい……」何と答えて良いのかわからず、私は曖昧に言った。

この写真に写っている自分自身が何だか別人に見えるのだ。何でそう思うのかはわからないのだけど……。

この写真は展示の「学内イベントを紹介するコーナー」に貼られることとなった。

 


14、カメラ


 

私はさっきからうんざりしていた。手の中にはズッシリと重いカメラがある。

朝子先輩とオダセンが去った後、私は健太郎からカメラの使い方を教えてもらっていた。

展示には寮内での日常も紹介するのだ。男子寮内の写真は健太郎が既にたくさん撮っていたが、女子寮内の写真が無い。私が代わりに撮ることになった。

健太郎は「部のカメラで一番使いやすいやつ」と言っていたが、カメラや写真に全く興味が無い私には健太郎の説明がよくわからなかった。

だいたい健太郎の声は聞き取りにくい。さらに彼はしゃべっている間によく黙ってしまう癖があるのだ。私は段々と苛立ってきた。

「私のポケットサイズのデジカメで撮影するからいいよ。このカメラ、重すぎる」

と、カメラを健太郎に返す。

「でも……」と健太郎は言いよどむ。そして黙った。

「何!?」私は早く寮に帰りたい。

「それだと、引き伸ばした時に、……画像が粗くなるし……」

「いいじゃん、そんなの。別に芸術の為に写真を撮るんじゃないんだからさ。展示だって、写真展なんかじゃないんだからね!」

私は椅子から立ち上がって、部屋を出ようとした。ドアノブに手をかけた時、

「待ってください!」と俊介君が立ち上がった。

健太郎の手からカメラを取ると、私に手渡しながら、ゆっくりと言った。

「本当に、簡単なんです。シャッターを軽く半押しするだけでピントが合います。一度軽く押してピントを確かめた後、もう一度強く押して撮って下さい。」

「本当に?」私は半信半疑だ。健太郎のよくわからない講座を半時間ほど聞いていた私には、このカメラの使い方がそんなに単純には思えなかった。

「使ううちに慣れますよ」と俊介君は笑って言った。



15、「先輩」


 

確かに使い方は簡単だった。

「撮るよー。笑って、笑って!」

気持ちの良いシャッター音。

ファインダー代わりのディスプレイにペンを右手に持ちながら左手でピースサインをする千絵が映る。

私は既に「中学生寮」の各自習室と寝室を周って、写真を撮ってきた。あとは、自分の学年女子の写真を撮るだけだ。高校二年生女子と、「受験生寮」の写真は朝子先輩が撮ってくれることになっている。

私は隣の自習室に行った。この部屋にはパパラッチ弥生と真美がいる。彼女達二人と他の同じ学年女子達がおしゃべりしている最中だった。

「写真撮るよー。皆、『話に夢中』っていう格好して」と私は注文を出す。

「わかった」と真美は言い、

「それでさー、さっきの話の続きなんだけどね……」と話を続ける。

私はシャッターをきった。

もう一枚撮ろう。弥生たちに私は近付く。

「この学校の先生達も、貞子先輩には逆らえないらしいよ」

真美の言葉にビックリした私はピントを合わせるのを忘れてシャッターを押してしまった。

女の子達は「嘘でしょ~?」と騒ぐ。でも顔は楽しそうだ。

もう一枚。

真美が自信を持って言う。

「嘘じゃないよ。私見たもん。貞子先輩が校門の前で堂々とタバコを吸っていたところに林が通りかかったんだけど、林は何も言わなかった。林は先輩を恐れているんだよ」

林とは、体育の林先生のことだ。大人の監視の目が無い寮内では、先生であろうと、政界人であろうと著名人であろうと、全て呼び捨て。

だが、「先輩」は違う。本人が目の前にいなくとも、皆「先輩」という敬称を略したりなんかしない。

私はまた一枚撮り、パパラッチたちのいる自習室を後にした。

 


16、文化祭始まり


 

文化祭は何故か、毎年恒例の「騎馬戦」から始まる。立候補と推薦で選ばれた、体格の立派な六人の男子が馬になる。騎馬戦と言ったら運動会で、文化祭とは何も関係が無いような気もするのだが、これも「伝統」の一つなのだから仕方が無い。馬の上に乗るのは文化祭役員の委員長と副委員長だ。今年の武士役は、もちろん島先輩とユタ。

全校生徒は校庭に集まり、騎馬たちを見つめている。

ユタと島先輩は顔にエアソフトシューティングなどに使われる、厚めのゴーグルをかけた。取っ組み合っている間に目を傷つけられないようにする為だ。頭には野球帽をかぶる。帽子のつばは後ろ向きにし、取られ難くする。

二人は既に馬の形になって待機している男子達の上へ跨った。ユタの騎馬の先頭にいるのは武だった。武はラグビー部などで体を鍛えているため、ユタの推薦で騎馬になった。

ユタの騎馬は左手から、島先輩の騎馬は右手側から土俵にあがる。

和太鼓の音がゆっくりと鳴る。

その音に合わせて二組の騎馬は互いを睨み合いながら、土俵の中を旋回する。

太鼓のリズムが徐々に早くなり、駆け足の速度になると、騎馬は声を上げて衝突した。

歓声があがる。

砂煙があがる。

鼓動があがる。

ユタと島先輩の手が互いに絡みつく。

敵を場外へ出そうと、馬役たちは激しく押し合う。

今は一体となった二つの騎馬の上でユタと島先輩の体が、天に突き上げられたように見えた。

次の瞬間、ユタの馬が体勢を崩した。

落ちる!

ユタの手が島先輩の頭をかすめた。

砂煙の中へユタは落下した。

一発、爆音を鳴らして太鼓は止まった。

「勝負あり!」

林先生が叫ぶ。

「勝者、副委員長!」

煙の中からユタがのっそりと立ち上がり、左手を高々と上げた。島先輩の帽子が握られていた。

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