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いよいよマラソン大会!そして、謎が解ける。

19、マラソン大会前夜


 

マラソン大会前日の夜、

「早苗!!」

私は怒りのあまり早苗と千絵の部屋へ怒鳴り込んだ。

窓には隙間無くテルテル坊主が逆さまに吊るされている。ベッドに腰を下ろしたまま、早苗は勝ち誇ったように私を見上げる。

外が光った。遅れて大砲のような雷鳴。雨が激しく地面を叩く音。

千絵がキャーと雷に怯えながら、「早苗、よくやった!」と言って喜んでいる。

悔しい!

明日のマラソン大会の為に、どれだけ生徒会は苦労したか! 放課後、ランニングをして備えていた生徒もいたのに!

「よし!」私は決心した。

「明日を晴れにしてやる!」

宣戦布告!!

自習室に駆け戻るとリカがいた。リカは手鏡を左手に持ちながら、右手で長い髪をいじくっている。

「雨で髪が……」

湿気があるとくせ毛になるタイプなのだろうか。

いつもは天使に見えるリカが、今日は何故かヒッピーに見える。しかし、そんなことはどうでもいい。

「リカ!! 手伝って!」

机の上のティッシュ箱を見ると、運悪く紙がない!私はトイレに行き、ロールをはずして持ってきた。

「これでテルテル坊主を作る!」

リカは迫力負けしたらしい。

「わかった」と言って手伝い始めた。

 

リカは、のっぺらぼうのテルテル坊主に黒いサインペンで顔を描いている。

私はここ数日間、リカに聞きたかったことを素直に聞いた。

「何で武と別れたの?」

リカは驚いた顔で振り向いた。質問が唐突だったのかもしれない。

「ちょっと違うな、と思って……」

「違うって、何が?」

リカは考えるようなそぶりを見せながら、

「説明しにくいのだけど……」とつぶやいた。

「武君がね、全然私を見てくれないから……」

それは嘘だ! と叫びたくなった。武はいつもリカに釘付けだった。穴の開くほどリカの顔を覗き込んでいたはずだ。

リカはため息をつく。

「私の付き合う男の子って、いつもそうなの。私の外見しか見てくれないの。全然本性を知ろうとしてくれないの……」

どういう意味だろうと考えながら、

「リカの本性ってどんなこと?」と聞く。リカは、

「さぁ?」と謎めいた微笑を返した。

「例えば、私が何を好きで、何をしたくて、何をしているか……とか?」と、リカは言った。

何をしているか……その部分だけが頭の中でリピートする。

「男の子って、妄想力はあるのに、想像力が足りないのよね。綺麗な顔をした女の子は綺麗なことしかしないんだって決め付けちゃうみたいなの。私って、そんなに良い子じゃないのに……」

良い子じゃない!?

私は恐る恐る聞いてみた。

「リカはいつも夕食の時、自習室にいない時、何処で何をしているの?」

「それは……」リカは口を閉ざした。

「秘密」表情が暗かった。

私は内心穏やかではなかった。秘密にしなくちゃいけないようなことをしているのか?!

そんな私の心配をよそにリカは「たくさん作れたし、テルテル坊主を吊るそうよ!」と明るく言った。

 


20、マラソン大会


 

次の日の朝、

「晴れていますよ! でも何で中止なんですか?」

私は職員室で叫んでいた。すでにジャージを着込んでいるオダセンも頭を抱えている。朝子先輩は、地図にマーカーペンで×印を付けている。体育教員の林先生はため息をつきながら、×印を指差した。

「ここの道が使えないんだ。水田の水があふれ出てしまったらしくてね……。それから、既に生徒達にマラソン大会中止の告知を出してしまったから、今更やるぞ、なんて言えないぞ」

「せっかく晴れたのに……」

朝子先輩はしばらく考えた後、突然地図にマーカーを引っ張った。

「この道を回避するために、ここの角を曲がって、二本隣の道にコースを変更するのは、どうですか?」

林先生は困った顔をした。

「名案だが、もう中止宣言を出してしまった」

「自由参加にしません?」と私は言った。

オダセンが勢い良く顔を上げる。

「そうしよう!」

林先生も、

「他の先生にも相談してくる」と言った。

 

一時間後、校内放送で、マラソン大会が参加希望者のみで行われることが告げられた。予定より三時間遅れでランナー達はスタート地点に立つ。快晴、絶好のマラソン日和。参加者は二十人ほど。ほとんどが男子生徒だ。

驚いたことに、リカが参加者の中にいた。今日は髪を後ろで一つに結び、それを三つ編みにしている。

気持ちの良いピストル音が鳴ると、生徒達はいっせいに走り始めた。

リカの三つ編みが蛇のようにうねりながら、白いTシャツの上で跳ねる。私は速度をあげてリカを抜いた。

ここからは、自分の世界に入り、ひたすら走るのだ。目に入る景色も、隣のランナーも私には一切無関係のものとなる。

自分の足音に合わせて、頭の中でラップ調の曲を歌ったり、自分が主人公のメロドラマを考えたり、走っている間、私の脳は恐ろしいほど活発に妄想を繰り広げる。

空想の中の自分はいつも、現実の自分なんかよりも遥かに綺麗な顔をしている。自信にも満ち溢れている。

私はちょうど、二十歳くらいの時の自分を思い浮かべた。背は今のままで少し低めだが、肢体はほっそりと引き締まっている。日に焼けた滑らかな肌は、明るい印象をはじき出す。

髪型は……ロングにしよう! リカみたいな、黒い艶のあるロングが良い。腰くらいまで……いや、もっと長くても良い。

 でも……、私はリカみたいに綺麗じゃない。髪も、黒色じゃない。私の髪は、焦げたパンのような色をしている。だから……、だから、ロングなんて似合わないかも。それに、ロングヘアにしたら、リカみたいに孤独になるんじゃないかな……。

頭の中のスクリーンに、一枚の鮮やかな絵が浮かび上がった。

「すごい女の子を描いて」

後ろを向いた栗色の髪の女性。千絵は私の憧れを描き示した。

「あゆみの髪は綺麗だよ」

私の髪色は黒よりも栗色に近い。静香が私の髪を撫でながら褒めてくれた。

「ロングにすれば? 似合うと思うよ」

今までロングヘアに挑戦した事はなかった。憧れのロングヘアを持つリカが私に勧めた。

「あゆみの憧れる女の子」

あのイラストは千絵が私だけの為に描いたのだ。

私が成りたい女性。それは……?

私は何がしたいの?

私はどうなりたいの?

 

なだらかな斜面で、少し速度を落として登る。ゴールは丘の頂上だ。

マラソンに参加しなかった生徒達が、応援に来ている。タイムを計る先生や、それを記入している中学生がいる。写真を撮っている健太郎が見えた。

さやかの声が聞こえた。

「あゆみ! 頑張って!」

「がんばれぇ!」と早苗も高みの見物をしている。

「ファイト!」と千絵は言いながら、道に出てきて、私の横を一緒に走る。が、すぐに

「疲れた」と言って戻ってしまった。

前方に武が走っている。

「あゆみ! 負けるな!」静香の声。

私の中でマグマのような闘志が湧いてきた。女を泣かせた男に負けてたまるか!

速度を徐々に速める。音を立てずに武の背後につく。武は私に気がついていない。

「行け! あゆみ!」さやかが叫んだ。

武が振り向く。全速力で武を抜く。一瞬遅れた武も負けじとついてくる。短距離走のスピードで、私達はゴールに向かう。

応援する声。

拍手の音。

連打する鼓動。

何も聞こえなくなる。

 

武が後ろで吼えた。

踏みつけた、白いライン。

ゴールした。

 

すぐには止まれず、近寄ってくるさやか達を避けながら、私はまだ走っていた。荒れ狂う鼓動を抑えなければ、私はこの場で吐き出してしまうだろう。

心臓が徐々に落ち着きを取り戻したのを確認してからようやく止まった。さやか達に取り囲まれる。

「お疲れ」

武がゴールから離れた場所で仰向けに寝そべっているのが見えた。

「チクショー!」と空に向かって吼えている。

「すごい、あゆみぃ。早いねぇ」と早苗。

ゴール近辺にはまだ数人のランナーしかいない。皆、相当疲れた顔をしている。

ジャージを肩から掛けたオダセンも芝生の上に座って水を飲んでいた。その傍らに座っているのは……、

「リカ!?」

いつの間にゴールしていたんだ?

リカは既にピンクのフワフワのワンピースに着替えていた。ダウンスタイルの髪が芝の上にかかっている。

静香が笑い出した。早苗と千絵も苦笑いをしている。

「やっぱり、あゆみも騙されたか!」とさやかは言った。

「先輩の所に行こう!」

近寄ると、リカは……リカじゃない! 

その女性は可愛いが、リカには全く似ていなかった。

私達に気が付くと、オダセンとその女性が立ち上がった。何だかオダセンの顔が赤い。

「紹介するよ……」と小声で言いながら、隣の女性の顔をチラッと見る。

彼女は微笑んでいる。

「僕の彼女の和美さん」

「はじめまして」と、和美さんは私に軽く会釈をした。

可愛い。

反射的に私も「どうも」と言う。

「南あゆみです……」と名乗ると、

「いつも茂がお世話になっています」と和美さんは言った。

はい。お世話しています。とは言えずに「こちらこそ」と返した。

和美さんはとても楽しそうだ。

風が吹くとスカートの裾と一緒に髪が広がる。

「わぁ、ステキ!」早苗が感嘆する。

「あの……シャンプーは何を?」と静香がちゃっかりと取材を始める。

「『WAKAME』です」

「ああ、『WAKAME』ですか。評判良いですよね。私のルームメイトも使っていますよ。彼女も、髪の栄養には人一倍気を使っていますから」

「もしかして、リカちゃん?」

「知っているんですか?」

和美さんは首を振った。

「会ったことはないのだけれど、茂からいつも話を聞いていたの」

突然、ゴール前が騒がしくなった。また誰かがゴールに近付いてきたらしい。声援が聞こえる。私達はゴール前へ急いだ。

朝子先輩が白いラインを超えるのが見えた。オダセンと和美さんが朝子先輩の下へ駆け寄る。

「来た! リカだ!」と静香が叫んだ。

丘を登るリカの姿が見えた。

「リカ、がんばれー!」千絵が叫ぶ。

「もう少し!」と早苗も手を叩く。

私は道に走り出て、リカの横に並んだ。このまま一緒にリカとゴールしよう。

さやかはジッとリカを見つめている。

武は背中を向けていたが、手を叩いてリカを励ましているのが聞こえた。

ゴールまであと50メートル。

突然リカが髪の束を片手でぬぐった。

私の視界が黒一色に染まる。頬に伝う、絹で撫でられたような優しい感触。広がるフローラルの香り。

リカがヘアゴムを取ったのだ。

右に、左に、黒龍が暴れる。龍は滝を登る。

リカが速度を上げた。少しでもタイムを縮めたいようだ。私も速度を上げる。リカを追い越さないように、でも追い立てるようなスピードで走る。

嵐のように髪は揺れる。荒れる、黒い海。

私は腕に髪の感触を受けながら、白いラインを踏んだ。



21、みんなで夕食


 

その日の夕食にはリカも一緒に食堂へ来ていた。

「まぁ、噂の真相なんて、こんなものでしょ」と味噌汁をすすりながら静香は言った。

「でもぉ、まさか近所にリカと同じ長さのロングヘア女性が住んでいたなんてぇ、考えたことも無かったぁ」

早苗は早くもイチゴタルトに手をつけている。

「私も、びっくりした。この学校に来て、初めてヒップラインを超えた人を見たから……」

リカは眠そうに言った。洗い立ての髪は湿り気を含んでいて、少しカールしていた。良い匂いがする。

「ケン、デザート取って来い、リンゴのタルトな」

ユタの命令に、音もたてずに健太郎は席を立つ。

「でも、援交疑惑が晴れて良かったじゃねぇか」

「まあ、あれは弥生と真美が言い出したことだから、もともと嘘臭い感じがしていたけどね」と静香。

リカがうつむいたまま、

「そんな噂が流れていたなんて、知らなかった……」と言った。

「痛ぇ!」とユタが飛び上がる。テーブルの下で、千絵がユタの足を踏みつけたのだ。

さやかは武から一番離れた席に座って、黙々と白いご飯を口に運んでいる。

私はため息混じりに言う。

「リカの髪の毛が強烈な印象を周りに与えるものだから、皆、『黒髪のロングヘア=(イコール)リカ』という方程式に支配されるんだ」

「そうだよねぇ、和美さんとリカって全然似てないもん。皆、後姿を見て『あれはリカだ!』って、決め付けちゃったんだねぇ」

早苗の言葉は私をうなずかせる。

「紛らわしいよな。……リカ、お前、髪切ったら?」

「ユタ! そんなこと言うなよ! お前は少し黙ってろ!」武はユタを叱りつけた。

 今日の武はかなりご機嫌斜めの様子。きっと私に抜かされたことを悔しがっているに違いない。

気まずい雰囲気が食卓に流れる。

私はお茶をすすりながら、和美さんのことを考えていた。

オダセンが和美さんと出会ったのは、今年の夏休みだそうだ。彼女は東京の短大をでた後、そこで就職をしたが、夏の初めに母親が他界、すぐに実家に帰って来た。一人になった父のことが心配で、そのままこちらで仕事を見つけて住み始めた……。あれ?

「和美さんって、歳、いくつ?」と私は言った。

「それ、私も疑問」と静香。

「私も聞いたんだけどぉ、はぐらかされちゃったよぉ」

「まあ、いいじゃねぇか。早苗、女の人に歳聞くなよ」と武が言ったので、再び気まずくなる。

とにかく、レストランで目撃されたグレーの髪の男性とは、和美さんのお父さんだったのだ。『狸寝入り像』の前で立っていたのも、仕事から帰ってくる父を待っていたらしい。

しかし……、

「リカ、夕食の時間って、いつも何処で、何していたの?」と私は昨日と同じ質問をした。

リカは俯く。

「あゆみ!」と武が怖い顔で睨むので、私は黙って茶をすすった。

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