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個性豊かな女子寮の仲間たちが続々と出てきます。

6、千絵と早苗



二つ隣の部屋には千絵と早苗がいる。二人とも私のスタディメイトだ。千絵はちょっとぽっちゃりしている。色白で小さく、ハムスターを連想する。

早苗は幼顔。パッツン前髪が彼女をより幼く見せる。舌足らずなしゃべり方をする。動物に例えるならミニウサギ。

彼女達の部屋はいつもドアが開けっ放しになっているので、ノックの必要はない。

「ちょっと、部屋にいさせて」

千絵は二段ベッドの上で漫画を読んでいた。早苗は下のベッドの上に赤いチェックのプリーツスカートを広げ、アイロンをかけていた。

「いいよ、いいよ。入ってぇ。座る?」

早苗はスカートをベッドの脇に寄せようとした。寝室には二段ベッドとタンス以外に家具が無い。ベッドがソファ代わりだ。私はすぐに答えた。

「床に座る。ありがとう」

早苗のタンスに寄りかかり、胡坐をかくように座る。左手に電卓。右手にボールペン。おもむろにノートを広げる。早苗のアイロンのせいか、九月の残暑のせいか、部屋の中はやたら蒸し暑い。

早苗がノートを覗き込む。

「これってぇ、マラソン大会の為の?」

「そう」

「ああ~!」

大きなため息。早苗は運動が好きではない。全校生徒強制参加で、十キロを走らされる十月のイベントに、好意を持つはずが無い。

「あゆみぃ、マラソン大会が中止になる確率は何パーセントぉ?」

仕事をしている私の努力をねぎらうことなく聞いてきた。

「お天気次第だからね、大雨が降ったら中止だよ。逆さテルテル坊主でも作ったら?」

「うん! そうする。……あゆみぃ、コード抜いてぇ」

アイロンのコードは私のお尻に敷かれ、タンスの横のコンセントに伸びている。とにかく部屋は狭いのだ。座りながらでもコンセントに手が届く。

私はコードを抜いて早苗に渡した。

「あのさぁ、聞きたいことがあるんだけどぉ……」

スカートをハンガーにかけながら、遠慮がちに早苗は言った。

「やっぱり武はさやかと別れたの?」

知るのが早すぎる。武がさやかを呼び出したのは今日の放課後だ。私は頭を掻いた。

「その話、誰に聞いた?」

「弥生と真美」

やっぱり……。どこの学校にも噂や詮索好きな女の子はいると聞く。弥生と真美はまるで週刊雑誌の記者ように他人のプライベートな話を探りまわる。で、二人はおしゃべりだ。明日には全校生徒が武とさやかの別れ話を耳にする事になるだろう。寮内で隠し事はできない。

「本当だよ。武はリカが好きになったんだってさ」

早苗が大きく息をつく。

「あの二人さぁ、中二の時から付き合っていたんだよねぇ。もう二年の付き合いになるのに……」残念だなぁと、早苗は小さくつぶやいた。

「男の子ってさぁ、やっぱり女の子のことを外見で選んでいると思わない? リカが武に告白したって噂を聞いたときはビックリしたけど、武ならさやかを捨てないと信じていたのになぁ。リカって綺麗だもんねぇ。さやかは、負けちゃったかぁ」

外見の話はしたくなかった。

早苗の話を適当に聞き流しながらペンをノートに走らせる。

「あゆみぃ、聞いてないでしょぉ?」

早苗が言った。睨まれたって、早苗の顔は怖くない。でも一応、「聞いてる」と答える。早苗は満足したようだ。「それでさぁ」と話を続ける。「これもまた弥生と真美に聞いた話なんだけどねぇ、リカが貞子先輩に『呼び出し』されたんだってぇ」

初耳だった。私はノートから目を離して早苗を見つめた。早苗は注目されたのが嬉しいのか、ちょっと得意そうに説明した。

「ほらぁ、編入してからリカはもう四人もの男の子に『好きだー』って言われたらしいじゃない? その四人のうちの一人が島先輩だったんだよねぇ」

早苗の話はまどろっこしい。だいたい、「好きだー」って叫ぶように告白する旧型体育会系のような男の子がこの学校にいるとは思えない。ま、そんなことはどうでもいいや。

「で?」

「でぇ、貞子先輩って、島先輩のことがずっと好きだったみたいなんだよねぇ。島先輩がリカのことを気に入っちゃったから、リカのことが嫌いなんだってぇ」

で、リカを呼び出したわけか……。

『呼び出し』は怖い。先輩達に取り囲まれて何時間も、或こと無いこと、とにかく酷い事を言われるそうだ。言われるだけじゃない。時には惨いことをされると聞く。特に貞子先輩に呼び出されて泣かずに帰ってこられた女の子はいないのではないか。幸い、まだ私は一度も呼び出されたことが無い。

 貞子先輩は先学期にこの学校へやって来た二年生だ。編入早々、カリスマ的魅力を発揮し、すでに同い年や下級生の女子が取り巻きとなっていた。大人っぽい仕草や、知識の豊富さが多くの女の子達を惹きつけるようだ。しかし、気に入らない相手には取り巻きを使って容赦なく攻撃するという怖い噂が耐えない。

「それって、何時の話?」

「う~ん、真美がリカが呼び出されて行くのを見たのは、夕食後くらいだったって、言ってたよぉ。……リカ、まだ貞子先輩に怒られてんのかなぁ」

「それは無いよ。私、さっき自習室でリカを見た」

「本当? リカ、泣いてたぁ?」

「いや、全然」

呼び出されていたなんてちっとも気が付かなかった。普通すぎるくらいだった。

早苗は「リカ、強いなぁ」とちょっと笑って言った。

突然、頭の上から甲高い悲鳴が聞こえてきた。

「が! が! ががががが!!」

千絵が意味不明なことを言いながら、右手の漫画をブンブンと大きく振り回して体をよじっている。私はすぐに理解した。

「蛾がいるんだね? 何処?」

千絵はキャーキャー言いながら蛍光灯近くの白い天井を指差す。千絵の声におびえて、蛾はパニックになっているようだ。蛍光灯の中に逃げ込もうとするかのように、何度も激しく体をガラスに打ち付けていた。二段ベッドの上に乗れば届く位置だ。

「早苗、ティッシュ頂戴」

ティッシュを片手にベッドによじ登り、手を伸ばす。素早く蛾を包み取る。ティッシュを隔てて、蛾の羽ばたきが私の手の内に伝わる。

「千絵、この蛾をどうしたい? 逃がす? 殺す?」

答えはわかりきっていた。

「殺して!!」

グジュッと嫌な音をたてて、蛾の一生はジ・エンドとなった。

千絵はやっと落ち着きを取り戻すと、「ありがとう」と言った。彼女は大の虫嫌いだ。千絵に限らず、ほとんどの女子は虫が嫌いだ。一匹の虫が運悪く部屋に迷い込むと、部屋中がパニックになる。私は虫が苦手ではない。だから悲鳴が寮内で聞こえると、虫退治に行く。行って、虫を捕まえると良い事がある。

「何でお礼を払えばいい?」

千絵が聞いてきた。

虫退治をすると、「お礼」に何か貰えるのだ。お金のやり取りなどはせず、大抵はお菓子で「お礼」は支払われる。

「チョコレート。小さな蛾一匹だったからね、板チョコ半分でどう?」

私はチョコホリックだ。

千絵が二段ベッドから降りてきて、タンスの中をゴソゴソと探し出す。

彼女のタンスの引き出しには漫画とお菓子がたくさん詰まっている。洋服はどこにしまっているのだろう……。

「……チョコは今持っていないや。明日、校内売店で買ってあげるよ」

「ありがとう」

千絵は再び二段ベッドに上がると、漫画に没頭し始めた。

ベッドわきの壁にはアニメのポスターや、千絵が描いたイラストが無造作に貼り付けられている。カラフル。

千絵はよく女の子の絵を描く。なぜ男の子の絵を描かないのか、聞いたことがある。彼女は、わからない、と言いながら、「こんな女性になれたら良いな……という願望を込めて描く方が楽しいからかな」とつぶやいた。

私は突然気が変わった。

「千絵。私、チョコレートはやめた。その代わり、イラストを描いて!」

千絵は私の言葉が耳に入らないらしい。漫画から目を放さない。

早苗がため息を吐くように言う。

「千絵は漫画を読み出すと、現実が見えなくなるからなぁ」

そして、ベッドの柱を両手でつかむと力いっぱい揺らし始めた。

「千絵ぇ! あゆみが呼んでいるよぉ! こっちの世界に帰って来い!」

「じ、地震!?」

よほど驚いたらしい。漫画を投げ出すと、枕で頭を隠す。呆れた。

「千絵、『お礼』のことなんだけど、私、やっぱりチョコレートはいらない。千絵にイラストを描いて欲しいんだけど……」

千絵は、状況が飲み込めないという顔をしたが、イラストと聞いてすぐに「いいよ」と返事をしてくれた。

「どんな絵がいいの? 男の子? 女の子?」

「女の子の絵」

「どんな女の子?」

具体的には考えてなかった。どうしよう。

「すごい女の子……」

「えーと……どのへんが『すごい』女の子なの?」

「う~ん」と悩んだ振りをしたあと、私は正直に答えた。

「考えてなかった。まあ、適当に描いてよ。」

千絵は不満顔だ。

「そんなんじゃ私は描けないよ。せめて雰囲気を伝えてくれないと」

「『女の中の女』って感じの子」

「……胸がデカイとか?」

やっぱり、女と言ったら胸なのかな……?

「目がデカイとか?」

「……よくわからないけど、私が憧れを抱くような女の子を描いてよ」

「どんな女が好みなんだ?」

「さぁ?……自分でもよくわからない」

千絵がため息をつく。

「まあ、何とかするよ。あゆみの憧れそうな女の子を想像するのも楽しいし、この仕事、引き受けます」

「ありがとう。あ、できればカラーでお願いします」

「え!?」明らかに嫌そうな顔をする千絵。

「カラーは時間かかるし、蛾一匹じゃ割に合わないよ。……『5本』付けてよ。そしたら、色付けてあげてもいいよ」

「わかった」

千絵の言う「5本」とは……、

「『うまい坊』、何味がいいの?」

「たこ焼き・とんかつソース・コーンポタージュ・めんたいこ・キャラメル・なっとう」

「わかりました。明日売店で買います。……あれ? さりげなく、6本じゃん!!」

「週末までに仕上げるからさ。よろしく~」

「わかったよ。イラスト、よろしく」

早苗と千絵に「おやすみ」を言って私は部屋を出た。



7、「下の下」



中学生の時、男子達が食堂で爆笑しながら女の子の外見にランクをつけているのを聞いたことがある。セルフサービス形式の食堂で、サラダを取りに行こうとして、偶然、聞きたくもないのに聞いてしまった。

「田中は、中の上」

「木村さんは、結構良くね? 上の下くらいじゃん?」

「佐藤は、普通っぽいよな」

「中の中!」

「じゃあ、南は?」

急に自分の苗字が呼ばれて私は緊張した。

「やっぱり、下の下でしょ」

「拙いよなー、あの顔は」

ガラガラした笑い声が遠くに聞こえる。

「下の下」……私は不味くて食えたもんじゃない、腐ったウナギ。

それ以来、私の外観コンプレックスはひどく強くなった。

私はブスだ。そんなの自分でもわかってんのに、いちいち言わないでよ!!



8、生徒会



水曜日の夕食後、いつものように私は生徒会室に行った。部屋には会長で高校二年生の小田茂先輩がいた。高校生の身で、すでに株にハマっている彼の口癖は、「数字で全てが読める!」だ。

「いいか、南さん。全てのものは数字で評価される。良い会社は利益率で、良い生徒は成績で、良い生徒会は校内のカップル数で決まるのだ!」

小田茂先輩の目はいつも理想を追い求めているせいで輝きに満ちている。

彼の理想を説明する。

青春真っ只中の高校生活。恋愛こそ、青春のメインイベント。誰もが彼氏(または彼女)を持ちたいと思っているはず。しかし、平凡な毎日、ときめきと刺激が足りない。なかなか秘めた胸のうちを明かす機会が無いのも現実。ならば、生徒会が心躍るようなイベントを創り、校内に活気と恋のチャンスを振り撒こう!!

「マラソン大会なんかで本当にカップルが出来るんですか?」

私はため息混じりに小田茂先輩に聞いた。

「できる! と思うよ。マラソンってさ、青春の代名詞だし」

「小田茂先輩って、『青春』って言葉が好きですよね」

「好きだよ。だって、いい言葉じゃないか」

「小田茂先輩って、歳いくつですか?」

「17歳だよ。南さんより一学年上だからね。何でそんなこと聞くの?」

「小田茂先輩って、老けて見えます。先輩が『青春』って言葉を使うと、過去のことを語っているみたいに聞こえる……」

「え? どういう意味? それよりさ、『小田茂先輩』って呼ぶのを止めて欲しい。なんでフルネームなの? 長すぎない? もっと短い呼び方していいよ」

「わかりました。じゃあ、略して『オダセン』」

「……短かすぎない?」

生徒会室の扉が静かに開き、朝子先輩が入ってきた。朝子先輩も高校二年生。

「遅れてごめん」と言いながら、幾重にも折りたたまれた大きめの紙を机いっぱいに広げた。ご近所の地図だ。真新しい。

「去年もマラソン大会はあったけど、今年は二箇所で道路工事をしているから、ルートを変えなくちゃいけないよ。大会の前に道を確認するためにも、実際に歩いて見ないとね」

理想ばかり語るオダセンとは違って、朝子先輩は実行力がある。

「今週末にでも下見に歩いてみようか? 小田君、スケジュールは空いている?」

オダセンは「いや……」と言いよどんだ。「今週末はちょっと……」

「わかった。あゆみは?」

「空いています。何時に行きますか?」

「お昼ご飯食べた後はどう? 食堂の出口で待ち合わせ」

「わかりました」

私は手帳に「Lunch後、食堂前、朝子先輩と下見」と書き込んだ。



9、日没の教室



会議は終わり、私達は生徒会室を出た。廊下は静まり返っている。

夏が終わろうとする九月末、だんだんと日が沈むのが早くなる。少しでも過ぎてゆく夏を取り戻そうとするかのように、ほとんどの学生は、夕食後、外に出て遊ぶ。バスケットをする者、サッカーをする者、マラソン大会に備えて走る者……。季節はそろそろスポーツの秋になろうとしている。

先輩達と別れた後、突然嫌なことを思い出した。明日、英単語のテストがある! しかも、教室に単語集を置き忘れてきた。

生徒会室からそんなに離れていない教室に取りに行く。ドアを開けようとノブに手をかけようとすると、女の子の笑う声が聞こえた。高くも無く、低くも無いトーン。落ち着きと、透明感のある声だ。

私は無意識のうちに息を静めて、鍵穴から教室の様子を覗いた。

天使が窓枠に腰掛けている。黒い髪が一瞬の風にあおられて、窓の外へ流れ出た。背後にある緑の柳の枝と一緒に、風に任せてユラユラと自由に漂う。

あれは、リカだ。白いワンピースを着ているせいで、髪の艶やかな色が余計に目立つ。

リカは時々、「えー?」とか、「本当に?」「すごーい」とか言って楽しそうに笑っている。

彼女の足元に、ひざまずくような格好で座っている男子がいる。武だ。

姿を見たとたん、武の声も聞こえてきた。いつもとは違う、一オクターブ高い声。むやみやたらに笑っているという感じがする。武の緊張が、声を通じて私に届く。リカは武を見下ろすような格好で微笑み続けている。

一瞬、リカが翼を広げたように見えた。テンシ!?

息を呑む。が、すぐに目の錯覚だと気が付いた。リカが肩にかけている白いショールが風に煽られて背中で広がったのだ。

私はこんなところで何をやっているんだろう……。覗きなんて趣味はないのに……。そうだ、英単語帳!

私はノックもしないで乱暴にドアを開いた。二人は驚いたように私を見て、それから気まずそうに笑いを止めた。いや、止めたのはリカだけだ。武はだらしない笑みを顔に貼り付けたまま、リカに釘付けになっている。私の存在をまるで無視している。

「あゆみちゃん、どうしたの?」

リカが聞いてきた。

どうしよう。無視するべきか、答えるべきか……。

「別に。……忘れ物、取りに来ただけ」

ちょっとイライラした声で私は答えた。

机の中をガサガサとかき回す。すぐに教室を出たい。なのに、単語帳が見当たらない。私は教室の後ろに並ぶロッカーに歩み寄った。しゃがんでロッカー内を隈なく見渡すと、探し物が見つかった。手にとって、立ち上がり、振り向いた。

リカが正面に立っていた。

「わ!!」

私が驚いて飛び退くと、リカはクスクスと笑った。そして武には聞こえないような小さな声でささやく。

「あゆみちゃんと話したいことがあるの。消灯後に、渡り廊下に来て」

「嫌だよ!」

リカと二人きりで話しているところを、人に見られたくない。万が一、さやかがそれを知ったら、彼女がどう思うか不安だ。

「あゆみちゃんの心配事はわかっているの。だから、渡り廊下で会いたいの。ね、お願い」リカは懇願するように瞳を潤ませて言った。私はリカを睨み付けながら、渋々、

「いいよ」と言った。

「ありがとう!」

彼女は満面の笑みを浮かべた。

リカの遥か後ろに取り残された武が、思いっきり私を睨んでいた。その目が語っていた。邪魔者め! 失せろ!

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