ロングヘア美少女リカと、自信が持てないあゆみちゃんの高校寮生活ストーリー
1 リカ
リカが転校して来たのは、高校一年の二学期だった。学校にやって来て早々、彼女は男子生徒から喝采され、結果、女子生徒から疎まれた。
リカは、モテる。当たり前だ、誰もが認める美少女。
全身のスタイル、顔の造形、声、些細な仕草ですら完璧。まるで頑固な職人気質の神様が、こだわりぬいて創り上げた芸術品。パーツの一つ一つを見るだけでも、その完成度の高さに惚れる。
とりわけ、彼女の髪は強烈な印象を放っていた。お尻を隠すほどの長い髪は、艶やかで、日の光の中でも、蛍光灯の下でも、豆電球の安っぽい明かりの傍らでも、プラチナのように光った。リカは体育の時間以外は髪を束ねなかった。彼女が歩くと、髪がまるで黒い大蛇のように揺れる。私はその動きを無意識に目で追いかけていたと思う。
水田に広がる村に、私達の学校はあった。生徒数はわずか120人程度で、クラスは一学年に一つしかない。中高一貫、全寮制、制服なし、自由な風向が売りの、きわめて珍しい学校。明記された校則すらない。「法律を犯すな!」というのが学校から生徒に押し付けられた唯一の規則。
しかし、「暗黙の了解」があった。学生達が自ら作り出したルールだ。「伝統」と称して、先輩から後輩へ受け継がれる。どこでも「暗黙の了解」は内部者達にとっては絶対であり、外界の常識を多少逸脱していていても、ルールの継承者達にとっては、了解したものこそ「常識」だ。その学校は、外界から隔離された、子供達の城。
私はここに中学生の頃から住み続けていた。高校に上がっても、クラスメイトの面子はほとんど変わらない。夏の終わりに、「転入生が来る」と聞くと、男子はカワイイ女の子、女子はカッコイイ男の子が入ってくるといいな……と騒ぐ。
で、二学期が始まり、「転入生」はやって来た。黒い、長い、凄い髪を背中で揺らしながら……。
男女比は4対6。圧倒的に男子の買い手市場。
私はモテない女の子。当たり前だ。外見が拙い。私の顔は……詳しくは表現したくない。
これでも女の子が珍しい学校にいれば、少しはモテたかもしれない。しかし、私の学校は男子の方が少なく、女子は「あぶれ者」になる危機を常に感じていた。
そんなところに、リカという天使は舞い降りた。数少ない男共は皆、たった一人しかいないリカに恋をしたらしい。
二学期が始まって二週間と経たない間に四人の男子から「告白」された、という噂を耳にした。「愛多ければ憎しみ至る」の言葉どおり、リカが女子達の妬みの対象となるまで長い時間はかからなかった。
2、さやか
さやかは私のルームメイトで、中学生からの親友。武はさやかの彼氏だ。親友として、贔屓目で見れば、さやかは結構可愛い。武は、この不細工な私が言うのも難だが、ブ男だ。
ここが、我が校の「男女比マジック」。腐っても鯛、ブ男でも男。さやかは武に中毒気味なほど惚れている。この二人は中学二年の時から付き合っていて、理想的なカップルと見なされていた。
二学期が始まって三週間目、この二人が別れたというスキャンダルが校内を走った。原因はリカだ。信じられないことに、リカが武に「付き合ってほしい」と迫ったらしい。さやかは武に告白された日から、一途に彼のことだけを思ってきた健気な恋人だった。武がリカと付き合うために、さやかと別れるなんて考えられなかった。
蒼白な顔をして、さやかは寝室のドアに寄りかかって立っている。
「あゆみ……」と、私の名を弱々しく呼ぶ。
嫌な予感が当たってしまった。つい十五分ほど前、武が女子寮の入り口にやって来て、さやかを呼び出した。武の顔を見たときから、彼女の表情は硬かった。振られることがわかっていたようだ。
今、さやかは何も言わず、ベッドに倒れこんで静かに泣き始めた。私は何も言ってあげられないし、そもそも言って慰めになるような言葉などなかった。
3 夜の自習室
寮には寝室と自習室がある。寝室は二人部屋で、二段ベッド、水道、鏡が一つずつ、タンスが二つ用意されている。寝室を共有する友人を「ルームメイト」と呼ぶ。
自習室は同じ学年の生徒が六人で共有する。六人の仲間は「スタディメイト」と呼ぶ。白い壁。明るすぎる蛍光灯。一つしかない窓。午後十時を示す壁時計。
やたら狭い部屋に六つのシンプルな学習机が窮屈そうに並ぶ。机同士がくっついて置かれているため、よく隣の机から本がなだれ込んでくる。私の隣は、リカだ。
本を手で押し戻しながら、「うざい」と私は言う。
リカは黙って本を並べなおす。
生徒会の会計兼書記係である私は電卓をせっせと叩いていたのだ。二学期はイベントがたくさんある。予算計算は複雑で面倒くさい。そこにリカの本が侵入。気をとられた私は、間違えて変なボタンを押してしまったらしい。合計金額が天文学的数字になっている。
私は自習室を眺めた。計算に没頭していたために気が付かなかったが、リカと私しかいない。
まずい。これは良くない。リカとは極力関係を持ちたくなかった。
彼女が編入してきてまだ一ヶ月も経っていない。リカがどういう子なのか、私はよく知らない。しかし、私はさやかのルームメイトで、「親友」という肩書きのような、名目のようなものが付いている。私は、リカに思いっきり腹を立てなければならない。憎まなくてはいけない……という立場なのだ。
何かキツイことを言ってやろうかとも思ったが、どんなことを言えばいいのか思い浮かばない。そもそもリカが傷つくような言葉をとっさに思いつけるほど、私はリカを理解していない。
止めよう。口喧嘩や罵り合いは得意じゃない。
私は何も言わず、無視することにした。リカなんていない。私には見えない。
また電卓の上で手を走らせる。来月にはマラソン大会がある。全校生徒のドリンクとゼッケンを用意しなくてはならない。予備も含めて、量の多い計算が必要なのだ。
隣から軽いため息がした。リカは椅子を不安定に揺らしながら、手で髪を梳いていた。
彼女の白い指は、黒い滝から流れる花弁のように見える。
リカと目が合った。
やばい。リカなんていない。
ドリンクは一箱850円、おそらく八箱は必要で……。
抜けた髪が手に絡まったらしい。リカは器用につまみあげる。私はゴミ箱を指差した。
「わかってるよ」
少しムッとした様にリカは言い、抜け毛を捨てた。
「あゆみちゃん……」と言いかけて、リカは私の後ろに立つ。手を触れた。私の髪に。
私の髪は、日に焼けて茶色い。顎の下辺りで切りそろえたボブカット。ボブにこだわっているわけじゃない。何でもいい。髪型を気にしようが、しまいが、顔は変わらないよ。私はブスだよ。
リカは遠慮がちに言った。
「あゆみちゃんも、ロングにすれば? 似合うと思うの」
私はリカの手を乱暴に振り払った。電卓とノートを抱え、椅子から立ち上がり、自習室の扉を開け、勢いよく閉める。
バタンッ
私の容姿にかまわないでよ!!
4 私
私の外見で誇れるものは何も無い。でも、私だって女の子だ。「可愛い」とか「美人」とか、一度は言われてみたい。でも、実際、私は可愛くないし、美しくも無いのだ。よほどの嘘つきでないと、私の外見を褒めることはできない。
心の優しい友人や私の家族は、仮定法を使って私を慰めようとしてくれる。
仮定法:「もし~だったら、あゆみはきっと素敵になると思うよ」
「もしミニスカートを履いたら、あゆみはもっと可愛くなると思うよ」
履いてみたことがある。膝上10センチ以上のデニムのミニスカ。でも、すぐに別の子にこうに言われた。
「あゆみはパンツ姿が似合うよね」
髪型にしても、誰かが「伸ばせばもっと綺麗に見える」と言い、その通りにすると、他の奴が、「短い方が……」と、言う。
つまりだ、アドバイスの内容に確信など無いのだ。現実の私に褒めるところが無いのなら、架空の私を褒めるしかないじゃないか。……とは思うものの、私だってやっぱり可愛いって思われたい。ボブカットの今の髪型だって、誰だったか忘れたけど、誰かが「似合うと思う」と言い、素直にそうしてしまった。リカが言う「ロングにすれば?」も、そんな慰めの一つに過ぎない。
5、寝室
寝室に戻るとさやかが歯を磨いていた。部屋は既に天井の照明が消され、ベットサイドのスタンドライトのみが点いている。消灯するにはまだ早い。いつもは11時過ぎに寝る支度を始めるのに……。
口をゆすぐと、さやかは私の顔を見ずに言った。
「ライト、点けたままでいいよ……。おやすみ」
さやかは二段ベッドの上に登り、壁の方を向いて横になった。幽霊みたいに生気が無い。
私は、まだ生徒会の仕事が終わっていない。スタンドライトだけでは手元が暗い。しかし、寝ようとしているさやかのいる中で、蛍光灯をつけるわけにもいかない。自習室にも戻れない。リカがいるかもしれない。仕方ないので、友達の部屋に行くことにした。
部屋を出る前に私はさやかのベッドを覗きこんだ。
「さやか? もう寝た?」
モゾモゾとさやかが寝返りを打つ。寝てない。
私は彼氏を持ったことが16年間の人生の中で一度も無いので、もちろん、彼氏に振られたこともない。どれだけショックなことなのか想像できない。
「あのさぁ」
元気だしなよ。と言いかけて、止めた。
言ってどうする。元気なんてパワーは意味のない慰め言葉からは生産されない。
掛け布団を頭の上まで引っ張り、顔を隠すさやか。
私はスタンドライトを消して「おやすみ」と言い残し、部屋を出た。