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第一章 山麓河深(八)

【前回のあらすじ】欧陸洋たちは繁華街で爆発音を聞いた。直後、白髪の老人が光を放って消えるのを目撃する。惨状を目にした陸洋たちだったが、何もできず、その場を離れ、「山麓」に向かった。

 三人とも一言もしゃべらないまま、「山麓」へ着いてしまった。塀の穴の前に立つと、やはり無言のまま、仲興、私、伯文の順に中に転がり込む。

 目の前には堂があった。その隣には棟続きの部屋があって、自習室になっている。自習室の角を曲ると、建物が奥へと続いている。

「山麓」の建物全体は、中庭を囲んで、口の字の形になっていた。建物どうしは回廊でつながれている。

 奥の棟には学長室や、使用人の控え室があった。どちらも明かりが点いている。

 学長室から、声がした。

「生きていたとは思わなかったよ」

 学長の声だ。

 私は足を止め、窓の下で聞き耳を立てる。

「ええ、生き残ったのは、私だけです」

 賢そうな声に聞き覚えがあった。

 あの、灰色の目の少年だ。

「生きていてよかったのか、私にはわかりません」

 少年の声は、昼間とは違って、沈んでいた。

 学長はしばらく黙っていたが、やがて、軽く笑った。

「ここなら大丈夫だ。いざという時には、逃げ道もある」

「しかし、私がいると、あなたのことまで」

 少年は言葉を切り、じっと黙ってしまった。

 先に進んでいた仲興と伯文が、怪訝そうな顔でこちらに戻ってきた。私は指を立てて静かにするよう合図し、また、学長の言葉を聞く。

「まあまあ。一晩くらい大丈夫だ。それに、君が下宿するのにちょうどいい家があるから頼んでみるつもりだよ。そこから『山麓』に通えばいい。その家はね、子どもがたくさんいる家で、今は末の子を残して独立しているから空き部屋もある。ちょうど君より一つ年下の男の子がいてね。しかも大臣の家だから、危険なことがあれば、すぐに人が駆けつけてくれる」

「欧家のことですか」

 少年が戸惑ったような声を出した。

「そうだ。明日、欧陸洋を紹介してあげよう。少しぼんやりしているが、いざとなれば機転が利く子だ」

 恥ずかしくなって、仲興たちを置いて窓の下から逃げる。使用人部屋のほうまで来て、深呼吸をしてみたが、動悸がする。

「なんだ。新入生の世話をさせられるところだったんだ」

 仲興が追ってきて、背中をつついた。その感想はのんきすぎるだろう、と思って、気づく。仲興たちはまだ、新入生が灰色の目の少年だとは知らない。

 どう告げたものか迷っていると、上から水が降ってきた。やけにほこりっぽい匂いがする。見上げると、使用人らしき少年が、桶の水を捨てていた。

 使用人も私たちと同じくらいの年頃の少年だと聞いていた。「山麓」に住み込んでいて、終業の鐘を鳴らしたり、掃除をしたりと雑用をこなしている。ただ、学生である私たちと顔を合わせることはなかった。

 私たちは使用人に見つからないよう、足音を忍ばせて建物の角を曲る。

 口の字になった建物の、いちばん奥の部屋には書庫があった。さらに角を曲ると、学長の書斎と寝室がある。学生が入り込まないようにするためか、扉には内側と外側に一つずつ閂があるという噂だ。出かける時は外側のものを、眠るときは内側のものを掛けるらしい。本当だとすれば、大らかそうに見える学長にしては神経質な鍵だった。

 学長の寝室の隣には、使用人の寝室があった。台所もこちらにある。

 私たちは台所の窓から忍び込み、中庭に出る。回廊の下に潜り、学長の書斎の下あたりまで来ると、仲興が側面に貼られた板に手をかざした。

「この辺に、風が漏れているところがあるんだ」

 慎重にのぞき込んでいる。まるで盗賊が宝のありかでも探す時のようだ。

「ここだ」

 突然、仲興は板に手を添え、上下に揺さぶった。木槌で板を打つような、大きな音がする。回廊の床板に当たったらしい。

「人に聞かれるよ、仲興」

「そう思うなら手を貸せ」

 仕方なく仲興の手の上から板の両端に指をかけ、思い切り引っ張る。と、ひときわ高い音がして板が外れ、漆黒の闇が口を開いた。

「やったぞ」

 仲興がつぶやき、蝋燭の明かりをかざした。

 中には道があった。地面よりも何尺か低いところだ。掘り下げてあるのだろう。そこにまた別の床があって、石畳の道がある。道は奥に続き、先は暗くて見えない。

「鍵だ」

 道に降りた仲興が蝋燭を掲げた。木の扉が見える。私たちも石畳の道に降り、仲興の方へ歩いた。

 木の扉は薄く開いていて、向こうに闇が見える。扉の左端には、金具があった。閂を通す穴のようだった。

「開いているぞ」

 仲興が体で扉を押しながら、足元を照らす。閂が落ちているのが見えた。鉄製のものらしい。

 私は閂を拾い上げ、指先に力を入れた。

 すると、閂は二つに割れた。

「何だよ。陸洋。怖いじゃないか」

「いや、最初から割れていたんだ」

 追いついてきた伯文が、私の手元をのぞき込んだ。

「綺麗に切れているな」

 伯文が言った。

 確かに、閂の切れ目は滑らかだった。金属を細工する工具で切ったのだろうか。

「とにかく、中に入ろう」

 仲興が扉の向こうに消えた。私、伯文と、続いて中に入る。

 扉の向こうに一歩踏み出した途端、違和感があった。

「なんだ、これ」

 仲興が蝋燭を床に近づける。明かりは床に映り、ぬめぬめと揺らいでいた。

 怪訝に重いながら歩き続けると、靴に冷たいものが染みこんできた。

 水だ。

「戻れ」

 仲興が叫んだ。

 声は遠くまで響き、奥でうなる。

「どういうことだ。これは」

 珍しく、伯文が戸惑った声を上げた。

 

 床には水が満ちていた。

 揺らぎながら、奥の方へと続いていた。

第一章 終わり

次回から第二章です。

よろしくおつきあいいただければ幸いです。

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