第九章 飛華秘話(三)
声錠のある扉を抜けて、外に出る。
光の塔を横目にやぐらの方に抜け、そこから大通りに出る。
途中で鸚鵡が飛んできて、楊淵季の肩にとまった。
「おまえがいると、追っ手に見つかりやすいからな」
彼は鸚鵡に話しかけ、手早く布に包むと背中にくくりつけた。
草むらを歩きながら、新芽の香りに目を閉じる。
ここでは少し春が遅いらしい。
ちょうど華都にいた頃と同じ春の匂いがする。
伸びをしかけると、楊淵季に思い切り背中を叩かれた。
その場にしゃがみ込むと、今度は頭を押さえられる。
「鸚鵡、この辺じゃなかったか」
通りで門番が草むらをうかがっていた。
私たちは木陰に隠れ、息をひそめる。
「この辺りだろう」
もう一人の門番が槍を草むらに突き入れた。
私のすぐ脇だ。
声を上げそうになるのをこらえ、楊淵季の袖をつかむ。
「この辺りか」
更に一本、槍が飛び出す。
今度は楊淵季の脇だった。
槍の幅は狭まり、もうすぐ私たちの肩に触れそうになる。
今更ながら、不必要に大きい自分の肩を後悔する。
そして、楊淵季も私と同じくらいの肩幅だ。
つかまる。
そう思った時だった。
「向こうで気車が暴走しているんだ。来てよ」
まだ声変わりもしていない、少年の声がした。
槍の動きがとまった。
「李三。今忙しいんだ」
「でも、飛華洞で作った新型でさ。赤兎より速いんだ。人をひき殺しそうだぜ」
茂みから槍が抜かれ、門番たちが走っていくのが聞こえた。
私たちは同時にため息をつき、やぐらよりも奥の茂みに移動する。
さすがにその辺りになると、通りからは見えそうもない。
安心して、私はその場にへたり込む。
「助かったな」
「まあ、本当に助かったかどうか怪しいが」
楊淵季が隣に腰を下ろし、軽く笑った。
「どういうことだ」
答えはない。
「やはりおかしい」
「何が」
「遺体がばらばらになっていたということは、あとからまた分解したということだろう」
「ああ、武偉長か」
「まるで生きているように見えるほど綺麗につなぎ合わせたものを、わざわざ分解する理由があるとは思えない」
「ああいった遺体は、保つのが難しいのか。例えば、毎日医者の手が入らなければならないとか」
「いや、そんなことはないはずだ。ここでは遺体を極端に温度の低い気体で冷やす方法もある。滅多なことじゃ腐らないだろう」
武偉長の遺体を思い出す。
一瞬、嗅いだこともない腐敗臭がした気がして、私は顔をしかめた。
「だったら、考えられるのは一つだ。武偉長の遺体は崖から捨てられていない。まだ、どこかにあるんだよ。きっと、崖から捨てられたのは何虎敬の遺体だけで」
「一つの遺体を二つの袋に分けたというのか。何のために」
「秘密裏に武偉長の葬儀をするために。葬儀はしてはならないと門番が言っていたから」
「あのなあ」彼は額を押さえた。「何虎敬の方が人望があるんだ。武偉長は何虎敬が保護したにすぎない。武偉長のために、何虎敬の遺体を二袋に分けるなんてことはしないぞ」
「じゃあなんで、武偉長の遺体がばらばらにされたんだ」
彼は恨むように私を眺めた。
灰色の瞳は、わかってたまるか、と言っているように見えた。
私も、視線で困ったものだ、と返してみた。
通じたのか、彼は視線を逸らした。
「遺体を運んでいた男たちは飛華洞の道士だった。何虎敬は飛華洞で人望を集めていた、か」
勢いよく草に手を突き、彼は立ち上がる。私もそれにならった。
「淵季、飛華洞は南の端だったっけ」
「そうだ。歴代の天君が研究をしていたところだ」
横を向くと目が合った。
彼の唇が動いた。
私も口を開いた。
「行くか」
私たちは草をかき分けながら、東西を貫く通りに向かって歩き始めた。




