表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
87/120

第九章 飛華秘話(一)

「行き止まりのようじゃのう」

 天君のかすれた声が廊下に響いた。

 急いで背後の壁に触れ、継ぎ目がないか探す。

 指先にわずかな凹凸おうとつが感じられた。

 そこを押さえたまま、空いた手で(よう)(えん)()の背中をつつく。

 この忙しい時に、と言わんばかりの顔で彼が振り返った。

 私はどう言っていいのか迷った。

 すると楊淵季が気づいたらしく、壁に手をかざす。

(ばん)()(によ)()

 しかし、壁は動かない。

「そこの鍵が知りたいか」

 顔を上げると、天君は顔中のしわを真ん中に寄せるようにして微笑んでいた。

「言ってみろ。人は地に降りよ、だ」

「人は地に降りよ?」

 私がつぶやくと、背後で重たい音がした。

 振り向いて、はっとする。

 壁が一部、手前に浮いている。

「これって、私が言っても開くんだ」

(せい)(じよう)だと言っただろ。鍵を言うだけで開く」

 楊淵季が舌打ちした。

「わかっていたけど」

 頭のどこかで、迂峨過都(うおこと)の人間でなければ開かないのだと思いこんでいた。

「行くぞ」

 楊淵季が重たい扉を開く。

 だが、彼は中には入らず、立ち止まった。

 冷たい空気が私の体を包んだ。

 扉から漏れた光が、部屋の中に入っている。

 水晶のような輝きが目に飛び込んできた。

 目の前には巨大な氷の岩があった。

 岩は深い青を飲み込んだような色だ。

 それが、奥まで続いている。

「逃げられんよ」

 振り返ると、天君が背後に迫っていた。

「氷河期というのを知っておるか。古の人の伝説は本当でな。かつて大地は冷たかった。それが暖かくなり、周りの氷はすべて溶けた。迂峨過都の中にある、これを除いてな」

 天君が手を伸ばした。

 私は、立ち尽くしたまま動けない。

 楊淵季が私と天君の間に体を滑り込ませた。

(おう)(りく)(よう)。これで溶かせ」

 手の平に何かが押し込まれた。

 (しゆん)()の箱だ。

 震える手で火をおこし、氷に近づける。

「そんなもので逃げ道が作れると思うのか」

 天君の声に、私は肩を震わせた。

「ばか、早くしろ」

 楊淵季に蹴られて、氷に火を当てる。

 火は、氷を少し溶かしただけで、滴った水を浴びて消えた。

 辺りはまた、凍えるほど冷たくなった。

「子どもじゃな。まだ、子どもじゃ」

 天君の笑い声が聞こえた。

 その時だった。

 楊淵季が私を押しのけた。

 そして天君の腕をつかみ、氷に押しつける。

「何をするの」

 (しん)(すい)(えん)が叫び、楊淵季を引き離そうとした。

「うるさい! あなたもだ」

 楊淵季は彼女の背後に回り、氷の部屋に押し込む。

「何をしているんだ、淵季」

 彼はうるさそうに私を眺め、腕をつかんだ。

「おい、まさか、私まで」

「いい加減、受験勉強で空になったその頭に血液を送ってやれ」

「何だって」

「逃げるぞ」

 廊下を戻り始めると、天君の怒鳴る声が聞こえた。

「氷が離れぬ」

 振り返ろうとすると、とめられた。

「氷はな。濡れた方が、ものに貼りつきやすいのだ」

 彼は涼しい目で、ただ、前方を眺めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ