表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
85/120

第八章 清玄真人(十一)

 完全に集中力が奪われていた。

 楊淵季も同じらしく、頬杖をついてぼんやりしている。

 講義が終わり、部屋に戻るまで私たちは互いの顔も見なかった。

 部屋の寝台に腰掛けると、二人同時に溜息をついた。

 彼は不思議そうに私を眺め、どうした、と尋ねる。

 黙っていると、彼は窓に手をかけ開け放った。

 風が吹き込み、着物の襟から中に入る。

 肌に当たった風は、長く咳をした後のように胸に痛かった。

「淵季……どうするんだ、天君になるって話」

「……我ながら、余計なことを言ったと思ってるよ」

 珍しく、反省などしている。

 私も、石に手をかざしてみたことを言おうかと思った。

 だが、もし、淵季が天君になるのなら、私はその国を滅ぼす男だということになる。

 それは、ひどく陰惨な友人関係のような気がして、口には出せなかった。

「私は、淵季の側付きの道士になるのかなあ」

「させない。華都に帰ってもらうさ」

「じゃあ、おまえはどうなる」

 答えはなかった。

 代わりに、淵季は窓の外を指さす。

「見ろよ」

 窓辺に寄ると、指さした先に白い行列が見えた。大通りを西へと歩いている。

 ここの人にしては珍しく、肌が焼けて黒かった。

 行列の先頭には気車があった。白い布の袋を二つ乗せ、ゆっくり走っている。

 気車は西の端にある広場に入り、とまった。

 突然、後ろをついて歩いていた白い着物の道士たちが袋を担ぎ上げ、口を縛っていた紐を解くと、広場の先にある崖から中身を放り出した。

 小さなかたまりがいくつも空に散った。

「罪人の葬式だ」

 気車のそばで一際激しく泣く女性が見えた。

 馬虎飯店のおかみらしい。

 日焼けした肌の男たちが、おかみをなぐさめている。

「あれは飛華洞の道士だな。ものを作っていると油や火でああなるそうだ」

 男たちは最後に白い袋を崖から投げた。

「一つは武偉長、一つは何虎敬だ」

 二人ともばらばらだったからな、とつぶやき、彼は項垂れた。

 うなずこうとして、ふと違和感を覚える。

 武偉長の遺体は、あれだけ綺麗につなぎ合わせられていたのに、なぜ、あんなことになっているのだろう。

「淵季。武偉長って」

 見上げると、楊淵季が灰色の目を丸く開いて顎を突き出していた。

 思わずこちらも目を見開く。

 私たちは顔を見合わせ、同時に口を開いた。

「ここを出よう」

 だが、すぐに正気に返る。

 外は道士が夜も眠らず見張っている。

 窓から飛び降りるには高さがある。

 見回すと、この前と同じように淹れたての茶が机に乗っていた。

「火はすぐにおこせるか」

「ああ、瞬火しゅんかを持っている」

「じゃあ、階段で湯を沸かそう」

 怪訝そうな顔で、階段、とつぶやく。

「階段で湯を沸かし、湯気を扇いで扉の方に送るんだ。そうすると、外の道士は何かあったと思うだろう。彼らが扉を開けたところで飛び出す。湯気で私たちの姿はよく見えないはずだ。戸惑っている隙に逃げる」

 彼は灰色の目を一杯に開いた。

「何だ」

「いや、おまえでも、頭が働くんだな」

「ああ、ちょっといろんなことがあって。龍陽の真似だってできるよ」

 楊淵季が驚いたように、体を引いた。

 私たちは床の石を外して階段にかまどを作った。

 その上に茶を入れた壺を置く。

 窓枠を壊して薪にし、瞬火を取り出す。

 瞬火で火をつけ、着物の端を破ってかまどに投げ込む。

 しばらくして、湯気が立ち始めた。

 騒ぎ始めた鸚鵡を窓から放し、髪を包んでいた布を外して湯気を扇ぐ。

「どうしました!」

 道士が外で扉を叩いた。

 楊淵季と目配せし、身構える。

 扉の向こうで鍵を外す音が聞こえた。

 同時に岩の透き間から、廊下の光が細く入ってきた。

 扉が完全に開ききる前に外に飛び出し、湯気を手で払っている道士たちを押しのける。

 細い廊下を走り、途中にあった扉を押し開けた。


 中はまた、廊下になっていた。

 真っ直ぐ下に伸びている。背後で足音がした。

 考える間もなく扉をくぐり、廊下を走る。

 廊下は次第に広くなり、天井にも明かりが点くようになった。

 少し気を緩めた時だった。

 角を曲がると、行き止まりだった。

「引き返そう」

 来た道を振り返った。途端、動けなくなる。

 目の前には、天君と真翠淵が立っていた。

注として

瞬火……マッチ。


お読みいただきありがとうございます!

今日はこのあと、10時に 第九章これまでのあらすじ を、11時に 第九章(一) を更新します。

よろしくお願いします。


引き続きお楽しみいただけましたら幸いです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ