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第八章 清玄真人(五)

 五百万年の昔、山、大陸を覆う。

 大陸中に盆地あり、(いにしえ)の人、空を飛ぶ船にてかの地に降り立つ。

 その数、三百。

 男は白髪、女は乙女にして、(よわい)百を超えたり。

 古の人、曇天にても雨天にても盆地を照らさんと塔を造る。

 その形、横から見れば()(りん)の角のようにして、上から見れば方形なり。

 塔、常に輝きて、太陽のごとく地を照らす。

 この地を迂峨過都(うおこと)と名づく。

 迂峨過都、我が故郷の意なり。

 ……


 真翠淵の声が、書庫に響く。

 部屋の壁は全て本棚になっていた。

 本棚はどれも黒く、よく磨いてある。

 漆ではなさそうだ。

 濁った光を放っているが、輝いてはいない。


 本は紙か、それに類するもので作られているようだった。

 宇帝国の遥か昔には竹の細い板をつづって巻物状にし書物を作っていたが、ここでは比較的早く紙が発達したらしい。

 木の皮のような色に変わった書物ですら、紙でできている。


 壁面だけでもなく天井にも棚があって、本が落ちないように大きな玻璃の板で支えていた。

 窓もないのに部屋は明るい。

 玻璃の中に金属を通してある明かりが六つ、部屋を照らしている。


 一体、どのくらいこの部屋にいるのか。


 ひどく長いようにも、一刻程度のようにも思える。

 それは、腹が空かないせいかも知れなかった。

 昨日から天上の間に閉じこめられたままだった。

 でも、食事だけは昨晩も今朝も出て来た。

 しかも、菓子までついてくる。

 淵季などは、食事を残して菓子を食べていた。


 三人の道士が現れたのは、朝食が終わった頃だった。

 そして私たちは、この書庫に連れてこられた。


 ……

 山中に人あり。

 名は虚。

 仙女を(めと)りて子を生む。

 子、互いに交わりて、孫を生む。

 孫、(そう)(そん)を生み、曾孫、(げん)(そん)を生み、その数三百。

 虚ら、山を出で迂峨過都に住む。

 子孫はなはだ多し。

 迂峨過都を出て、(さん)(ろく)に住む。

 ……


 山麓。

 真翠淵の淡々とした朗読の中に、聞き慣れた言葉が出てきた。

 私は、はっとし、思わず前を向く。

 目の前では真翠淵が本を片手に歩いていた。

 話は古の人たちが行ったというさまざまな政治と、発明へと続いた。

 新しいものが生まれるたびに虚の子孫たちは喜び、数を増やしていく。

 古の人たちは虚の子孫たちを道士として修行させるようになる。

 すると、彼らは次々に道術を学び、古の人に近づいていく。

 より力のある道士は山麓から迂峨過都に上がった。

 実力のない者は山麓に追いやられた。

 どのみち、果てしなく昔の話だった。

 それを、真翠淵は詩でも読むように、落ち着いた声で語り続けている。

 正直、ねむい。


 ……

 建国より過ぎること四百九十九万年、

 虚の子孫、迂峨過都の財をねたみ、古の人を迂峨過都より追い出さんとす。

 古の人怒りて大水を出し、山麓を沈め、山を削る。

 削られること数日。

 山消え、地消え、迂峨過都のみ残る。

 迂峨過都に虚の子孫残りしを見て、古の人天に飛び去る。

 曰く、術を極めたる男を仙人とし、迂峨過都を守らすべし。

 その者を天君と名づく。

 天君のみ我らと対話す。

 天君、過ちせし時、船にて異形を遣わし、この地を正さん、と。

 ……


 船にて異形を遣わし。

 その一節に、私はぎょっとする。

 私が船で来たと言った時、どうりで、楊淵季も何虎敬たちも驚いたわけだ。

 納得する一方で、自分が異形というわけでもあるまい、とも思う。

 目の色が違うだけだし、船といっても小船だ。

 しかも、だれかに遣わされたというよりは、天君の罠にはまってやってきただけだ。

「これより、迂峨過都の仙人、天君のみ。その他の道士、皆、これに従う」

 真翠淵の講義は、まだ続いている。

 それから一万年、迂峨過都がどのように発達したかが記録には書かれていた。

 古の人が去ったことで、虚の子孫たちは多くの特権を失った。

 まず、光の塔から無限に供給されていた「気」が来なくなった。

 それによって、道術を記したさまざまな書物が失われた。

 どうやら、古の人は紙に文字を書くような人々ではなかったらしい、「気」で動く装置の中に模様のようなものを描き、その模様に何らかの道術を施すと、記録が文字に置き換わって読めるようになるという。

 それらがすべて、「気」で動く箱の中に保存されていたため、何もかもが消えてしまったというのだ。


 初代天君は、まず、迂峨過都の生活を「気」に頼らないものに変えた。

 そして、改めて「気」を大量に作る宝貝を作った。

 二代目以降は古の人たちが使っていた道具を再現しようと試みた。


 そっと楊淵季をうかがうと、面白くない、という顔で机に頬杖をついていた。

 いらいらしているようにも見えた。

 肩にとまった鸚鵡も、忙しげに首を動かしている。

〝遠い昔のことで本当は誰にもわからない。〟 

 やぐらで彼が言っていた言葉が蘇る。

 一万年前はあまりに遠かったし、五百万年となると検討もつかなかった。


 古の人が作ったという光の塔を思い浮かべる。

 あのような鏡を私は見たことがない。

 今の迂峨過都の技術でも不可能という。

 そうならば、やはり古の人がいて、五百万年も前に作ったものだろうか。

 いや、五百万年前のものにしては光の塔は綺麗に残っている。

 風雨にさらされているにもかかわらず、本当に五百万年あの姿のままならば、道術よりもよっぽど恐ろしい。

 しかし、あの塔があるからこそ、迂峨過都の人は仙人を信じるのかも知れない。

 あらゆる道術を使う道士たちが、自分たちよりもっと優れた太古の人を思うのだ。

 天君は、そういった道士たちの思いを一身に受けている。


 ただ。

 楊淵季の言うように、すべての天君の道術がまやかしだったら、どうなるのだろう。

 古の人が本当に異形を遣わすと言ったとすれば、最初に天君がまやかしを行った時点で現れなくてはならない。

 それがないということは、今までが本当の道術だったか、神話がただの神話だったのだろう。

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