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第八章 清玄真人(三)

前回のあらすじ

何虎敬が天君と対面している鏡の間に、欧陸洋たちは転がり込んだ。

何虎敬の体は宙に浮き、鏡の間の天井に開いた穴に吸い込まれるように消えた。

途端、爆発が起こった。

天君は何虎敬の処刑を行ったことを宣言。

天君の手元には鏡しかなく、何らかの道具を操った様子もなかった。

欧陸洋と楊淵季は、呆然と事態を見守るしかなかった。

 龍鳳洞の最上階にある部屋には小さな木の窓がついていた。

 窓にかかった木の板を跳ね上げると、風がうなりながら部屋に入ってくる。

 眼下には迂峨過都うおことの全体が見えていた。ほぼ、円を描くように広がっている。

 こうして見ると、迂峨過都の置かれている状況がわかる。

 円形の土地の周りには細長い山があった。

 ちょうど、鳥の籠を半分に切ったような感じだ。

 南だけが広く開いていて、そこから白い鳥が旋回しながら空に上がっていくのが見える。

 飛車ひしゃだ。

 飛車は家々の平らな屋根からも飛んでいた。

 通りの店はそれぞれの屋根をつなげ、飛車を並べて置くところ、到着、出発するところに分けている。

 飛車の誘導や整理をする男も屋根の上にいるようだ。

 しかし、それは南半分だけだった。

 北は飛行が禁止されているせいだろう。

 飛車は東西を貫く大通りの上空にさしかかると、皆、旋回して西か東に飛び去る。

 また、飛車は迂峨過都を囲む山を越えることなく上空を走っている。

 ある飛車が空中に静止した。

 そしてそのまま、東の端の小さな十字路へと下りていく。

 道は碁盤の目のように整備されている。

 東西、南北を走る大通りの他にも、馬虎飯店の前を通っていたような少し広い通りがある。

 広い通りのほかにも路地があちこちに走り、どれも十字に交わっていた。

 ただし、それらは、南東部に限られる。


 南西部にも道はあったが、路地のように細く途中までしかない。

 民家も軒が低く、屋根が平らなものは少ない。

 降り立つ飛車も滅多になかった。

 私は少し驚き、眉を寄せた。

 この道士たちの国にも、貧富の差があるのだ。

 南西部の路地のないところは一面光っていた。

 まるで光の海だ。

 玻璃か何かで造った建物があるのだろう。

 通りの店で見たように、野菜を作っているのかも知れない。


 北半分はほとんど松に覆われている。

 北東部の山際に三つの比較的大きな山があって、龍鳳洞と同じように洞窟らしき穴があった。

 そこから大きな十字路にある芙蓉棚の間に、数刻前に見た塀のある家が見えている。

 上から見ると、貴族の家というよりは仏教の寺の寮のようだった。

 もちろん、僧侶を見かけたことがないから、道士が住んでいるのだろう。

 北西部で目につくのが、やはり光の塔だった。

 先端をどの山よりも高い位置に光らせ、全身に日光を浴びて輝いている。

 光の塔、そしてやぐらは木々の間から生えているようにも見えた。

 いずれも背が高すぎる。

 更に西を見ると、塀で囲われた山があった。

 その脇には広場がある。砂がまかれているようだった。

 広場の先も、山がなくて空が見える。


 迂峨過都全体は、孤島のように突き立つ岩に乗っている形になっている。

 これでは容易に下りていくこともできないだろう。

 この檻のような土地に、どのくらいの人がいるのだろうか。

 島の南東部に家が集中しているだけではなく、北東部にも役人のものらしき家があり、南西部にもいくらか民家がある。

 すべて合わせると三千人はくだらないだろう。

 そうなると、南西部にある玻璃はりの建物が気に掛かる。

 もし、そこで野菜を作っていたとしても、あれだけの広さで食料が足りるとは思えない。

 それとも、あの玻璃の家は、とんでもなくたくさん作物が実るのだろうか。


 身を乗り出した時、背後で扉のきしむ音がした。

 振り向くと、いつも天君のかたわらに控えている女が茶碗を持って立っていた。

 女は華都かとでの妓女そのままに、髪を高く結い上げている。

 着物も一重ではない。袖の長い着物の上に袖のない刺繍のある着物を重ね、腰から下はを着けている。まるで大昔の帝国の女官のような姿だ。

 近くで見ると、女の顔はすっかり落ち着いた表情で、すでに三十歳を超えているようだった。

「お茶と菓子をどうぞ。落ち着きますよ」

 女は茶碗と皿を白い石でできた机に乗せ、私たちに勧めた。

 菓子は、砂糖を固めたようなものだった。

 鳥や麒麟きりん、龍をかたどっている。

 私は彼女に答えず、そっと寝台に目を遣る。

 楊淵季ようえんきは背を丸めて座り、虚ろな目で一点を見つめていた。

 数刻前、私たちは天君に捕らえられた。

 道士たちに両腕を引かれて暗い階段を上り、辿り着いたのがこの小部屋だった。

 部屋には机と椅子が一脚。

 それに、寝台が一台しかなかった。

 そのくせ名前だけは立派で、「天上の間」という。

「それから、この子を」

 女がふところに手を入れた。一瞬、豊かな胸元が見える。

 私は目を凝らしていいのかそらしていいのかわからないまま固まった。

 女はごそごそと胸元をさぐると、虹色のものを取り出す。

 鸚鵡おうむだった。

陸洋りくよう、陸洋」

 鸚鵡が甲高い声で私を呼び、羽をばたつかせた。

 私は鸚鵡に手を伸ばしてみた。

 だが、名を呼んでみただけで、興味はなかったのだろう。鸚鵡は私を避けて飛び、楊淵季の肩にとまった。

「ああ……おまえか」

 肩の重みで気がついたのか、楊淵季がこちらを向いた。

 何日も眠っていないような目だった。

注として

裳=薄くて長いスカートのようなもの。

迂峨過都での移動手段について

飛車=主に一人乗りの飛行機。「ほう」という機種が人気。電気で動く。

気車=主に一人乗りの自動車。「赤兎せきと」という車種が人気。電気で動く。

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