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第七章 大芙蓉棚(十七)

今日から朝6時と昼11時の2回、更新します。

どうぞよろしくお願いします。


また、今朝更新した第七章(十六)につきまして、最初公開した時、タイトルが第四章(十六)となっており、更新回数についての前書きもない状態でした。申し訳ありませんでした。

 木戸が風に打たれたような音がしていた。

 低く鈍い音。

 扉が叩かれている。

 私は、はっとして身体を起こした。

 外から声がした。

「扉をお開けください」

 梅乗だった。

 扉に近づくと、食べ物の匂いが漂ってくる。

「どうぞ」

 私は鍵を外し、扉を開ける。

 外の光が目に入った。

 気持ちが良かった。

「朝食です」

 梅乗は口の中で含むように言い、手早く明かりを点けると机に皿を並べた。

 やはり野菜が多かった。

「なんだ、食事か」

 楊淵季がけだるい声で言った。

 梅乗の肩が、びくり、と震えた。

「食欲がありませんか」

「そういうわけでは」私は二人の間に立って、場を取り繕うとする。「昨日の食事が遅かったから、私も淵季も、まだ」

 梅乗がちらりと私を見て、食事を卓に並べた。

 皿が触れ合う金属質な音だけが、部屋に響く。

 瞬く間に並べられた皿は、綺麗に円形を描いていた。

「楊淵季殿も、陸洋殿も、ずいぶんお痩せになっている」

 ぼそり、と梅乗が言った。

「陸洋殿は、華都から苦労していらっしゃったとすればあり得ることかと思いますがね。あなたはどういうことなんです。楊淵季、殿」

 楊淵季が顔をしかめた。

 だが答えない。

「龍鳳洞には一流の料理人が集まっています。食事がまずいわけがない。食べていれば、そんなふうにはならないはずですがね」

 私も、いやな気分になった。

 彼が食事をしなかった理由がわかる気がしたからだった。

 明確に、ではなく、胸の奥をふさぐ重苦しい異物として。

「食事を取らないことが、あなたなりの答えですか。それで、よくもここに来られたわけだ。それとも、先代の天君に仕えていたものの子孫が、どう生き延びたか見たかったのですか。それなら教えてあげましょう。我らは成功したほうだ。多くは天君のなさりように耐えきれずに西の土地か、崖の下へ」

「やめろ!」

 気がつくと、私は梅乗を怒鳴りつけていた。

「淵季はずっと、帝国にいたんだ。この国では何もしていない」

 梅乗の視線が、静かに私の上に落ちる。灰色の瞳で私を見ているはずなのに、何も見えていないように感情を示さない。

 押し返さなければならない圧力もないが、退けられるほどの穏やかさもない。

 飲み込まれそうな瞳だ。

 梅乗が皿を載せていた板を壁に立てかけ、拳を握った。

 逃げなければいけないのはわかったが、身体が動かない。

 梅乗は一歩一歩近づき、私の真正面に立った。

 私は梅乗の腕をつかんだ。

 そのまま扉のほうに押し戻そうとは思ったものの、今度は足が動かない。

 梅乗が腕を押さえていた。

 分厚い唇の奥で歯を食いしばり、頬をひきつらせている。

「陸洋、息を吸え!」

 背後から怒鳴られた。

 私は音を立てて空気を吸い、手の力を弱めた。

 梅乗が私の手を振り払って、部屋を出て行く。

 私は膝をつき、ほう、とため息をついた。

「力の加減ができなかったんだな」

 淵季が私の手をつかんだ。

 私は、うなずくしかなかった。

「緊張していたせいだろう。筋肉が強張ってしまったんだ。ああいうときは、息を吸え。いいな、陸洋」

「……私は、こんなことで、大丈夫だろうか」

「誰かの骨をへし折りそうだとか、腕をもぎとりそうだとか、そういうことか」

「そこまで酷いことを言わなくたっていいだろ」

「酷いことになりそうなのは事実だ。でも、大丈夫だろう。俺の手を力一杯握ってみろ」

「え?」

「ぼうっとするな。握るんだ」

 差し出された左手を、私は恐る恐る握った。

「力を込めていい」

「でも、骨をへし折りそうだとか」

「俺を誰だと思っている。力を込めろ」

 私は少しずつ、でも確実に力を強めていく。

 もし、淵季の手の骨を折ってしまったらどうしようか。

 そんな心配が膨らむ。

 呼吸が、次第に苦しくなってきた。

 私の気持ちとは別に、力がどんどん強くなっていく。

 楊淵季の端正な口元が、少し歪んだ。

「今だ、陸洋! 息を吸え!」

 鋭く睨まれて、はっとする。

 息苦しさが消え、自然に、手から力が抜けた。

「ほらな。呼吸法さえ学べば制御可能だ。たいしたことないじゃないか」

 楊淵季は、ひらりと背を向けると、椅子に座った。

 その一瞬、左手を軽く握り、確かめるように開いたのを、そして、その手がしびれているように、ごわついた動きをしていたのを、私は見てしまった。

「ごめん」

「朝飯を食うぞ」

「でも」

「俺は腹が減った。おまえの間抜け面を見ていると、腹が減ってたまらん」

「ほんとうに、ごめん」

「粥の碗をとってくれ。ほら、そこだ」

 言われるままに、粥の碗を差し出す。

 楊淵季は左手で受け取って、胸元に抱え込んだ。

 彼が粥をかきこむのを、私はしばらく、ぼうっと見ていた。

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