第七章 大芙蓉棚(七)
「それにしても、よくもこんな箱を作ったものだな」
私は、すっかりついたてのようになった箱を眺める。
箱は、開いた側面の板にも鏡があった。
裏側まで回った板を見ると、そちらも鏡だった。
もとは、四角い長椅子のようなものだったのに、留め具を外しただけで、まるで、鏡のついたてのような形になっている。
「作るのに苦労しただろうな、このついたては。角度の調整が難しかったんじゃないか」
呆れたように、淵季が言った。
「ついたてというか、ここまでくると、ほとんど鏡の柱というか」
「武偉長が一時、消えて見えたって言ってた人がいたが、そういうわけさ」
「どういうわけだ?」
「わかるだろう。鏡は今、何を映している」
「私と、おまえだ。それに内側のほうは光の塔」
「そんな細かいものじゃない。もっと大きなものだ。それ以外に映っているものは」
覗いてみるが、あとは夜の闇があるだけだった。
「何も」
「空が映っているだろう」
確かに、そうだ。しかし、そんなもの。
いや。
急に思い至り、もう一度鏡を覗く。
私たちと空が映っていた。
もしここで私たちが映らなければ、空だけだ。空。
私はやぐらを見回した。
ここから見えるものは、空だけなのだ。
「わかったようだな。つまり、この鏡は空を映すためのものだ。空を映し、周りの風景と同化することによって、ここに何もない、と思わせるためのものなのだよ。武偉長は殺される際、何らかの関係で完全に鏡の陰になる位置に入ってしまった。だから、殺人の瞬間を目撃されなかったんだ」
「じゃあ、鏡の陰に隠れた刺客がいたということか。できないこともないな。夜のうちにやぐらに上り、箱に隠れて待っている。そして、武偉長が来たら刺し殺す」
すっと頭に風が通ったような気分になった。
だが、楊淵季の顔は曇っている。
今の話に何か欠陥があっただろうかと考えてみて、気づいた。
「無理だ。背中を刺されている」
武偉長の背後に回ったら、鏡に映ってしまうのは間違いがなかった。
「そういうことだ。たとえ刺客がいたとしても、鏡に映らないのはおかしい。通りの人が見て、見えないような位置というのだから、やはり鏡のそばにいたのだろうからな」
「それに、前の晩には、私はまだ、麓の山にきていないんだ」
「ならば、刺客が夜明け前から隠れて待っているのも無理だな」
「龍鳳洞から、飛車を使って刺客を送り込むのは? 結構な速さで飛んでたから、人が見ていない隙を狙ってここまで来られるかも」
「ここは飛行禁止区域だ。飛んではならない。龍鳳洞に飛車の出す熱を感知するものがあってな。もし飛んでいるのが見つかると、火薬を詰めた玉をぶつけられ、落とされる」
「そんな。どうして」
「迂峨過都の店には火薬なんかが売られている。万が一、龍鳳洞の上空からそんなものを投げ込まれたら防ぎようがない。だから禁止しているんだ。禁止されている場所はまだある。飛車はすべて、迂峨過都の上空以外を飛んではいけないことになっている。はみだすと、迂峨過都の周囲に埋め込まれた砲台から火薬玉が打ち上げられ、落とされる」
「でも、貿易の気球は」
「迂峨過都の東部にある首破洞という役所の近辺だけ、手で感知装置を外せるところがあるんだ。気球が来る時と去る時だけ外す。その間は、見張りの道士が肩に火薬玉を詰めた砲台を担いで、他の連中が出ていかないか見張っているのさ」




