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第一章 山麓河深(三)

 その晩は結局、仲興の家に泊まることになった。

「よくきたな。明日の朝が楽しみだ」

 賑わっている周家の店の中に入ると、仲興が笑顔で出迎えてくれた。

 私と伯文は顔を見合わせる。伯文はいつもの表情だったが、少し青ざめて見えた。

 宿場街は繁華街の中にあった。夜の繁華街にはたちの悪い酔っ払いがあふれている。

 できることなら、関わり合いになりたくない。

 もし、ここで伯文が、自分たちで賊を捕まえようとするなど無謀だ、といつもの調子で言ってくれたらいい、と、私は半ば祈る。

 だが、伯文は一言もしゃべらず、私と同じことを思っているのか、じっとこちらを見つめていた。

「まず、被害に遭った店を探そう」

 仲興だけ、威勢が良かった。

「襲われた店は、そのことを隠しているはずだ。賊が入ったなんて言うと、客が怖がって逃げちまう。でも、繁華街に行けば、噂話くらい聞けるだろう。行くぞ」

 仲興は言って、歩き始めた。

 私と伯文は、じっと見合った。

 私は目で、伯文に一言送る。


 ばかやろう。


 同じ言葉が、伯文からも戻ってきた。

「表から出るのは無理だな。家の連中は神経をとがらせているから、出入り口はよく見てるんだ。廊下づたいに家の裏側に出よう。裏道を通って、宿の多い表通りに抜けるんだ」

 うんざりしながら、仲興のあとをついていく。

 周家には中庭を囲うように廊下がある。だから、向かいの使用人部屋から丸見えだった。

 身をかがめ、手すりの陰に隠れて廊下を進む。

 鳥小屋が見えた。周家名物の鳩だ。食用ではなく、通信用だった。得意先まで飛んでいって、注文を書いた紙を足にくくりつけられて戻ってくる。この手の鳩を飼っているのは周家だけだ。仲興の父上は、訓練と称して、華都中に鳩を飛ばしているが、今のところは、近郊まで飛ぶのが精一杯らしい。ただし、金がかかると母上に叱られているというから、いつになったら遠くまで飛べるようになるのかはわからない。

 廊下には月の光が射していた。それを頼りに廊下から裏口のある庭に降りる。

 扉を開ければ闇があった。手を伸ばすと、壁がある。

「このあたりは店が建て込んでいるから、路地がよけいに狭いんだ」

 仲興はそう言うと、まるで陽の光でも浴びているように、さっそうと路地を歩き始めた。

 

 路地は、ちょうど私の肩幅ほどしかなかった。仲興は気にせず歩いていたが、私と伯文は左半身を引き、斜めになって道を歩く。深呼吸をすると、壁に息が当たった。

 周家の周りをめぐるようにして路地から出ると、店の光が目に飛び込んできた。

 まぶしさのあまり、腕で顔を覆った時だった。

「欧陸洋じゃないか。やはり、ここに来ていたんだね」

 突然、学長の声がした。

 私の体が、勝手に強張った。

「逃げるぞ」

 仲興が手を引いた。だが、私は学長から視線をそらすことができなかった。

「君を見込んで頼みたいことがあってね。少し、周家で話さないか」

 学長はいつもの笑顔で近づいてくる。

 私は学長の方へ一歩踏み出した。

 途端、背後から怒鳴られた。

「欧家の出来損ないめ!」

 反射的に動きがとまる。

 出来損ないという言葉が頭の中でのように響いた。前方では、学長がげんそうに首をかしげている。

 私は、学長に背を向け、通りを西へと走り始めた。

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