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第三章 華都脱出(八)

「じゃあ、あの仙人を探そう」

 突然、仲興が顔を上げた。

「何だって?」

 頭の中から、説得だとか、仲興は頭が良いだとかいう考えが吹っ飛んだ。

「すでに、役人が老人を探すために、地下の河を追っていったではないか」

 伯文が焦ったように言う。

「だからって俺たちの役に立ってくれる保証はないだろ」

 仲興が頬を膨らませた。

「しかし、調査をしているのだから、真実がわかれば」

「どうかな。船だって、陸洋を長時間学長室に閉じこめて、『山麓』内を調べに調べて、楊淵季がいなかったから、ようやく出したんじゃないか」

「でも、役人は船を出したんだよね」

 割って入ると、仲興が胡散臭そうにこちらを見る。

「あの老人が仙人でなければ、今のところ方法がないんだろ?」

「そうだけど」

「仙人なら、遅れに遅れて役人が追っかけたって、逃げてしまうに決まっている。逃げられたら役人はどうするか」

 仲興が、袖の中で腕を組んだ。

「のこのこ華都に戻ってきて、こう言うのさ。老人に話を聞きましたが、どうやら、欧陸洋が一人でしたことのようでございます。老人たちは利用されただけで」

 こんな時だけ、仲興は役人のまねが上手い。

「役人は、何にでも迅速に結論をつけるのが仕事だからな」

 伯文も顎をさすりながらうなずいた。

「呑気なこと言っている場合か。だから、仙人を探すんだよ。俺たちで」

 仲興が拳を胸の前で、しっかりと握る。

 私は仲興の肩をつかんだ。

「待つんだ仲興。万が一、老人が仙人ではなくて、つかまったとしたら?」

「おまえらのいうところの、仙人のふりをしている仙人が、実は自分が殺しました、仕掛けはこれこれ、こうでございます、なんて言うか?」

「……言わないね」

 論破されて、私は仲興の肩から手を放す。

「それにさ、おかしいだろ」

 仲興は、肩についた着物の皺を、手で直した。

「俺の考えた鏡の方法で、隣の部屋は十分映る。でもさ、どうして学長は、たまたま鏡に映る、ちょうどいい場所に立っていたんだ」

「え?」

「だって、隣の部屋だってでかいんだぞ。どうやって、良く映る場所に学長を立たせるんだよ」

「えっと、それは何かで誘導して」

「学長を操り人形みたいに動かす装置でもあるのかよ」

 責め立てられて、私は言葉につまる。

 仲興が勝ち誇ったような顔をした。

「ほらみろ。理屈じゃどうにもならないんだよ。俺たちが仙人を捕まえて、実際に別の術でも役人の前で披露させて」

「待て」慌てたように伯文が遮った。「役人ですら逃げられるものを、どうして私たちが捕まえられるというのだ」

「うちの知り合いをあたるんだ。周家は各地とつきあいがある。仙人が住む場所を知っている人がいるかも知れない。洞窟か、山の中だろうけど。でも、居場所がわかれば捕まえやすいだろ。たとえ、そこにいろんな仕掛けがあったって、必ず敵対する仙人なんかがいて弱点を探しているか、もしくは知っているはずだ」

 仲興の小鼻がふくらむ。

 私はそっと額を押さえる。

 仲興は、犯人は仙人説を引っ込めないし、仙人を追い詰める構想も、いささか怪奇小説じみてきた。

 伯文が、うう、とつぶやいた。

 私は、いい加減にとめてくれ、と視線で伯文に訴えた。

 困ったように伯文は体を反らし、頭を振る。

 嫌だ、ということらしい。

 私も話に熱中している仲興に物を言うのは嫌だ。

「何だよ、おまえら。このままでどうするつもりだ? 詩の先生は味方じゃない。役人だって、ろくでもない連中じゃないか」

 私たちが「山麓」に通う目的は役人になるためなのに、「ろくでもない」とは結構な言いぐさだ。

 それに、それに私の父も、伯文の父も役人だというのに。

 そう思って暗い気分になる。

 家に戻ることはできない。

 華都にも隠れるところがあるとは思えない。

 役人だって、怪しいところは片っ端から調べるはずだ。そういう手順については、帝国の役人は組織的で、無駄がない。

「行こうか」

 つぶやくと、伯文が驚いたようにこちらを見た。

「どこへ」

「あの河を下って、老人を追うんだ」

 いささか打算的な発言だった。

「待て、自棄になるのではない、欧陸洋」

 私は、ただ、静かに笑ってみせる。

「よし、行こう」

 仲興が握った拳を、高々と突き上げた。

「学長が船を持っていると言っただろ。それを借りよう」

 小柄な仲興は飛び上がるように大きく一歩を踏み出す。

 私は目を細めた。

 少なくとも、旅に出れば仲興が一緒に来てくれる。――くだらない計算だ。

 私も歩き出し、ふと振り返る。さっきの場所に伯文がたたずんでいた。

 唇を噛み、じっとこちらを見つめている。

「来るのか、孫伯文」

 彼は答えず、表情も変えなかった。

 しばらく待って、私が背を向けた時だった。

 足音がして、背中に何かがぶつかった。

「この、役人の息子め」

 伯文は仏頂面でそう言い、私と並んで歩き始めた。

「上手くすれば、楊淵季が何か証拠をつかんでいるかも知れないぜ。同じ灰色の目をしているんだからさ」

 仲興は笑顔を向けると、別の路地に入っていった。

 あとについて行きながら、私は深くうなずいた。

 楊淵季は老人を「天君」と呼んだ。

 彼が老人に関して何かを知っているのは確かだ。

 旅に出るというのは思ったよりまともな選択かも知れなかった。

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